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それぞれの戦い-7




 騎馬隊が優位な位置取りに着くのを待ち、バンズールの声を合図にリーミヤはアクセルを踏み込んだ。

 シフトチェンジしてさらにオルビスを加速させるリーミヤも、手摺りを力いっぱい握って足を踏ん張るロイズも、普段はしないシートベルトをして衝撃に備えている。


 夕暮れの荒野を跳ねながら、オルビスはダリアス帝国軍の陣に突っ込んだ。

 撥ね飛ばされた奴隷兵が悲鳴も上げずに絶命し、運良くオルビスから逃れた者は必死で逃げ惑う。

 慌ただしい撤退の原因となった見た事もないモンスターに追撃を受け、ダリアス帝国軍は指揮系統など知らぬとばかりに混乱している。


「あーらよっと!」

「ひゃあっ」


 オルビスが首、つまり運転席とリビングのある6輪の部分と、その後ろにある荷台部分の継ぎ目を曲げながら車体をくねらせる。

 その動きだけで、10人ほどの奴隷兵が肉片となった。

 どうやらそれは方向転換のために行った動作であるらしく、慣性の法則で荒野を滑ったオルビスは、運転席を今さっき通り過ぎたダリアス帝国の陣に向けて停まる。


「ぎゃおーんっ!」


 無表情のリーミヤがマイクで叫ぶ。

 隣でそんなリーミヤを見ながらロイズは、この少年は殺戮者であるかもしれないが、そうするしかない状況にしたのは自分達、つまりはこの世界の人間達なのではないかと気づかされた。


(師よ・・・)

(ああん。なんでえ、バカ弟子?)

(こんな少年にこんな事をさせるしかないアタシ達は、どうしようもなく愚かなのではないでしょうか・・・)

(今更かよ。ジャスの野郎なんかは、だからこそリーミヤと少しでも世の中を良くしようって思ってやがんのさ。テメエは違うのか、バカ弟子?)

(アタシには世の中を変えるなんて出来ません)

(ああん?)

(・・・でも、その手伝いなら出来る)

(フン。せいぜい頑張れや、若えんだからよ)

(はい!)


 オルビスが走り出すと同時に、バンズールの騎馬隊が動き出している。

 馬蹄の音までは消せはしないが、騎馬隊は鯨波の声も上げずに、バンズールを切っ先とした槍の穂先のような陣形で敵陣に斬り込んだ。

 狙うは一目散にオルビスから距離を取った集団。

 貴族らしい豪奢な鎧兜を装備した騎馬が、1騎だけ見える。それを取り囲むように走っている奴隷兵の1人が、バンズールの方を指差して何事かを叫んだ。


「遅いっ!」


 ナギナタ。

 地を這うほどの低さから跳ね上げられたそれが、人の壁を軽々と断ち割る。

 その勢いで片手で天に刀身を掲げるような姿勢になった時にはすでに、赤いハルピュイアの兜飾りを揺らす騎兵はバンズールの間合いにいた。


「カターニャの男は悪逆を許さずっ!」


 騎兵の首が飛ぶ。

 そのままバンズール騎馬隊は、振り返りもせず敵兵の少ない方向へと離脱した。


(お見事、バンズールさん!)

(これくらいは。それにしても我が騎馬隊は数が少な過ぎますし、リーミヤ様の鉄箱は散り散りになって逃げる敵を倒すのには向かない。歯痒いですな・・・)

(ここにおっちゃんの率いる500の歩兵がいれば、簡単に全滅させられるんだけどねえ)

(それでも3倍以上の敵だろ。俺だって戦争なんかやったこたあねえんだ。無茶を言うんじゃねえよ)

(この敵の慌てようならいけるって。ねえ、ファウンゼンさん?)


 感情を表に出さず奴隷兵を轢き殺しながらリーミヤが言う。


(ファウンゼン?)

(ファウンゼンさん? 忙しいのかなー)

(ほっ!)

(おお、いた。・・・ほ?)

(本日はお日柄も良くっ!)

(ど、どしたん?)

(・・・あー。俺はすっかり忘れてたが、ファウンゼンは忘れらんなかったって事か)

(意味わかんねえよ、おっちゃん)

(まあ、すぐにわかる。気にすんな)


 ジャスの言葉を訝しんだリーミヤだったが、その言葉通りすぐに状況を察した。

 吃りながら発せられる素っ頓狂な言葉の数々は、すべてロイズへの挨拶だったからである。


(・・・なんつーか、こんなわかりやすくって議会の相手なんか出来んの?)

