新人冒険者、奔走する-1
ゴロンッ。
そんな音に反応したのはジャスだ。
「来たっ!」
砂を詰めたペットボトルのくぼみにテグスを結んで巻き付けただけの仕掛けを持ち上げ、ジャスが子供のようにはしゃぐ。
サングラスをしてゴムボートの上に寝そべっているリーミヤは素知らぬ顔だ。仰向けのまま手枕で空を見上げて、身じろぎもしない。
「良かったねえ。がんばー」
「今夜も刺し身で1杯やれそうだなあ」
返事のつもりなのか、リーミヤの咥えるカリスがピコピコと動く。
雲ひとつない秋空。
なのに陽が遮られると、リーミヤはサングラスを外して起き上がった。
胡座をかいてニコニコ笑いながら見上げる空には、巨大な鷹の翼でゴムボートに下り立とうとしている上半身裸のザース。
「やっほ、ザースさーん」
「昼食をお持ちしましたぞ」
「ありがたやありがたや。ファメルさんのゴハン、美味しいからなあ。ショウユとミソもあるし、たまんないねえ」
「それと、夕刻には海神の愛し子号が沖まで出て来ます」
「なら、この無人島ともお別れか。たった10日だけど、なんか離れがたいなあ」
「こんな島でのんびり暮らしてえモンだよなあ、許されるなら。クーラーボックス開けてくれ、リーミヤ」
「ほいほい。いい年して釣りに目覚めちゃうなんて、ダラスさんが怒らなきゃいいけど」
リーミヤがクーラーボックスを開け、ジャスがそこに釣り上げた魚を放り込む。
ゴムボートに着地したザースは、それを覗き込んで相好を崩した。
「立派な鯛ですねえ。見るからに美味そうです。釣りの腕が上がりましたなあ」
「だろう。ま、俺達は食ってる時間はなさそうだ。姫様達にでも食わせてやってくれ」
「・・・やはり、もう行かれるので?」
「時間がないからねえ。このまま行こうか、おっちゃん」
「弁当もあるし、ちょうどいいな。ザースの旦那、この仕掛けはミルにくれてやってくれ。いつか釣りを教えてやるって約束したが、そりゃしばらく先になりそうだ。あの子はアイナメの煮付けが大好物だからな」
「メイルには無線で言っとくー」
「メイル様もミル様も寂しがられますなあ、きっと」
「すぐ逢えるって、また。じゃあザースさんも、元気で」
「お2人も、どうかお気をつけて。・・・お忘れになりますな。メイル様は5万の兵を、リーミヤ様に預けておられるのです。何かあれば、すぐに無線を。どうかお達者で」
ザースがまるで臣下のような礼を取る。
苦笑しながら急造のクーラーボックスをリーミヤが、釣り竿代わりの仕掛けをジャスがザースに渡して男達は別れた。
ゴムボートが波を切る。
交易船が風待ちに入った数日前から、だいぶ体調が回復したミルはいつリーミヤ達が帰ってもいいように小屋に移っていたのだ。無人島に戻る必要はない。
「どっから行くんだ、リーミヤ?」
「王都からセレスが育ったエルフの里。ダラスさんの親戚がいるドワーフの里に寄ってベンタ。ほんでまたベンタにあるエルフの里、かなあ。その後は迷ってる」
「ドコとドコで迷ってんだ?」
「ダリアス帝国か、何かあれば協力しそうなエルフとドラゴニュートの里」
「・・・マジで言ってんのか」
「大マジ」
ダリアス帝国はつい先日までの敵であるし、エルフもドラゴニュートも大の人間嫌いで通っている種族だ。
知己がいるはずもないので、とても気楽に訪ねて行ける場所ではない。
「連れてくのは?」
「リーンかなあ。他のメンバーの安全がちょっと不安になるけど」
「セレスはよ?」
「工事とアィダーヌの守り。リキャストタイムが終わったら、ベンタに農業の街を造ってもらうし」
「エルフのセレスがいた方が、交渉が上手くいくんじゃねえか? 特にアィダーヌ国内の里は、セレスの故郷なんだからよ」
