新人冒険者、のんびりする-3
「そんな一族が、アィダーヌに・・・」
「災厄と言われる1人目の客人様に伝えられた諜報の技術。それを受け継ぎながら、一族は善き客人を待つのです」
「バダムさん達みたいだねえ。2人目と3人目にも手を貸したの?」
「はい。使っていただいたそうで」
御者であった男、ズイーが語ったのは、諜報活動を得意とする彼等一族の話だ。
現在の棟梁がズイーで、次の棟梁も同じ名を受け継ぐらしい。
初代は一族を率いて遺跡の盗掘などを生業としていたが、客人の人柄と奴隷制度を廃止する夢に惹かれてその配下となったそうだ。
「まあ、とりあえず飲みましょう。ズイーさん」
「その前に、一族を使っていただけるかどうか。その返答をいただきたいんでさあ」
「・・・手伝ってもらうとして、報酬は?」
「金も地位も望まず、世の平穏のために死すが我が一族。何もいりませんな」
「もしかして、神様のため?」
「くくっ。いや、失礼。信心なんかとは無縁なもんで。簡単に言うと、子供とおんなじでさあ」
「は?」
「勇者や騎士のお伽話があるでしょう。子供はそれに憧れる。そんな風に客人の手助けをするのに憧れて、命まで捨てようってバカが配下です。命までは賭けられねえって連中は、村で暮らしてますよ」
「配下の数は?」
「およそ30」
リーミヤが眉を寄せる。
生まれた国にも諜報機関はあったというし、30もの諜報のプロには是非とも手を貸して欲しいのだろう。
だが、その食い扶持をどうするかで悩んでいるようだ。
「リーミヤ。流通業を始めようとしているバダムさんと、戦争になれば軍師役になるファウンゼンさんに10名ずつ付いてもらったらどうかしら。それなら残り10名を養うのも簡単よ。いざとなれば30人が動くにしても、今はまだそんなに仕事もないでしょう。残りは冒険者として国内を回ればいいわ」
「バダムさんとファウンゼンさんに負担をかけるのはなあ・・・」
リーミヤは商人になるはずだったからか、他人に金を出させるのを極端に嫌う。ギルドで茶や食事を奢られる以上の金額になると、特にそうだ。
「ズイーさん。アィダーヌの暗部と比べて、一族の実力はどうなのですか?」
「情報収集、潜入、流言、暗殺、どれも負けませんぜ。成人の儀式として南に出向き、数年を間諜として働くのが、アィダーヌが平和になった後の一族の掟ですから」
「・・・そこまでしてるんですか。そんな腕の良い人材が10人も仕事をしてくれるなら、バダムさんもファウンゼンさんも負担どころか得をするわよ」
「それに南で間諜として働けば、それこそ一財産になるんでさあ。金の心配はいりませんぜ」
そこまで言われ、リーミヤはようやく頷いた。
こちらではまずお目にかかれない酒のビンを、ズイーに向ける。
セレスに小さなグラスを渡されたズイーは真剣な眼差しでリーミヤの酌を受け、それからビンに手を伸ばしてリーミヤのグラスにも琥珀色の酒を注ぐ。
何も言わずに、2人は同時にグラスを呷った。
「キツイ酒ですな・・・」
「それがいいんですよ」
「たしかに、癖になりそうです。それより敬語はおやめくだせえ。示しがつきませんぜ」
「それこそ癖ですんで、お気になさらず」
「いいえ。ドブの水を啜ってでも生き残れ、女は敵国で股を開いて情報を手に入れて来い、年端もいかぬガキを嬲れ、なんて命令にも慣れていただかにゃあなりやせん。まずは口調から」
「そんな命令・・・」
「しなくとも良いなら幸運でしょう。ですが、戦となりゃそれも必要ですぜ。とにかく、あっしなんぞに敬語を使っちゃなりやせん。間諜の頭領を目立たせるおつもりで?」
「誰にでも敬語だから、逆に目立つと思うんだよなあ」
ズイーは数杯の酒を干し、明日からの動きを告げて帰っていった。
「パーティーに入れなくてよかったの?」
「ウソは言ってないし、腕も良い。でも、まだ会ったばかりだからね。ズイーさんと数人は冒険者になるって言うし、リーンと一緒に狩りにでも連れ出して人柄を見させてもらうよ」
「明日はどうするの、王都見物でもする?」
「いいのっ!?」
「冒険者ギルドでケンカ相手の骨は折ったけど殺さなかったし、セレスと一緒にならいいわ」
「ありがとっ。えっとね、武器屋さんと魔法道具屋さんは絶対でしょ。後はドコ行こうかなあ」
嬉しそうなリーミヤを見て、セレスも目を細める。
リーミヤのグラスが空になればセレスが水割りを作り、彼女の缶ビールがなくなるとリーミヤが冷蔵庫に取りに行く。
ツマミのフライドポテトを食べさせ合ったりしているうちにリーミヤはヘッドギアを外し、自分の手でリビングの明かりを消した。
「・・・ううんっ。もう朝、リーミヤ?」
「起こしちゃったか。シャワー浴びて、少し走ってくる。まだ寝てていいよ」
「・・・うん」
セレスの額にキスを落とし、リーミヤがベッドから下りる。
