新人冒険者、外国人さんと戯れる-7(終)
オルビスが小屋の前に出されると、メイルははしゃぎ回るついでのように様々な角度から車体を観察した。
中に入ってからもそれは変わらなかったが、ベッドルームを見ると真剣な表情でリーミヤに頭を下げる。少しでも快適な部屋で、死病から解放されたとはいえ衰弱が激しい妹を休ませてやりたいのだろう。
ミルとその世話役の女をベッドルームに移し、リーミヤはリビングに腰を下ろした。ジャス、メイル、ザースが一緒だ。
涼しいから中で休めとロッタにも言ったのだが、彼は頑として頷かなかった。
「みるくちー。これは天上の甘露じゃな・・・」
「大袈裟な。ザースさん、夜は飲みましょうね。俺のいた世界のお酒があるからさ」
「楽しみじゃ」
「姫サマには言ってないって」
その言葉を受けて微笑むメイルがミルクティーの缶を置き、表情を改める。それを見て、ザースも素早く姿勢を正した。
リーミヤとジャスは、面倒臭えなあという態度を隠さずに煙管を咥え、ライターの火を分け合っている。
「まずは、心より礼を」
「・・・了解。それでこの話は終わりね」
「そうもいかん。これはズン王国という国家が、リーミヤと金獣騎士に恩を受けたという事なのじゃ。礼の言葉だけで済む話ではない」
「面倒なんだよねえ、そういうの・・・」
「だなあ。内密の話にしてくれりゃ、それが一番だ」
「5万じゃ」
メイルが男前な笑みを浮かべながら言う。
「なにが?」
「リーミヤに預けよう。5万の兵が、お主の指揮で動く。種族にもよるが、ロッタが見せたような力を全員が持っておる。大なり小なり、な。5万の地水火風の守り人を率いて、この大陸に覇を唱えるが良い」
「断る!」
「な、なんじゃと・・・」
メイルが瞳を見開き、信じられないというようにリーミヤを見る。
彼女からすれば、断られるという考えなど心の隅にもなかったようだ。
リーミヤをある程度でも知る者ならば答えは明白でも、メイルは今日リーミヤに会ったばかり。無理もない。
「なぜじゃ。大陸の南には、アホの首魁のような国があると聞く。其を滅するは、正道を往く者の務めではないのかっ!」
テーブルにメイルの拳が叩きつけられる。
天板は壊れてはいないようだが、並の音ではない。
「どうやって得てるのかは知らないけど、情報が古いよ」
「・・・状況が変わったと?」
「そう。さっき念話魔法が来てね。南のダリアス帝国で、圧政を敷いていた帝王が急死したようだ。やったのは、こちらと手を取り合う事まで視野に入れているガキ」
「ほう。で、これまでの犠牲者の墓に小便をひっかけて、仇敵と手を取り合おうと言うのかえ?」
「状況次第。その国は、この大陸以外に人間がほとんどいないと確信している。だから外敵から身を守ろうと、大陸の統一を急いだんだよ」
「アホの中にも知者はおるか・・・」
「で、どうなの?」
リーミヤの視線が鋭さを増し、それを見ぬままメイルが瞑目する。
「実は我が国、ズン王国はここより北の国ではない。東の島国じゃ。大陸から見れば東北部。縦に長い列島よ」
「へえ。遠いんだろうねえ」
「東ってぇと、アィダーヌの隣がブッチ王国。そこからは海だぁな」
「うむ。なのでリーミヤにはそのブッチ王国とやらに陸路から攻め込んでもらい、妾達が海上からと考えておったのじゃが・・・」
「まずは大陸制覇のための橋頭堡を確保、か」
「うむ」
各々が飲み物を口にする。
物騒な話をしている自覚はあるようで、笑顔を見せる者はいない。
「それで?」