「ああ、最初のエルフの里だけは着いて来てもらってもいいねえ」
「悪い事は言わねえからそうしろ」
「んだねえ。・・・わぷっ!」
「なんだっ、何もねえトコから紙がっ!?」
舵を握るリーミヤの顔面に引っかかり、紙がバサバサと鳴っている。
それをひっぺがして書いてある文字に目を走らせたリーミヤは、大口を開けて固まった。
「おい、大丈夫か?」
「・・・うん。舵をお願い、おっちゃん」
「ま、またかよっ!?」
操縦を代わってもらったリーミヤが、ゴムボートの床に胡座をかいて文面をじっくりと読む。
それが終わると畳んだ手紙らしき物を拝むようにしてから、大切そうにアイテムボックスに入れた。
「で、何なんだよそりゃ?」
「手紙。・・・母さんからの」
「はあっ!? せ、世界が違うのに手紙が届くのかよっ!?」
「そんなユニークスキルを手に入れたらしいよ。母の愛だかドラ息子への便りだか知んないけど。ほんでこの返信用の封筒に返事を入れて空に投げれば、あっちにも届くんだって」
「マジかよ・・・」
夜更けにはベルーナの港に着くというのに、待ちきれないのかリーミヤが返事を認め始める。
書き殴るようにしたそれを封筒に入れかけて、彼は何かを思い出したかのように一文を追加した。そして封筒には手紙だけでなく、数本のカリスが入れられる。
「よっし。届け!」
空に向かって投げられた封筒は、風に煽られたかと思うとその姿を消した。
「なんて書いたんだ?」
「元気でいるよ、って。お嫁さんも家族も出来て、俺は幸せだって」
「・・・そうか」
「サメのマーカーもないし、波も穏やか。おっちゃんの練習にはちょうどいいねえ」
「ま、まだ操縦させるつもりかよっ!」
「そのエンジンは小さいのに、超エネルギーバッテリーを1つ使ってる。オルビスは1年で動かなくなるけど、これは2、3年は保つよ。練習しといて、釣りに使えばいいじゃん」
「・・・悪くねえな」
「でしょ。まあ、村に帰ったら釣り場がないけど」
「そうでもねえさ。聖域の南側にゃ、大きな湖があるんだ。そこでなら大物も狙えるだろ」
「そういえばあったねえ。でも、あそこって立入禁止じゃないの?」
「立入りが禁じられてるのは、聖域の森だけさ。モンスターは多いだろうが、法に触れねえんだから問題はねえ」
「村の聖域の森側もたまにはモンスターの間引きが必要だろうし、時間が出来たらみんなで行きたいねえ」
たまに無線で島のメイルやミルと話しながら、ジャスは問題なくゴムボートを操る。
メイル達から得た情報はアィダーヌに残った面々にもすでに伝えられているので、リーミヤがこれからの動きの予定を話すと、彼ら彼女らはすぐに行動を開始したようだ。
「やれやれ。なんともフットワークが軽いねえ。うちのメンバー」
「そうでなきゃ、破天荒な客人のパーティーメンバーなんてやってらんねえさ。ベルーナの明かりが見えて来た。接岸は頼むぜ?」
「あいよ。街の砂浜に乗り上げて、エアーを抜いてオルビスに入れとこうか」
「だな。頼むから大事に扱え。絶対だぞ?」
「・・・もう私物扱いか。ちゃっかりしてるなあ」
リーミヤが愚痴りながらもゴムボートで砂浜に乗り上げ、ジャスにエアーの抜き方を教える。
オルビスを出してゴムボートを荷台に積み直す前に、漁師風の粗末な服を着たズイーが世間話でもするように近づいて来た。
夜の砂浜に人影など見当たらないのに、なんとも間諜らしい用心深さだ。
「ズイーさん、こないだはありがとね」
「いえいえ。間に合ったと聞いて、全員で祝杯を上げやしたよ。そんでこの先なんですが」
「手伝ってくれるの?」
