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それぞれの戦い-3




「おうおう、狼狽えてやがるなぁ」

「そうだ。爺ちゃん、ドラゴンの鳴き声ってどんなん?」

「鳴き声っておめぇ。・・・おとぎ話の中でなら『ぎゃおーん』じゃねえか?」

「おっけ。ふっふっふっ。人様の国に踏み込んで好き勝手するクソヤロウには、お仕置きが必要だよねえ」


 リーミヤとドアンの眼前では、陣を組んで夜明けを待っていた軍勢の見張りや、陣の外周に配置された兵がチラホラと動き出していた。

 ある者は叫び、ある者は弓を引き絞る。

 スキルで夜でも昼と変わらぬように景色が見えるリーミヤには、兵士達の狼狽が手に取るように見えた。

 リーミヤがマイクを手にして小さな歯車を回す。

 前方に視線を戻したその顔は、いたずら小僧そのものだ。


 カチャ、カチャッ。


 フロントガラスに数本の矢が当たるが、リーミヤは気にもしていない。


「ぎゃおーーーんっ!」


 外部スピーカーから、リーミヤの鳴き声が大音量で夜明け前の荒れ地に響き渡る。


「ひいっ!」

「なんだこのモンスターは!」

「ベンタは魔境だったんだ。逃げろ、食い殺されるぞっ!」

「神様っ!」

「怯むな、陣を組んで突撃!」

「ふざけんな貴族の坊っちゃん! やるならテメエだけでやりやがれっ!」


 ダリアス帝国軍の混乱が運転席のリーミヤとドアンにまで伝わる。

 2人は顔を見合わせると、楽しくてたまらないとでも言うように笑い合った。


「行くよ、爺ちゃん」

「しっかりと掴まってればいいんだろ。槍で殺せねえのは癪だが、今夜だけはガマンしてやっか」

「そんじゃ、突撃ー!」


 オルビスがタイヤを空転させて急発進する。

 モンスター止めの柵すらないダリアス帝国軍の野営陣地に、リーミヤはためらいなく突っ込んだ。


「ぎゃおーーーんっ!」


 寝具とも言えぬ粗末な毛皮が、少ない薪で夜明けまで保たせようとしていた小さな焚き火が、初めて隣国まで派兵されて略奪の味を覚えた新兵が、オルビスに轢かれてボロクズに変わる。


