新人冒険者、走る-4
動くな。
リーミヤはリーンに目で告げた。
そして背後のロイズが剣の柄に手をかけながら半歩踏み出すと同時に、手を伸ばしてその動きを遮る。サイは、初めから動く気はなさそうだった。
下から掬い上げるような一撃。
血を噴きながら倒れたのは、小太りの少年だ。
ツダークの荒い息遣いを掻き消すように、どこかでセミがけたたましく鳴き出した。
「とっさにツダークに斬らせてやるべきだと思ってしまった。後悔はしてない?」
「・・・ありがとうございます。俺、私が殺すべきだったと思います。道を違えても幼い頃は王都で机を並べて学んだ、そんな相手ですから」
「そう。埋葬はまとめてする。戦時だからね。火葬すらしてあげる余裕はない。サイさん、魔法で土を掘ったり出来る?」
「お安いご用ですわ」
「なら、お願い。ロイズはサイさんの作業の手伝い。リーンは俺と来て。オルビスを収納して、投降した兵の尋問をする。それなりの人数を殺す事になると思う」
「俺には似合いの仕事だな」
「リーンだけにはやらせないさ。ツダーク、キミは・・・」
剣も納めずに、ツダークは自分が斬り殺した幼なじみの骸をじっと見ている。
「・・・ツダーク・ヴォイス!」
「はっ、はい!」
リーミヤの大声で我に返ったツダークは、背筋を伸ばして敬礼をしていた。
貴族の嫡男でありながら、それなりに厳しく育てられたらしい。怒声に反応してつい敬礼をしてしまうほどなら、領地の経営や貴族同士の付き合いより、軍事方面の事を厳しく仕込まれた少年なのだろう。
「呆けるのは1人になってからだ。その時は泣いてもいい。涙が出なくなったら、俺とリーンと酒を飲もう」
「酒だけかよ、リーミヤ?」
「女を買いに行くなら、金を渡すから2人で行くといい。ツダーク、キミの街を守る防壁をいつまであのままにしておくつもりだ?」
ツダークが街を見る。
すでに投降した兵は街に入っており、少し離れた場所にツダークの家臣が数人いるだけだ。
「すぐに塞がねば、血の匂いで集まったモンスターが・・・」
「そうだ。なら、ツダークが今するべき事は?」
「モンスターの侵入を阻む兵を配置しつつ、すぐに防壁の穴を塞ぎます」
「それでいい。ロイズ、サイさん。穴を掘ったら死体はそのままでいいから、街を守る兵隊さん達を手伝ってあげて」
「了解」
「そんじゃ行こう。そうだ、ツダーク」
「・・・はい?」
リーミヤはツダークの頭を撫でながら、肩を並べて歩き出す。
「信頼できる部下はいるかい?」
「家臣は皆、父であり母であると思っています。もう、実の両親はおりませんので」
「そっか。なら俺と、王都に行くかい?」
「王都へ・・・」
「こんな内戦を始めたクソヤロウは、しっかり殺してやんなきゃ」
「っ、行きます!」
「よし。なら出発は明日の朝だ。家臣の人達としっかり話し合っておくといい。1人か2人なら同行させてもいいよ」
「姫様はお1人なのですよね?」
「だね」
「なら俺も1人でいいです」
「そ。じゃあ、また後でね。オルビス収納っと」
消えたオルビスを見てリーンとツダークが驚いている。
リーンの背中を力いっぱい叩き、リーミヤは破られた防壁から街へ入った。
「焦げ臭いな・・・」
「木造の街は脆い。うちの村も木造の建物ばっかだが、こんなに密集してねえのが救いだな」
「でもそんなに燃えてない。なんでだろ?」
「女衆が生活魔法で消火したからさ。火事や洪水となると、土地の精霊は人間をなるべく助けようと力を尽くしてくれるらしい」
「なるほどねえ。籠城中だったのに飢えてる人もいなそうだし、ツダークの王都行きは問題なさそうだな」
逃げる暇もなかったのか、サージュ領都より多くの住民がところどころ焼けた街を忙しそうに行き交っている。
投降した兵が集められている場所を尋ねると、人の良さそうな中年女性は普段は市場として使われているという広場の場所をリーミヤに教えてくれた。
(こちらリーミヤ。ヴォイス伯爵は無事だよ)
(・・・ありがとうございます、リーミヤ様)
(気にしないで、バンズールさん。ついでに200くらいの捕虜を取った。何人残るかわかんないけど、嫌々反乱に参加した兵は俺達の戦力にしちゃいましょう)
(となると、西から200の兵が王都に攻め上がるのですか)
バンズールはすぐにリーミヤの行動を読んだらしい。
(ええ。そんでその指揮なんだけど、どうしよっか。ツダーク、ヴォイス伯爵はなかなか見どころのある少年だけど俺より若い。腹心の部下は領地の防衛に置いてくから、200を彼にそのまま預ける訳には行かないんですよ)
(簡単な話でぇ。ジャス、余ってるヒャクダンをオイラに使わせやがれ)
(爺ちゃんが来てくれんの?)
(おう。指揮は本職じゃねえが、寄せ集めの弱兵を扱うならオイラで充分だろうさ)
(助かるよ。明日の朝には出発するから、無線で連絡取りながら合流だね)
(今から出りゃあ、朝までには着くさ)
(ムリしなくていいって、爺ちゃん)
(聞いてねえよ、もう。サージュの兵と騎馬隊も明日の朝には領都を出る。今夜、ダラス達が到着するからな)
(そうだ、おっちゃん。紹介しとくね。えーっと、リーンをパーティーインっと・・・)
「何だこの声! おっさんが傭兵がどうとかって言ってる声がするぞ!?」
説明もなしでパーティーに入れられたリーンが、周囲を見回しながら声を上げる。
それを見て、リーミヤはしばらく笑っていた。
「声を出さずに、頭の中で言いたい事を思い浮かべるんだよ」
(こ、こうか?)