(昼にはベンタでリーミヤと俺達のする事に関知しねえって言質を取ってきてただろ。こりゃあれだ、こじらせちまったからだ)

(たかが風邪だって放っといたら、いつの間にか重病になってたって感じ?)

(そうだよ。ったく、どうしてくれんだよ雷槍・・・)

(オイラが知るかってんでい)


 リーミヤは何かを言いかけると同時に、荒野にひれ伏したり崩れ落ちたりしているダリアス帝国軍の奴隷兵に気がついた。

 奴隷身分で嫌々戦わされているのなら、指揮官が討ち取られた今、兵は総崩れになって逃げ出してもおかしくはない。

 それなのに奴隷兵達は、逃げ出す素振りを見せてはいなかった。


(・・・なんだよ、これ)

(どした、リーミヤ?)

(奴隷兵ってのが逃げない。天を仰いで祈ってるのとかはいるけど・・・)

(泣き喚く兵の肩を叩いて慰めてる兵もいる。これは変)

(セレス、ファウンゼンさん、何か知ってる?)

(いえ、特には)

(ダリアス帝国は版図を南に長く持つ国です。ここ数十年は南との戦にかかりっきりでしたから、入って来る情報は少ないのですよ)

(リーミヤ、奴隷兵が次々に倒れてる!)


 ロイズの叫びを聞き、リーミヤが視線を動かす。

 その先では奴隷兵が音を立てて地に倒れ込み、ピクリとも動かなくなっていた。どうやら、奴隷兵は1人残らず死んでいるらしい。リーミヤが1800と言った、そのすべてがだ。


(なんだよ。なんなんだよ、これ!)

(もしやとは思っていましたが・・・)

(バンズールさん、何か知ってんの!?)


 内戦の終結。その最大の障害であるはずのダリアス帝国兵が全滅したというのに、バンズールの声は沈んでいる。

 それほどに目の前の光景は異質で、禍々しく、信じ難いものなのだ。


(何度か輜重隊を狙って襲撃しましたが、奴隷兵達は必死で指揮官を庇っておりました。それこそ、その身を盾にするほどに)

(まさか・・・)

(セレス、わかるの?)

(推測でしかありませんが)

(それでいい。教えて)

(男性にも、魔力はあります)

(・・・それで?)

(魔力には固有の、そうですね。波動とでもというべきものがあります)


 リーミヤは紙巻タバコを咥えて火を点け、セレスの言葉を待った。

 いつの間にかバンズールの騎馬隊が戻って来て、奴隷兵の死体を検分している。

 かなりの距離があるというのに、奴隷兵の骸の上半身を起こしたバンズールと、運転席で紫煙を吐きながら動かないリーミヤの視線が交錯した。


(まさかっ、魔道具の発動にその波動をっ!?)


 叫んだのはファウンゼンだ。


(おそらくは、指揮官や貴族階級の魔力波動を感知しなくなれば発動する魔道具。リーミヤ、遺体に外傷は?)

(バンズールです。パッと見では外傷はありませんが、禿げた男の頭部には古い傷跡があります。今、部下が他の奴隷兵の髪を剃っておりますので、少しだけお待ち下さい)

(外科手術で魔道具を脳内に埋め込んでるってのか。クソヤロウがっ・・・)

(そんな事が可能なの、リーミヤ?)

(人間は脆いけど頑丈だからね。俺のいた世界にも、脳に損傷はないけど頭蓋骨の中に銃弾が残ってる冒険者とかいたよ)


 タバコを消したリーミヤが瞳を閉じる。

 誰も言葉を発せず、数分が過ぎた。

 ロイズが運転席から見るともなしに見ていたバンズールが立ち上がる。


(お待たせしました。禿げた兵以外に3人の頭部を剃りましたが、どの兵も頭部に傷跡があります)

(間違いない、か・・・)

(明け方の戦闘で散った兵が略奪をするかもと12騎ずつを近隣の村に走らせましたが、リーミヤ様の補給を受けた時の報告では敵兵の姿は見ていないとの事でした。おかしいとは思っていましたが、これで合点がいきました)

(・・・今は最初の目的を果たそうか。ダリアス帝国の貴族は許さねえけど、まずはベンタを安定させなきゃ。ドアン爺ちゃん、ホルスさんの準備はどうなってる?)

