それぞれの戦い-2
(ありがとう。サクラさん、サーミィ・・・)
(気にすんじゃねえって。男共が好き勝手に生きていいんなら、女だってそうなんだ。セレスとサクラは頼りになる。これからも助け合えたら嬉しいねえ)
(約束します、サーミィ)
(私もです。ふふっ)
春風に花の揺れるような笑い声が無線に乗る。
憐れむでも慰めるでもないサーミィとサクラの声に癒されたのか、セレスは宿のベッドに腰を下ろした。
(ファウンゼンさん、なぜアィダーヌの兵は出せないのですか?)
(暗部の動きは、私などよりセレス殿や兄上の方が職業柄お詳しいでしょう。今のベンタ王国に、暗部が潜り込んでいないのはご存知ですね?)
(ええ。ベンタ王国の内戦の情報は、国を挟んだダリアス帝国の密偵から得ていると聞きました)
(それほどにかの国は狭く、取るに足らない存在なのです。ですが、今はそれがありがたい。ベンタ王国が国内の戦力のみで内戦を終結させ、他国の思惑に踊らされぬ独立国として立てるのなら、戦後にアィダーヌの暗部が潜り込んでもそれを捕らえて処断が出来ます。なにせ、リーミヤ殿のスキルをサージュの嫡男も使えるようになるのでしょうからね)
法の上を行く法。
それは他ならぬアィダーヌ王国が採用している、他の国ではあり得ぬ法だ。
神託裁判。
それと同じように職業持ちのスキル【嘘看破】を裁判に使うなら、国内の犯罪や反乱、他国の密偵を使った煽動まで抑止できるのかもしれない。
(となると、ベンタ王国の内戦をどうやって終結させるかが問題なんですね)
(議会の横槍は、ファウンゼン様になんとかしていただくしかないのが心苦しいですな)
(横槍、ですか?)
(ええ、セレス様。客人であられるリーミヤ殿がベンタ王国の内戦に介入するとなれば、議会の者達は喜んで兵を貸し与える事でしょう。ですが)
(ベンタ王国はアィダーヌに大きな借りが出来る、と)
(そうです。そしてその兵は、ダリアス帝国の侵攻に備えるという理由でベンタ王国内に留まるでしょう。小国に多額の戦費を要求しながらです。そうなればベンタ王国でアィダーヌの暗部、密偵を捕えたとしても、アィダーヌから貸し与えられた兵を処断は出来ません。実際に裏の動きを見せていたとしてもです)
セレスの歪んだ表情には、「これだから人間は」と書かれているかのようだ。
大きく息を吐き、机の上に放り出していた背嚢に手を突っ込む。
ガザゴソと中の荷物が乱れるのも構わずに何かを探し、やっと取り出したのは小さな缶だ。それを見て、蕩けるような笑みを浮かべている。
缶詰でも缶ビールでもなさそうなそれから、セレスは小さな宝石を取り出した。
笑顔のまま、それを口に放り込む。
「・・・やた。イチゴ味っ♪」
リーミヤの前でしか見せない幼い言動のセレスを見るに、その宝石はアメ玉か何かであったようだ。
よほどの好物なのだろう。
気持ちを切り替えるために荷物を漁ったのだろうが、その気分転換はこれ以上ないほど成功したようである。
(セレス殿、・・・セレス殿?)
(あ、はい。ごめんなさい。なんでしょうか?)
(ですから、議会にはファウンゼン様が赴き、ベンタ王国をダリアス帝国との緩衝地帯として使う利を説いていただきます)
(ええ。私には出来ない仕事ですから、ファウンゼンさんにすべてお任せします)
(そうなると問題は、私とファウンゼン様とセレス殿にリーミヤ殿が頼んだ仕事なのですよ?)
(移住用の街造りっ!)
(そうです。もう夏も半ば。内戦の終結までにどれだけの時間がかかるのかわかりませんが、秋までに街を造らねば5000もの人間が死ぬのです)
(それは・・・)
リーミヤのためなら何万、何十万の人間を見殺しに出来る自信がセレスにはある。
だが、それはあくまでも非常時の事だ。
自分が任された、秋までにやりきれるはずの仕事を放り出して5000もの人間を殺すなど、どうしたってセレスには出来はしない。
(それなのですが、セレス殿・・・)
(なんでしょう、ケーダさん?)
(カルサネの大虐殺、という事件を覚えておられますか?)
セレスが左手の人差し指の第二関節を噛むような仕草で眉をひそめる。
カルサネ村はガンバール領とサージュ領、つまりはアィダーヌ王国とベンタ王国にまたがっていた村だ。
どちらかの国に税を納めるのではなく、今年はアィダーヌに、次の年はベンタにとわずかばかりの税を納める。それは議会を発足させて民主主義をこの世界に持ち込んだ客人に認められ、カルサネ村の住民は長らくの平和を享受していた。
だが・・・
(30年ほど前に一夜にして焼き尽くされたカルサネ村、ですか)
(はい。アィダーヌの暗部、またはベンタの横暴な貴族が焼き討ちにしたと言われていますが、真相は闇の中です)
(・・・そこを使うと?)
(ええ、国境は小川です。街はその手前に作るしかないでしょう。ですが川を水場として使わずとも、あの辺りは井戸を掘れば水は出ます。国境付近に数千が暮らす街があれば、ベンタとの交易も盛んになるかと)
(ですがガンバール領では農業がほとんど出来ないと聞きました。それに、いわくつきの立地では住民が不安になるのではありませんか?)
