それぞれの戦いー1
王都にある宿屋の一室。
セレスは拳を握りしめ、ベッドに腰掛けていた。
【パーティー無線】からは、ケーダの叫ぶような声。
一本気な彼はリーミヤのためなら祖国も親も、自分を慕う草原の民すら捨ててみせると吠えている。
「愚かな。これだから人間、いいえ。・・・男という生き物は困ったものね」
セレスは知っている。
伴侶としてリーミヤを選び、今【パーティー無線】で話し合う誰よりも多くの時間を、リーミヤと2人で過ごした。
甘えん坊でいたずら好きで、素直だけど頭が良くて物事を深くまで読む。そして、何よりも優しい。
トーダとケーダが、自分のせいで父と子が袂を分かつ。
そんな事になれば、あの優しい夫はいつまでもそれを気に病んで暮らすだろう。
(とりあえず待て、ケーダ。今回の件は誰がリーミヤ殿に付いて、誰がアィダーヌに付くとかいう、単純な話ではないんだ)
(じゃあ、なんだってんだ。ヒヤマ殿のご気性ならアィダーヌの議会が選択する案を聞いたら、もうこの国には戻らんかもしれんぞ!)
(だからそんな選択を議会にさせぬようにするのが、この【パーティー無線】を使える者の務めだろう!)
普段は温厚なファウンゼンも心穏やかではいられないのか、声には荒々しさが滲んでいる。
そしてケーダは職業持ちが隣国にいると知り、さらにそれがわずか5歳の幼子である事実を掴んだ議会が、どんな選択をするのかしっかりと読んでいるらしい。
ベンタ王国は何度も他国の侵攻を受け、アィダーヌ王国が外交でそれを助けた事が何度もある。
アィダーヌ王国に宣戦布告する国がなくなって、500年。その間にも、他国では戦争などありふれた話だ。
属国とまでは言えないが、アィダーヌ王国の議会が「サージュ公爵家の嫡男を王都に留学させてはどうか?」と打診すれば、ベンタ王国としてはとても断る事など出来ない。それが、国力の差だ。
さらに現在のベンタ王国は内戦中。
現在の戦況では、南に国境を接するダリアス帝国から3000もの兵を貸し出された貴族が王座に最も近いと思われる。
その新ベンタ王国とでも言うべき国がダリアス帝国の属国、もしくは傀儡国家となるのかどうかはまだわからない。
だが王となった者に多少の野心か気骨があるのなら、ダリアス帝国の意を汲みながらも他の大国と誼を通じようとする可能性は高い。
兵力はそうでもないが過去の客人の伝説と、その客人がもたらした独特の政治形態と神託裁判という裁判制度でそれなりの国として認知されているアィダーヌ王国からの恫喝を含んだ提案に、新しい王は笑顔で頷くであろう。
(・・・まあ、無理だな。リーミヤは俺達に答えを預けた。客人に関する法をすべて説明した訳じゃねえが、アイツなら議会が選択する案は法には触れねえって確信してるだろう。そして、ガキ1人を殺そうが監禁しようが、国ってのは気にも止めねえって知ってんのさ)
(ですが兄上!)
(問題は、なぜ答えを預けたかなんだよ。セレス、どう思う?)
(知っていて、許していたからに決まってるじゃないですか)
(何をだ?)
誰もいない宿屋の部屋で、セレスは立ち上がった。
(伴侶として結ばれても、育ての父と母への情から国を捨てきれない私を! アイツは息子だと言いながら賢者という立場を捨てるでもなく、リーミヤを監視しているジャスさんとダラスさんを・・・)
言ってしまった。
自覚すると同時に、セレスの瞳から堪え切れず涙が零れる。
それはとどまる事なく、噛み締めた唇から流れた血と混じって床に落ちてゆく。
(・・・ごめんなさい。今まで、お世話になりました。さようなら)
(待ちなっ、バカ娘!)
(待ちません)
(この会話を聞いてる何人がアィダーヌに残るかは知らんが、この国を捨ててベンタのサージュ領都に走るのは最後の手段だ。頼むから待ってくれ、セレス)
(その間に暗部でも動かすんですか?)
(・・・おいおい)
セレスはすでに荷物をまとめにかかっている。
こんな事態は寝室ごもりの最中に、もしもの話として語り合っていたのだ。
(戦いは数だと、リーミヤは言いました)
(うん?)
(戦争という意味だけではありません。心の中の戦いもです)
(ほう・・・)
(私には、大切な人なんてジャスさんとダラスさんしかいませんでした。そこにリーミヤが入った。まだゴンもミオもいない頃です。もしも自分がジャスさんとダラスさんと同じ道を歩けないなら、セレスは2人を看取るまでは行動を共にするようにと言われたんです。私とリーミヤが共に過ごせる時間。私とジャスさんとダラスさんが、共に過ごせる時間。自分達にはたくさんの時間が残されているから、ジャスさんとダラスさんに精一杯の恩返しをして、それから2人で静かに暮らそうと・・・)
ジャスもダラスも、何も言わない。
(若奥さん。いや、セレス。ゴンとミオはどうするってんだい?)
(そうですよ。お兄ちゃんとお姉ちゃんがいなくなれば、2人はどんなに哀しむか!)
ゴンもミオも、日が落ちて1刻で【パーティー無線】が朝まで切れるように設定してあるらしい。話を聞かれる恐れはない。
今まで黙っていたサーミィとユーミィの強い口調にも、セレスは少しのたじろぎすら見せなかった。
(この声を聞いてる誰もが、私とリーミヤを残して死ぬんですよ?)
