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7 真相



「自分は今、脊髄を損傷して足を動かせない。手は動くが胸から下はダメだ。自分でうまく起き上がれない。当初は生死をさまよったが、人間しぶといもんだ。楓も一時期両手にやけどを負って包帯だらけだったが、今は綺麗になったからそれだけは良かった。

 原因は詳しくは話さないよ。世の中には心を病む母親がいて、無責任な父親がいる。犠牲になるのは子供達だ。

 さっきも言ったが楓はずっと友達がいなかった。母親は俺の目の届かないところで楓に辛く当たった。幼いころから無口だったし、学校も楽しくなさそうだった。だから、俺が今日どんなことをしたか、毎日聞かせていたんだ。中学までは学校のこと。卒業してからはバイトの事。同級生との喧嘩とか、バイト先で皿割ったりとか、おねーさんの店に先輩に連れてってもらったりとか。どんな事があって、どう思って、どう対処したか。楓は無口だけど、俺の話は聞きたがっていた。話が短いと寂しそうにしたし、盛り上がった日には満足そうにした。俺も楓の生きがいを与えられているような自惚れはあったよ。

 家に金はあった。父親は良く働くし、それなりの企業の偉い人らしい。でも、俺たちは自分の金で稼いで、家を出て自立する必要があったんだ。何より父親の手から離れたかったし、ついでに楓も自由にしてやりたかった。あと少しというところで、つまらない事が起きた。俺ももうあがりだと思って、最後に思いっきり反目したのも良くなかったんだが。

 こんな体になって一番後悔していることは何だと思う。健常だった時にやらなかったことじゃない。自分がもう動き回れないと分かった時、楓に俺を殺してくれって頼んだことだ。楓はものすごく悲しんだ。あんなに大人しいのにここまで泣くかというほど大声だったよ。そして次の日から別人の振る舞いになっていた。

 きっとあいつは、毎日俺が話していた内容を元に、自分の中で俺と似た人格を作り上げたんだと思う。俺が殺してくれって頼んだ次の日に、楓は言った。私はずっと死にたかったけど、お兄さんの話の楽しい話を聞いて今日まで生きてこられた。今度は私がお兄さんに聞かせるからって。

 楓が突然変わった理由はな、普通の日常を失った俺に代わって、俺になり切って高校生活を送ろうとしたからなんだ。楓はその日あった出来事を毎日のように俺に話してくれた。俺は中卒でバイトを始めたから、楓なりに高校生活を追体験させたいという思いがあったんだろう。楓の心遣いは本当にうれしかった。正直、こんなに優しい家族がいたんだと思ったよ。けれど楓のやり方は極端だった。俺の考え方を参考にするというレベルではなく、人格そのものを俺にしようとしたんだ。俺の前ですら、まるで双子の弟のようにふるまった。無理がないわけないんだ。そんな様子はなかったかい?(僕は楓が朝早くベランダで佇む様子を思い出す。確かにあの時、楓は口数が少なく、頼りなさげだった。そして楓は、幼いころからあの廃屋のベランダで景色を眺めていたのだ。実家が視界に入らない事がメリットの廃屋のベランダから)

 それでも楓が幸せならいいかと思ったが、やがて岬ちゃんに恋心を持つようになった。岬ちゃんもそれに応じていると聞いて、さすがにまずいと思ったよ。楓は、クラスで一番かわいい子に対する恋愛までも、俺に追体験させようとしていた。同性への恋愛は楓にとっても悩みだっただろうに、俺に追体験させようという意志の方が強かった。むしろ、智生くんへの裏切りの方が辛そうだった。

 俺は楓を止めたよ。楓は途中でブレーキを掛けられなくなっていた。この体さえ動けば、あいつを止めるのは簡単だったのに。あいつの中で、俺に岬ちゃんとの疑似恋愛をさせたいという気持ちと、俺がそれを止めさせているという現実が、葛藤してしまった。人格としては、完全に岬ちゃんに恋をしているけれど、現実としては諦めなくてはいけない。アクセルとブレーキを同時に踏んでいるようなもんだ。あいつが取った行動は、一時的に岬ちゃんを奪い、その後ですべてを話して終わりにすることだった。楓は岬ちゃんを数日連れ回した後で、ここへ連れて来た。俺が話をしている横で、楓が元の人格に戻っていく瞬間を見たよ。楓はああ見えて、心に激しいところを持っている。母親の影響が……、いやこれは止めておこう。とにかく、岬ちゃんに対する罪悪感で押しつぶされそうになっていた。岬ちゃんにはあの時はずいぶん手を掛けさせて申し訳なかったね(岬は涙を浮かべて首を強く降った)。

すべては、俺が殺してほしいと楓に頼んでしまったのが原因だ。自分の人格を押しつぶして別の人格を築き上げるほど、あいつを傷つける言葉だった。楓が楽しそうにしている間は、こんな不幸中の幸いならおつりがくるとすら思った。フタを開けてみれば、無理をしていない訳がなかったんだ。こんな体だと、なかなか正確な判断ができない。

 二人を巻き込んでしまって申し訳ない。ずうずうしいけれど、俺からお願いを一つだけさせてくれ。楓と今まで通り仲良くしてほしい。楓は元の臆病な人格に戻るだろう。岬ちゃんや智生くんへの罪悪感で塞ぎ込んでるに違いない。心を開いて話せる友達が必要なんだ。

 今、あの広い家には楓以外に誰もいない。どうせ親父は返ってこないし、母親は逃げたままだ。どうか宜しく頼む。あいつは不幸すぎる」


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