新人冒険者は頑固者が嫌いではない-5
「あの・・・」
「どした、密偵の旦那?」
「客人様は、なぜここまでして下さるのでしょうか?」
運転しながらではキセルは使えないので、カリスを咥えているリーミヤが肩を竦める。
「客人が別の世界から来た人間だって知ってる?」
「それは、もちろん」
「俺のいた世界にも、そんな人間がそれなりにいた。その人達は、同郷人をとても大切に思っていたんだよ」
「それはわかりますが・・・」
「リーミヤは、サージュ公爵が同郷人の子孫かもしれねえと睨んでいるのさ」
「なんと!?」
驚くサックスの肩を、笑いながらジャスがバンバンと叩く。
少し迷惑そうだが、やめろとは言わないようだ。
すでにいくつもの街を迂回し、オルビスは夕暮れの街道を軽快に進んでいる。
バダムがいつもそうするように、リーミヤも夜にはオルビスを街道の脇に停めると言っていた。
キャラバンが護衛を連れて街々を行き来するこの世界。街道脇が草原だったりすると延焼を恐れてロクに焚き火も出来ないので、街道の真ん中で野営をするキャラバンも多いからだ。
「そろそろ時間的に危ないね。停めるよ」
「わかった。行こうぜ、密偵の旦那。晩酌に付き合えよ」
「金獣騎士殿のお誘いとはいえ、領都ではこの夜も仲間達は戦っているのです・・・」
「だからこそだ。仲間を心配するのはいいが、密偵の旦那が夜も眠らずにいたからって、なんにもなんねえんだよ。それどころか一番大切な役目を任されたってのに、体調が万全じゃねえから訳もわからねえうちに気絶させられたりするんだ」
「私の意識を刈り取ったあの時の技は・・・」
「客人様の秘密、ってやつさ。ほれ、リビング行くぞ」
サックスはそれ以上は抵抗せず、引き摺られるようにしてリビングに移動した。
リーミヤも、サイドブレーキなる物をしっかりとかけてそれに続く。
「セレス、酒をくれ。密偵の旦那が潰れて熟睡できるくれえ、たっぷりとだ」
「は? お酒なんて持って来てませんよ?」
「な、なんだって!?」
「ダラス殿。明日の朝には愛する夫を戦場に送り出す新妻に、そのような注文は」
「・・・ケーダの言う通りだな、わりい」
「お酒ならあるよー」
リーミヤがテーブルの前には座らず、あちらの世界の流し台の下にある戸棚を開ける。
取り出したのは、琥珀色のガラス瓶だ。
「なんてきれいなガラス・・・」
「サクラさん、そっち!?」
「密偵の旦那がいるのにいいのか、リーミヤ?」
「おっちゃん、サックスさんにお酒でも飲んでゆっくり眠って欲しいんでしょ。オルビスにも乗せちゃってるし、これくらい大丈夫だって」
「リーミヤ。そのオルビスっていうのはもしかして?」
「うん、この車の名前。ボトルと人数分のグラスを出したから運んで、セレス。俺はゴハンの用意するから」
眩いほど銀色に輝く円状の盆に、ガラス瓶とガラスのグラスが乗っている。
銀に輝く盆も、琥珀色の瓶も、向こうが透けて見えるほどに澄んだ無色透明なグラスも、すべてが国宝とされてもおかしくはないほどの物だ。サックスの顔色は、すっかり青くなってしまっている。
「設計段階でお酒を指定したのね。もしかして缶詰も?」
「もっちろん。でもタバコとお酒、それに缶詰は落ち着いたら仲間内で分けるから、あんまり量は出さないよ」
「お弁当はダラスさんに持たされたから、スープとツマミぐらいでいいわよ」
「りょーかーい」
火を出さずとも料理ができるというコンロなる物に大鍋を乗せ、リーミヤは開けた缶詰の中身をその中にぶちまける。何度かリーミヤが振る舞った事のある、サハギンスープという料理。
