2人の職人ー3
スカーとの会談が終わると、誰もがホッとしたように深く息を吐いた。
無線からは、ファウンゼンとバダムの話し合う声が聞こえる。スカーの、思惑というよりは人物についての感想を述べ合っているようだ。
リビングの壁には、朝食を摂っているらしい300の軍勢が映っている。それを見たリーミヤは、首を傾げた。
「あれ、シャルはここにいるのに・・・」
「このくらいの距離なら、普通に魔法で見られるのよ。それより、リーミヤはあの少年をどう思ったの?」
「素人。ただ、邪気はない。ウソも言ってないしね」
「腕の良い魔法道具職人ではあるけど、それ以外はからっきしって事?」
「うん。だから味方が多いんじゃないかな。帝位に就けるかは、その味方次第」
「それほど人に好かれそうな子には見えなかったけど・・・」
リーミヤも頷く。
「でもね、あれに雰囲気が似てる人を知ってる」
「へえ。どんなヤツだよ、リーミヤ?」
「不世出の天才。人類最高の叡智。時代が待ち続けた男。俺の、師匠だよ」
「・・・あれもそんな男だってのか?」
「まさか。あんな人間がそうそういたら、俺みたいな凡人の出番がないよ」
「どんな人だったの、リーミヤの師匠って」
「そうだねえ。国の会議に出席するほどの立場にいたけど、街に出たら3分でカツアゲされてた。ダメ過ぎて見てらんないから、みんなして逆に面倒みちゃうんだよねえ。きれいな奥さんが2人もいたけど、そんな感じで結婚したらしいし」
「・・・おいおい」
「しかもカツアゲは、成人前の子供にされたんだよ。いやあ、あれは面白かった」
ダラスとユーミィが用意した朝食が、テーブルに並べられる。
雑談もしつつ、魔法が映し出されている壁を見ながら全員が朝食を終えると、軍勢も進軍の準備を始めたようだ。
「さて、こっちも準備だ。魔法が映ってない方の壁際から離れて、みんな」
「お、なんだなんだ」
「また変な事をするに決まってますよ」
「愛する旦那にハッキリ言うねえ、セレス」
「サーミィはそう思わないの?」
「・・・思わない訳がないさ」
散々な言われようだが、リーミヤは気にしていないようだ。ヘッドギアを装備して、ニコニコと笑っている。
「そんじゃいっきまーす。・・・オープン!」
微かな音と振動。
壁が、動いていた。
「なんだこりゃ・・・」
「ふっふっふっ。戦闘時の挙動でもリビングのみんなを守る、特製バケットシート。かっこゴン用の少し小さいのとミオ用のベビーシートもあるよかっことじ、だよ!」
「へぇー・・・」
「あれ、おっちゃん反応が薄くない?」
「気のせいだ。助手席に行かねえヤツは、これに座ればいいんだな?」
「そ。ベルトの仕方を説明するねっ」
リーミヤが自慢気に説明を終えると、壁に映る軍勢はちょうど動き出すところだった。
先頭に騎乗のスカーが見える。アダムスという騎士は、彼をいつでも庇える位置で北の空を見ていた。
「お、動き出すね。行こう。助手席はセレスとバンズールさんかな」
「そうね。その前に、シャルを出してあげて。国境までだけでも、スカーって子の安全を確保しなきゃ」
「5人で、しかもヒャクダンではない普通の馬で国に戻れると言ったのです。必要ないのでは?」
「念のためですよ。シャル、お願いね?」
「にゃあん」
「ハッチ開放。気をつけてね、シャル」
シャルを降ろし、オルビスが動き出す。
「榴弾砲を使うの、リーミヤ?」
「そうなるね。ベンタに来てからこっち、人殺しばっかだなあ」
「申し訳ない、リーミヤ様・・・」
「ご、ごめんなさい、そんなつもりで言ったんじゃないんです」
「いえ。いつも思っていたのです。リーミヤ様のいた国の話を聞くたびに、アィダーヌとベンタの餓死者をなくそうと語る瞳の色を見るたびに、この御方に人を殺させていいのかと・・・」
「赤マーカーは敵。殺しておかなきゃ、いつか家族がやられるかもしれない。情けは絶対にかけるなと子供の頃から教わってましたからね。平気ですよ」
リーミヤがカリスを2本出して、男2人で分け合う。
目を細めながらそれを口にしたバンズールは、魔法の映像ではなく窓に映る景色を眺めていた。
「いつか、戦う事しか知らぬ男の命が必要になったなら・・・」
「やめてよ、縁起でもない」
「人の命はあまりにも儚いものです。お2人からすれば、束の間の夢のようでもあるのでしょう。ですから、もしもの話ですよ」
「そんな未来は見たくない。ただ、神の揺り籠ってのが気になるねえ」
「あの言い方だと、先代のダリアス帝王は確信を持っていたようね」
「この大陸以外、人間種がほとんどおらぬなど・・・」
「なら何がいるんだって話だよね。モンスターはこっちにも出るんだし」
昨夜にダリアス帝国の軍勢が野営を始めてからもオルビスは進んでいたので、すぐに騎乗のスカーとそれに続く300が見えてきた。
アダムスがスカーに馬を寄せるのが見える。
リーミヤが彼等を欺いてスカーを殺そうとするのなら、盾にでもなろうというのだろう。
(敵が見えた。ここから、会話は無線でするようにね。運転が荒くなるから舌を噛むよっ)
言いながらリーミヤは、マイクを取ってバンズールに使い方を説明している。
軍勢は近い。
