新人冒険者は頑固者が嫌いではない-6
「お待たせしました」
「おう。そんじゃ出してくれ、リーミヤ」
明け方に目を覚ましたリーミヤ、ジャス、ロイズは皆を起こさぬようにリビングを出て、オルビスと馬を進ませた。
進行方向の一番近い街に、ロイズの使っていた馬を預けるためだ。馬は街にさえ入ってから預ければ、黒騎士団の誰かが任務のついでに王都まで運んでくれるらしい。
帰ってきたロイズの手には、屋台で買ったと思われる布の包みがあった。
「あいよー。にしても、次の街が近くて良かったねえ。馬を預けたから、王都までノンストップで行けるじゃん」
「だな。これなら、オルビスは今日中に国境を越えられるんじゃねえか?」
「王都の積み込みで時間を取られなきゃね。ま、出発を妨害するバカがいたらぶん殴るけど」
「死なねえ程度にしといてやれよ?」
カリスを咥えたリーミヤが頷く。
ジャスが横にズレて席を譲ると、ロイズが礼を言ってリーミヤの隣りに座った。
ちなみに昨夜、もふもふのしっぽでリーミヤの視線を釘付けにするロイズに嫉妬したセレスが【パーティー無線】でリーミヤを責めるという事件が起こったのだが、ジャスの「ロイズは乳がねえから大丈夫だろ」の一言でセレスは笑顔を取り戻した。
しかしその後、サクラとユーミィが寝るまでジャスに文句を言っていたので、彼は少し寝不足のようにも見える。
「サックス殿、でしたか。まだ向こうの部屋におられるようですが、大丈夫なのですか?」
朝食のパンを配りながら、ロイズが不安そうに言う。
「この状況で悪さをするほどバカじゃねえさ。それよりリーミヤ。黒騎士団が客人を討つための組織って、なんでわかったんだ?」
「そりゃ、この国の客人に対する扱いって異常だもん。もし悪人か、悪人になる素質のある人間が来たらどうする気なのかは考えたよ。そんで3賢者ってのがその役目を担ってるんだなー、とは思ってた。その直属部隊なんでしょ? こっちに来てから客人が手駒にした人間を殺すのが黒騎士団で、直接客人の命を取るのが3賢者なんだろうなあって」
「・・・まあ、そんな感じだ」
食事が始まった事もあり、ガタゴト揺られる3人の会話が途切れる。
それを気にしたのか、リーミヤはディスプレイの上の機械を操作した。
抑えた音量で、鍵盤楽器の音色が流れる。
「こ、これはっ!」
「・・・そういや、音楽も聴けるって言ってたっけな」
「これ以上の音にしたり激しい曲にしたりするとリビングにまで聴こえちゃうから、これでガマンして」
「美しい音色ですね。客人様の世界の曲ですか・・・」
「また敬語になってるよ、ロイズさん」
「他人がいない時は敬語ですよ。昨日ちょっと口調が砕けたのは、こんな感じで話しますというのをお教えしただけです」
「つまんないのー。・・・あーあ、早く終わらせて村でのんびり暮らしたいねえ」
その言葉を聞き、ジャスはわずかに口角を上げた。
ロイズは意外そうにハンドルを握るリーミヤを見ている。
「リーミヤ様は戦う事が好きではないのですか?」
「たぶんねえ。もし出来るなら機械をイジったりして暮らして、たまに狩りに出るくらいがちょうどいいかなあ」
「毎晩のように嫁さんをかわいがって、だろ?」
「とーぜん!」
「少し、意外です・・・」
リーミヤが苦笑する。
「戦闘系の客人だから、戦争が大好きなガキだと思ってたんですか?」
「・・・正直、そうです。ガキだなどとは、露ほども思っていませんけど」
「リーミヤは戦える職人。それも、冒険者になるしかなかった職人だからなあ」
「手持ちの超エネルギーバッテリー、俺が料理担当してるうちに厨房の冷凍庫とサラマンダーに使っちゃったから、その代わりになるエネルギーの研究がしたいんだよねえ。ダッツ爺ちゃんの鍛冶場も、まだ使わせてもらった事ないし」
「・・・『えねるぎー』。まさか、魔法道具の技術を転用する気か?」
