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新人冒険者、のんびりするー5




 カリスの店を出た2人は、のんびりと来た道を戻っている。

 職人ギルドのある四ツ辻までは、比較的静かな道だ。ギルドを過ぎた辺りから一般人向けの店が増え、売り子の威勢の良い声などが飛び交う。


「次を右よ、リーミヤ」

「え、大通りで買い物するんじゃないの?」

「お昼ごはんをお土産にするんでしょ。なら、食堂通りがいいわ」

「飲食店が集まってるんだね。楽しみー」


 リーミヤの言葉通り、その横丁には右を見ても左を見ても飲食店しかなかった。

 そんな店の前をセレスはいくつも通り過ぎ、とあるドアを押す。


「ここも変わらないわねえ」

「なんでえ、樹国のか。今日はジャスとダラスは一緒じゃねえのかよ?」

「ええ。だから持ち帰りで適当にツマミと軽い食事を下さいな。どちらも10人分ね」

「わあったよ。座って飲んで待ってろ。そっちの腕っこきもエールでいいな?」

「ええっと・・・」


 横丁はかなりの人出だったというのに客のいない、薄暗い店内。それに飲食店の店主というよりは、高レベルの冒険者といった風情の初老の男。

 それらに困惑しているリーミヤの手をセレスが引き、2人はカウンターの椅子に腰を下ろした。

 その様子を見て、初老の男はニヤニヤと笑んでいる。


「この老人も元冒険者で、今はこの酒場の主よ。ケインズ、これが私の夫のリーミヤ。1人で飲みに来たりはしないから、よろしくしなくていいわ」

「ども、はじめまして。酒場って事は、まだ開店前なんじゃ?」

「飲み屋の都合を考える冒険者なんて、人助けをするオーガより珍しいのさ。いいから飲みな、ほれ」


 ドン、とカウンターに置かれた2つのジョッキにはなみなみとエールが注がれ、驚いた事に氷と氷が触れ合って涼やかな音色を奏でている。

 マーカーの有無で店内にケインズしかいないのを知っているリーミヤは、思わずといった感じで老いの浮かび始めている彼の顔をまじまじと見た。


「氷魔法・・・」

「まあ、これでも元冒険者。ちったあ名の知れた男魔法使いだったんだよ。ほら、乾杯だリーミヤ!」


 持ち帰りの注文を受けたはずのケインズが、白髪の混じったヒゲを歪めてジョッキを掲げる。

 リーミヤがジョッキを持ち上げるとそれに自身のジョッキをぶつけ、ケインズは一気にエールを飲み干してから大きく息を吐いた。


「ぶはあっ。やっぱその日の最初の一杯はたまんねえなあ。そんじゃ作るから、エールがなくなったら呼んでくれ」

「アル中は治ってないのね」

「治す気がねえんだよ。酒なくて何の人生、そうだろリーミヤ!」

「お酒のない世界とかあるのかなあ。もしそんな世界に招かれたら俺達は絶望するね、ケインズさん」

「話のわかる男は好きだぜ。今度、ジャスと夜に来い。良い店に連れてってやっからよう」

「行きませんっ!」


 セレスがカウンターを叩きながら断言すると、ケインズは粋な仕草でリーミヤにウインクをしてから背を向けた。


(ま、たまには男同士で飲みに来な。樹国のはジャスの娘みてえなもんだからよ。父と息子にゃ、2人だけで酒を酌み交わす時間も必要なんだ)

「これって!?」

「ああ、念話魔法で内緒話をしようとしたのね。・・・来る店を間違えたかしら」

「なあに、ただの挨拶さ。なあ、リーミヤ?」

「うん。それと食べ盛りがたくさんいるんで、料理は大盛りで」

「あいよ。そんじゃ待ってな」


 リーミヤがまたジョッキを持ち上げる。

 そのジョッキは、セレスを待っているようだ。

 それに気がついたセレスがジョッキを軽く合わせると、リーミヤは無邪気に微笑む。


「初めてのデートに、乾杯だ」

「この店が初デートなんて、C級に上がって結婚を意識し始めた冒険者カップルみたいで嫌ね」

「ここ、そんなお店なの?」

「デートに使う店ではないわ。客はほとんどが、仕事帰りの冒険者。しかも狭い店だから、D級以下の冒険者は遠慮して店に来ないの。ケインズは10年もA級冒険者をしてた経験を惜しまず語って聞かせるから、駆け出しを卒業したばかりのC級にこの店を紹介するのが現役A級やB級冒険者の役目なのよ」

「C級に上がって結婚ってのは?」

「マジメに働いて散財しなければだけれど、C級冒険者として1年働けば街で10年働くよりお金を貯められるの。だからB級に上る前に田舎で商売でもして暮らせるだけのお金を貯めて、冒険者を引退する堅実な人間もそれなりにいるのよ」

