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新人冒険者は頑固者が嫌いではない-10(終)




(わ、美味しっ。上等な料理とお酒は嬉しいんだけど、夜明けにはオルビスで出るからあんま飲めないんだよなあ。ところでケーダさん、いつまで笑ってんのさ?)

(はっはっはっ。笑いもしますよ。罪のない幼子を殺すなど、ヒヤマ殿の口から出る言葉ではありません)

(でもさあ、現実問題としてどう考えるの?)

(アィダーヌ王国には聖域がございます)


 ケーダの声色には、わずかばかりの迷いもない。


(・・・それで?)

(侵略の後に占領となれば、聖域とそこから現れる客人に関する法が改正されるでしょう。客人を利用するためにです。それは、なんとしても止めねばなりません。私やファウンゼン、それどころかアィダーヌのすべての貴族と軍属が死に絶えようとも、止めます)

(ふぅん)


 将来は敵同士になろうとも、今のビザンツは敵ではないとケーダは言いたいのだろう。

 もし敵になれば、その時は一命を賭けて迎え討つ。

 ケーダらしいと、リーミヤは思った。


(だがケーダ。問題はそこではないんだ)

(何が問題なんだよ、ファウンゼン?)

(アィダーヌには3賢者がいて、黒騎士団がいるだろう)

(それがどうした?)

(リーミヤ殿は、それを受け入れた。受け入れた上でセレス殿を妻とし、兄上と義姉上を父と母とまで呼んだ。同郷人の子孫を助けに行くにも、黒騎士団の副団長殿の同行を許した)

(だから、それがどうしたんだっての?)

(どれだけ自分が危険視されても、リーミヤ殿は愚痴のひとつも言わん。だが、自分と同じ職業持ち。それも5歳の子供を3賢者や黒騎士団が監視したとしたら、リーミヤ殿はどうすると思う?)

(な、なんだよそれ・・・)


 そこまでファウンゼンに言われ、ケーダはようやく気がついたらしい。

 ビザンツは、トノサマとまで慕う男と同じ部屋にいるという隣国の公子は、わずか5歳の男の子は、アィダーヌからしてみればリーミヤと同じくらい危険な人物なのである。


(しかも、客人としてこの世界に来た初代サージュは、俺のいた国の出身みたいなんだよね。俺より年下の)

(・・・どういう事、リーミヤ?)


 それまであまり話していないセレスの問いに、リーミヤが不思議な時代のズレを説明する。

 ベガスという街。そのモデルになった街。初代サージュの頭の上に表示されていたであろう職業。

 話し終えたリーミヤは静かに酒を口に含み、時間をかけて飲み込んだ。


(ビザンツくんの祖先は、父さん達の国の民。その初代の血脈は絶えず、隔世遺伝でこの世界に再び職業持ちが現れた)

(そしてリーミヤと出会った、か・・・)

(リーミヤちゃんは、子供にゃ無条件で優しいからねえ)

(ええ。自分の事なら監視されようが、少しくらい生活の邪魔をされようが気にしませんが、その不自由な生活をアィダーヌが5歳の男の子に課すとすればリーミヤは・・・)

(そんなっ・・・)


 ケーダの呟きは、なんとも哀しげだった。


(朝まで俺は【パーティー無線】を切っとくから、皆で相談しといて。・・・どんな答えを出しても、俺は恨まないからさ。じゃ、おやすみ)


 リーミヤは、本当に【パーティー無線】を自分だけ聞こえなくしてしまったらしい。

 表情を動かさず金属製の杯を呷ると、ドアンがリーミヤの杯に酒を満たした。


「・・・あざっす」

「ふん。祝いの席で、辛気臭え顔をしやがって」

「・・・へへっ。ねえ、爺ちゃん」

「なんでぇ?」

「誰も悪くない。でも誰かが、嫌な思いをしなくちゃならない。そんな状況なら、それは子供にさせちゃいけないと思うんだよねえ・・・」

「ならどうするってんだ。訳知り顔でテメエが傷つけばいいってのかよ?」

「・・・わかんね。ホルスさん、ビザンツくんの件は明日の朝に答えが出ます。俺は明け方にオルビス、あの大きな鉄箱で南の騎馬隊の援護に出ますので、仮眠を取らせてもらいますね」


