それぞれの戦い-9(終)
翌朝。
リーミヤはまだ朝食すら取っていないのに疲れ切り、セレスは上機嫌で足取り軽く城内を歩いているように見えるのは気のせいではないだろう。
若さゆえの熱意は同じでも、久しぶりだからとはしゃぎ過ぎたリーミヤの方が疲れてしまうのは自明の理か。
2人が会議室に入ると、昨日の夜に酒宴を張った面々がすでに顔を揃えていた。
朝の挨拶を交わしながら、リーミヤとセレスが並んでテーブルに着く。
「リーミヤ殿。甥と朝まで語り明かして、決めました」
ホルスが切り出す。
まだ茶の1杯も出されていないが、リーミヤは真摯な眼差しを向けて頷いた。
「・・・私は、ベンタ王家を継ぐという形を取りませぬ」
「へえっ。思い切りましたねえ」
「新しき国として立てば、ベンタ王国が近隣諸国と結んだ不平等な条約など知らぬと突っぱねる事も出来ましょう。ただし・・・」
「軍事力が伴わなきゃ、建国さえ否定されて攻め込まれる。適当なベンタ王家の血筋でもでっち上げればいいんだから、ダリアス帝国みたいなクズの集まりならすぐ動くだろうね」
「そうです」
「ベンタ王国は狭い。国内に俺とオルビスがいれば国境でダリアス帝国の軍勢を迎え撃てるだろうし、アィダーヌからでも1日ちょっとで駆けつける事が出来る。アィダーヌとの国と国との約束は俺には出来ないけど、個人としてならいつでも馳せ参じますよ」
「・・・感謝いたします。本当は、リーミヤ殿に王となっていただきたかった」
ホルスの言葉は、偽らざる本音のようである。
苦笑しながら運ばれてきた茶に手を伸ばしたリーミヤが頷いたなら、この場で国を譲る儀式くらいはやりそうだ。
「バンズールさん、王都を含めて街はどのくらいあるんです?」
「諸侯が約30。男爵くらいだと領地は街ではなく村ですから、20ほどですね」
「人口は?」
「王都で6000。それ以外は2000から5000ほど。ベンタ王国では、人口が2000を超えなければ街とは呼ばれません」
リーミヤが口に運びかけたカップを止める。
どうやら、頭の中で計算でもしているらしい。
向こうの世界ではこちらとは違い、人口に対する兵力の割合などを細かく調べて、これ以上の徴兵をすれば国が荒れるなどの判断をすると言っていた。
それが常識であるリーミヤからすると、この世界の国家は歪に見えるのかもしれない。
「・・・どんだけムチャして兵を掻き集めてんだか。そんじゃ、まずは王都を陥としますか。どんくらい連れて行きます?」
「叔父上、新王の兵は残さず連れてゆきます。半数を奪った王都に残さねば、何かがあってからでは遅すぎますので」
「住民が500くらい残ってるんでしょ、この街。防衛兵力いらないの?」
「500のうち150は、力自慢の男達です。兵としては使えませぬが、モンスターが街に入り込んだりせぬように見張るくらいは出来るでしょう。王都を素通りしてベンタの北端にあるこの街をダリアス帝国の軍勢が攻める事はないでしょうから、大丈夫だと思います。食料はリーミヤ様が持ってきて下さったおかげで余裕がありますし、普通にとはいかぬとも暮らしてはいけます」
「歩兵の指揮はおっちゃんでいいんですよね?」
「もちろんです」
「そんじゃ、各々の仕事に取り掛かりますか。ダラスさんがまだ到着してないけど、負傷者の治療は可能だよね、おっちゃん?」
ジャスが首を横に振る。
「・・・まさか」
「契約魔法隊、神聖魔法隊、どちらもベンタ王国にゃねえそうだ。歩兵と弓兵と騎馬と輜重のみだとさ」
「・・・トレーラーを待つしかないかぁ」
「ああ。その間に俺は兵の練度や装備、命令系統や通信手段を確認しとく」
「おい、ジャス?」
「わかってるよ。雷槍の旦那は俺の副官だ。サックスと100ずつを率いてもらう。ただし、無用な損害を出したらすぐに降りてもらうぜ?」
「まだ死に場所としちゃ物足りねえからなあ。リーミヤが来なきゃ、派手に死ねただろうによ」
唇に挟んだカリスを揺らしながら言うドアンは、どこか寂しげではあるが生気に満ち溢れている。とても白髪の老人とは思えぬほどにだ。
負け戦の最中に華々しく散ろうと思っていたのだろうが、リーミヤの参戦で戦は負け戦と言えるほどではなくなったし、秋までには生まれ故郷の跡地に新しい5000人規模の街が出来るという。唯一の弟子であるロイズにも「許す」と言った。
心境の変化は、たしかにあるのだろう。
「ケーダさんとサクラさんはどうすんの?」
「俺はバンズール殿の騎馬隊に。サクラはダラス殿の傍にあって、負傷者の移送や伝令を。ヒャクダンがおりますので」
「おっちゃんの乗ってたヒャクダンはそのままか。セレスが乗ってたのはどうすんの?」
「ドアンさんが使うと同じ副官のサックスさんの馬がなくなるから、ホルスさんに乗ってもらうしかないわね」
「普通の馬なら叔父上でも乗れますが、ヒャクダンとなると・・・」
「練習してダメならオルビスに乗ればいいよ。そういや、バダムさんはダラスさん達を連れて来たらすぐアィダーヌに戻るの?」
「らしいぞ。ファウンゼンとたった2人でアィダーヌの国を相手に、俺達の要求を押し付けてんだ。仕事はいくらでもあるんだろ。そんじゃ行こうぜ、雷槍の旦那、サックス」
