新人冒険者、外国人さんと戯れる-5
「エアーはこんくらいかな。運ぶよ、おっちゃん」
「お、おう。まさかオルビスに船まで積んであるたあな・・・」
「無人偵察機を用意するって発想がなかった自分を、過去に戻ってぶん殴ってやりたいね。よいしょー」
「・・・思ったより軽いな」
「そう? 発動機のあるこっちは重いけどねえ」
服が濡れるのも構わず、2人は海に身を浸してそれを波間に浮かべた。
「ちょっと押さえててね。流されないように」
「オルビスを収納すんのか。任せとけ」
リーミヤがオルビスに走る。
そのままアイテムボックスに収納するのではなくハッチに姿を消したのでジャスは焦ったようだが、リーミヤはすぐに降りて来てオルビスをアイテムボックスに入れた。
「ザースさん、念話魔法はボートの上で。方向は指で教えてくれればいいから」
「わかりました。すみません、何から何まで」
「子供の命が懸かってるんだから、そんなのは言いっこなし。行こう」
波に揺れるボートに3人が這い上がると、リーミヤは発動機の紐を引く。
どうやら、エンジンを始動したらしい。
何もしていないのにゆっくりと動き出したボートの上で、ジャスとザースは生唾を飲み込んでいる。
「はっしーん!」
リーミヤが発動機の棒状の部品を握り込むと、ボートは波を切り裂いて走り出した。
オルビスほどでほないが、なかなかの速度である。
少なくとも、人力で動かす帆船よりは速い。
「は、速い・・・」
「速さはいいが、揺れるなあ」
「おっちゃん酔う人?」
「ガキの頃は湖の小船遊びでも酔った。そういや、成人してからはねえな」
「なら大丈夫でしょ。ザースさん、方向を指示して」
「・・・それなのですがリーミヤ様。港に寄ってもらうのは可能でしょうか?」
リーミヤの表情が変わる。
「間に合うの、それで?」
「正直、1秒でも惜しいです。それでも船には、責任を果たさねばならないお方がおられるのです」
「くだんねえ。ガキの命より大切なモンなんてあるかよ」
「・・・申し訳ありません。それでも、我らは異形でありますればこそ守るべき掟が」
「んな言い方、次にしたら怒るよ? それと、寄り道したせいで間に合わなかったらぶん殴る。たとえ女でもね!」
「ありがとうございます。準備をしてお待ち下さいと伝えますので」
港に寄るならオルビスで行くんだったとボヤキながら、リーミヤが船首をベルーナに向ける。
しばらく進むと交易船の手前に、上陸用の小船が見えた。
頭と顔を布で覆った女が立ち上がり、何事かを叫んでいる。艫を操る男が制止しているようだが、女は腰を下ろそうとはしない。
「ったく、波もあるってのに」
「すいません。その、姫は少々お気が強くて・・・」
「少々?」
「か、かなり・・・」
「本音は?」
「・・・嫁の貰い手がないので性格をどうにかして頂きたいです」
「この世界にゃ、お淑やかって言葉の似合う女はいねえのかよっ!」
「呼んだかえ?」
言ったのは、速度を極限まで落としたゴムボートと擦れ違う形になった小船の女だ。
表情は隠れているので見えないが、まっすぐにリーミヤを見詰めている。
「大陸語の勉強が足りねえな、姫サマ。時間がねえんだ、さっさと乗りやがれ」
「では、遠慮なく世話になる」
小船の艫を操る男はリーミヤの無礼な態度を見ても眉すら動かさず、黙って頭を下げている。
彼を置き去りにして、ボートは大回りで反転した。
「で、方向は?」
「北へ直進です、リーミヤ様」
「様ってガラじゃねえんでね。呼び捨てがいいんだけど、ムリならせめて殿にして」
