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新人冒険者、奔走する-2




 オルビスを路肩に停め、車内灯の明かりで手紙を読む。

 そのリーミヤが堪え切れずにくつくつと笑い出すのを、ズイーは申し訳なさそうに見ていた。

 リーミヤを気に入り、付き合いを深めた者は口々に言う。自分達がもっとしっかりしていれば、あの優しい少年はこんな世界に招かれなかったのではないかと。

 どうやらズイーも、そんな思いでリーミヤの整った横顔を見ているらしい。


「ねえ。返事、書いていい?」

「当たり前でさあ。ご母堂は大事になすって下せえ」

「ありがと。・・・えーっと、まず落ち着きましょうっと」

「やはり、ご母堂は心配なさっておるんですねえ」

「心配の仕方がヤバイよ。戦争に巻き込まれてる? なら、あっちの世界の戦艦ごと、すぐこっちに来てやる! だってさ」

「・・・き、気丈なお方ですなあ」

「イカれてるよねえ。ええっと、まず勝ち目がない訳じゃないって書いとかなきゃ」


 手紙を書き終えたリーミヤが窓を開け、封筒を夜空に放る。

 それを微笑みを浮かべて見送りながら、リーミヤはオルビスをゆっくりと街道に戻した。


「音楽、いい?」

「どうぞ」

「ありがと」


 鍵盤楽器の音がひとつ、運転席に響く。

 次の音は、かなり遅れて鳴った。

 少しずつ少しずつ、ただの音が曲になってゆく。

 まだ絡み合うほどに音は連続してはいないが、それ以上その曲の速さが変わる事はないようだ。


「穏やかな、良い曲ですなあ」

「知り合いが、俺とタクミの手を引いて散歩する母さんを見てメロディーを思いついたんだって」

「・・・母の優しさ。その想いが伝わってきやすな」

「いい年だからレベルを1上げるのも一苦労なのに、ユニークスキルなんか取っちゃって。なに考えてんだか」

「親はどこで何をしてても、心の隅に子の幸せを願う気持ちがあるんでさあ。たとえ場末の酒場で、商売女を買ってる時だとしても」

「へえ。子供さんいるんだ、ズイーさん」

「諜報の腕だけは良い、性悪な娘がおりやす」

「エーさんって娘さんなのっ!?」

「こんな仕事をしてりゃ、親も子もございやせん。好きに使ってやって下せえ」

「・・・笑われるかも知んないけどさ、ズイーさんだから言うよ。出来るなら、みんな幸せになって欲しい」


 闇の先を見るリーミヤは真顔だ。

 ズイーはといえば、苦笑とまではいかないが優しく微笑んでいる。


「理想ですなあ」

「うん」

「そんな世界になるまで、苦労をしてもいいって人間達で大多数の幸せってヤツを守りましょうや。そのためなら命もいらねえって連中が、少なくとも数十人はいるんですから」

「・・・苦労をかけるねえ」

「言いっこなしでさあ、そんな事ぁ」


 夜が明けて昼前、オルビスは王都の門前に停まった。

 セレスとリーンが、わざわざ門を出て出迎えに来ている。

 素早い動きでオルビスを降りてアイテムボックスに入れると、リーミヤはまずセレスに向き直った。


「ただいま」

「おかえりなさい。無事で良かったわ。私とリーンは、いつでも出られるわよ?」

「やる事やってからだね。セレスはお城に向かって」

「城に?」

「うん。1時間、こっちで言う半刻で政治に関わる人間を集めて、他の大陸の国がこの大陸を狙ってるって説明しといて。ズイーさんは、例の指示ね」

「国内の動きも探らせますぜ? それにゃ、レオニウス様に預けた手下を使う事になっちまいますが」

「バダムさんとも無線で話して、動かせる人間にはすべて動いてもらって。ベルーナから来る、ズン王国の文官の件もあるし」

「わかりやした。では、あっしはこれで」


 ズイーが通用口まで走って向こうにいる門兵に声をかける。

 歩き出したリーミヤ達が到着すると同時に、通用口は開いた。


