新人冒険者、外国人さんと戯れる-3
ザースが小さく頷く。
ジャスが交渉事も剣での立合いと同じなのだろうと言ったが、まさにそうだ。
姿勢を正したままザースは、肚に力を込めたように見えた。
「・・・それでは。アィダーヌには、牛面のモンスターが生息すると聞き及んでおります。そのモンスターを、私が狩る許可を頂きたい。どうか、どうかお願い致します」
「病人がいらっしゃるので?」
ミノタウロスの肝がナイエル病の特効薬だという事を隠す気もないのか、言いながらファウンゼンがリーミヤを見る。
病人のためとなれば、この優しい少年はすぐにでも動く。そう確信しているからだろう。
「やんごとなき身分のお方なのですが、まだ幼子であられるのです。それなのに腹の中が腐るような痛みに、健気に耐えておられる。まずは交渉をというお気持ちは重々承知しておりますが、どうか。どうか・・・」
「ザースさん、その子は船に?」
「いえ。アィダーヌからは見えませんが、沖にモンスターのいない無人島がございます。そこに・・・」
「出るよ、おっちゃん。ファウンゼンさんは、船にナイエル病の患者が少しでも快適に過ごせそうな物を運んで。出来ればここの客室に病人を移したいけど、あっちは俺達を信用できないと思う」
「それでも交渉せよと?」
「ったり前でしょうが。なに言ってんの」
「・・・任されました」
「ロイズ、ファウンゼンさんの手伝いよろしく」
「ん」
「武器持って玄関で待つぞ、リーミヤ」
「お願い。出来れば、街の門まで乗る馬も3頭」
「あいよ」
ジャスが立ち上がる。
ファウンゼンは手元の紙になにか書き込んで、それをロイズに渡した。そのまま立ち上がって、ザースに挨拶もせずに部屋を出てゆく。ロイズも一緒にだ。
「行くよっ、ザースさん」
リーミヤがザースを急かすが、事態に着いて行けていない彼は反応が遅れた。
腰掛けたまま呆けたようになっているザースに歩み寄り、リーミヤがテーブルに拳を落とす。
さすがにこの空気を読めない少年でも初対面の、それも他国の重鎮を気軽に小突いたりはしないらしい。
「しっかりしな、提督。ガキの命が懸かってるんだろうが!」
ザースが弾かれたように立ち上がる。
「武器は?」
「ふ、船に・・・」
「じゃ、まずは船からだ。行くよ?」
「は、はいっ!」
新兵のような上ずった返事をして、ザースがリーミヤに続く。
玄関前にはすでに完全武装のジャスと、馬具を着けられた3頭の馬がいた。
リーミヤが先頭の馬に飛び乗る。
「まずは船。ザースさんの武器を取ったら、そのままベルーナを出るよ」
「あいよ。ちょうど夜明けだ。ミノタウロスを探しやすくていいな」
リーミヤが馬腹を蹴る。
ジャスとザースも、それに続いた。
途中で馬上のファウンゼンを追い越すが、リーミヤはそれに目もくれない。
街の中で馬を飛ばしているので、マーカーを頼りに万が一にも事故など起こさぬように気を使っているのだろう。
港の桟橋に着くと、ザースはリーミヤが急かす前に小船に飛び乗った。
「他国の軍人に、オルビスを見られるか・・・」
「死にかけのガキが待ってるんじゃね。俺達の思惑なんか、どうだっていいよ」
「ちげえねえ。おお、巧いモンだなあ。操船」
口笛。
リーミヤのものだ。
いつの間にか街の住民と同じような服に着替えたらしいズイーが、馬丁のフリをしてリーミヤの馬の轡を取る。
相好を崩して馬の首を撫でながら、それでもズイーは周囲に目を配っているようだ。
「死にかけのガキがいる」
「・・・何が必要なんで?」
「ミノタウロスの肝」
「見張りに何人残しやしょう?」
「いらない」
「・・・承知」
ズイーが離れる。
夜が明けていく港でザースを待っていると、途中で追い越したファウンゼンが到着した。