「・・・威力はすげえが、やっぱ図体がデカすぎるな。判断のいい連中は、ちゃんと安全地帯に逃げる事だけを考えてらぁ」

「ま、この広い荒れ地で3000を轢き殺すなんてムリだしね。・・・ぎゃおーーーんっ!」


 時折ドラゴンの鳴き声を叫びながら、オルビスは敵陣を行ったり来たりで忙しい。

 轢き殺した敵兵はそれほど多くないが、ダリアス帝国軍の陣は大混乱である。


「南、馬蹄に土煙っ!」


 その兵の報告を、集音スピーカーはしっかりと拾ってみせた。


「いい判断! バンズール、だっけか」

「ああ。ヒャクダンは丈夫な騎馬だが、轢いてやるなよ?」

「誰に言ってんだよ、雷槍。ジャンクヤードに味方を轢き殺すクソヤロウなんぞいるもんか!」

「・・・フン。いい顔しやがって。並んで斬り込みてえなぁ、おい」

「同感。でもオルビスが使える広さがありゃ、俺は運転するしかねえんだよなあ」

「こんだけの威力だからな。まあ、いつか室内戦にでも連れ出してやる。それでガマンしなよ」

「楽しみにしてんよ。お、来た来た、バンズール。いい突撃だねえ。敵の主力に一直線だ」


 リーミヤの言う通り、47の騎馬はオルビスから離れて塊になっている一団の、オルビスから遠い方の人壁を削るようにして駆け抜けた。


「ぎゃおーーーんっ! バンズール、見事なりっ!」


 マイクから出たリーミヤの叫びが響き渡ると、戦場が静寂に包まれた。

 あれほどに混乱していた阿鼻叫喚の戦場が、水を打ったように静まり返っている。

 馬を返して更なる突撃をしようとしていたバンズールの騎馬隊すら、動こうとはしない。


「・・・あれ?」

「まあ、驚くわなあ。轢き殺したのは50くれえか?」

「たぶんそんくらい。お、敵が動いた」


 ダリアス帝国軍の動きは早かった。

 南に、西に東に、北以外の方向に兵が一斉に走り始める。


「ベンタはモンスターと手を組みやがったーっ!」

「ドラゴンよ、怒りを沈め給え!」

「王都まで退くぞ、伯爵様をお護りせよっ! 命に代えてもだっ!」


 集音マイクが拾った叫びに、リーミヤがニヤリと笑う。


「1番、射撃準備。・・・網膜ディスプレイの射撃システム、こっち来て初めて使うんだよなあ。そう、赤い兜飾りのおっさんだ、オルビス。・・・いいね。馬の動きに対応する照準器の滑らかさ、エロいねえ。いいよ、オルビス。最高だ。・・・くたばれクソヤロウ!」


 ドンッ!


 ジャス、ダラス、セレス以外の前で初めて銃が使われた。しかもリーミヤの言う小銃ではなく、機関砲の1発が放たれたのだ。

 誰もが馬ごと肉塊に変わった哀れな伯爵様と、上部のアギトを開けて砲身から硝煙を燻らすオルビスを呆然と見ている。


「ーっ!」

「逃げろ、逃げろ、逃げろっ!」

「ベンタはドラゴンの守護する国だってのかよっ!」


 一目散に逃げ出すダリアス帝国軍をオルビスは追わず、リーミヤはマイクを手にする。

 ドアンは目を細め、夜明けの陽に照らされる伯爵と軍馬の死体を見ていた。


「・・・おい。今のは何だ、リーミヤ?」

「俺のとっておき、切り札。1番、収納。・・・あーあー、おほん。バンズールの騎馬隊とお見受けする。雷槍のドアンをご存知なら、長柄武器を3度振っていただきたい」


 マイクから聞こえるリーミヤの言葉に、騎馬隊の先頭にいるバンズールが笑みを浮かべる。

 馬上で3度ナギナタを振ると、バンズールは馬をオルビスに向かって進ませた。


「殿、危険ですっ!」


 壮年の副将、ザックの言葉にバンズールが振り返る。

 その血と泥に塗れた顔には、笑顔が浮かんでいた。

 まるで少年の頃のようだと、ザックは思う。

 ならば、止められるはずがない。

 成人前のバンズールは国中をヒャクダンで回って、危険なモンスターを狩り尽くしたと言われるほどの荒武者だった。あの頃のバンズールを止められた事など、ただの一度とてない。

 ならばと、ザックはバンズールの左後方に馬を付ける。いざとなれば、我が身を盾にすればいい。バンズールなら、麾下の精鋭達ならそれで逃げ切れるはずだ。


「ならば雷槍のドアンが顔を出す。握り飯と、少しばかりの酒を馳走させていただきたい。俺はサージュ公爵の招きに応じた、客人のリーミヤ・ヒヤマ。出来れば腹を満たした後、バンズール殿との面会を希望する。先程の敵将を肉塊に変えた一撃はご覧になっていただろう。敵兵やモンスターが現れたら、あれでブチ殺す。なので短い休息を楽しんでいただきたい。以上。・・・爺ちゃん、いってらっしゃい」