「さすが、いい読みしてる。水洗トイレやお風呂の給湯器、冷蔵庫はあるのに、冷凍技術はない。つまりはまだまだ未熟な技術なんでしょ。煮詰まって発展が遅れてるなら、発想の転換は必要だと思うよ」
リーミヤは自分にはMPがないと言っていた。だが、セレスが言うには契約さえすれば、男としてはかなりの魔法使いになれるほどの魔力を有しているらしい。
リーミヤの持つ異世界の技術、それとこの世界の魔法道具を作る技術が結びついたら、このオルビスのような物すら作り出せるのではないか。
ジャスは己の予感に、思わずその身を震わせた。
「やり過ぎんじゃねえぞ・・・」
「何を作ってもまずはセレスに見せる。それなら大丈夫でしょ?」
「まあな」
オルビスは夜明けの街道を走る。
途中で何度かキャラバン隊や冒険者に護衛された荷車を追い越し、まだ朝と言える時間の王都の門前に、オルビスは尻を向けて停まった。
「行こう。ファウンゼンさんとバダムさんも来てるはず。ロイズさん、セレスとケーダさん達を起こしてもらえる? 積み込みに時間がかかるから、身支度はそんなに急がなくていい」
「わかりました」
昨日からヘッドギアを着けたままのリーミヤが、ジャスと一緒にそのままオルビスを降りる。
通用口はすでに開いていて、ファウンゼンやバダム、それと見知らぬ男女の後ろには人力の荷車が見えた。
「バダムさん、ファウンゼンさん、何か問題はないですか?」
「ええ、なにも。・・・今のところは、ですが」
苦虫を噛み潰したような顔でファウンゼンが言う。
バダムは苦笑しながら、荷車が通れるよう一同に移動を促した。
リーミヤの思念操作で荷台のハッチが開く。
見知らぬ男女はそれを感心しながら見ているようだが、1人だけオルビスとリーミヤを眺めながら下卑た薄笑いを浮かべている男がいた。
「人足さんのカシラはどなたです?」
荷車が通り過ぎる際にリーミヤが声をかけると、上半身裸の男が立ち止まって頭を下げた。鍛え上げられたと言うよりは、過酷な労働に耐えるために自然と身についた筋肉が、緊張からか赤みを帯びる。
「・・・あっしでございやす」
「朝早くからすいません。一仕事終わったら、これで皆さんで一杯やって下さい」
言いながらリーミヤが差し出した革袋を見て、人足のカシラが呆けている。
「どったの?」
「あ、いえ。長え事こんな仕事をしてますが、そんな事を言われたのは初めてでして・・・」
「力仕事をする人がいなきゃ、王都なんてすぐに潰れるのにねえ」
「・・・・・・」
「と、返事の出来る話題じゃなかったですね。どうぞ遠慮せず。また急ぎの仕事をお願いする事もあるでしょうし、お酒は嫌いじゃないでしょう?」
「・・・ありがとうございやす」
「時間がある時は、一緒に飲みましょうねー」
カシラはまた呆けたようになったが、すぐに何も言わず笑みを浮かべて頭を下げた。
そのまま、始まっている積み込みに参加する。
「これは、見習わなくてはなりませんな」
「バダムさんも村で露店をしてくれた従業員さんに、お酒を樽ごとごちそうしてたでしょ」
「ですが、力仕事や汚れ仕事をする者にまでは気が回りませんでした」
「俺はどっちもこなす冒険者ですからね」
リーミヤが屈託なく笑う。
「それより、無難なメンツだとは思うが・・・」
ジャスが言うのは、バダムとファウンゼンの後ろでリーミヤを観察している男女達の事だろう。
それを機と見たのか、下卑た印象の男が前に出て、自己紹介とも自慢話とも取れる話をペラペラと始めた。
それを見る全員の目が、これ以上なく冷たいものであるのにも気がついていないらしい。
「えーっと、グドンさんでしたっけ?」
「ゴドンでございます、客人様」
「改名を勧めたいけど、まあいっか。とりあえず黙れ」
「は?」
「・・・黙れつってんだよ、クソヤロウ」
静かな怒りの言葉に、ゴドンが硬直する。
「リーミヤ、朝から殺る気スイッチ?」
