4 入り口にしか過ぎない再会
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岬は小さな神社の境内に腰掛けていた。ベージュ色した厚手のコートが、小さな岬の肩に覆いかぶさるように掛かっている。中のセーターもスカートも私服だった。鳥居をくぐると、岬はふらつきながら立ち上がる。近くで見る岬は、生気が半分くらい失われ目の下に隈があった。顔つきが美人な分、憔悴していると痛ましく見えた。岬は印のように手を振って、僕が隣に来る前に両膝を立てて座ってしまった。隣に座ると、岬は一息短くついてから言った。
「さっきまで楓くんの家にいたの。今出てきて、これから自分の家に帰るところ」
「戻ってきていたのか」
「つい昨日ね」
岬は言ったきり、口をつぐんでしまう。僕は場を取り繕うように、後に続けた。
「無事で良かった、心配していたんだ」
「ありがとう。でも、どうかな」岬は髪を耳に掛けて、くすんと鼻を鳴らした。「もう楓くんとは会えるかどうかわかんないし」
岬に向けていた笑顔が急速に自分の顔から失っていくのが分かった。
「別れたのか」
ただ首を振って、岬は膝の上で組んだ腕の中に突っ伏した。スカートとセーターと境目あたりに、岬は声を出す。
「どこから話せばいいのか分からないのだけど」顔を上げ、常緑樹に囲まれた参道を見つめている。僕は彼女がとっかかりを見つけるまで、余計な事を言わずに黙っていた。
「楓くんの前で私たちが恋人同士を演じていた事は怒られたよ。智生くんに会ったら、まずそれを謝れって言われた。私は智生くんが友達で、楓くんが恋人だったら、こんなに幸せなことはないって思ってた。でも楓くんは言ったんだ、智生くんは私の事を思い続けているのに、そんなふうに友達を強制するのは都合が良すぎる、のろけ話を聞かされて傷ついていた智生の気持ちが分からないのか、って。私は自分の事しか考えてなかったよ」
岬はこちらに顔を向けたあと、力なくうなだれた。
「本当にごめんなさい」
「いいんだ、そんなの気にしないでくれ」うろたえながら、僕は片手を宙に振った。岬の声はどこか扁平な響きがあり、本意というよりも礼儀としての謝罪のように感じた。岬らしくない。本題は別にあり、それが彼女の心を打ちのめしているのだろう。これは入り口にしか過ぎないのだ。
「楓は家にいるんだね」僕は言った。
「どこにいるんだろうね」岬は言って、もう一度参道の先に顔を上げた。「もうどこにも居ないんだと思う」
「じゃあ、楓だけ失踪した?さっきは楓の家に行ったと言ったよね。岬は楓を探しに家に行ったのか?」
「ううん、今家に居るよ」岬は言った。
僕は言葉を失った。混乱している。話がつながらない。
「けれど、絶対に行かないで」岬は念を押した。「私が、あの子を支えて家まで帰らせて、今まで落ち着かせていたんだから」
岬はうなだれてまた組んだ腕に突っ伏した。言葉にならないうめきを上げて頭を振る。
「わたしたち、何にも考えてなかったんだ」
岬はそれきり黙った。分厚いコート越しに、小さな震えが伝わっている。いま、岬の両肩を抱きしめられたらどんなにいいだろうと思う。彼女を励ましてやりたいし、安心させてやりたい。けれど、岬に何が起きたのか想像もつかない。あの子?
「岬、何があったか話せるかな」
岬は首を振った。
「楓に連絡してあげて。智生くんの連絡を待ってる。今日ここに呼んだのは、きちんと智生くんがこれから色んな事を知っていく為に、ちゃんと仲直りしておきたかったからなの」
「よく分からないよ岬。楓が話してくれるのか」
「怒らないでね。ありのまま受け入れてあげて」岬はうなだれていた顔を上げた。目は赤く、頬に涙の後がにじんでいる。
「智生くん、ずっと連絡くれてたよね。返事していなかったのに、こちらから急に連絡したらすぐに飛んできてくれた」岬は僕に肩を預け、そのまま寄りかかった。肩に頬が載り、右腕に岬の右半身が重なった。「眠れていないの。少しこのままで居させて」
岬は大きく深呼吸をしたかと思うと、次の呼吸では寝息に代わっていた。岬が寄りかかった肩と右上に、愛おしいほどの温もりを感じる。頼りなさ気なその重みが愛おしい。まだ僕は岬の事を強く求めていた。眠りたいなら、いくらでも眠ってくれていい。岬のうなじや、自然にカールした細くて量の多い髪や、そこから覗く赤い耳を眺めた。それらは寝息に合わせ、規則正しく上下した。
参道に小さな足音がして、僕は顔を上げた。小学生低学年くらいのおかっぱの男の子が、参道の中ほどで、僕らを見ている。鼻に手をやり、もう片方の手を腹の下の方で握り拳を作っている。僕が左手を鼻の前で一本立てて、しーっ、とやると、男の子は振り返って走り去っていった。岬の眠りは深く、突然の来訪者にも目を覚まさなかった。