「当然でさあ。最初のエルフの里は奥方の故郷。アィダーヌのドワーフの里にゃ親戚のいる鉄腕聖女様がもう向かってるんで、その先のオルビスが通れる道や情勢を手下に探らせます。ダリアス帝国とエルフとドラゴニュートの里、どちらが先でも問題のねえようにしときやすんで」
「助かる。・・・でさあ、ついでに東の隣国の情報ってなんかない?」
「そうですなあ。着飾る事にしか興味がねえってなフリをしながら、虎視眈々と王位を狙うお姫様のお話なんかはどうです?」
「いいねえ。オルビスの中で聞こう。ズイーさんはどこ向かうの?」
「可能ならお供をさせていただけりゃ、各地で得られる情報が少しは増えるかと」
「助かる。じゃ、これを積み込んだらベルーナを出よう。もう夜だけど、スピードを出さなきゃ大丈夫だとは思う」
「へえ。こっちを持ちまさあ」
ゴムボートを収納したオルビスを一旦アイテムボックスに入れ、3人は夜の港を経由して大通りを歩く。
篝火もあるが、大きな家や商店の門前には魔力灯の明かりもある。歩くのに不自由はない。
門に着いてジャスが兵に声をかけると、すぐに通用口が開かれた。
「気をつけてな、リーミヤ」
「そっか。おっちゃんはズン王国とのアレコレがあるんだっけ」
「ああ。メイル姫が人間と変わりねえ姿の文官を置いてったからな。その文官は、王都までファウンゼンが連れて行く。だからロイズは、その護衛に借りるぞ」
「これからはアィダーヌの国との交易ではなく、客人とレオニウスとの交易だー! とか言いそうで怖いねえ」
「そうなりゃ、レオニウスに利益を独占されたと思い込むヤツもいるだろ。メイル姫の念話魔法みてえなので、常時アィダーヌの様子は伝えられてんだ。バカな事をする貴族がいねえといいが・・・」
「まあ、釘は差しとくよ。じゃあ、いってきまーす」
「おう。・・・やり過ぎんじゃねえぞ?」
笑顔で当然と告げて歩き出すリーミヤを、苦笑を浮かべたズイーが追う。
付き合いの浅いズイーでも、やり過ぎないリーミヤなど想像も出来ないのだろう。
黙って2人の背を見送るジャスは馴染みの安酒場に足を向けかけたが、諦めたようにベルーナを見下ろす高台にあるレオニウスの別荘への岐路を辿った。
「オルビス取り出しっと。さあ乗って、ズイーさん」
「お邪魔しやすぜ」
夜の街道に明かりなどない。
だが道の先にある街々には防壁より高い建物も多く、そんな邸宅に住むのは領主や商人などの金持ち連中だ。そんな邸宅は深夜でも明かりは灯っているので、防壁に激突する心配はないだろう。
それでも、リーミヤはいつでも止まれる速度しか出そうとはしない。
「寝てていいよ、ズイーさん?」
「いえいえ。こんな親父でも、眠気覚ましの話し相手は出来まさあ」
「律儀だねえ。・・・そんじゃ、したたかなお姫様の話でも聞かせてもらおうかな」
「へえ。ブッチ王国にゃ、王子と姫が1人ずつおりやす」
「ずいぶん子供が少ないんだねえ。ハーレムとか作んないの、王様?」
「ベンタよりゃずっと上ですが、アィダーヌにも劣る小国。現王は賢王じゃありやせんが愚王でもねえんで、そんなムダ遣いはしてやせんね」
「いい王様じゃん」
「平時なら、ですな」
リーミヤが眉根を寄せながら頷く。
ズイーの語る隣国の情勢を聞き終えたリーミヤは、ダリアス帝国まで出向いた後で訪ねると言い切った。それより南の国々は、後回しにするらしい。
「それじゃ、王都で四半刻ほど時間をくだせえ。力を蓄えようとしてる王女の勢力に、なんとか手下を潜り込ませて見せまさあ」
「・・・ムチャさせんのはナシだよ?」
「約束しまさあ」
「なら頼もうかな。・・・わぷっ!?」
「・・・紙?」
「また手紙!? にしても、なんで顔を目掛けて飛んで来るのさっ!?」