「俺は、リーミヤ?」

「お酒や保存食を買い集めて、門まで運んでもらっといて。結構な遠出になる予定だから」

「わかった」

「じゃあ私は王城に行くわね。リーン、お金はこれ」

「お願いねえ」


 3人が別々の方向に歩き出す。

 ズイーの姿は、もう王都の雑踏に紛れ込んで見えない。

 リーミヤは大通りを直進しているのだから同じ道を行っても良さそうなものだが、抜け道でもあるのかセレスは路地裏に消えた。

 リーミヤがまず寄ったのは、冒険者ギルドだ。

 迷いなくカウンターに向かい、自身の名を出してジャジーへの面会を求めている。

 以前の騒動を覚えていたらしい受付の娘が階段に走り、煙管を使う間もなく降りて来た。


「お会いになるそうです。個室が良いなら支部長の部屋に案内を、そうでないならすぐに降りて来ると言っておりますが?」

「案内をお願いします」

「わかりました。こちらへどうぞ」


 リーミヤが階段を上がる。

 いつの間にか表情は、殺る気スイッチを入れた時のそれだ。


「こ、こちらです」

「ありがとうございます。・・・失礼」


 リーミヤが部屋に入る。

 うんざりした表情のジャジーはだらしなくソファーに腰掛けていたのだが、リーミヤの表情を見てすぐに姿勢を前のめりに変えた。


「今、お茶を・・・」

「いらん。それより、部屋のドアを閉めて結界魔法だ。イムニ」

「結界魔法? ああ、よく見たらお姉さんはエルフか」

「ハーフだけどな。俺の引退後は、コイツが支部長だ。リーミヤもアレだから長い付き合いになるだろう。よろしく頼む」

「ビルタニアのイムニです。よ、よろしくおねがいします」

「こちらこそ。で、ジャジーさん。これまでにない規模の戦争。その戦況は劣勢。そうなった時に予想される、冒険者達の動きは?」


 ソファーに腰掛け、目頭を揉みながらリーミヤが言う。


「いきなりじゃねえか。そんなに時間がねえのか」

「ええ。で?」

「・・・予想としちゃ7割が、アィダーヌを捨てて逃げるか一般人と同じく国の指示に従って戦が終わるのを待つ。残り3割は、軍に手を貸そうとするだろう。おそらくだがな」

「他国を通過させる輜重なんかを任せられそう?」

「キツイな・・・ 持ち逃げは監視を付けりゃいいだけだが、バカな連中は他国だろうと揉め事を起こすだろう」

「依頼って形にしても? そんなんじゃ冒険者の信用なんてないようなモンじゃん」

「冒険者を信用する一般人なんかいやしねえよ」

「・・・使えねえなあ、冒険者。わかった。ありがとね、忙しいだろうに」

「いいさ。もう行くのか?」

「うん」

「・・・使えそうな連中にそれとなく声をかけて、何が起きても少しは力になれるように準備だけはしておく。今はそれで許せ」

「助かります。じゃ、俺はこれで」


 リーミヤが立ち上がると、腰を下ろさず入り口横に控えていたイムニがドアを開ける。

 彼女に礼を言って、リーミヤは足早に部屋を出た。

 開けられたドアを閉め、イムニが身を震わせながらため息を吐く。


「殺気にあてられたか?」

「ええ。あれが、戦闘系の客人様の佇まいですか・・・」

「まだまだ本気じゃねえけどな」

「それで、大きな戦争というのは本当なんでしょうか?」

「知らん。だが、リーミヤは嘘を言わねえよ」

「そう、ですか・・・」


 ジャジーが片手で器用に煙管に葉を詰める。

 テーブルに歩み寄ったイムニが指先から出したのは、小豆ほどの優しい火だ。


「サンキュ。せめて腕だけでも残ってくれてりゃな。・・・くそっ」

「その分、私が働きますから。だからジャジーさんは、しっかり準備をなさって下さい」

「頼りにしてるぜ、相棒?」

「・・・はい」


 リーミヤは人々が忙しく行き交う大通りを進み、寂れた魔法道具屋のドアを押した。

