新人冒険者、のんびりするー6(終)
ジャスは気を使ってか、リーミヤから1つ離れた椅子に座る。
出されたジョッキを一息に呷って、彼は大きく息を吐いた。
「驚いたぜ、リーミヤ」
「どっちかな?」
「飼い慣らされてねえ獣の群れだ」
「ああ、そっちか。もう会ったの?」
「まあな。ケインズ、もう一杯」
飼い慣らされていない獣の群れとは、ズイーの率いる間諜達の事であろう。
北方の守りを預かる大貴族であった頃も、客人が訪れればその扱いの全権を預かる今も、ジャスは間諜などを生業とする者達との付き合いが深い。
そのジャスが驚いたと聞かされ、リーミヤは苦笑した。
「ファウンゼンさんも、気合を入れないとね」
「だな。使われている方も、上がダメだと出来る仕事が限られる」
「働きぶり次第では、バンズールさんに何人か付いてもらおうと思ってるんだ」
「本気かよ。あの旦那なら、迷わずキツイ使い方もするぞ?」
「この国には、黒騎士団ってのがあるんでしょ。国が味方のうちはそこの情報をもらえるんだから、こっちは目も耳も足りてるじゃん」
「南への備えか・・・」
「国内の掃除にも。ホントなら、全員を連れてベンタに入ってもらいたいくらいだよ」
ベンタは内乱のおかげで野心のある貴族と、野心はなくとも無能な貴族の色分けがハッキリとなされた。それに各貴族の腹の据え方を、バンズール達はしっかりと見る事が出来ただろう。これは大きい。
貴族制度の廃止に異を唱えるであろう者達の名は、バンズールとてとうにわかっている。
だが、その者達を始末するとなれば、彼は騎馬隊を率いて軍として討つしかない。
「・・・出来れば兵を消耗せずに、邪魔者を始末してえか」
「それに暗殺を匂わせれば、我が身かわいさで貴族制度の廃止に賛成する根性なしも多いでしょ。そうなっちゃえば、貴族はただの金持ちでしかない。商売なんかも下手だろうし、後はその金を吸い上げながら、ジワジワ弱らせればいいだけだもん」
「エグいな。だが、ベンタにこそあの連中が必要なのは理解した」
(兄上、兄上!)
声はファウンゼンのものだ。
だいぶ切迫した響きを聞いて、リーミヤとジャスが顔を見合わせる。
「厄介事、だろうなあ・・・」
「あのファウンゼンさんが、ここまで慌てるなんてね。戦争はしばらく勘弁して欲しいんだけどなあ」
(どうした、ファウンゼン?)
(海岸線に展開している兵が、北からの船を発見したそうです!)
「・・・A級の厄介事じゃん。このタイミングで来る? この世界って、俺に恨みでもあんの?」
リーミヤはキセルに葉を詰めながら愚痴るが、何も言わずにジャスに頷いて見せた。
とりあえず口出しはしないという事だろう。
(交易が再開となりゃ、レオニウスの家も潤う。餓死者を減らすためにだいぶ切り詰めてたから、素直に喜べばいいんじゃねえか?)
(何を暢気な! この大陸以外に人間族がほとんどいない可能性を示唆したのは、客人と同じような能力を持つと思われるスカーなんですよ!?)
(って言ってもなあ。これまでの交易でも、問題は起こってねえんだし・・・)
(これまでの交易も怪しいものです。こちらの使節の訪問をなんだかんだと理由をつけて断り、船が来なくなったと思ったらまた突然やって来たんですよ。ダリアス帝国と戦争になる可能性がなくなったから交易を再開しよう、という事かもしれないんです)
紫煙を吐きながら、リーミヤはセレスの手を握っている。
船の目的がただの交易であったとしても、ファウンゼンは領地に帰らねばならない。
ベンタが落ち着いた今なら、ジャスも同行するだろう。弟に爵位を譲ったばかりでもあるし、その弟は戦略家ではあるがロクに剣も使えない。
「セレス、いい?」
「もちろんよ。ただ、怪我なんかしたら許さないから」
「こっちこそだよ。ガンバール領の街を造る時は、必ずリーンを護衛に連れて行くんだよ? 出来れば馬車じゃなくて、トレーラーを出してもらってさ」
「ええ、わかったわ」
「リーミヤ、まさか・・・」
(ファウンゼンさん、帰る準備して北門に来て。おっちゃんも行くよね?)