ジャスが腰を上げると、バンズールとケーダもそれに続いた。
「そういやロイズはどうすんの?」
「リーミヤの護衛」
「必要かなあ、それ。セレスは?」
「魔法隊がないなら、オルビスの運転席で火力担当かしらね。ダラスさんと一緒にシャルも来るし。例のアレの弾は、なるべく使いたくないでしょ?」
「だね。それにリキャストタイムが終わったら、なるべく早くガンバール領の街もやっちゃわないと。ホルスさん、ビザンツくんの部屋に行ってもいいですか? スキルの確認作業とかあるんで」
「それならば、ここに・・・」
「もしかして親御さんだから、職業持ちのスキルを説明してもらえるとか思ってんですか?」
「そ、それは・・・」
ホルスが唇を震わせながら、どうにか呟く。
リーミヤは息子をいいように使うつもりなら、ここでホルスを殺してもいいとまで思っている。その覚悟を感じ取ったのだろう。
「いいですか。職業持ちのスキルってのは、鍛えりゃたった1人で軍勢と向かい合う事も可能な反則技です。それを自分のために利用しようってんなら、俺達はこのまま帰りますよ」
「・・・ですが、ビザンツはまだ5歳ですがバンズールに似た性格です。今は何も出来ませんが、スキルを使えるようになれば国のために動くでしょう」
「それは当然でしょう。ビザンツくんは好きに生きていいんだ」
「ですがそれでは・・・」
「俺とセレスが彼に教えるのは、網膜ディスプレイの見方とこの世界で使ってもいいスキルだけです。鉄箱を生み出したり、一夜にして城を築くようなスキルは教えませんよ」
「・・・なるほど。胸のつかえが下りた心地です」
ホルスが微笑む。
それを見たリーミヤは、何かを理解したようだ。
「そっか。心配だったんですねえ。息子が客人になっちゃうかもって」
「・・・正直、国の行く末を語り合いながらもそちらに気が行って大変でした」
「申し訳ない。俺、まだガキだから親の気持ちなんて、まったく考えてませんでしたよ」
「リーミヤ殿も、いつか父親になられるでしょう。リーミヤ殿似の男の子でも、セレス殿似の女の子でも、さぞやかわいらしいのでしょうね」
「授かりものですからねえ。のんびり待ちますよ。それで、確認作業は?」
「そうでしたな。こちらからお願いいたします。サイ、お三方をビザンツの部屋に案内してくれ。ああ、サクラ殿も行かれるのなら4人か」
部屋の隅に控えていたメイドが歩み出る。
「おお、武装メイドさんはサイさんって名前だったんだ。よろしくお願いします」
「よろしくなどとは恐れ多い。こちらでございます」
気安く頭を下げるリーミヤに、サイは洗練された仕草で礼をする。
そんなサイの背中を睨むように見ながら部屋を出るのは、ロイズだ。サイはこの場にいる誰よりも背が低いので、大人が少女を睨みつけているようにしか見えない。
セレスは胸を見ただけで安全と判断したのか、いつもと変わらぬ態度である。
サクラはそんなセレスの横顔を見て笑っているようだ。
「・・・サイ殿、だったな」
「はい、ロイズ様」
「かなりの腕のようだが、密偵もやれるメイドなのか。それとも、潜り込んだ密偵がメイドをしているのか?」
「どちらでもありませんわ」
(リーミヤ?)
(嘘じゃないみたい)
(・・・なるほど)
まだ朝ではあるが、城の廊下は暗い。
籠城も考えられて建てられた建築物なので、明かり取りの窓など最低限しかないからだ。
遠目でしか見ていないが、華美が過ぎるアィダーヌの王宮よりこの城の方が好きだと思いながら、リーミヤはサイに導かれてビザンツの部屋までのんびりと歩いた。
「あ・・・」
「どうしたの、サイさん?」
「義理の父に念話魔法を飛ばしたのですが、不測の事態が発生しているようです」
「お父さん?」
「はい。王都で拘束されている、ノームの長です」
「それで、不測の事態ってのは?」
「西の辺境を預かるヴォイス伯爵が籠城。城は陥落寸前のようです」
「戻るよっ!」
すぐさま踵を返しながら、リーミヤは無線でジャス達を呼び戻す。
駆け込んだ会議室でホルスが目を丸くして驚いているが、それを気にせずにさっきと同じ椅子にリーミヤは座った。
「ホルスさん。西の辺境の、えっと」
「ヴォイス伯爵でございます、リーミヤ様」
「その人ってどんな人?」
「前伯爵が病死して、成人したばかりの嫡男が跡を継いだはずですが。どうなさったので?」
「王都にいる父に念話魔法をしましたら、ハリス侯爵に味方した諸侯の兵に囲まれて落城寸前だとか。負傷兵が王都に送られて来て気づいたとの事です」
「・・・15になったばかりの少年が、ベンタの男として逝くと決断したのか。あの子の性質も、烈火の如きものであったな」
ホルスの呟きを聞いたリーミヤが椅子を鳴らして立ち上がる。
「誰かに道案内を頼みたい」
「ヴォイス領には何度も足を運んでおります。是非わたくしをお連れになって下さいまし」
「ホルスさん、いいっ?」
「ま、まさかリーミヤ殿・・・」
「ガキが死ぬ気で戦ってんなら、何も言わずに助けてやるのがヒヤマの男なんですよ」