弓も魔法もオルビスには傷も与えられぬとあって、リーミヤは大胆に接近してからブレーキを踏んだ。
「理解しました。ゆうべ飲みながら話した通り、客人の助力がある事を伝えてもよろしいのですね?」
「もちろん。じゃなきゃ、ベンタ攻略を急がないってスカーの兄や上層部が判断しないかもしんない。そんじゃ、まずは警告を。そしたら誰かが煽ってくるだろうから、馬車を潰します」
「はい。・・・ダリアス帝国の軍勢とお見受けする。某はベンタのバンズール・カターニャ。謀反者に3000の兵を貸し与えて国を奪うつもりだったのだろうが、その軍勢はこの鉄箱で皆殺しにした。大陸に名を轟かす客人様の怒りをその身に受けたくなければ、すぐに引き返して2度とベンタの土を踏もうなどとは思わぬ事だ」
突如として現れた鉄の塊を見て混乱していたダリアス帝国軍が人間の声を聞き、さらにそれが猛将バンズールの声であり、鉄箱というそれに客人が関わっていると知らされて大騒ぎになる。
ひとしきりああだこうだと騒いでいた軍勢だが、振り向いたスカーが大声で叱咤すると、ようやくざわめきは落ち着いた。
「へえ。ウジウジしてるくせに決めるじゃん、スカー」
「でもそれが気に入らない者もいるようね」
「スカーの狙い通りでしょ、たぶん」
セレスの言うように1人の貴族と思われる男が、スカーに偉そうにさせてなるものかとばかりに前に出た。
この男の暴言を合図に、リーミヤは榴弾砲を発射して馬車を破壊する。そしてダリアス帝国に逃げ帰った男は、客人との話し合いを視野に入れていたスカーを無視して戦端を開き、本来なら馬車に乗っていたはずのスカーを殺しかけた責任を取らされるのだろう。でなければ、この軍勢を率いるスカーの立場が悪くなるはずだ。生贄には違いないが、自業自得である。
もしかするとこの男の追い落としまで、スカーの策であるのかもしれない。
「ええい、北の田舎者が面妖な魔法で策を弄しおって。我がダリアス帝国軍は、そのようなハリボテを恐れたりはせぬっ! 今すぐ降伏して奴隷になるならば、命だけは助けてやろうぞ!」
リーミヤが口の端を上げながらバンズールのマイクを奪う。
「・・・そちらの考えはよくわかった。俺は客人のリーミヤ・ヒヤマ。未成熟な世界になるべく干渉せずにいたかったが、奴隷制度なんてもののあるダリアス帝国だけは潰しておかねばならぬようだな」
「な、何をっ!」
「見せてやろう。ダリアス帝国までの道を3日で駆け抜け、単騎で帝都を焼き尽くすこのオルビスの実力を!」
ウソではないが、それをすれば罪のない人々もたくさん命を落とす。
いざとなればリーミヤならやるのかもしれないが、それをしたくないからこそスカーの誘いに乗ったのだ。
話しながら開いてゆく砲塔カバーを見て、スカーの目が輝いている。
リーミヤは苦笑しながら、一番高い場所に据えられている榴弾砲を撃った。
ドゴオンッ!
轟音を聞き、木っ端微塵となった馬車と巻き込まれて死んだ仲間を見ても、囚人兵達は動けなかった。
あまりにも常軌を逸した状況なので、理解が追いついていないのだろう。
「客人よ、こちらの声は聞こえておるのかっ!?」
「野蛮人の言葉など耳が腐りそうだが、残念ながら聞こえている」
「ダリアス帝国は望むすべてを差し上げ、貴殿を無二の友として迎えたい!」
「ほざくな蛮族っ。決して豊かとは言えぬ北の小国を攻めたるは、醜い支配欲と劣情に突き動かされたゆえであろうっ。そのような者を友になど出来るかっ、ドラゴンブレスを使うまでもない。1人残さず踏み潰してやろうぞっ!」
オルビスが土を巻き上げて急発進する。
騎乗の貴族が命の危険を感じ、心を折られるのに充分なスピードとコースだ。
「・・・くっ、仕方ない。この場は退くぞ!」
叫びながらスカーが馬首を返す。
アダムスは全員がオルビスに背を向けたのを確認し、革袋をそっと放ってからそれに続いた。約束の魔法道具が入っているのだろう。
「遅い、遅いなあダリアス帝国の軍馬は。そのような速度では踏み潰されるぞ。ほうら、もうすぐ新鮮な挽き肉の出来上がりだ!」
「ひ、ひいっ・・・」
言葉とは裏腹にリーミヤは騎乗の貴族だけでなく、囚人兵も轢かないようにオルビスを操っている。
貴族と距離が離れれば、囚人兵はスカーの魔法道具で死ぬ。わざわざ苦しませたくはないのだろう。外部スピーカーで貴族の恐怖を煽りながら、オルビスは国境までダリアス帝国軍を追った。
(とりあえず、ここまででいっか。もうリビングで寛いでていいよー)
(終わったか。外の声は聞こえてたんで、無線でファウンゼンとバダムの旦那に説明はしてた。これからどうなる?)
(スカーからの連絡待ちだねえ。魔法道具を忘れずに回収しなきゃ)
(野営の道具なんかもあったんだろうが、荷駄と一緒におじゃんだろうなあ)
(そうなんだよ、あのバカ。輜重隊を、馬車の直ぐ側に配置してたんだよね。慰謝料としてベンタがもらうはずだったのにさあ)
(ずいぶんと気安いな。気に入ったのか、スカーが?)
(いんや。たぶん同族嫌悪。あれ、向こうの世界にいた時の俺と同じだ。生まれを理由にやりたい事を諦めて、誰かのために自分を殺してる。見ててイライラするよ・・・)