(そ、それは・・・)
(だからって、兄と姉が姿を消していい理由にはならないねえ)
(ちょっとよろしいかしら、セレス様)
(お、お母さん!?)
(おふくろ。悪いけど、商家の嫁さんが口出しする場面じゃねえって・・・)
(あら、酷い娘ねえ。だってあなた達ったら怖がってばかりで、リーミヤ様の気持ちなんてぜんっぜん考えてないんだもの)
(リーミヤの、気持ち・・・)
セレスにはわかる。
愛する夫は5歳の子供すら守れないくらいなら、自分には生きている価値さえないと心から思っているのだ。
しかもその子が父であるヒヤマ王が守った民の子孫なのだから、その想いは更に深くなる。
リーミヤは隣国でこの夜に、ゴンとミオを守ると決めた時と同じくらいの決意を固めているだろう。ビザンツという幼子を守る、と。
(リーミヤ様があの微笑みの向こうに、信じられないほどの激しさを秘めているのは私にもわかるわ。でもね、あの方はあなた達の事を信じていると思うわよ?)
(しん、じて・・・)
リーミヤは自分を信じている。
なのに、自分はリーミヤを信じていない?
そう思うと、セレスは全身に怖気が走った。
(いくらリーミヤ様が戦闘系の客人でお強くても、まだ17歳の少年ですもの。それに頭もよろしいからアィダーヌと敵対する可能性まで考えているかもしれないけど、初めての戦場でサージュ家の嫡男をどうやって守るかまで考える余裕はあるのかしら?)
(いっつも常識外の事をやってニコニコしてやがるから忘れがちだが、リーミヤはまだ17なんだよなあ・・・)
(そうですよ、ジャス様。だから答えを預けたというのは、リーミヤ様が皆様に知恵を貸して下さいって、助けを求めてらっしゃるんだとは思えませんか?)
ミーティスの穏やかな物言いに、反論できる者はいないようだ。
(・・・こりゃまいったねえ。奥さんの言う通りだよ、セレス)
助けを求めている?
リーミヤが?
なら、やる事は決まっている。
(・・・皆さん、私からもお願いします。どうかリーミヤを助けて下さい)
(あったりめえだ。ファウンゼン、さっさと知恵を出しやがれっ!)
(また兄上は無茶を。・・・ですが、ここで案を出せなければ、戦えない私がリーミヤ殿の仲間でいる資格なんてありませんね)
(それは私もですな。ファウンゼン様、まずはリーミヤ殿が納得できるサージュ公爵家の将来を考えてみましょう)
(そんなのは決まってますよ、バダム殿。サージュ公爵家の嫡男が監視などされず、健やかに成長する未来でしょう)
(ならば、答えは1つですな・・・)
(ええ)
セレスにはわからない。
内戦から逃れて聖域の村に来て暮らすにしても、穏やかにではあるが監視されているのと同じだ。
(バダムさん、ファウンゼンさん。どうか教えて下さい。私は、私達は、リーミヤの願う幼子の未来のために何をすればいいのですか?)
(簡単な事です、セレス殿)
(ですな)
(それは?)
(サージュ公爵家の手勢のみで、ベンタ王国を奪るのです)
(なっ・・・)
セレスは声もない。
アィダーヌ王国の軍。いや、せめてガンバール公爵家の手勢である草原の戦士を参戦させれば、それも難しい事ではないだろう。
だが、わずか300にも満たぬというサージュ公爵家の兵力で、そんな事が可能なのか。
(出来るのでしょうか・・・)
(覚悟はしていただきます)
(・・・覚悟。死ぬ覚悟ですか、それなら)
(いいえ。リーミヤ殿を、災厄の客人にする覚悟。まだ人を殺した事のないサクラさんやサーミィさんを、殺人者にする覚悟。それと、職を失う覚悟です)
(そんな・・・)
ファウンゼンの言葉に、セレスはなんと返して良いのかまったくわからない。
リーミヤが災厄の客人と呼ばれる。それはいい。リーミヤなら、甘んじてその汚名を被るだろう。
(サクラさんとサーミィは・・・)
(行くのならサージュ領都を囲んでいる兵だけではなく、それを引き込んだベンタ王国の貴族まで殺し尽くさねばなりません。1兵でも多く必要なのですよ。女だからという理由で、剣と魔法と【パーティー無線】を使えるサクラさんやサーミィさんを遊ばせてはいられません)
(その分、私がっ!)
(単純に人手が足りないのです。【パーティー無線】が使えて戦えるのならば、兵を指揮してもらわねば困ります)
(それにセレス殿には魔法使いを率いてもらいますし、ジャス殿は歩兵の指揮です。いるのかすらわからない神聖魔法の使い手を束ねるのは、ダラス殿。なので聖域の村に3賢者が1人もいないという状況になってしまいます)
(そんな・・・)
聖域の村に客人を待つ3賢者が不在など、神託を受けた最初の賢者が現れた300年前から一度もなかった異常事態だろう。
賢者を裁くには神託裁判しかないが、セレスが籍を置いている魔法省の職を解くのは簡単な事だ。
だが、そんな事はどうでもいい。
S級冒険者であるセレス達ならば、言い方は良くないが片手間の狩りや採集で充分に稼げる。
(アタイ達は望むところさ。なあ、サクラ)
(ええ。草原の女戦士の実力をサーミィに見せる、いい機会です)
いつの間に仲良くなったのか、呼び捨てで話す2人の声は明るい。
笑いさえ含まれたその声色に、セレスは自分の中の何かが救われた気がした。