(ベンタ王国、サージュ公爵領には農業で生計を立てる村がいくつもあるそうです。それに、ガンバール領の南部は雪が少なく牧草が豊富です。草原の民としては北のレオニウス領に移るより、かなり喜ばしい事だと思うのですが・・・)
セレスがアメを噛み砕く。
ケーダの鈍感さに腹を立てているらしい。
(ケーダさんはそうかもしれませんけどっ!)
(あ、セレス様。草原の民なら小さな子供ですら、ケーダと同意見だと思いますよ)
(・・・はっ? えっと、理由もわからず滅びた村の跡地に住むのにですか?)
(はい。だって草原の中では肥沃とされる土地に住めるなら、そんなの気にしないに決まってるじゃないですか)
(普通は気にすると思うんだけど・・・)
(そこはほら、ケーダや私の同族ですからっ)
(・・・はぁ。なら街はベンタとの国境付近に?)
説得力があるようなないようなサクラの言葉に、本人達が良いのならそれでいいかと、セレスはなんとか自分を納得させた。
(やった。でかしたぞ、サクラ。草原で暮らせるとなれば、皆も喜ぶ)
(まだ終わってない、ケーダ。ベンタの内戦で功を立て、かの国の農業を学ばせてもらえるようにせねば!)
(任せとけ。たとえ単騎だとしても、狼の旗に恥じぬ戦いを見せてやるぞ)
(ではファウンゼン様。私は夜が明けたらダラス殿と娘、それにゴンくんとミオちゃんを迎えに行ってまいりますよ)
(お願いします。義姉上、2人はロンダールの本店でよろしいですね?)
(・・・いや、旦那の奥さんにはミオだけ頼みてえ)
(兄上、まさかっ!?)
10歳の少年を戦場に連れてゆく。
常識で考えれば、それは父親のする事ではない。
(・・・ジャスさん、ゴンを利用する気なら私とリーミヤが黙っていませんよ?)
セレスの言葉には、隠そうともしないトゲがあった。
(なんかもうあれだな、セレス。旦那が好きで好きで仕方ねえから同じように深読みをするようになったんだろうが、ここで喧嘩腰になっちまうからかわいくねえんだ。リーミヤなら気がついてるぞ、もしそうなら後でどうなっても知らんぞ、ってのを匂わせ、なおかつかわいさいっぱいで自分の意見を押し通すぜ?)
(余計なお世話です!)
(サージュの嫡男は5歳。どんなに仲良くなったとしても、俺とダラスはゴンもミオも冒険者の息子と娘としてしか育てん。将来のベンタ王と息子を友人にしてアィダーヌの利益を、なんて気はこれっぽっちもねえよ)
(ならいいんですが。すいません。さっきから言い過ぎています、私は・・・)
(いいさ。リーミヤがすべてのセレスと、リーミヤも大事な俺達じゃ立場が違う。それより、戦争の話だ)
セレスの表情が引き締まる。
【パーティー無線】では顔が見えないが、他のメンツもそうだろう。
誰もがその能力の高さから有名ではあるが、それは平和なアィダーヌ国内での評価に過ぎない。
戦争。
その言葉は、一同に沈黙をもたらすのに充分な重さを備えていたようだ。
(戦争、ヒヤマ殿の指揮で・・・)
(うっとりするな、ケーダ。気色の悪い)
(まあ、血は滾るわな)
(兄上までそれですか。ケーダ、お父上にはちゃんと話をしてから行くんだぞ)
(朝んなったら話しに行くっての。ファウンゼンはどうすんだ?)
(サージュ公爵は籠城中。まず、見えている敵を殲滅する。そこから反乱を静観していた貴族の追い落としだ。どうしても戦は長くなる。糧道は、私とバダム殿が担うしかあるまい・・・)
不安を押し殺している様子のファウンゼンに、セレスはなんと言うべきかわからない。
ファウンゼンとバダムは戦争になってもその手で人を殺す事はないだろうが、味方の食料から武器、医療品などの手配をしてそれを運ばねばならない。
敵を殺さなくていいなら楽だと言う兵もいるかもしれないが、しくじれば味方の全滅もあり得る役割を継続して行うであろう2人には頭が下がる。
(ファウンゼンさんとバダムさんには負担をかけてしまいますが、今までの計画を進めながら内戦を終結させるしかないのですね・・・)
(リーミヤが気にしてんのもそれなのかもな。アィダーヌの冬の餓死者を減らそうって買い集めた麦で、ベンタのために戦争をしなくちゃなんねえのかもしんねえ。ベンタの食糧事情ってのはどうなんだろうなあ)
(ベンタは、麦よりも米を優先的に生産していますからね)
(旦那、コメってのは穀物なのか?)
(ええ。年に一度しか収穫できませんが、それでも米を優先しているようですよ)
(不思議な話だな。カラクリでもあるんじゃねえか?)
(・・・おそらく。そしてその秘密さえ明かしてもらえたなら、ガンバールの食糧事情は今までとはかなり違ったものになるのかもしれません)
(おおっ!)
ケーダには何よりの情報だったようだ。
思わず漏らしてしまったらしい感嘆の声には、隠せぬ期待が込められている。




