新人冒険者、奔走する-3
豪奢な絨毯を踏んで廊下を進む兵とリーミヤに、誰もが道を譲って頭を下げる。中には、冷や汗を絨毯に落とす者までいるようだ。
「恐れられてるねえ、客人」
「どの侍女も侍従も、悪気はないのです。それだけはどうか・・・」
「わかってますって。お兄さんも、貧乏クジを引かせちゃって申し訳ない」
「とんでもない。私はセレス様に、客人様の案内役を志願したんですよ」
「へえ。客人を見てみたかったの?」
「私は草原の民の出なもので」
「ケーダさんとトーダさんトコの」
「ええ。着きました。そこに控えている侍従がドアを開けたらお入り下さい」
「この中には、自分じゃドアも開けられねえアホが集まってるって事か。ありがとうございます」
まだ若い兵はその言葉を聞いていない事にしたようで、澄まし顔で優雅な礼をして踵を返す。
「そうだ。お兄さん、名前は?」
「ソワカです」
「覚えときますよ。またねえ」
「はっ」
2人がかりでドアが開けられる。やけにゆっくりとした、もったいつけるような開け方だ。
大広間に踏み込んだリーミヤが顔を顰めると、部屋の中央にいたセレスが歩み寄った。
「酷い臭いでしょ?」
「なにこれ、もしかして香水?」
「ええ。高貴な人間は、身だしなみには人一倍気を使うそうよ」
「この国じゃ客に不快な思いをさせるのが身だしなみなのか。説明は、セレス?」
「したけど信じられないって」
「呆れたねえ」
リーミヤが大広間を見渡す。
居並ぶ面々のガンバール侯爵トーダや国軍のクアン、ジャスに剣を教わった事があるというダンバーンと目が合った時だけわずかに口角を上げたが、いつもよりもずっと厳しい表情だ。
壮年の男が1人、前に出る。
「はじめまして。この城に客人様を招くという幸運・・・」
「ストップ。挨拶する時間も惜しいって、セレスが言ってない?」
「そ、それは・・・」
「もうね、礼儀とか気にしてられる状況じゃないの。だから俺は宣言して帰る。セレスもね」
「・・・宣言、ですか」
着飾った上に頭に王冠を載せているので、この男がアィダーヌの王なのであろう。
リーミヤもそれには気がついているはずだが、王を無視して大広間にいる全員をもう一度見回した。
先ほどよりも厳しい、殺気すら感じさせる眼差しに、着飾った男達がたじろぐ。
それとは正反対に服より剣に金をかけているような者は、どこかしら期待を含んでいるかのような眼差しで、4人目の戦闘系の客人を見詰めている。
「これだけは言っておく」
リーミヤが力強く言うと、何人かが怯えたような仕草を見せる。
「現状は妻が説明したと思う。信じられぬなら、それでいい。だが俺は、戦争となれば1人でも多くの人間を救いたい」
「おおっ!」
「勘違いすんなよ、そこの兄さん? 救いたいのは、アィダーヌの人間だけじゃねえ」
「な、なんと・・・」
小さく歓声を上げた、武官とも文官ともつかぬ青年が目を見開いて驚く。
戦闘系の客人が戦争に加わるのなら、アィダーヌが得られる物は多い。そんな思惑が、まるで透けて見えるようだ。
「ゆえに」
リーミヤはもう、殺気を隠そうともしていない。
「俺達のジャマをするなら、遠慮なく叩き潰す。それが、アィダーヌという国そのものであっても・・・」
大広間に静寂が満ちる。
動く者などいない。
それでも、ガンバール侯爵であるトーダが静かに手を挙げた。
「なんでしょう?」
「この場に客人様のジャマなどする者はいないと信じております。ところで、ジャマどころか反対に客人様の手助けをアィダーヌがしたいと申したらどうなさいますかな?」
「餓死者を放置するような施政者が、手助けだあ? これから来るズン王国の使者への対応すら心配してるってのによ」
トーダは怯まない。
マジメな表情で頷いただけだ。
(良い芝居ねえ、トーダさん)
(セレスが頼んだの、この三文芝居?)
(いいえ。逆に頼まれたのよ。いい機会だから、文官の人達には考えを改めてもらいたいんですって。ここで説明を始める前に廊下でウインクなんてされたから、口説かれてるのかと思ったわ。念話魔法をして欲しいんだって気づいたのはだいぶ後)
(ふうん)
「いいか、俺がこのクソみてえなアィダーヌって国を出なかったのは、3賢者とレオニウス卿と次期ガンバール卿、それに商人のロンダール一家への友情があったからだ。でなきゃとっくの昔に、ベンタに引っ越して腰を据えてらあ」
「今、文官達は客人会と力を合わせ、施しだけではない貧者救済政策を進めております。それが上手く行った暁に、ならどうでございますか?」
トーダが頭を下げてから言う。
「それが可能なら、なんでもっと早くやんなかったんだって愚痴るね。その後で、頭を下げて協力を要請する」
「そのお言葉を聞けたなら、彼らはきっとやり遂げる事でしょう。ありがとうございます」
「逆に聞きましょう。いつ敵が来るかはわからない。何年も、下手をすれば10年以上も大軍の来襲に備える時が続くのかもしれない。それでも、アィダーヌは来たる戦いで力を尽くすと?」
「議会の決定次第ですが、おそらくはそうなるかと」
「なら、期待して待ちましょう。貧者救済政策の手際。それに遺漏がないのかすら、決戦でアィダーヌにどんな役割なら任せてもいいのかの良い判断材料になります」
「はっ」
「帰るよ、セレス」
「ええ。それでは皆様、ご機嫌麗しゅう」
優雅に一礼し、セレスがリーミヤに続いて大広間を出る。
(えーっと、あったあった。えいっ!)