 真っ青な顔色のリーミヤが立ち上がる。

 【パーティー無線】は聞こえないが、その顔色で何かを察したらしいロイズも立ち上がろうとした。

 だがリーミヤはその肩をそっと押さえ、1人で会議室を出てゆく。


「どうしたんでしょう、リーミヤ様・・・」


 ロイズの言葉に、師匠であるドアンは何も答えない。

 ただ、酒を呷っただけだ。


「師匠?」

「抱かれて来い、ロイズ」

「は?」

「・・・なんでもねえ。どうして世の中ってのは、根っからの善人にだけ辛く当たるんだろうなぁ。どうしようもなく正しい事しか言えねえ男は、いつも世の中に殺されるんだ」


 リーミヤは城を出て、北門の前までゆっくりと歩いた。

 夏の月と星が輝く夜空の下にオルビスを出して、装甲板に優しく触れる。


「父さんは、仲間を撃たなかった。俺はどうなのかな、オルビス・・・」


 返事などあるはずもない。

 リーミヤは運転席に入ると音楽もかけずに、フロントガラスの向こうの北門を見ていた。

 静かな夜である。

 見張りがいる防壁に上がる階段の踊り場には篝火が燃えているが、オルビスからはそれも遠い。


「まるで世界に俺1人しかいないみたいだ。おかしいね。生きるも死ぬも一緒にって決めたお嫁さんがいるのに・・・」


 タバコもカリスも咥えず、リーミヤは運転席で膝を抱えた。

 まるで母の胎内に戻ったかのように、大きな体を丸めて身じろぎもしない。


 どれほどそうしていただろう。

 まだ夜は深い。

 リーミヤは鉄を叩く小さな音を聞いて、ヘッドギアを出した。

 そのまま左側のハッチを開け、すぐに閉める。


「長生きはしてみるもんだなぁ、リーミヤ。こんなモンの中に入れてもらえるなんてよ」

「爺ちゃん、どしたの?」

「南に行くんだろ。オイラも連れてけ」

「いいけど、鉄箱から降りて戦う気はないよ」

「バンズール。南に離脱した騎馬隊と、連携は取らねえのか」

「余裕があれば声はかけてみるけど、オルビスを見て味方だと信じるかどうか。爺ちゃんはバンズールって人と面識はあるの?」

「あるぞ。だからあっちに空馬がいりゃあ、オイラも騎馬隊で使ってもらおうと思ってよ。手土産に、人数分の握り飯と酒も持って来たんだ」

「・・・そんなに、ここで死にたいの?」


 ドアンが苦笑しながら助手席に座る。


「人は、老いる」

「だから我慢しようよ。爺ちゃんだけじゃないんだ」

「わかんねえだろうなあ。老いたゆえの強さってのがたしかにある」

「体の使い方、厖大な経験があるから若い時とは違うんだろうね」

「そうさ。だがそりゃあ、長時間の酷使に耐えられるもんじゃねえ。若えときゃぶっ倒れるまで稽古をしては、また立ち上がって槍を振ったもんさ」

「俺もやらされたなあ、それ」

「今やったら、死ぬ。老いるってのは、そういうこった」

「・・・・・・」


 だから、どこで戦っても戦の最中に自分は死ぬ、とドアンは言っているのだろう。歳を重ねたからこそ出来る戦い方もあるが、そんな戦い方をするくらいなら死ぬと。

 何も言わずに並んで座っていた2人だが、ドアンが懐からある物を出す。

 カリスだ。


「爺ちゃんもやるんだ、カリス」

「オイラは、ベンタ王国とアィダーヌ王国の国境にあった辺鄙な村の出なんだよ」

「こっちに来る時は、村なんて見なかったなあ」

「川を渡ったろ。小川みてえなチンケな川に架かった、ボロくせえ橋をよ」

「うん」

「あっこが村だった場所だあな。村の中央を川が流れてて、ガキの頃はこの季節にゃ男も女も裸で泳いだもんさ」


 リーミヤもカリスを咥え、ドアンの思い出話を聞く。

 幼い頃はいつも腹を減らしていて、雪で閉ざされた冬には何度か死を覚悟した事。

 隣の家に後家さんの着替えを覗きに行ったら、見つかってそのまま美味しくいただかれた事。

 女を知って気が大きくなり、天下を取ってやるぜとアィダーヌの王都に行ったら、防壁の中にすら入れてもらえなかった事。

 その出奔の第一歩でつまづき、ドアンはベンタ王国まで流れて放浪者のままの身分で暮らし始めたらしい。


「つっても、仕事なんかねえからよう。国境沿いで小競り合いになりそうだって聞けば、この足で走ってって勝手に戦闘に参加すんだ。もちろん、武器もねえ。最初は拾った石を投げ、それで敵の兵士を殴った」

「よく兵隊さんに怒られなかったねえ・・・」

「兵士でもねえのに戦ったからか、敵兵の死体から装備を剥ぐのは黙認された。その頃のベンタの総大将は、ホルスの親父さんでなあ。副将がバンズールの親父で、ホルスはその陣にいた。何度目の戦だったかなあ。そのホルスが引き際を見誤って、敵陣に取り残されてな。ここであの身なりだけはいい将兵を救い出せりゃ、人生が拓けるとオイラは直感した」

「賭けに出たんだね」

「だな。その賭けには勝ったが、オイラは死にかけた。ホルスを馬に乗せて尻を引っ叩いたまでは良かったが、敵兵から奪ったナマクラの剣が折れちまったのさ」


 ドアンが自嘲的な笑いを浮かべる。


「でも、生き残った」

「バンズールの親父殿が騎馬隊で突っ込んで来たのさ。擦れ違いざま、持ってた槍をオイラに放ってよ。その時、生まれて初めて槍を握った。女を知った時より痺れたね、オイラぁ」

「命の恩人の息子かあ・・・」

「ま、その頃のバンズールはよちよち歩きの赤ん坊。知らん話だとは思うがな。雷槍のドアンとしては、数年前に挨拶をしてある」

「わざわざ門を開けさせるのも悪いから、通用口から出てオルビスに乗り直そっか。もういい時間だもんね」

「おう。付きあわせてわりぃなあ」

「・・・いいよ。頭は悪くないのにバカとか、いい歳してイカれてるのとか。変にマジメだったり、どうしようもなく頑固だったりするこの世界の人間が、俺は嫌いじゃないらしい」



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