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新人冒険者、外国人さんと戯れる-6




 夕暮れには到着するとザースは言っていたが、ボートの上で4人がさほど大きくない島影を目にしたのはまだ陽の高い時間だった。

 見えて来た砂浜に船首を向け、リーミヤは握り込んだ舵を離さない。


「衝撃に備えなよ。上陸後はザースさんが先導。死ぬ気で走って」

「はっ!」

「ボートはどうすりゃいいんだ、リーミヤ?」

「潮が満ちても波が来ない場所まで引き上げといてもらえるとありがたいね。備品の積み下ろしは、アイテムボックスで出来ないんだ。それにあと数秒で、エンジンは死ぬ。どう考えても、これだけ回したらアウト」

「了解だ」


 海中で高速回転しているらしい機械が砂を噛む。

 リーミヤはすぐに、テコでも押すようにして機械を持ち上げた。

 慣性でボートが砂浜に乗り上げる。

 まず波を蹴ったのは、一国の姫であるメイルだ。ザースがそれに続く。


「こっちじゃ!」


 返事もせずにリーミヤも走る。

 先行すればそれだけ早くミノタウロスの肝を子供に与えられるかもしれないが、モンスターのいない島でも護衛くらいは置かれているだろう。

 それとモメるくらいなら、そんな判断か。


「姫様っ!」


 砂浜から島の中央へ向かうように、雑草が刈り取られた道がある。

 そこから顔を出したのは、魚のような顔と鱗に覆われた肌を持つ男か女かも区別が出来ない亜人だ。

 三叉の銛を手にする亜人の横を、メイルが駆け抜ける。


「急いで、姫様!」

「無論じゃ!」


 念話魔法で話が伝わっているのか、魚の亜人はリーミヤに深々と頭を下げて見送った。

 木々が多くなる。

 道にも切り株などが残ったままで全力で走るには危険だが、メイルは速度を落とさない。


「小屋が見えたぞえっ!」

「姫様、早く早く!」


 小屋の入り口に立つ犬顔の亜人がドアを開け放つ。

 王族が寝起きするにはあまりに粗末な小屋。

 だがそこには、豪奢な子供用のベッドがあった。

 柔らかそうな寝具の上に、ミオと同じ年頃の女の子が横たわっている。


「ミル、妾じゃ。薬を持って来たぞえ!」


 返事はない。

 女の子は、笑顔を浮かべる力すら残っていないようだ。

 痩せた胸が、それで空気を取り込めているのかと疑うくらい浅く上下する。


「どいてっ!」


 メイルを突き飛ばすようにしてリーミヤが女の子に駆け寄る。

 壁際に控えていた額にツノのある大男が動きかけたが、彼の喉元にはザースが腰に佩いていた片手剣が鞘ごと突きつけられた。その隣にいるやはりツノのある女は、どうしたら良いかわからずに男とザースを交互に見ている。


