2人の職人ー4(終)
旧バロニス王都、現在はダリアス帝国のバロニス州都である。
宮殿の豪奢な一室。そこの湯殿で、スカーはガタガタと震える自身の体を両腕で抱いていた。
「スカー様、大丈夫です。ここは安全ですから・・・」
そう言って背後からスカーを抱き締めたのは、浅黒い肌に艶やかな黒髪を持つまだ若い女だ。リーミヤやスカーよりも少し年下に見える。
豊かな双丘を背中に感じて少しは落ち着いたのか、スカーは小さく頷いた。2人は、全裸である。
「ありがとう、ゲノム。もう少しだよ。客人と対話は出来たんだ。もう少しで、奴隷なんてバカげた身分はなくなる。きっとだ。だから、もう少しだけガマンして」
「ゲノムは不安です。奴隷でなくなったら、スカー様のお世話が出来なくなるのではないかと」
かいがいしくスカーの体を洗いながら、ゲノムと呼ばれた少女は言う。
その手が上半身を洗い終えると、スカーは苦笑を浮かべながら瞳を閉じた。
「その時は僕のお嫁さんになればいい。なってくれるならだけどね」
「他の雌狐達と一緒に、ですか?」
「あの子達は、親に言われて僕と寝てるだけさ。ゲノムとは違う」
「そうは思えませんが。・・・あらあら。戦場帰りの殿方はやんちゃだと聞いておりましたが、どうやら本当のようですねえ」
「ご、ごめん。何回も死ぬと思ったけど、本当に帰ってこれたんだって実感したらつい・・・」
「アダムス様は、考えなしのお坊ちゃんを尋問されてからおいでになるそうです。時間はありますわ」
「ゲノム・・・」
いろいろな意味でさっぱりしたらしいスカーは、ゆったりとした部屋着を身に着けて、氷の浮かんだ果実酒を舐めていた。
テーブルの上には金属製のグラスや皿の他に、通信魔法道具が置いてある。
ノック。
ゲノムが優雅な身のこなしで応対に出た。
「スカー様。アダムス様がおいでになられました」
「入ってもらって」
「はい」
入室したアダムスが礼をとってから笑顔を浮かべる。
「だいぶ落ち着かれたようですね。さすがはゲノム」
「笑わないで下さい、兄上。本当に死んだと思ったんですよ!? なんなのあの客人、バカなの!? あそこまでする必要ないでしょ!」
「ですが彼のおかげで、今回の派兵失敗はすべてダグズ家の嫡男の責任となりました。残る2人も、証言は公平にすると言っておりますよ」
「・・・ダグズは脱落か。何より先に座ってお酒でもどうぞ、兄上」
「スカー様はコレばかりですね。いただきましょう」
「他のは舌がピリピリするんだもん。まずは姉上に連絡ですね」
「ええ。アレックスも気を揉んでいるでしょうから、そうしてやって下さい」
ゲノムがアダムスの酒を用意し、彼がそれで唇を湿らせた所でスカーが通信魔法道具に魔力を通す。
すぐに青い光が線となり、蠢いて女性の形となった。
単色なので詳細はわからないが、女性はカップを持ち上げて微笑んでいるらしい。
「州都に戻りました、姉上」
「見たところどちらも怪我はなさそうですわね、お疲れさま。スカー、兄様」
「王都はどうです?」
「相変わらずよ。バカ兄貴達もね。もう全員やっちゃうしかないと思うわよ」
「兄上、やっぱり帝王に・・・」
「ならない」
バッサリである。
眉をハの字にしてスカーがしょんぼりしていると、アレックスの鈴を転がすような笑い声が室内に満ちた。
「王はスカーにやってもらうしかないわ。ねえ、兄様」
「ああ。アレックスと俺が軍を預かれば、その時が俺達の時代に来てもなんとか戦える」
「問題は、妾達が死んだ後ですわよね・・・」
「それは子を孫を鍛えるしかないだろう。爺様は信じなかったらしいが、俺達は子孫を信じられる」
「側室も持たなかった自分の1人息子があんな好色な男になるなんて、考えもつかなかったんでしょうね。それであの豚親父は、殺ってしまっていいのかしら?」
「それなのですが、やはり姉上にお願いするのは・・・」
「スカー」
「はっ、はい」
女性らしからぬ低い声に、スカーが怯えを見せる。
「妾がどうやって生まれたかは話したわよね?」
「はい・・・」
「なら黙って妾に殺らせなさい。母の日記を読んだあの日に誓ったの。あの豚親父だけは、妾が殺すってね」
「・・・わかりました。ですが」
「ええ。もちろんバレないように殺るわ。本当は自分の手で殺してやりたいけどね。おいで、アドウィン」
呼ばれて姿を見せたのは、犬だ。
伸び上がりもせず椅子に腰掛けているアレックスの顔を舐められるのだから、かなりの大きさであるらしい。
「光の大精霊が人殺しなど請け負うのか、アレックス?」
「当然ですわ、兄様。使い魔は主のためなら、そのくらいは喜んでやってくれますの。相手が悪人なら、なおさら。ところでアィダーヌの客人とやらはどうだったのかしら」
「・・・嫌なヤツでした。仲間に囲まれて、自信に満ち溢れてた。それに顔も良くて背も高くて、強そうだったな」
「ふうん。どんな能力者かは知らないけど、どうせ子供を産むならその種をいただくのもいいかもですわね」
「姉上!?」
「ふふっ。キャシーとダニーには話してから殺るわ。でもスカーと兄様が疑われないよう、早目に終わらせるわね」
「・・・わかりました、どうかムリだけはしないで下さい」