「まずは我が国の話じゃ。島国ゆえ、海軍の増強には力を入れておってな。交易の途次や訓練中、大陸を追われたり逃げ出した者の乗る小船を拾う事がある」
「情報源はそれか」
「そうじゃ。大陸でズン王国が交易を成しておるのはアィダーヌのみ。この大陸では、な」
「他の大陸や島国の動きがキナ臭いと?」
「そうじゃ。まず妾やミルと同じ、鬼族の支配する国が怪しいのう」
「その国の戦力は?」
「こことは違う大陸の、大部分を手に入れた国じゃ。陸兵だけでも数十万はおろう」
「ドラゴンはこの大陸にしかいないのか。参ったね、これは」
ジャスが呻きを漏らす。
「問題はそこではないぞえ。ドラゴンは、人間しか襲わぬ」
「な、なんだよそりゃ!?」
ジャスが叫ぶのも無理はない。
ドラゴンがまるで目の敵のように人間しか襲わぬのなら、やがて攻め寄せて来るであろう鬼族の大軍に抗する術などないのだ。
「まあまあ。話は最後まで聞こう、おっちゃん」
「だがよ・・・」
「続けるぞえ。ゆえに上陸されれば、人間の負けじゃ。それは理解できるじゃろう?」
「海上で叩くのが最善。そしてズン王国は、海軍力になら絶対の自信がある」
「そうじゃ」
「でもなぜ、人間に手を貸そうとする? 同じ鬼族ってのなら、人間を一緒に攻めてもいいだろうにさ」
「彼の国は、ズン王国などという小さな島国の助力などアテにはせぬよ」
「・・・将来を見据えて、人間に手を貸すって事か」
「そうじゃ。リーミヤは聡いのう」
鬼族の国が大陸の人間を滅ぼせば、次にその矛先が向かうのはズン王国という事だろう。
「・・・神様は、そんなに俺に戦争をさせたいのかねえ」
ジャスの歯軋りする音がリビングに散る。
もし可能であるならば、この優しい少年をどうしてこんな時代に招いたと神に食って掛かったかもしれない。
紙巻きタバコの箱がリーミヤからジャス、ザースと渡る。
手を出そうとしたメイルは、ザースに手の甲を抓られて諦めたようだ。
「海軍はズン王国への兵器供与で済ませて、アィダーヌを空軍に特化。ダリアス帝国とベンタが陸軍って感じか・・・」
「待て待て。早まるな、リーミヤ」
「だってさあ、ドラゴン退治して準備整えて、それから数十万の鬼族と戦うんだよ? 近代兵器を投入しなきゃ、勝ち目なんかないって」
「まだわかんねえだろうが。神なんてモンの考えてる事はわからんが、リーミヤが人生を歪められるくれえなら、人間なんぞ滅んじまった方がいい」
「・・・気持ちは嬉しいけど、そうもいかないってば」
「リーミヤはどうにか出来ると思っておるのか、この絶望的な状況を?」
「まあ、ね」
リーミヤが灰皿で煙草を揉み消す。
「このオルビスには、ズン王国の交易船を沈められるほどの武器が積んである」
「な、なんと・・・」
「このオルビスの海上版、鉄の軍艦を1隻でもズン王国に提供したとしたら?」
「・・・リーミヤ様。それを動かすのに、どれほどの兵が必要なので?」
「数百。艦の大きさによっては千」
「それくらいなら、すぐにでも」
「海軍の旦那まで。頼むから待てっての」
「おっちゃん。これは、もしもの時のための話」
「それはそうだろうけどよ・・・」
「でもまあ、現実的じゃないんだよねえ」
「どういう事じゃ、リーミヤ?」
「この世界は鉄の質が悪い。製作系の最上スキルは材料がいらないのもあるけど、母艦になると陸海空どれでもキッチリ材料を揃えないと作れないから」
「最上ナンチャラはわからんが、鉄の質か。ドワーフのおる大陸でそれなら、世界中を探してもリーミヤの求める鉄など手に入らんかもしれぬのう」
全員が黙り込む。