(・・・まあ、そのつもりだが)
(OK。ダラスさんは?)
(本格的な揉め事が起きてからでいいさ。それまでは怪我人も出ないだろうし)
(なるほど。ファウンゼンさんの護衛、あっちには腕の良い兵がいる? 正直、王都のレオニウス邸の護衛じゃイザって時に怖い)
(質はあの程度だなあ、あっちも)
その声を聞くと、リーミヤはキセルの葉を落とした。
笑顔である。
ただ、その笑顔はいたずらっ子のそれだ。
(そんじゃロイズ、交易船が帰って紛れ込んだ間諜を見つけるまで、ファウンゼンさんの護衛をお願いできない? 裏の備えもしておきたいんだ)
(わかった)
ファウンゼンが息を呑むのが、無線越しでもわかる。
その声にならぬ音を聞いたリーミヤは、キセルをポケットに入れながら破顔した。
(それと誰か、ズイーさんがドコいるか知らない?)
(彼なら目の前に)
(打ち合わせ中だった、バダムさん?)
(そうですが、ほとんど終わっておりますよ)
(そんじゃ今の状況と無線の存在を説明して、手を貸してくれるなら5人くらい北門に行かせてって伝えてもらえますか?)
(わかりました。・・・南が一段落したと思えば今度は北の、しかも海の向こうの国ですか。やれやれですな)
(ホント、嫌になるよねえ・・・)
申し訳なさそうな表情のジャスが、エールを飲み干して立ち上がる。
「悪いな、リーミヤ」
「大丈夫だって。レオニウス領には行ってみたかったし。じゃ、北門で待ってるね」
「ああ。急いで向かう」
ジャスが先に店を出る。
「ごちそうさまでしたー」
「・・・引退した老いぼれだが、まだまだ冒険者としてなら若い連中には負けねえ。何かあれば、セレスに念話魔法を頼むといい」
「ありがとうございます。人手が足りずに犠牲者を出すくらいなら、ありがたく頼らせてもらいますね」
ケインズが頷き、背を向けて厨房に消える。
それを見たリーミヤは立ち上がると見せかけてセレスの唇を奪い、してやったりとでも言うように笑った。
「・・・もう。困った旦那様ね」
「初デートを途中で切り上げて、奥さんに面倒事を押し付けて北へ。うん、ロクな男じゃないね」
「そんな事はないわ。箱入りの世間知らずを黙らせるなんて、息をするより簡単だもの。くれぐれも、気をつけてね」
「お手柔らかに黙らせてあげてね。・・・じゃあ、行って来る」
柔らかな微笑みは、店を出た途端に消えた。
北からの交易船。
その意味を、リーミヤは誰よりも深く考えているのかもしれない。
足早に北門を目指す彼は視線をわずかに動かしたかと思うと、小さく口笛を吹いた。
「・・・やはり気取られておりましたか」
「尾行対象の歩く速度に合わせて歩いたんじゃバレバレ。敵地に潜入なんてするなら、これからは気をつけた方がいいよ」
まるで最初からそうしていたように、リーミヤとズイーは肩を並べて歩きながら会話している。
ズイーが自嘲の笑みを深くすると、2人の行く手に北門が見えて来た。
「肝に銘じて精進を重ねます」
「北には、ズイーさんが来るの?」
「それと4名の配下で」
「無線の話は聞いたよね」
「驚きましたぜ。古の3人にも、そんな事が出来るお方がいたとは聞いちゃおりません」
「ズイーさんも使えるようにするよ?」
「光栄です」
「後で配下の人も」
「それはご勘弁を。とても人前で出来る話じゃねえ事も、多々ありますんで」
「でも緊急時には必要でしょう」
「どうかお気になさらず」
2人は北門の通用口の手前、門番の注意を引き過ぎない位置で足を止めている。
やがて護衛も連れていないジャスとファウンゼンが見えると、その背後から純白の塊が駆けて来てファウンゼンの後ろにピッタリと付いた。