通信を終えると、スカーは肩をほぐしながらグラスを口に運ぶ。
アダムスも一口酒を飲み、イタズラっぽい笑みを浮かべた。
「次は帝王となってから、嫌いな客人とその時の対応を話し合う事になりそうですね」
「・・・アィダーヌに客人が来たのは冬の終わり。僕だって能力者の端くれだけど、知らない土地に放り出されて半年。あんな風に自信満々で笑えるでしょうか」
「スカー様はスカー様。あの少年と同じである必要はありません」
「それはそうですけど・・・」
「明日の朝にはここを出ます。馬車ですので進みながら眠る事も出来ましょうが、お疲れでしょうからそろそろお休み下さい。ゲノム、スカー様を頼むぞ」
「はい。おやすみなさいませ、アダムス様」
その頃リーミヤもスカーと同じく、久しぶりに愛する人と同衾して大はしゃぎであった。
翌朝、ベンタ城の1室に無線を使える全員が集まる。
そのメンバー以外にも、ホルスとビザンツがいた。ビザンツはゴンを見るなり駆け寄り、隣の椅子に座って嬉しそうにしている。
「さて、バンズールさんから話は聞きましたよね。ホルスさん?」
「はい。とりあえずは国内に集中できそうです。本当にありがとうございました」
「いえいえ。そんじゃ俺達は、仕事に戻りますね。そんで、ビザンツの勉強はどうしましょう?」
「それなのですが、昨晩は城に泊まられたジャス様とダラス様にお願いをしたのです。ビザンツはゴンくんを兄のように慕っておりますし、バンズールとてリーミヤ殿にいただいたカタナを使いこなし、ビザンツに使い方を教えるまでには時間がかかります。ならばしばらくビザンツを、アィダーヌに連れて行っていただけぬかと」
「おっちゃん、いいの?」
「まあな。子供が国の思惑なんかで必要な教育を受けられねえ、なんて事は許せねえさ。リーミヤも同じだろ」
「うん。・・・じゃあ各自準備をして、ここにまた集合って事で」
それぞれが立ち上がる。
残っているのはホルス、バンズール、ドアン、リーミヤ、セレスだけだ。
「爺ちゃんはベンタに残るん?」
「残ってツダークを鍛えてくれと、ホルスがなんべんも頭を下げやがるんでな。仕方なくだ」
「嬉しいくせに・・・」
「うっせえ。リーミヤ達はこれからどうすんでえ?」
「んー。まずガンバール領に5000人規模の街造り。しばらく時間を置けばまたスキルで街を造れるから、ベンタに米作りの街を造りに来る。後は鉄箱なしでも流通を安定させられる会社の立ち上げでしょ。その合間に、冒険者稼業かなあ」
「忙しい奴等だなあ。まあ、ロイズをよろしく頼む。あんなんでも、オイラのたった1人の弟子だからなあ」
「うん。そういえば爺ちゃん、バンズールさん、無線はどうする?」
「そのままでいいさ」
「ですな」
リーミヤが困ったような顔をする。何もしてなくても経験値を得てしまう事を気に病んでいるのだろう。
それを素直に言うと、ホルスも含めた3人は笑い出した。
「経験値が基準になって成長するリーミヤ達と違って、オイラ達にはそんなモンは何の役にも立たねえんだ。黙ってもらっときゃあいい」
「ですな。それより某達は、念話魔法のような無線を使わせてもらえるのがありがたいのです」
「・・・それならホルスさんもパーティーに入っとく? 俺達みたいにレベルアップして体力が目に見えて上がったりはしないけど、健康になった気がするってバダムさんも言ってたし」
「よろしいのですか、叔父上はモンスターなど狩りませぬが」
「だから経験値が欲しいんじゃないんだってば。それにビザンツもお父さんと話せれば、寂しさをあまり感じないかもしんないし」
「リーミヤ殿、ビザンツのレベルアップを許容するのですか?」
ホルスは驚いている。
職業持ちのレベルアップは、身体能力がかなり変化するとリーミヤは言っていた。そのレベルアップをまだ5歳のビザンツが今から繰り返せば、成長した暁にはかなりの超人になっているかもしれない。それを危惧しているのだろう。
「あれ、ダメでした?」
「幼いうちから人より優れているというのは、必ずしも幸福な事ではございません」
「・・・ああ、その事かあ」
リーミヤが笑顔で茶を口に運ぶ。
「すいません、ホルスさん。リーミヤはいつも言葉が足りなくて。職業持ちは15歳まで、身体能力に補正が入るんですよ。おそらくは力加減を間違えたりして、意図せず犯罪者にならないためだと思われます」
「なるほど。それなら少しは安心ですな・・・」
「そんじゃ、ホルスさんとビザンツをパーティーにインっと。使い方やなんかはバンズールさんと爺ちゃんに聞いて下さい。それと雑談なんかにも使うんで、かなりうるさいと思います。一時的に声が聞こえないようにも出来ますから、遠慮なく言って下さいね」
「わかりました。ありがとうございます」
そんな話をしているうちに、荷物を持った面々が次々と部屋に入って来る。
最後に姿を見せたのは背嚢を背負ったビザンツと、両手に荷物を下げたサイだった。
「あれ、サイさんも来るの?」
「ビザンツ様のメイドですから当然ですわ」
「そっか。良かったねえ、ロイズ」
「2人で冒険者登録もする」
「うんうん。そんじゃ、帰ろっか」




