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6 明るい部屋に救いはあるか



 楓に連れられて電車に乗り、特急が止まる駅で降りた。ホームに降りると、二月の冷えた空気が首元を通って行った。空は薄曇りで、日差しが届いていない。

「待合室でちょっと待ってて、連絡してくる」

 楓は言って、一人で改札を抜けてしまった。事情を飲み込めないまま、待合室の引き戸を締める。人感センサーで電気ヒーターが暖色に光った。

 普通電車が停まり、急行が追い抜き、改めて普通電車が発車した。ホームの屋根に鳩がいて、羽をくちばしでついばんでいる。次の普通電車が停まって、まばらに人々が下りていく。その中に岬がいた。

 岬は僕を見ても驚かなかった。緊張した面持ちで、待合室の引き戸に手を掛けた。

「ちゃんとお別れ言えた?」岬は言った。

「何の事?」僕は言った。

 岬は眉を寄せて目を閉じ、うつむいた。「あの子は、もう」

 

 岬は言葉少なに僕を促した。改札を抜けると、ロータリーに町の地図があった。歩いたことのない町の地図だ。岬は横目で地図を見て、足を止めずに通り過ぎた。

「本当は楓が智生くんを連れて行くつもりだったの。でも私が引き受ける事にしたんだ」

 歩きながら、岬は言った。

「私が初めて連れて行かれたとき、現地で楓はものすごく取り乱したの。だから」


 黙って岬の後をついて行くにあたり、どの建物が目的地なのかと目星を付けながら歩いて行った。だから巨大な総合病院がビルの隙間に現われ、岬が一直線に向かっている時には、ただならぬ不安が胸に過ぎった。知り合いに病人なんていただろうか、あるいは岬か楓が病気なのかと気が気でなかった。

 岬が受付を済ませると、個室の入院棟へ向かった。足を止め、個室のドアをノックする。中から男の声がした。

 ドアを開けると、個室の壁一面が窓ガラスになっていて、明るさに目が眩んだ。床はフローリング調の落ち着いた茶色、天井と壁は無垢の白。医療機器やベッドの操作パネルなどは一様に真新しい。ベッドにはやせ細ってはいるが骨格は太い一人の男が横たわっていた。首をこちらに向けるが、体は起こさなかった。顔は僕より年上で、20歳以上に見える。ベッドの傍らに大型の電動車いすがある。僕は彼の病状を連想し、それからこの部屋が明るくて良かったと心から思った。

「初めまして。智生くんだね。岬ちゃんも今日はありがとう」

 男は僕を知っていた。声はかすれていて、発声が苦しそうだ。

「楓の兄の穣です。色々聞いてるよ。いつも妹と仲良くしてくれてありがとう」

 僕は言葉を出せないまま、曖昧に頭を下げた。そういえば担任は楓のお兄さんが入院しているとは言っていた。それにしてもこれほど深刻だとは思わなかった。

「声、聞き取りづらいだろう。見ての通り、体が言う事をきかない。腹筋が使えないから、喉だけで喋らなくちゃいけないんだ。ゆっくり話すけど、分かりにくかったら聞き返してくれ」

 岬が体調を気遣う何かを言って、穣さんが応えた。やりとりは耳に入らなかった。穣さんのアクセントや語尾は、楓そのものだったのだ。血の気が引いていく心地がする。僕と岬は見舞客用の簡単な椅子に座り、穣さんの話をただ聞いた。穣さんの声は話辛そうだったし、必要なとき以外は首を天井に向けていたから、僕らは余計な相槌をせずにただ聞き入る事にした。


「楓は毎日のようにここにきて、日々の生活について楽しそうに話をしてくれた。クラスで一番かわいい岬ちゃんと、一番気が合う智生くん。中学まで友達もいなかったから、高校で幸せそうになって俺も嬉しかった」

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