(どうもこうもねえな。コイツは戦う男じゃねえ。ダリアス帝国と繋がってた証拠のねえ貴族はお咎めなし、なんて抜かしてんよ)

(・・・まずはそっちの説得からか。バンズールさん、王都を攻める前に領都に戻りましょう)


 バンズールは迷う仕草を見せたが、モンスターにとっての餌である人間の遺体が1800も散乱しているのを思い出したのか、すぐに愛馬の元に戻ってひらりと跨った。

 重量のありそうな大鎧を着ているというのに、その動きはきびきびとして小気味良い。


(ベンタは変わらなくてはなりませんか・・・)

(ガンバール領と同じくらいの面積で諸侯なんか置くから、こんな内戦が勃発するんだって。そんでこの内戦で戦った貴族は、バンズールさんのカターニャ家とサージュ家だけでしょ。それ以外を貴族なんて認めてたら、国民が苦労するだけだよ。見たんでしょ、略奪の痕?)

(・・・ええ。では、我が騎馬隊が先行いたします)

(了解。後ろを着いて行きますね)


 街道に跨って野営する準備をしていたダリアス帝国軍に突っ込み、通り過ぎてから再度の突撃をしようとしていたオルビスは頭を北に向けている。

 バンズール達が駈け出すと、リーミヤは静かにアクセルを踏んだ。


 途中、半数が左の街道に道を変える。

 バンズールに訊ねると、略奪を警戒して派遣した兵を迎えに行ってから領都に戻るらしい。

 もう1つの村にも半数が向かうと、オルビスの先を走るのはバンズールだけになった。速度が上がる。馬術の腕を褒めるリーミヤに、バンズールはこれが仕事ですからと朗らかに笑った。

 速度が上がったといえど、あくまでもヒャクダンが潰れない速度である。オルビスからしてみれば、巡航速度にも満たないのんびりとした道行きだ。

 初の大規模戦闘で気を張っていたロイズは、助手席で船を漕いでいる。


(さあて。ロイズさんはお昼寝、もう夜寝か。真っ暗だもんねえ。バンズールさん、月明かりとオルビスのヘッドライトだけで大丈夫なの?)

(明る過ぎるくらいですな。村に向かった兵達は松明を使っておるでしょうが、オルビスの明かりがあればそれもいりませぬ)

(よっし、ファウンゼンさん。キリキリ吐いてもらいましょうか)

(え、ええっ!?)


 どうやらリーミヤは、うつらうつらしているロイズの無線を切ってしまったらしい。


(そんで、いつからロイズさんに惚れてんの?)

(わ、私は別にっ・・・)

(10年以上も前からだなあ)

(兄上っ!)

(黙ってろ、根性なし。さっきの戦闘じゃうまく気持ちを切り替えたみてえだが、軍師役が緊張して兵と話せねえなんてあっちゃいけねえ事なんだ。このままなら、オマエは無線も切って領地に帰ってもらうぞ?)

(そんな・・・)

(ま、そゆ事。ほんでおっちゃん、口説いたらロイズは落ちそうな感じ?)

(わからんなあ。今まではファウンゼンがロイズに近寄ると、有無を言わさず雷槍に蹴り飛ばされてたし

よ)

(何してんのさ、爺ちゃん・・・)


 リーミヤは呆れ顔だ。

 たしかドアンはレオニウス領に住んでいたという事なので、領主の実子であったファウンゼンか、領主の実弟だったファウンゼンを一介の武芸者が蹴り飛ばしていた事になる。

 よくも問題にならなかったものだと、リーミヤはため息を吐いた。


(修練に色恋なんか邪魔にしかなんねえ。それに義理のではあってもオイラの孫娘を口説こうってんなら、それなりの男じゃなきゃな。ロクに体も鍛えてねえあの頃のレオニウスじゃ、会話すらさせてやんねえっての)

(口説くまでが大変そうだなあ。・・・あれ、10年前のロイズって?)

(たぶん10かそこらだあな)

(うっわ。ファウンゼンさんもロリコンかよ!)

(リーミヤ殿。初めて聞く単語ですが、なぜか敵意だけはビシバシと感じる言葉を投げつけないでいただきたいっ!)

(うっさいよ、北のロリコン。南のロリコンもそうだし、アィダーヌの貴族って変態ばっかなの?)

(へ、変態ではありませんっ!)



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