チラホラいる役人にファウンゼンが何か言い、決して上等とは言えない衣服をまとった男が連れて来られる。その男はファウンゼンに声をかけられると、どこかに飛んでいってしまうのではないかと思うほど左右に首を何度も振った。
「なにしてんの、ファウンゼンさん?」
「小船の操り方を教えてくれと頼んでいるのですが、素人じゃムリだの一点張りで。・・・困りました」
「船の下まで行って説得?」
「ええ。ですから、1人で行くのが良いかと」
「誠意を見せたいのはわかるけど、ファウンゼンさんだけじゃ沖に流されそうで怖いよ。素直にその漁師さんを雇わせてもらおう。おじさん、銀貨5枚でファウンゼンさんに付き合ったげてくれませんか?」
「銀貨5枚っ!?」
「大丈夫そうだね。はい、これ。ファウンゼンさんが海に落ちたりしないように、よろしくお願いしますねえ」
「は、はっ、はい!」
漁師が船を用意する間に、ザースが三叉の大きな銛まで携えて戻った。
リーミヤの視線に、ザースが頷きを返す。
「行くよっ!」
「ファウンゼン。子供ってのはデリケートなんだ。ムリに他国に上陸させるより、慣れた無人島のが安心できるって可能性も忘れんなよ!」
「わかりました。兄上もリーミヤ殿もお気をつけて」
リーミヤを先頭に3騎が駆ける。
門の通用口にいた兵は、ジャスの言葉で素直にそこを通した。乗っていた馬もそこに預ける。
オルビス。
その威容に声も出せぬほど驚くザースを、リーミヤが小突くようにして急かした。
「また呆けてる場合かっ! 夜明けにムリヤリ入港したくらいだから、時間はねえんだろう!」
「・・・こっ、この御恩は、この命に代えても」
「いらねえよ、乗れっ!」
「はいっ」
感極まって男泣きするザースが、リーミヤに続いて乗り込む。
ジャスがハッチを閉めて助手席に着くと同時に、オルビスは走り出した。
(浜にいた3名が、モンスターの食い残しをめっけやした。獲物の大きさからすると、かなりのモンスターでさあ)
(おいおい。ベルーナ近辺にそんなのが居着いたってのかよ)
(方向は東だよね?)
(その森の入口でさあ)
(なら、森の外周を舐めるように進む。運良くミノタウロスを発見したら、すぐに連絡を)
(わかりやした)
銛が窓や天井に当たらぬよう気を使うザースを見かね、ジャスが槍を置く場所に案内する。
「銛はここに入れときな、海軍の旦那。深さがあるから倒れたりはしねえし、ここなら傷がついても構わねえ」
「ありがとうございます。・・・それでその、彼は一体?」
「ウチのやんごとなき身分のお方、ってトコだな」
「まさか王族の・・・」
「もしウチの王族だったなら、2000年の平和を約束されたようなモンだがな。そうじゃねえさ。まあ、オヤジが王様だから王族ではあるのか」
「やはり本来であれば、仰ぎ見るべきお方なのですね・・・」
2人が運転席に戻ると、すでにオルビスは右手に深い森を、左手に夏の終わりの海を見ながら進んでいた。
急ブレーキ。
「おわっ、危ねえ」
「なんかいる。見てくっから、ちっと待ってて」
「あいよ」
「お、お1人で行くつもりですかっ!?」
「ああ、俺達が行ったらジャマになるだけさ。コーヒーもらうぞ、リーミヤ?」
「茶菓子もどうぞー」
リーミヤがオルビスを降りて森に走る。
もう、夜は明けきっている。
リーミヤからすれば闇の中の方がミノタウロスを探しやすいのだろうが、それでも【隠密】の恩恵で森の中にいるモンスターは彼に気づかない。
ロクに下草も鳴らさぬ走り方は、猟兵としてかなりレベルを上げたゆえか。
(いた。・・・原色の派手な羽毛の女性型モンスター。何これ、おっちゃん?)
(たぶんハルピュイアだな。子育てでもしてるんだろ、迷惑な)
(危険なモンスター?)