「では、リーミヤと呼ばせてもらうかのう」
「貴方様には言ってませんよ、姫サマ?」
「・・・会った事もない妾の妹のために、こうまで怒ってくれるか。さすが、ザースに『大陸を統べた王と接するつもりで挨拶をしろ』とまで言わせるだけの事はあるのう」
「何を言ってくれちゃってんの、ザースさん」
「偽らざる本音です」
「時にザース」
「はっ」
「これほどの速度なら、お主が飛ぶよりも早くミルの元へ辿り着けるのではないかえ?」
「まさしく。ですが、リーミヤ様にそこまで頼って良いものか・・・」
主従の視線がリーミヤに向く。
進行方向に向かって最後尾に発動機があるので、バッチリと目が合った。
「はいはい。全速力で送って行きますよ!」
「うむ。妾の友は話がわかる。それはそうと、そこな頭の薄くなりかけておる男」
「びっくりするぐれえ失礼な姫様もいたモンだなあ、海軍の旦那!」
「すいませんすいません。本当に申し訳ありません」
「あ、姫サマ?」
「なんじゃ。婿ならまだおらぬぞ」
「そりゃそうでしょうねえ。ザースさんが『嫁の貰い手がねえから、せめて性格だけでも何とかしてくんねえかなあ。あのバカ女』って言ってましたから」
「・・・ほう?」
「リ、リーミヤ様っ!?」
騒ぎ出した主従をよそに、リーミヤがカリスを出して唇で挟む。
それを見たジャスが手を伸ばすと、リーミヤは笑顔でカリスを握らせた。
「たまにはいいでしょ、カリスも?」
「波飛沫で煙草は濡れちまうからなあ。それよりさっき、姫様は俺に何を言いかけたんだろうな」
「さあねえ。ま、ロクでもない事に間違いはないでしょ。おっちゃん、これ持ってて」
「これってオメエ。このゴムボートってのは、コイツで操縦してるんじゃねえのかよ?」
「そだよ。でも、直線で少し舵を預けるくらい平気だって」
「怖えなあ・・・」
ジャスに舵を預け、リーミヤは網膜ディスプレイを操作する。
素案は頭の中にすでに用意していたのか、まったく澱みのない作業だ。
「・・・む。リーミヤ、あの背ビレは鱶じゃ。大きいぞ」
「だねえ。姿勢を低くして、お2人さん。おっちゃんも、光に備えて」
「ま、まさか!?」
「そのまさか。手持ちの武器じゃ、海中のサメを殺れないんだ。いっくよー。・・・ていっ!」
名も知らぬ姫とザースがいるからか、スキル名は口に出さずに【2級武器製作】を発動。
「ま、眩しいっ!」
「・・・ほう、リーミヤは面妖な魔法を操るのじゃのう」
「ったく。どうなっても知らねえぞ、俺は!」
光が収まってリーミヤが手にしているのは、アサルトライフルのように両手でなければ撃つ事が出来ないと思われる大きな銃だ。
床に転がしてから詰めている銃弾も、かなり大きい。
「舵を離していいよー、おっちゃん」
「サメってのは鱶だよな。殺れんのか?」
「ザースさん、姫サマ」
「メイルじゃ」
「あっそ。大きな音が出るけど、驚いて海に落ちたりしないでね。ザースさん、姫サマ?」
「遠慮するでない。リーミヤになら呼び捨てを許すぞ」
「いらねえなあ」
リーミヤが立ち上がり、シャコンッと音をさせてから銃を海に向ける。
「ハルピュイアの幼体、2メートル先に取り出し」
空中にハルピュイアの子の死体が現れ、飛沫を上げて着水。
水面が盛り上がると同時に、巨大なサメが飛び上がりながらそれを一飲みにした。
「デ、デケえっ!」
「うっひゃーっ。鴨撃ちじゃんよ、どこ撃っても当たるぜっ!」
ガアンッ!
ガアンッ!
「オマケっ!」
ガアンッ!