(お、城はもう終わったか。で、どうした?)
(1名様、無線にごあんなーい。トーダさん、聞こえるー?)
(親父殿を仲間に!? いいのですか、ヒヤマ殿?)
(もちろん。面白い男を兵として城に潜り込ませてるくらいだから、情報は喉から手が出るほど欲しいだろうし)
(誰です、それ?)
(ソワカって人。戦闘の腕もいいでしょ、あの人。纏ってる空気が、タダ者じゃなかった)
(ああ、ソワカあんちゃんですか。ヒャクダンに乗って兵を率いれば、俺とサクラの中間ぐらいの働きが出来る人ですよ。しかも、ソワカあんちゃんは男なのに風の契約魔法が使えます)
(うっひょ、良い人材だねえ。そんな人を国内向けの間諜にするなんて、もったいないんじゃないの? ねえ、トーダさん)
(・・・あれ。親父殿?)
リーミヤの隣を歩きながら、セレスがため息を吐く。
(あのねえ。何も説明をせずにいきなり無線が聞こえ出したら、トーダさんだって驚くでしょう。大広間で立ったまま話し合いが始まったのに変な声を出しちゃって、今はそれを言い繕ってるらしいわ。無線のコツは、念話魔法で伝えておくわね)
(なるほど。見たかったねえ、それ)
リーミヤとセレスが城を出ると、ソワカ達門を守る兵が一斉に頭を下げた。
ケーダにソワカへの伝言でもないかと無線で聞くリーミヤを、トーダの声が遮る。
(やっほー、トーダさん。話し合いはどうなってますー?)
(まだ議会の者達が集まり切っていないのでなんとも)
(ありゃりゃ。言ってやるといいですよ。客人の生まれ育った国では、最低でも四半刻ほどで集まれない政治家はクビになるって)
(・・・伝えましょう。それより樹国の美姫殿より聞きましたが、本当に私がこの無線で情報を得てもいいのですか?)
(もっちろん。今までもトーダさんには助けてもらってたんでしょ、ファウンゼンさん)
(それはもう。レオニウスの家を継いだと言っても、若年だからと侮って話すら聞こうとしない文官は多いのです。いつも助けて頂いてますよ)
(ありがたやありがたや)
(ならばリーミヤ殿のお側には腕利きの諜報集団がおられるとの事ですので、ソワカのように他でも使えそうな男はケーダの下に回します。良いな、ケーダ?)
(おう。じゃあ親父殿、ソワカあんちゃんはとりあえず新しく出来たカルサネの街に。雪が降る前に引っ越しを終わらせてえから、騎馬は1騎でも多い方がいい)
(わかった。だが、あんちゃんなどという呼び方は今すぐやめよ。ソワカはもう、お主の部下ぞ)
(へいへい)
リーミヤとセレスはどこにも寄らず、王都の正門に直行した。
通用口、その商用の馬車も通れる出口の前には、荷駄とそれをオルビスに積み込むための人足、それとリーンとズイーがいる。
「お待たせー」
リーミヤが片手を上げながら近づく。
紙に木炭を走らせていたズイーはそれを仕舞い、人足の1人のような態度で頭を下げた。
荷駄を押すためにか、ズイーが移動する。
その手から小さく丸めて小石にしか見えない紙が落ち、ズイーに蹴られて転がった。
それはちょうど靴紐を直している中年女の手元に転がる。リーミヤが女の立ち去った後を見ても、ズイーが蹴った小石はどこにも残っていない。
(なるほどねえ・・・)
(いや、お恥ずかしい。ガンバール様、あっしはケチな間諜の頭でズイーと申しやす。今、手下に指示を与えたんで、城を出る頃にはその者が接触を図るかと。とりあえずその1名はガンバール様の専属にいたしますので、ご自由にお使い下さい)
(かたじけない。対価はアィダーヌ金貨でよろしいか?)
(不要でございやす。我らは、リーミヤ様の志に殉じる者。その道行きに、金銭などジャマなだけでございますれば)
(金などはいらぬ。そんな事に気を回すより、少しでもリーミヤ殿の夢、この世界の将来のために働けという事か。見事な生き様の一族よのう・・・)
(滅相もございやせん)
王都の門前にはオルビスが出され、荷駄の積み込みが始まっている。
それを見ながらセレスと話していたリーミヤは、積み込みが終わると人足の頭に銀貨を握らせた。
「これは。いつもありがとうございます」
「こちらこそ。みなさんと一緒にお酒を飲む約束、まだまだ果たせそうにないです」
「ご冗談じゃなかったんで。・・・若様。1つよろしいですか?」
「ほいほい。何でしょ」
以前もオルビスに荷を積み込み、同じように酒代を握らされた事のある大男が声を潜める。
わずかな頭髪も残っていない赤ら顔に、リーミヤは顔を寄せた。
「ズイーとは長い付き合いなんでさあ。王都で力仕事を生業とする100ほどの人足は、あっしが面倒を見ておりやす。使い所があれば、ズイーを通しておっしゃって下せえ。カタギよりは、役に立てる事も多いですぜ」
「・・・なるほど。人足は仮の姿、か。覚えておきます」
「いやいや。人足を束ねてたら、いつの間にやら兵士や冒険者の横暴を止めるのを頼まれるようになったってだけでさあ」
「了解。どうも良くない足音が聞こえてきてます。荷駄を運んだりするのが本職の方と知り合えたのはラッキーですよ。そんなあなたなら、ロンダール商会の大旦那なんかとも話が合いそうですし」
「・・・覚えておきやしょう」
「では、また近いうちに」
「へい。どうかお気をつけて」