 カウンターの老婆、セレスの旧知であるカリスが微笑みで彼を出迎える。


「椅子を使うとええ。茶は?」

「時間がないからいらない。婆ちゃん、体調はどう?」

「毎日、のんびり店番だ。どこも悪くなりようがないねえ」

「なら良かった」

「ちょいと待っとれ」

「いや、お茶はいいって」

「そうじゃないさ。エルフの長老への紹介状だろう? すぐに書くでの」

「・・・ありがと」


 カウンターの前に置かれた背凭れのない木椅子に座り、リーミヤが瞳を閉じる。

 若いので徹夜くらいではこうまで疲れを見せないはずだが、これは肉体的な疲れではなく精神的な疲れだろう。


「ずいぶんと疲れとるのう」

「やるべき事が山積みでね。ちょっと嫌になるくらいだよ」

「そんな時は焦っても仕方はないのさ。1つずつ1つずつ、出来る事からやればええ」

「・・・体が2つ欲しい、切実に」

「たとえ客人でも、神にはなれんさ。ほら、これを持ってくとええ」

「ありがと。また来るね、婆ちゃん」

「セレスとゆっくりメシでも食いに来ればええ。焦るのが何より良くないぞ、リーミヤ?」

「肝に銘じます。ありがと」


 紹介状をアイテムボックスに入れ、頭を下げたリーミヤにカリスが銀色の物を放る。


「わっと。・・・おお、見事な細工の煙管だねえ」

「装飾の技を極めたと言われるドワーフの作だよ。今日からそれを使うといい」

「こんな高そうなの、もらえないって!」

「ええから。棺桶に片足を突っ込んだ婆の最後の願いじゃ。もらっておくれ」

「・・・大切にするね」

「そうしてくれたら嬉しいのう」


 もう一度礼を言い、リーミヤが店を出る。

 薄暗い店のカウンターに1人残るカリスは、ゆっくりと神に祈る仕草を見せた。


「煙管を見たら、煙草が吸いたくなっちゃった」

「りー兄っ!」

「りーにいたーんっ!」

「おかえりなさい、兄様!」


 リーミヤに駆け寄るのは、ゴンとミオとビザンツだ。

 その後ろから、両手剣を背負ったサーミィが笑みを浮かべながら歩いて来る。サイはもうベンタに向かったそうなので、日課の散歩の付き添いはサーミィなのだろう。


「久しぶり、でもないか。元気だった?」

「うん。ビザンツといっしょに勉強と稽古、がんばってる」

「ミオも、ミオも!」

「ミオちゃんは自分の名前が書けるようになったんですよ。ね?」

「ねーっ!」

「そうか。偉いなあ、ミオは。もっと頑張ってたら、とうたんとにいたんが釣りに連れてってあげよう」

「つりー?」

「そう。お魚を獲って、その場で焼いて食べたりするんだ」

「さかにゃ!」

「じゃあ、たくさんユーミィに勉強を教わんなくっちゃなあ。ミオ」

「うんっ!」


 3人を抱きしめては撫でくりまわしていたリーミヤが一行を木陰に誘い、煙管に葉を詰めて一服を始める。


「ずいぶんと豪華な煙管だな、リーミヤ」

「セレスの知り合いの婆ちゃんにもらった。サーミィ姐さん、子供達を頼むね。お願いだからさ」

「任せな。ユーミィも使い魔のおかげで、結界魔法が使えるようになった。そこらの魔法使いや戦士じゃ、かすり傷すら負わせられねえ。守りは万全だ」

「ありがたい。じゃ、俺は行くね」

「城か。ちゃんと手加減はすんだよ?」

「考えとくよ。じゃあね」


 煙管の火種を地面に落として踏み消し、子供達の頭を撫でてからリーミヤは歩き出す。

 城の門が近づいて来ると、その前にいる兵達が槍を背後に隠すようにして走り寄った。リーミヤの前で止まった彼らは、そのまま跪く。


「失礼、客人様でいらっしゃいますでしょうか?」

「そうです。妻がこちらに伺っていると思うのですが」

「案内を命じられております。こちらです」

「よろしくお願いします」



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