全裸のまま壁に固定されたタンスからジャージを出すと、リーミヤはそのままリビングを突っ切ってシャワールームに入った。
「楽しみだなあ、王都観光。ふっふーん」
シャワーを浴びたリーミヤはジャージの上を着ずに、夏の朝陽を浴びながら黙々と草原を走り出す。
遠くまで行くのではない。王都からあまり離れぬように、ぐるぐるオルビスの周囲を走っている。
「あ・・・」
どれだけ走っただろう。
汗をたっぷりとかいたリーミヤが見たのは、ナギナタと槍を持ってトレーラーの客室から出て来るケーダとサクラだった。
「ケーダさん、サクラさん、おはよー!」
ランニングついでに走り寄るリーミヤに挨拶を返し、2人はそのまま素振りを始める。
リーミヤも足を止めて息を整えたが、やったのは素振りではなく腕立て伏せだった。3人分の呼気が重なる。
「素振りはしないのですか、ヒヤマ殿?」
「ふっ、はっ。メインは体力作りのトレーニング。そうだ。今日はセレスと王都観光に行くんだけど、ケーダさんとサクラさんも一緒にどう?」
「おおっ、いいですなあ」
「頼むからジャマはしないでやってくれ、ケーダ。セレスさんだって、たまには2人で街を歩きたいんだから」
「むう・・・」
トレーニングを終えた3人は、そのまま別れてオルビスとトレーラーに戻る。朝食を一緒にとリーミヤは誘ったのだが、やはりサクラがセレスに悪いからと断った。
「そういえば、2人っきりなんて滅多にならないもんなあ・・・」
そんな事を呟きながらシャワーで汗を流し、いつものコンバットスーツではなくこちらの若者風の衣装を身に着けてリビングに入った。
「おかえりなさい。朝ゴハン出来てるわよ」
「あ、うん。・・・凄いね。トーストにサラダ。コーヒーもある」
「このくらいはね。さ、食べましょ」
トーストは焦げていて、上に乗っている目玉焼きは黄身と白身がグチャグチャだ。それにサラダは手で千切ったかのような切り方。盛りつけも酷い出来だが、リーミヤは嬉しそうにすべて平らげた。
美味そうにコーヒーを啜るリーミヤは、どこまでも満足そうに見える。
「美味しかったあ。ごちそうさまでした!」
「お粗末さま。あら、まだ朝早いのに無線ね。バダムさんよ」
「聞こえてるけど、無視したいなあ・・・」
「冗談でもそんな事を言ってはダメよ」
「まあねえ。焦ってるなあ、バダムさん」
コーヒーを飲みながらタバコに火を点け、リーミヤは紫煙を吐いて苦笑いした。
(おはよーございまーす。バダムさん)
(おはようございます。朝早くにすいません。実は・・・)
「どっちだろうねえ」
「そんな人事みたいに」
(はいはい)
(店を開ける準備をしておりましたら、成人前の2人の少女が声をかけてきまして)
(そっちかあ。客人は昼に訪ねて来いと言ったはずだからと、追い返しちゃって下さい。身分がどうこうとか言うなら、すぐに無線を)
(そっち? あ、いえ。あの口調と従者の態度。彼女はやはり・・・)
(リッカちゃんとしか話してないからわかんないけど、たぶんそうでしょう。客人は昼食を食べてから店に来るって言っといて下さい。セレスと初デートなんだあ。ごめんね、迷惑かけて)
(いえ。そっちと言われたのが気になりますが、とりあえずはそうします)
初デートと弾んだ口調で言われ、バダムはいろいろと諦めたらしい。そっちとは何だとも訊かずに、無線は終わった。
「ズイーさんの一族の事も話してないでしょう。説明しなくていいの?」
「どこまで話していいのか、わからないからねえ。ズイーさんが一族の存在を秘匿したければ俺に仕事先を紹介されたとだけ言うだろうし、隠す気がなければ配下の出来る事を説明した上でバダムさんとファウンゼンさんに預けるでしょ。まあ、昼すぎにはわかるよ」
「驚くでしょうねえ、2人は・・・」
昨日まで馬車の御者をしていた男が10人もの配下を預けると告げるのだ。バダムは驚くどころではないはず。
ファウンゼンとて、襲撃かと駆けつけた時にズイーの顔を見ている。それにズイーがファウンゼンに話を通すなら、リーミヤの指示で会いに来たと言って面会を申し込むしかないだろう。
2人の驚きを想像したのか、リーミヤはタバコを咥えながら楽しそうに笑っている。
「バダムさんとしっかり話して、流通させてもいい程度の武器と防具も試作しなきゃなあ」
「お金の心配ならしなくていいのよ? 伊達にS級冒険者なんてしていないから」
「わかってないなあ、セレス。愛する人への贈り物は、自分の稼ぎで買わなきゃ意味がないんだって」
「贈り物って・・・」
「今は新人冒険者としての稼ぎしか手元にないから、あんまり期待しないでね?」
セレスがリーミヤに抱きつく。
優しく受け止めてその背を撫でながら、リーミヤは微笑んでいる。
しばらくいちゃついて満足したらしい2人は、オルビスを降りて王都へと向かった。