ジャスが笑い、ファウンゼンが戸惑いながらも大げさ過ぎる仕草で純白の塊、ロイズに挨拶か何かをしているのが見える。ロイズは1つ頷いたきり、口も開かずに周囲を見回しながら歩いていた。
「待たせたな、リーミヤ」
「リーミヤ殿。せっかくのお休みに申し訳ありません」
「いいから早く行こう。出来れば、船が港に着く前から見張りたいんだ」
「わかった。門番に話をつけてくる」
ジャスがそう言って通用口に歩き出すと同時に、4人の男女がファウンゼンの後ろにいるロイズの、さらに後ろに現れた。
「ダメだよっ、ロイズ!」
振り向きざまに槍で4人を打とうとしたロイズを、リーミヤが小声ながらも叱責の色を感じさせる言葉で止める。
4人の男女は顔色も変えない。
その足を見て、リーミヤは納得したようだ。
いつでも飛び退れる重心のかけ方。誰が見ても戦闘態勢など取っていない、金持ちの護衛に雇われたといった風情の冒険者。
だが彼等は、もしロイズに打ち掛かられても容易く初撃を回避しただろう。
「そっちのお兄さんお姉さん達も、あんまりイタズラしないの。脅かすくらいなら笑って済ませるけど、ロイズに手を出したら俺も相手になるよ? 2対5じゃキツイでしょ」
4人が頭を下げる。
その中の1人。特徴のない印象の女がハッキリと笑顔を浮かべたが、リーミヤは何も言わなかった。
「いいぞ、通用口を開けるそうだ」
全員が歩き出す。
戦闘の気配に呑まれたのか、歩き出したファウンゼンが躓いてしまう。
それを支えたロイズが、ポンポンとファウンゼンの頭を撫でるように叩いた。
「なっ・・・」
真っ赤になって足を動かすのも忘れた様子のファウンゼンに、リーミヤが苦笑を見せる。
「優しいじゃん、ロイズ?」
「王都は自分の庭だからと油断して、護衛対象を不安にさせた。次は大丈夫。もう、牝狐なんかに遅れは取らない」
「騎士サマ。ご自分を牝狐などと、卑下なさってはいけませんよ?」
「黙れ、牝狐」
ロイズに煽られ、澄まし顔で煽り返すのは特徴のない女だ。
「おい、やめろ。エー」
「・・・特徴のない印象はわざと?」
「そうなります。腕は良いんですが、整いすぎた顔と性格がね。晒で体型を変え、少しでも普通に見えるように化粧をしねえと、目立って仕事なんか出来やしねえんでさあ」
「言うじゃないかリーダー。アタイがいなきゃ、この護衛依頼は失敗の可能性もあるよ。そうなればこのパーティーは、明日からロクな依頼を受けられない。いいのかい?」
もう、仕事は始まっているという事か。
エーという女は、ズイーを冒険者パーティーのリーダーと呼び、勝ち気で自惚れが強いが腕の良い女冒険者を演じて、そんなセリフを門番に聞かせながら通用口を潜った。
街の外に出て少し歩くと、リーミヤがすぐにオルビスを出す。
「そんじゃ、出発って・・・」
運転席に座ってエンジンをかけ、リビングに入る面々に声をかけようとしたリーミヤが見たのは、運転席の後ろの階段の下、狭いスペースに片膝を付いて並ぶ4人の男女だ。
助手席のジャスは苦笑しているが、その隣のズイーはマジメな表情で4人に頷いて見せている。
「お初にお目にかかります、客人様。この4名の命は、どうぞ好きにお使い下さいませ」
「いや、普通に仕事してくれればそれでいいから。それより動くよ。危ないから、リビングに行ってて」
「はい。全力で騎士サマをからかっておきます」
声を出すのは、エー1人。
もう1人女がいるのだが、彼女はリーミヤから視線を逸らして小さく首を横に振るだけだ。
「・・・やれやれ。北へ行っても、退屈しなさそうだねえ」
「それだけは、保証しますぜ」




