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2人の職人-1




 豪奢な馬車の前で風に靡く旗を見て、バンズールは立ち尽くしている。

 リーミヤに着席を促されても、彼はすぐには動けなかった。


「すいません。あまりの事で固まっておりました・・・」

「王族って、ダリアス帝国だよね。・・・ああ、皇帝じゃなくて帝王。その家族って事かあ」


 腰を下ろしながらリーミヤが笑う。

 同じく座ったバンズールも、苦笑を浮かべられるくらいには気を取り直したようだ。

 冷えた茶を出すユーミィに丁寧に礼を言ってから、バンズールはカップを口に運ぶ。


「で、どうすんだ。リーミヤ」

「そうだねえ。今夜のうちに接近しといて、明日の朝にあの軍勢が国境を越える時に馬車を砲撃しようか。決定的にダリアス帝国と敵対する事になるけど、王族の誰かは確実に殺せる。バンズールさん、どう?」


 バンズールは腕組みをして瞳を閉じる。

 王族を殺せるのはいいが、それで怒りに駆られたダリアス帝国は奥の手、ドラゴン来襲の誘発を即座に仕掛けて来る可能性もある。

 ベンタの安全を一身に背負う彼は、簡単に決断は出来ないのであろう。


「オルビスの姿を見せるだけ、という訳にはまいりませぬか?」

「・・・そういえばドラゴンの事があったね、ならそれが妥当か。じゃあ砲撃の代わりに、外部スピーカーで文句でも言ってやって下さい」

「喜んで。では、伝令に出立を伝えさせます」

「はぁい」


 ゴンはどうする。

 そんな感じでリーミヤが視線をやると、ジャスは何も言わずに頷いた。

 オルビスの中ならば、城より安全だと考えたのか。


「じゃ、門まで散歩がてら歩こっか」

「やれやれ、厄日だな」

「賭けも負けたもんねえ、リーン。お、ちょうどお酒も届いたみたい。兵隊さんが運んでくれてるよ」

「間に合ったか。安酒だけど、ありがたく飲みやがれ」

「もちろん。さ、行こう行こう」


 大きな酒樽をリーミヤとリーンの2人がかりで荷台に積み、一行は夕暮れの街を歩き出した。

 城は王都のほぼ中央なので、目的地に近い南門を目指す。


「屋台とかないねえ」

「それはなんですか、リーミヤ様?」

「ちょ、街中で敬語はやめってってバンズールさん。屋台は、料理を売る露店だよ。店よりお金がかからないから、安くていい物を出す人が多いの」

「・・・この暑さではすぐに食材が痛みます。生活魔法で氷を出すにしても、長時間は保たないでしょうね」

「それは考えてなかったなあ。早く魔法道具の研究を始めたいよ」

「魔法道具、ですか・・・」

「俺は戦闘職じゃないからね。物を作ったりするのが性に合ってるんですよ」


 門を出たリーミヤがオルビスを出し、全員で乗り込む。

 助手席には、セレスとバンズールが座った。遠見の魔法で助手席の正面に、シャルの視界が映し出される。


「リーミヤ様、軍勢は野営の準備のようです」

「俺達はしばらく走ってからゴハンだね」

「バンズールさん、あれが密偵の一団ではありませんか?」


 セレスが指差すのは、10人ほどの男女だ。


「国境付近を領地として預かるミッター伯爵本人がおりますな。そして連れている者の大半が、私兵とは思えぬ装備」

「女性も帯剣しているし、冒険者のようにも見えるけど・・・」

(リーン、ちょっと運転席に来てもらっていい?)

(おう、すぐ行く)


 カリスを咥えたリーンが運転席に上がり、着席の勧めを断って助手席のシートの背凭れに手をついた。

 セレスが指で示した一団を見て、カリスが上下する。


「なんだ、ザルクスの爪じゃねえか」

「なにそれ?」

「クランだよ。傭兵もパーティーを組んだりするが、クランに入るには重い誓約が必要なんだ。全員で血を啜り合ったりする儀式なんかをするクランもあるな」

「・・・おえっ」

「結構な報酬を出されたんだろうなあ。ザルクスの爪が、こんな北まで来るなんてよ」

「傭兵かどうか訊きたかったから来てもらったんだけど、もしかして知り合い?」

「ってより、敵だあな。俺はダリアス帝国の依頼は受けねえが、ザルクスの爪はダリアス帝国お抱えみてえな感じだ」

「傭兵ならお金で動く?」

「こっちの密偵をさせようってのか? やめとけやめとけ。傭兵は信用が命より大切なんだ。仕事を受けるフリして、罠に誘い込まれるのがオチだぜ」

「・・・残念。わざわざ来てくれてありがと」

「気にすんなって。そんじゃあな」


 リーンがリビングに戻ったところで、ミッター伯爵とザルクスの爪はダリアス帝国の軍勢の中に消えた。

 セレスがシャルを接近させるかと訊ねたが、バンズールは首を横に振る。


「つまり国境に領地を接する貴族が丸め込まれて、ダリアス帝国から資金をもらってそれで傭兵を雇いながら諜報活動をしていたと」

「そのようですな」

「単純だけど、まあ効果的なやり方ね」

「国内貴族の掃除はこれからだから、その前にわかって良かったねえ」


 オルビスはしばらく進み、ダリアス帝国の野営地点まで約30分の位置で停まった。

 3人もリビングに移動して、軽く飲みながら作戦会議をするらしい。


(問題はベンタの準備がどのくらいで整うか。それをダリアス帝国が待ってくれるかどうか。そんな感じだねえ)

(そうなりますね。バンズール閣下、軍制改革はどのくらいかかりますか?)