「おはよ、セレス」
背後から声をかけたセレスに、どうにか笑顔を作ったリーミヤが言う。
雰囲気を見ただけでナギナタの鞘を取りかけているケーダをサクラが止め、全員がうんざりした表情のまま軽い挨拶を交わした。
「ファウンゼン、止めらんなかったのかよ?」
「・・・申し訳ありません、兄上。王家からの調整役は私が務めると言ったのですが、客人の手助けをするのなら調整役の指名権は王にある、とゴドン殿がおっしゃいまして」
「自慢話のほとんどがウソって、どんな人生してんだか。ファウンゼンさん、コレを神託裁判ってのに引っ張り出して、王様ってのに全部の罪を教えてあげて。『王家とアィダーヌ王国に忠誠を誓っているこのわたくしは虫も殺せぬ小心者でありますが、無欲なだけが取り柄でございまして』。これがすべてウソって事は、汚職くらいはやってるかもよ?」
「・・・そこまでですか。兵を連れて来て正解でした。ゴドン殿を神聖省に連行して、神託裁判の手続きをせよ。詳しい説明と裁判の質問者は、昼前には到着するレオニウス侯爵がすると言えば良い」
「はっ!」
ファウンゼンの私兵がゴドンを取り囲む。
「何の罪状で私を拘束するというのだっ!」
「客人への偽証罪、ですな。ですがそれだけではリーミヤ殿は罰を与えるなと言いそうなので、私が神託裁判ですべての罪を白日の下に晒してみせましょう。・・・連れて行け」
「D級でも調整役は指名できるのね。法務省が忙しくなりそう」
「セレス様。議会には、私が見たままを報告します。法の改正はすぐに承認されるでしょう」
言ったのは、老齢に近い白髪の男だ。
服装からして貴族で間違いはなさそうだが、痩せていて背筋もしっかりと伸びている。
「俺からもお願いします。さすがに、あんなわかりやすい小悪党がこの場に来るとは思ってなかった・・・」
「お恥ずかしい話です、客人様」
「リーミヤ・ヒヤマです。議会の方ですか?」
「申し遅れました。国軍を預かるクアン・ビジャレア侯爵と申します。議員ではありませんがファウンゼン殿、レオニウス卿のご推挙でこの場に参りました」
議員はとてもじゃないが客人に会わせられない。そんなクアンの真意を汲んでか、リーミヤがやっと笑顔を浮かべる。
隣に立ったセレスは、それを見て少しは安心したようだ。
「よろしくお願いします、クアン卿。となると、客人会の人は?」
「俺だ。ジャジー・グラハム」
まだ40にはなっていないと思われる男が言う。
いかにも荒事に慣れた感じの雰囲気を持っているが、隻眼隻腕である。
「コイツは俺の昔馴染みでな。今は冒険者を引退して、王都のギルド支部長をしてるんだ。ファウンゼンにコイツへの説明を頼んで、客人会の説得はバダムの旦那に頼んだ。厳密に言うと客人会の人間じゃねえ。だが、早目に紹介しておこうと思ってな」
「俺が好きそうな腕の良い冒険者だったからか。気を使わせたね、おっちゃん」
「バカのせいで気遣いはムダになったがな」
「そしてこちらが製薬ギルドのギルドマスター、セイロン殿です」
バダムに紹介されたのは、その妻のミーティスと同じ年嵩くらいの中年女性だ。
若く見えて美しいミーティスとは違い、年齢を重ねたからこそ持ち得る類の色気を振り撒いている。
「その節は、ありがとうございました。おかげさまで、ミノタウロスさえ狩れたなら救える命もございますわ」
「・・・その言い方だと、ミノタウロスは狩れていないんですか?」
「ええ。ジャジーさんも、C級以上の冒険者に働きかけをして下さってはいるのですが・・・」
「あの病気に罹っている人のリスト、リストはあっちの言葉か。詳細な居場所はわかるんですか?」
「それはもちろんですわ。重症患者から処置を施すための道順まで、頭に入れてあります」
「仕事の出来る女性は美人って決まってんの、この世界? セレス、魔法で氷の箱を作って。ミノタウロスの肝を入れるから」