(飛べるからな。子育てが終われば、狩りを教えるためにベルーナの住民が空から襲われるかもしれん。素早いから、弓じゃなかなか倒せねえんだ)
(了解、始末する。死体は持ち帰った方がいい?)
(羽飾りは、女共が喜ぶな)
スナイパーライフルを出して構えたリーミヤが微笑む。
愛する妻への、いい土産になるとでも思ったのだろう。こんな時だというのに、愛妻家というのはこれだから手に負えない。
溜めを作らぬ狙撃。
プシュッという音は、自作の消音器の効果だ。
見えない何かに殴られて地に伏した母親を気遣い、子がピーピーと鳴いている。
「・・・ゴメンよ」
リーミヤがもう一度トリガーを引く。
静かになった森を見回し、走ってスナイパーライフルごと親子の亡骸を回収。そのまま、リーミヤは森の外に向かって駈け出した。
すぐにオルビスに取りつき、ハッチを開けて運転席に駆け込む。
「お待たせっ」
「おう、殺ったのか?」
「うん。ねえ、王都のギルドに、ミノタウロスの肝が入荷してないか聞いてくんない? 狭い国だって言っても、たった1種のモンスターを探すには広すぎるよ」
「わかった。ちっと待ってな」
「ジャス様は、念話魔法を」
ザースの驚きを見るに、彼の国でも魔法を使える男性は少ないらしい。
(いやしたぜ。ミノタウロスでさあ)
「さすが腕利きの間諜っ! ザースさん、ミノタウロス発見。急行するよっ」
「お、おおっ!」
(ズイーさん、どの辺?)
(森の奥深く。あっしが走って森から出るんで、それを見つけてくれりゃ案内しまさあ。浜に、縦に細長え妙ちきりんな岩があるでしょう?)
(あるね。かなり近いよ)
(オルビスをその辺りに停めててくだせえ)
(了解っ。ありがとうね、本当に)
(・・・嬉しいんでさあ)
(何が?)
(出会った客人が子供を救うためなら躊躇いもせずに、隠し通すべきオルビスを出すお人だって事が)
苦笑いしながらリーミヤがオルビスを進ませる。
サイドブレーキまでかけて紙巻きタバコを出すと、まずジャスの手が箱に伸びた。
「海軍の旦那、臭いからして煙草はやるよな」
「ええ。それがどうしたのですか?」
「これをやってみな。こうやって咥えて、煙管なしで吸うんだ」
「・・・初めて見る吸い方です」
「ほい、ライター。しかし、ほんっと腕が良いねえ」
「ズイーの旦那達か?」
「うん。こんな短時間で、ピンポイント索敵。ハンパじゃないよね」
数回紫煙を吐いたリーミヤが、備え付けの灰皿で煙草を消す。
「来るよ。ちょいバックする」
「おう。一服は終わりだ、海軍の旦那。それと、銛は置いてけよ。森の中じゃ、かえってジャマにならあ」
「森で銛がジャマとか。ふざけてんのおっちゃん?」
「そういうんじゃねえっての。うし、行こうぜ」
「牛を狩りにって?」
「だからそんなんじゃねえって!」
3人がオルビスを降り、リーミヤがそれを収納する。
「弓を出しとけ、リーミヤ」
「危ない。いつもの癖で普通に・・・」
「だと思ったよ。ったく」
リーミヤが弓を出して矢を番える。
ジャスも背負っている弓を構えて、森の入口を睨んだ。
弓を持って来ていないザースが動きを決めかねていると、森の入口の青々とした雑草が揺れた。
「俺は右ねえ」
「おうっ!」
ズイーが森から飛び出す。
ジャンプ。
かなりの跳躍力だ。
それを追う3匹のガルー。
着地したズイーが身を屈めて反転しつつ鮮やかな短剣捌きでガルーの頭蓋を下から断ち割ると、左右のガルーの眼窩に1本ずつの矢が突き立った。
走る勢いに任せ、ガルーの死体が地を滑る。
「走れっ!」
「おうよっ。行くぜ、海軍の旦那!」
「はっ、はいっ」