(あの軍略書を書いたお方に閣下などと呼ばれると、面映いものですな)

(おー。バンズールさんも読んでたんだ)

(・・・勘弁して下さい。戦争をした事がない人間の戯言ですよ)

(ご謙遜を。軍制改革、ですか。冬までにはどうにかと考えてはおります)


 遅い。

 誰もが思ったのだろうが、誰にもそんな事を言う資格はない。

 バンズールの目の下のクマを見れば、王都陥落から数日だというのに、どれだけの激務をこなしているのか容易に察せる。


(ファウンゼンさん、ダリアス帝国は冬に軍勢を出すと思う?)

(かの国は、この20年ほどで急激に南へ版図を伸ばしました。ですが元々の領土は、気候の穏やかな大陸中央部。暑さならまだ我慢できましょうが、貴族共がアノギ峠以北の寒さの中で野営が出来るとは思えません。ですが、兵に凍死者を出す覚悟での派兵がないとは言えませんよ)

(アノギ峠?)

(ベンタの隣国だった山国の道です。南を見るとフェルスト大山脈から伸びる、また別の山脈があるでしょう。兵を阻むほどの難所ではありませんが、そこから北の冬は厳しさを増すのです。その山国はアノギ峠の向こうに王都がありましたから、自動的に今はダリアス帝国ですね)

(・・・他に軍勢が通れる道は?)

(あるのでしょうが、東は道が険しくモンスターの多いフェルスト大山脈。西には小さなエルフの里があります。ダリアス帝国の軍勢が北上するなら、アノギ峠を通るしかありませんね)


 リーミヤがバンズールを見る。


(なるべく早く、アノギ峠までの土地を奪うしかないね。峠ってんなら、道幅も狭いんでしょ?)

(かなり)

(その山はアノギ山でいいの?)

(そのはずです)

(4000の兵力でダリアス帝国の侵攻を迎え討つつもりだったけど、その山さえ押さえちゃえばもっと少ない兵で守れそうだねえ)

(・・・ああ、高所から弓と魔法の釣瓶射ちですか。たしかに効果的ですね)

(うん。ところでセレス、ダリアス帝国がエルフの里を避ける理由は?)

(小さな里なら人口は1000程度。でもその里を8000で包囲しても、朝から晩まで精霊魔法を射ち込まれるのよ。戦争になると思う?)

(・・・なるほど。よくわかったよ。エルフと手を組めればなあ)

(天と地がひっくり返ってもムリね。エルフは種族としての特徴が、強欲で繁殖力が強いというだけの人間族を、心の底から蔑んでいるもの)


 リーミヤも人間で職人であるのだが、この世界にはドワーフがいる。モノ造りに長けた種族といえば人間ではなく、ドワーフであるのだろう。


 エルフのように長生きして蓄える知識と、ファウンゼンのように自ら求めて手に入れた知識。どちらが優れているとは言えないのだから、知識欲も種族としての良い特徴のように思えるが、リーミヤが知らないだけで頭の良いのが特徴という種族もいるのかもしれない。


 そこまで考え、リーミヤはため息を吐いた。


(神様と話せるのは、優れた種族としての特徴じゃないの?)

(エルフにとって神は自然の一部。自然を崇めるのではなくその一部だけを神聖なものとして見るのは、理解が足りないからだそうよ)

(すぐにエルフを口説くのはムリか・・・)


 それから雑談が続き、女はベッドルーム、男はリビングで雑魚寝となった。

 翌朝、珍しく誰よりも早く起きたセレスが、身支度もそこそこにリビングに下りてリーミヤを起こす。


「起きて、リーミヤ。起きて!」

「・・・ん、んう。セレス?」

「そうよ。ダリアス帝国の兵が、シャルの潜む森に矢文を」

「はあっ!?」


 身を起こしながら叫んだリーミヤの声で、リビングにいる男達が目を覚ました。


「なんでえ、朝這いなら静かにやりやがれ」

「それどころじゃねえって、おっちゃん。ダリアス帝国がシャルを発見して、手紙を寄越したらしい」

「・・・は?」

「セレス、ダリアス帝国は人間族の国だよねえ?」

「そうよ。国内に亜人種はいないはず」

(おはよー。ダリアス帝国が森に潜んで軍勢を監視していたシャルを発見。矢文を寄越したってさ)

(・・・はあっ!?)


 ファウンゼンの素っ頓狂な声を聞き、リーミヤがテーブルを片付け始める。

 セレスの手伝いもあってそれはすぐに終わり、コーヒーメーカーから湯気が上がる頃には、全員が身支度を終えてリビングに集まっていた。


(人間が、どうやって潜んでるシャルを発見するってんだよ・・・)

(誰か先代のダリアス帝王がどんな出自で、どんな事をして国を継いだのか知らない?)


 リーミヤの問いに答える者はいない。

 だが、長く南にいたリーンが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。どうやら、何かを知っているようだ。

 リーミヤ達はじっと、彼が口を開くのを待つ。


(1000人斬り・・・)

(どゆ事?)

(アホ程いる庶子の1人でしかなかった先代は、国王を始めとする親兄弟とその護衛を一夜にして1000人も斬って帝王を名乗ったんだと)

(南ってそんな人口の多い街があるの?)

(そこかよ、リーミヤ。ダリアス帝国の都は、一般人が入れねえんだよ。昔っから)

(ふうん。まあ、ダリアス帝国の王族が普通の人間じゃないのはハッキリしたね。普通、1000もの人間を斬り殺したら武器も腕の筋肉も保たない。物理的にね。職業持ちじゃないといいけどなあ、王族)

(まさか・・・)



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