(上手い上手い。これがリーンね)
(リーミヤが気にいるくれえなら、若くてもかなりの戦士なんだろうな。よろしく頼むぜ、俺はジャスだ)
(金獣騎士・・・)
(ダラスもいるぜ。ほんで、セレスはリーミヤの嫁だ)
(樹国の美姫が嫁。・・・リーミヤ、1発でいいから殴らせろっ!)
殴られたのは、そう叫んだリーンの方だった。
ドアンに剣より筋が良いとまで言わせた徒手格闘でなら、リーミヤは歴戦の傭兵の上を行く腕を持っているらしい。
(ごめん、つい殴っちゃった)
(ぐおお。しかも鎧を避けて殴るとは・・・)
(だっていきなり殴らせろとか言うから。とかやってるうちに広場に到着した。バンズールさん、反乱に参加した兵は基本的に処刑です?)
(そうなりますが、今は1兵でも欲しいのが本音)
(だよねえ。だから今回、命を救われたらもうベンタ王国に逆らったりしないって、心から思ってる兵隊さんは助けましょう。新しく王になったホルスさんがバンズールさんを将軍に任命したら、ガッツリ鍛え直せばいいんだし)
(お手数をお掛けしますが、それでお願いいたします)
(りょーかいっ。そんじゃ始めまーす)
リーミヤの尋問は、ヴォイス伯爵家の家臣達のおかげでスムーズに進んだ。
ツダークの指示を受けた初老の男が先行してリーミヤを手伝うために待っていたそうで、その男に「略奪はしていません。反乱への参加は本意ではありませんでした。今後は反乱への参加など絶対にしません」というセリフを書いた板を用意させ、それを読み上げる兵をリーミヤが選別してゆく。
する事は至極単純ではあるのだが、200もの人数にそれをさせたので、夕暮れの前にやっとリーミヤの仕事は終わった。
ロープで拘束されたままだった兵達のほとんどは縛めを解かれ、広場で握り飯の炊き出しを振る舞われている。
拘束されたままの18名を連れ、リーミヤとリーンは食事もせずに街の外へと戻った。
「何やってんの、あの2人・・・」
「楽しそうだからいいんじゃねえか、別に」
防壁の修理はかなり進んでいるとの事だったので、リーミヤ達は街の門から外に出た。
その見晴らしの良い草原では、ロイズとサイがそれは楽しそうにモンスターを追い回しているのである。
「初めて見るモンスターだ」
「ブウイか。焼き肉にすると美味えんだ」
「犬みたいな豚みたいな、不思議なモンスターだねえ。おーい、終わったらこっち来てー!」
リーミヤの声に気づいた2人が大きく手を振り、残るブウイを始末してから歩いてくる。
その様子を見ながらオルビスを出したリーミヤは、2人を先に乗せてからアサルトライフルを出して拘束されている兵士達のロープを切り始めた。
「リーミヤ。何だその、鉄の塊?」
「俺の主武器。とりあえずロープは全部切っちゃって」
「おう。武器なのかそれ。ま、それで殴ったらたしかに痛そうだ」
拘束を解かれた兵士達は、誰も彼も一癖ありそうな連中ばかりである。
その証拠に、最後にロープを切られた兵は腕が自由になると同時にリーミヤに殴りかかった。
タタタンッ!
実に軽い音だ。
だが、殴りかかった兵士の頭蓋は粉々になって、鮮血を散らして地に沈んでいる。
リーンを含めた18人の屈強な男達は、驚きの言葉すら出せないままリーミヤを見詰めていた。
「はい、ちゅうもーっく。逃げたり逆らったりすると、こんな惨めな死に様になります。・・・他にこうやって死にてえヤツはいるか?」
そのような変人などいるはずもなく、兵士達は震えながらリーミヤの次の言葉を待った。
「いねえなら、さっさと仕事にかかろうか。まず、ブウイの死体を門の前に運べ。それが終わったら、戦死した兵の骸をあそこの大穴に放り込め。終わったら集合。はじめ!」
動きかけたリーンをリーミヤが止める。
「リーンはいいって。それより門番さんに、兵隊が通用口を叩いてしばらくしたら通用口を開けて、ブウイの肉を街に運んでって伝えて来て」
「わ、わかった。それでその、さっきのは一体・・・」
「銃。俺がいた世界じゃありふれた武器だよ。なるべく人目には晒したくないんだけどね。リーンは仲間だから見せてもいいし、あの18人、もう17か。ヤツラは貴族に媚びてた連中だけだから」
仕事が終われば用済みという事だろう。
死人に口なし。
リーミヤは善良な人間にはどこまでも優しいが、相手が犯罪者となると一切の情を見せなくなる。
ヒヤマ王の苛烈さを、しっかりと受け継いでいるという事なのか。
門に戻るリーンにニヤリと笑って見せてから、リーミヤはオルビスのハッチに入るのではなく、小さな凹凸を足場にして器用に運転席の屋根に登った。
砲塔があるのは荷台の上部分なので、運転席の平らな屋根にリーミヤは胡座を掻く。
アサルトライフルの代わりに出したのは、以前ムームーを狙撃したスナイパーライフルだ。
母の持ち物で父から譲られたのだというその銃を宝物のように抱いて、リーミヤは兵士達の作業を眺め始めた。