「リーミヤ様への手出しは、私が許さぬ」


 ミノタウロスの肝。

 リーミヤがそれを噛み千切り、すぐにアイテムボックスに戻す。

 躊躇う事なく女の子を抱き上げたリーミヤは、その小さな唇にキスを落とした。

 口移し。

 痛みのせいでか食い縛っている歯を、リーミヤが舌でこじ開ける。


「間に合ってくれ、頼むのじゃ・・・」

「ミル様。どうか、どうかお力を振り絞って飲み込んで下さいませ!」


 リーミヤが唇を離す。

 小さくだが、たしかに少女はミノタウロスの肝を嚥下した。


「あ・・・」

「ミルちゃん、だよね。はじめまして。お腹が痛いの、治ってないかな?」

「い・・・」

「うん」

「いた、く、ない・・・」

「そうか。お水は飲めるかい?」

「うん・・・」


 アイテムボックスからリーミヤがボトルを出し、優しい手つきでミルの口元に運ぶ。

 浅く傾けられたそれを口にしたミルは目を見開き、それから何度も喉を鳴らした。


「おい、しい・・・」

「それは良かった。ここに置いておくから、欲しくなったらそこのお姉ちゃんに言うといい」

「あ、りがと」

「いいから、今はゆっくり休むんだ。ぐっすり眠って、起きたらゴハン。それを繰り返してれば、すぐに起き上がれるようになるよ」

「ミル、死なないの?」

「もちろん。だから、安心してお眠り」

「・・・う、ん」


 小さな涙が一滴、穢れを知らぬ頬を伝って落ちた。

 幼子が自らの死を覚悟し、それを受け入れる。

 そんな心の動きを思ってか、リーミヤが哀しそうな瞳でミルをベッドに横たえた。壁際の女がすぐに動き、ミルに上等な掛け布団をかける。


「間に合ったあ・・・」

「ズン王国はこの恩を忘れぬぞ、リーミヤ」

「本当に、なんとお礼を言っていいか。・・・ありがとうございます、リーミヤ様」

「いいって。しばらくミルちゃんの様子を見る。小屋の前の広場、使っていいよね?」

「もちろんじゃ。すまぬのう、客室を建てる余裕なぞなかったのじゃ」

「焚き火が出来れば充分」


 リーミヤが1人で小屋を出ると、ちょうどジャスも到着したところだった。


「どうだった、リーミヤ?」

「間に合った。でもかなり痩せて衰弱してるから、しばらく様子を見るよ。もしかしたら、治療スキルが必要になるかもしんない」

「スキルポイントはあんのかよ?」

「ないんだよねえ、それが」


 焚き火にはまだ火が入れられていない。

 それでもその近くにリーミヤとジャスは腰を下ろし、煙管を使い始めた。


「この島にゃ、モンスターがいねえらしいからなあ」

「ゴムボート、1つしかないんだよね。だからもしそうなればゴムボート整備してアィダーヌに戻って、オルビスでの乱暴な狩りになるかなあ。時間が勝負になるだろうし」

「レオニウス領でなら、民に被害を出さなきゃ好きにやっていい」

「ありがと。あ、お兄さーん。焚き火に火を入れて、お茶淹れてもいいかなあ?」


 槍を手にしている犬顔の兵が、自分の顔を指差して狼狽える。


「うん。いい?」

「・・・だ、大丈夫だと思われますだ」

「言葉は大陸と同じなのかあ。便利でラッキーだね。こっち来て座りましょうよ、お兄さん」

「は、はあ・・・」


 ゴンのような獣人と違って男は人間に耳や尻尾が付いているのではなく、犬か狼を人間の姿に似せて伸ばしたような見た目だ。

 男がおずおずと、腰の袋から火打ち石を出してリーミヤに差し出す。


「なにそれ?」

「火打ち石だよ。兄さん、コイツは便利な道具を持ってるんでな。それは必要ねえよ」


 リーミヤがライターで小枝に火を点ける。

 2人が煙管を使った時は見ていなかったのか、男は身を仰け反らせてまで驚いた。


「た、大陸っちゅうんは、おったまげる道具があるだなあ」

「一般に流通してる道具じゃないけどね。ちょっと待ってねえ。すぐ大陸の、アィダーヌって国のお茶を振る舞うから」

「な、なんにもねえとっから茶器がっ!?」

「・・・ああ。驚くよなあ。大陸の人間は全員がこうじゃねえから安心しろ、兄さん。煙草はやらねえのか?」

「臭いがキツイからやんね」

「ありゃ。そばで吸われるのも嫌だったりする?」

「なんもなんも。ザース様もやるで、慣れとるでよ」

「そっか、良かったあ。あ、俺はリーミヤ・ヒヤマ。こっちが義理の親父でジャス・レオニウスね」