「・・・なるほどねえ」


 リーミヤは肌がヒリヒリしたと思えば次の瞬間には絶望が背を撫でる、そんな戦場とは無縁で生きてきた。

 だがこの世界に来て、その戦場を心の底では求めていたのではないかと自分を疑い始めている。

 安定した生活を求める人生にこそ共感できたはずの自分が、若くして引退する冒険者を理解できないなどと、そこらの荒くれ者が言いそうな事を一瞬であれ思うとは。

 忸怩たる思いを喉の奥に押し込むように、リーミヤは氷の浮いたエールを呷った。


「まだお昼よ。それにロンダール本店には、お客が来ているんでしょう?」

「ああ、うん。この1杯でやめるから大丈夫。ねえ、セレス」

「なに?」


 リーミヤは何も言わず、生まれ故郷の紙巻きタバコを咥えて火を点けた。


「もし、俺が人殺しを楽しむようなクズなら」

「セレスも人を殺すわ」

「・・・それは勘弁して」

「なら、冗談でもそんな事は言わないで」

「戦う生き方を選んだなら、殺す事を躊躇うな。戦いを楽しむのはいい。人を殺すのを楽しむようなクソヤロウには絶対になるな。父さんは、そう言ってた」

「なら大丈夫ね。セレスの旦那さまは義父の言いつけを守っていますと、胸を張って言えるわよ」

「本当に?」

「ええ。戦うしかない、話が通じない。そんな相手がいない時代なんかないもの。戦えない者を守るためには、戦える者が絶対に必要なのよ」

「そういう考え方も、あるか・・・」


 言いながらリーミヤはセレスのジョッキに手を伸ばし、エールを飲んでから微笑んだ。


「セレスの味がする」

「そんなはずがないでしょ。あら、無線よ。リーミヤを呼んでるわ」

「ケーダさんだね。街が出来ても住居や店舗の割り当てが終わってないと移住できないから、先にガンバール領に帰るって」

「サクラも一緒よね。急にどうしたのかしら」

「訊いてみる。ちょっと待ってて」

(なので申し訳ありませんがヒヤマ殿)

(話はわかったけど、急にどうしたんだろうってセレスが心配してる。面倒事、ケーダさん?)

(面倒事と言えば、そうなのかもしれません・・・)


 ケーダは歳こそまだ若いが、アィダーヌの貴族では一番の将だとリーミヤは思っている。今回のベンタの内戦でバンズールの騎馬隊と行動を共にして、ケーダはさらに成長した。

 そのケーダが面倒事と言うのなら、並みの事態ではないのだろう。リーミヤは表情を引き締めた。


(俺達はいつでも動ける。何でも言って)

(ああ、そういう面倒事ではないんですよ。先ほど到着した早馬が言っていたのですが、南の比較的肥沃な地に街を作るでしょう。しかもそれが北上するダリアス帝国の盾にもなれるほどの街なら、草原の民の騎馬隊の本拠地にしてしまおうと戦士達が盛り上がってるようで)

(それがどしたの?)

(ヒヤマ殿は、その街を交易の街にしたいのでしょう。そこの近所をヒャクダンや草原の戦士が駆け回っていたら、商人が寄り付かぬかと)

(それはないでしょ。てゆーか、逆だよ逆)

(はあ?)


 ケーダはリーミヤやバダムと親しく交わり、もっと商人にも気を使うべきだと思ったのだろう。

 だが、リーミヤはその気遣いは無用だと言っているようだ。


(新しい街をアィダーヌの交易の拠点に、ってのは俺も思ってる。だからこそ、そこでガンバールも儲けなきゃ)

(儲けるなど・・・・)

(ガンバールってそんなに裕福じゃないんでしょ。ベンタもそう。だけどあっちにはお米、ガンバールには羊がある。その交易に草原の戦士の騎馬隊が狩ったモンスターの肉とか革を使えるなら、さらに助け合えると思うよ。バンズールさんの騎馬隊なんかは南の監視があるから、狩りばっかしてらんないと思うし)

(訓練ついでの狩りには慣れてます。肉を民に分けるのではなく、穀物に変えて分けると)

(全部じゃなく半々とかだと食事も豪華になって、住民はさらに元気になって働くねえ。そんで商人は、新しい街の周辺が安全なら喜んで仕入れに来る。それにしても、分け与えるだけじゃダメなんだけどなあ。まあ、それはまだ先の話か。それより、オルビスで送ってくからトレーラーで待ってて。おっちゃん、今って動ける?)

(ああ、ケインズの店に料理を取りに行けばいいんだよな)

(お願い。そんじゃセレス、行こっ)

(そんな、送ってもらうなど)

(車があるのに、1日かけてヒャクダンを飛ばす必要なんかないって。・・・あ)


 そこまで言ってリーミヤは、バダムの店に朝から押しかけて来たという客の事を思い出したようだ。


(ファウンゼンさん、あの2人を連れ出したらマズイよねえ?)

(未成年者を保護者の許可なく街から連れ出せば、罪に問われます)

(あちゃー・・・)

(だからヒヤマ殿、俺とサクラは大丈夫ですから)

(ごめんねえ、ケーダさん。あと2日でセレスのリキャストタイムが終わるけど、草原の民の要望とかで設計変更したいならいつでも無線で言ってね)

(ありがとうございます。では、俺達はこれで)

(気をつけてね。サクラさんも)

(新しい街でまた飲みましょうね、サクラ)

(はいっ)


 リーミヤとセレスが料理が出来るのを待ちながら新しい街についてあれこれと話していると、ジョッキを見に来たケインズに新しいエールを出された。料理を作りながら2杯目を飲んでいたケインズが、そのジョッキも干してしまったので3杯目を注ぎに来たついでらしい。

 新しい街に、騎馬隊とロンダールのトレーラーのための区画を追加しようかと話し合っていた2人は苦笑いだ。


「来たぞ、とりあえずエールだ。ケインズ」

「えっ。おっちゃん、無線は聞いてたよね?」

「おう。でもヒマだったんでな。ケインズが店をもう開けてんなら、飲もうかと思ってよ」

「お酒が好き過ぎるのも、人間族の悪癖ね」



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