しばらくそんな時間が続いたが、よし、と声を出したリーミヤが立ち上がって冷蔵庫に歩み寄った。
人数分の缶ビールと缶詰が、ジャスに向かって次々と放られる。
「こんな時に酒かよ・・・」
「いいアイディアが出ない時は、気分転換だよ。俺はミルちゃんの様子を見るから、あまり飲めないけど」
「ゴムボートも直すんだろ?」
「そうだった。やる事たくさんだねえ。いただきますっと」
ジャスが缶ビールと缶詰を開け、メイルとザースにも勧める。
乾杯もしないで飲み始めたリーミヤが、ふと顔を上げた。
「・・・現実的な策としては、俺が航空機製造と操縦のスキルを取って鬼族の国の船を沈めるくらいか」
「俺にもスキルが使えたらなあ。くそっ!」
「さっきから言っておる『すきる』とは何なのじゃ?」
「ああ、それはね・・・」
リーミヤが生まれ育った世界、それと職業持ちの説明が始まる。
それが一通り終わると、リーミヤはベッドルームを優しい手つきでノックしてからミルの様子を見に行った。
「惜しいのう。本人にその気があれば、大陸どころかこの世界を手中に収める事すら出来ように・・・」
「それをせぬからこそ、リーミヤ様はああまで人を惹きつけるのでしょう」
「それは理解できる。じゃが、覇王となったリーミヤを見てみたいとは思わんか?」
「はいはい、穏やかじゃない話はそこまで」
「ミルの容態はどうじゃ、リーミヤ?」
「ちょうど起きてた。パン粥を少し食べさせようと思う。可能なら手持ちの消炎剤でも飲ませたいんだけど、あっちの人類用だから副作用がね。だから飲ませるのは、御付きの女の人の用意した薬草かな」
「ファメルの薬草なら安心じゃ。あれはズン王国で最高の薬師の孫娘じゃからのう」
「ふうん。家畜を含めた食べ物や薬草を交易で手に入れて、レオニウスやガンバール、ベンタの生活を少しでも良く出来ればねえ。今は総力戦なんてやれる余裕はないからなあ」
リーミヤがミルクを入れた鍋を火にかけ、缶詰のパンを細かく千切って放り込んでゆく。
味付けは特にしないようだ。弱っているミルの胃に、少しでも負担をかけたくはないのだろう。
「そういえば、アィダーヌにはズンドゥ。チーズがないと聞いたが?」
「ないねえ。そのうち作るつもりだけど、この世界に来てから何かと忙しくってさ」
「ズン王国の製法で良ければ伝えるぞえ。あの港に作業場と牧舎を建てるくらい、先代領主である金獣騎士ならば雑作あるまい」
「そりゃありがてえが、いいのかよ。姫様?」
「構わぬ。まだまだ借りの方が多いからの。次の交易までに、こちらに出せる物とそちらが欲する物を擦り合わせておこうぞ」
「でーきたっと」
「妾が運ぶぞ、リーミヤ」
「ミルちゃんが喜ぶね。じゃあ、よろしく」
メイルがパン粥を持ってベッドルームに消える。
新しい缶ビールを開けながらテーブルの前に腰を下ろしたリーミヤは、まっすぐにジャスの瞳を見た。
「どこまでやるべきだと思う、おっちゃん?」
「・・・鬼族ってのが、エルフやドワーフをどうする気かにもよるな」
「皆殺しでしょう。彼の一族は、好戦的で知られていますから」
「そんな鬼族を嫌って島国に移り住んだのが、ミルちゃん達のご先祖様か」
「ええ。そしてその庇護の元に、様々な亜人や人間が集まりました。心優しきはぐれ者の末裔、それがズン王国の民です」
「大陸の、せめて大国と呼ばれる人間族とは連携を取りてえな」
「それにエルフやドワーフともね。どれだけの時間が残されているのかは知らないけど」
「ドラゴンはどうされるのです、リーミヤ様」
「・・・そもそも、ドラゴンって会話できるの?」
「さ、さあ?」