「ロッタだあ」

「よろしくねえ。ミルちゃんの病状をしばらく見るから、ここで寝させてもらう事になると思う」

「オルビスは出さねえのかよ、リーミヤ?」

「その手があったか!」

「いつもそうして泊まってるだろうが。・・・まあいい。ファウンゼン達には子供の無事を伝えとくぞ」

「はぁい」


 ロッタに飲ませるからか、リーミヤはいつもより慎重な手つきで茶を用意する。

 ポットに入れたミネラルウォーターの量からすると、小屋にいる面々にもそれを振る舞うつもりのようだ。


「ヒヤマさん。姫様は、ミル様は大丈夫なんだべか?」

「とりあえずはね。でも闘病生活が長かったからか、かなり衰弱しちゃってるんだよ。だからしばらく安静にして、経過をしっかり観察しないと」

「ナイエル病は治っただか?」

「うん。それは確実。特効薬のミノタウロスの肝はまだあるし、大丈夫だよ」

「・・・えがったあ」


 リーミヤが微笑む。

 人の良さそうな犬の亜人、ロッタも笑みを浮かべる。

 やがて茶をポットから3つのカップに注ぐと、リーミヤはポットを持って腰を上げた。

 小屋の入り口をノック。

 中から顔を出したのは、ザースだ。


「これ、お茶です。中の人達でどうぞ。あ、カップってある?」

「それはもちろん。申し訳ありません、本来もてなすべきはこちらだというのに」

「いえいえ。それと、寝る時だけでも砂浜にオルビス出していい?」

「・・・姫が珍しがってご迷惑をかけるやもしれませんが」

「狭いけどベッドルームがあるから、説明ついでにミルちゃんをそこに移すのも話し合って」

「このあばら屋と涼しいオルビスなら、考えるまでもないとは思いますが。よろしいので?」

「構造を探るために壊したりしないならね」

「姫様に伝えて来ます」


 リーミヤが焚き火のそばに戻る。

 風下に席を変えたのは、ロッタに気を使っての事だろう。

 それを見たロッタは、何も言いはしないがまた笑顔になっていた。

 リーミヤが煙管を使い終える前に、メイルが出て来てロッタに焚き火を消せと命じる。


「なんでそんな嬉しそうなのさ、姫サマ?」

「ザースから聞いたぞえ。あの小船より凄まじいモノの寝室で、ミルを休ませてくれると。この小屋の前に出せそうかえ?」

「ムリムリ。広さがぜんっぜん足りないよ」

「あとどれくらいじゃ?」

「奥行きはこのくらいでいいけど、横に倍かなあ」

「ロッタ」

「えがすの、姫様?」

「リーミヤは妾が友ぞ。ズンの守り人が、友に隠し事などするものか」

「はあ。ほんだら、ちっと待ってくだせえ」


 いったい何事が始まるのかと、リーミヤとジャスがロッタを注視する。

 だが彼は束の間だけ俯きがちになって目を閉じ、すぐに顔を上げた。


「・・・何したの、って。風が変わった?」

「み、見ろリーミヤ。森が切り拓かれてやがるっ!」


 ジャスの言葉の通り、小屋の前の広場の左右が音もなく木々が刈り取られていた。ご丁寧に隅には、枝葉と幹に分けられた木材まで積まれている。


「せ、精霊魔法・・・」

「とは違うのじゃがのう。我が国にエルフはおらぬ。以前会いに行ったエルフ達はこの力を目にし、おぞましいものでも見たようにして瞳を背けたぞえ」

「ズン王国はエルフと敵対してるの?」

「それはない。相手にされておらぬだけじゃ」

「・・・なるほどね」


 大陸では亜人と呼ばれるであろう姿を晒さず、細々と交易を続けていたのには訳がありそうだ。そう思いながら、リーミヤは煙管を石に叩きつけて火皿から葉を落とした。


「それより、早く鉄の馬車を見せぬか。待ちきれぬぞ」

「はいはい。じゃ、小屋の入り口まで移動してからね」

「心得たっ」

「どうなる事やら・・・」

「大丈夫だって、おっちゃん。ミルちゃんは治ったんだから、気に入らなきゃ交流を断てばいいだけ。エルフみたいにね」

「それは困るのう。大陸で政情が安定していてそれなりの港があるのは、アィダーヌのみじゃ。他は亜人を奴隷にしておったり、勝てもせぬのに戦争を吹っかけたりとアホの集まりじゃからのう」

「人間1人1人を見れば悪くないのに、どうして世界ってのはこうもクソみたいになっちゃうんだろうねえ。どこも」

「同感じゃな」



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