「舵をもらうよ、おっちゃん!」
「お、おう。鱶はいいのか、あのままでよ? あれだけの大きさのを、見事に仕留めたってのに」
「クリーチャーなら食えるけど、普通のは臭くて食えないらしいよ。それよりアレを食いに別のサメが来るから、早くここらを離れないと」
「あの光。どこからともなく出現したハルピュイアの骸。大きな音で敵を倒す武器に、それを音もなく消す魔法。・・・ザースよ。面白きおのこと縁を結んでくれたのう」
「ですから、失礼のないようにとあれほど・・・」
「まだ無礼など働いておらぬ。のう、リーミヤ?」
「同意を得られると、本気で思ってるなら尊敬するよ」
サメの死体を残し、ボートは北へと進む。
「なあ、リーミヤ」
「ん?」
「便所に行きたくなったらどうすんだ?」
「・・・海?」
「いやいやいや。丸見えだろうがよ!」
「じゃあ、下を脱いで海に入ってすれば? これがホントの水洗トイレ、とか言いながら」
「鱶がいるだろうがよっ!」
「知らねえっての。おっさんの排泄になんて誰も興味ねえから」
「ジャス様、この速度なら夕暮れには島に着きます。どうかそれまでガマンを。こんなんでも未婚の姫ですので、何卒」
「言うようになったのう、ザース。リーミヤの影響かえ?」
ザースが微笑む。
やがて彼は、小さく頷いた。
「交渉せよと命を受け、レオニウス様のお屋敷に向かいました。その応接室で、不思議とリーミヤ様から目が離せなかったのです。この少年なら、ミル様を救ってくれるのではないか。訳もなく、そう思いました」
「・・・ほう。そしてその直感は、正しかったのじゃな」
「ええ。何も訊かずにミノタウロスというモンスターを狩りに行こうと動き出したリーミヤ様を見て、いっぺんでこの御方が好きになりましたよ」
「ベタ惚れじゃのう」
「まさしく。それにリーミヤ様は、空を飛べる自分は異形だと私が言ったら・・・」
「言ったら?」
「本気で怒ってくれました。殺気まで飛ばして」
「・・・懐かれたものじゃのう、リーミヤ」
「おっさんに懐かれてもねえ」
「聞こえてますよ、リーミヤ様!?」
笑い声が潮風に乗る。
照れているらしいリーミヤを見るジャスが誇らしげだ。
「どれ、そろそろ覆面はいらぬかのう」
「よろしいので、姫様?」
「己が生まれ持ったものを恥じる必要などない。そうであろう、リーミヤ?」
「当然。おっぱいは残念でも美人さんなんだから、誇ったっていいくらいだよ」
「・・・島に着いたら金獣騎士とは手合わせをするつもりじゃったが、リーミヤにも稽古をつけてやらねばのう。楽しみじゃ」
「さっきのはそれかよ・・・」
「俺と手合わせするなら、武器はさっきサメを殺ったの使うけどいいの?」
「む。バカを言うな。あんな武器を使われて、無事でいられる人間などおるものか」
「でしょ。だから手合わせは、金獣騎士とだけね」
ジャスが嫌そうな顔を隠そうともせずに空を仰ぐ。
誰もが惚れ惚れとするような片手剣と盾の技に加え、あれほどの隠し技を持っていても、他国の姫と手合わせなどしたくはないのだろう。
「あれ、なんだあの、ブイの付いたイカダみたいの。」
「あれは私が島から飛んだ時に使った、休憩所のような物です。あそこで羽を休めて、それから海神の愛し子号を目指したんですよ。・・・ミル様の手紙を胸に抱いて」
「篝火で読んでたアレかあ。妹さんなのかな。その子はなんて?」
「・・・今までありがとう、と」
リーミヤがカリスを吹いて海へ捨てる。
「掴まれ、その気になればまだ急げる。エンジンは保たせるつもりだったけど、島まで焼け付かなきゃそれでいい。飛ばすぞ!」
「ありがとうございます。ありがとうございます」
「・・・善きおのこじゃのう、ほんに」