「一緒に行かなくていいってのかよ?」

「・・・ありゃホンモノの武将だ。オルビスとの連携を断る可能性もある」

「こんな役に立つ鉄箱なのにかぁ?」

「だからこそ、卑怯だって思うかも。頑固そうなツラじゃん、あれ」

「さすがにそこまでアホじゃねえと思うが。まあいい。とりあえず行ってくらぁ。説明も必要だろうしよ」

「お願い」


 リーミヤは珍しく紙巻きのタバコに火を点け、じっとバンズールを見ていた。

 身じろぎもせず、鋭い眼差しで観察は続けられている。

 馬を降りてドアンを迎えるバンズールを見ると、リーミヤはやっと微笑んで小さな琥珀色をしたガラス瓶を出した。

 フタを開け、それを呷る。

 熱い息を吐きながら紫煙を吸い込み、吐いてはまた酒を呷った。


「・・・惚れ惚れするような男、こっちにもいるんだねえ。運び屋の爺ちゃんやルーデルさんみたいに、潜り抜けた修羅場がハンパじゃねえって見ただけでわかる。・・・俺に、勝てるか?」


 いつもの無邪気な口調と、殺る気スイッチが入っている時の口調の中間。

 その独白には、大人になりかけているリーミヤの本質が見え隠れしているようだ。

 集音マイクから聞こえるドアンとバンズールの会話は、盗み聞くつもりがなくともリーミヤの耳に入る。

 バンズールが部下に休息を告げてオルビスのハッチに歩み寄ると、リーミヤは琥珀色の酒を呷ってからハッチを開けた。

 背後からの足音に、リーミヤが微笑んで助手席を手で勧める。


「はじめまして、客人様・・・」

「やめましょうや、そんな挨拶は。故郷にはバンズールさんみてえな、戦う事しか知らねえって言い切る連中が何人かいましてね。俺の父親もそうでした。だからなのかなあ、初めて会った気がしねえんですよ。敬語もなしで、まずは酌み交わしましょう」


 言いながらリーミヤが持っていた酒を呷ってから、バンズールに手渡す。

 何も言わずに助手席に座ったバンズールは、その酒をリーミヤと同じように呷った。


「焼酎よりキツイ。・・・が、それがいい」

「麦の蒸留酒ではあるけど、飲めるようになるまでかなりの手間暇をかけてんです。こっちでも作れるのかはわかんねえなあ」

「我が国の民は、麦より米を喜びますからなあ。麦の酒は、粗末な焼酎のみです」

「コ、コメ?」

「え、ええ・・・」

「それって田んぼで作る稲!?」

「そうですが・・・」

「うっひょひょーい! 父さん、ついにお米をめっけたーっ!」


 かなりの大声に、バンズールは驚いているようだ。

 伝説の客人。その肩書のわりには気安い態度のリーミヤを見て、かすかに唇の端を上げている。


「米がお好きなのですか?」

「俺のいた世界、過去に米があったのはたしかなんだけど、稲も籾も発見できなくってねえ。まさか異世界でお米と出会えるなんて、夢みたいだ。・・・ああっ。バンズールさん、敬語なしって言ったじゃん!」

「それはご勘弁を。ところで、叔父上の招きに応じられたとか?」


 苦笑しながら言うバンズールは、あくまでも固い口調を崩そうとはしない。

 本家であるサージュの家に人生を捧げたつもりのこの男は、リーミヤと必要以上に親しくなるのを恐れてでもいるようだ。


「ちぇっ。サックスさんって人が1人で聖域の村を訪ねて来ましてね。拷問しようとしたら、サージュ公爵の密命で嫡男を領都から逃すのに手を貸して欲しいって」

「・・・ザックの息子が。そうでしたか」

「ほんでサージュ領都に来てみれば、ビザンツくんは思った通り客人である俺と同じ職業持ち」

「『しょくぎょうもち』とは?」

「こっちの言葉で言うと、特殊な能力を生まれながらに持った人間、かなあ。俺のいた世界じゃ、それなりにいた人種なんですよ。どうやら初代サージュが、俺と同じ世界の人間らしくって。隔世遺伝でビザンツくんは職業持ちとして生まれたみたい」

「なるほど・・・」



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