それから大きな皿に、焼き菓子のような物が出される。
「お酒は運んだわよ」
「ん。じゃあ飲んでて。強いお酒だから水と氷を入れて、よく混ぜてから飲んでね。水と氷は、そこの壁際の冷蔵庫に入ってるから」
「生活魔法でいいわよ、面倒だし」
女性らしさの欠片もない事を言いながら、セレスが酒を割ってそれぞれの前に置く。
リーミヤは焼き菓子のような物の脇に2つの小皿を乗せて、それをテーブルに運んだ。
「何だこりゃ。美味いのか、リーミヤ?」
「食べてみればいいじゃん。小皿のはチーズディップとアンチョビディップだから、クラッカーとかお弁当のパンに付けて食べて。ホントは生野菜スティックでもあればいいんだけど・・・」
「野菜ならダラスさんに持たされたわよ。もしお弁当で足りなかったら、料理に使えって」
「そんじゃクラッカーのお皿に、生で食べられる野菜だけ出して。あ、切った方がいいか」
「もう切ってあったはずよ」
「さすがダラスさん。セレスが包丁で自分の手を切るのを、未然に防いでくれたのか・・・」
「失礼ね。はい、皆さんどうぞ」
後ろから「セレスさん、ジャガイモは生で食べられません」とか、「何もない所から野菜がっ!」とか聞こえたが、リーミヤは気にするでもなくサハギンスープを人数分のカップによそっている。
「お待たせー」
「サハギンスープだな。ミオとゴンにも食わせてやりたかったぜ」
「まだあるから大丈夫だって。じゃ、乾杯」
「おう、南で戦う男達に」
マジメな表情でジャスがグラスを掲げると、サックスもそれに続いた。
初めて飲む異世界の酒に男達は悪くない、とでも言うような笑顔を浮かべる。だが、セレスとサクラには合わなかったようだ。
「飲めなくはないけど、少し癖があるわね。これ以上は飲みたくないわ」
「私もです・・・」
「じゃ、それは俺とケーダさんで飲むから、冷蔵庫から缶ビール出して飲みなよ」
「あれもあるのね。サクラさん、とびきり上等なエールが飲めるわよ」
いそいそと立ち上がったセレスは冷蔵庫から缶ビールを抱えるように運び、1本をサクラに渡した。
「こうすると飲めるようになるのよ」
「うわっ、なんか来た!」
リーミヤの言葉で、リビングに緊張が走る。
ヘッドギアを着けてさえいれば、オルビスのそこかしこに仕込まれている『カメラ』の映像が網膜ディスプレイで確認できる事を、すでに説明されているからだ。
「モンスターかっ!?」
「違う。燃える木を持った兵士。集音マイクは、鈴の音も拾ってる」
「・・・事故防止のための夜間伝令の鈴の音。もしかして黒騎士団じゃねえか、セレス?」
「そうかもしれません。時間が時間ですが、副団長に念話魔法を繋いでみます」
「黒騎士団って?」
「国や議会の命令を拒否できる、3賢者の直属部隊だな。いつもは各街にいて、情報収集なんかをさせてる。それから、汚れ仕事。貧民街のある街じゃ、炊き出しの材料集めとかもな」
「・・・となると、客人がこんな世界は壊してしまえ! ってなった時に、3賢者が客人を殺すのを手助けするための組織かあ」
リーミヤのあけっぴろげな一言に、ジャスが苦笑する。
間違ってはいないが、客人であるリーミヤがそれを口にするのかと少し呆れているようだ。
「やはりそうでした。団長の私邸に貴族や客人会の使いが押し寄せているので、こちらに合流しようと王都を抜け出して来たそうです。副団長は平民出身ですから、難癖をつけて協力させようというバカ貴族を警戒したようです」
「リーミヤ。ここで飲ませてやっていいか?」
「いいよー。馬はオルビスのどこかに繋げばいいし」
ジャスが立ち上がる。
「そんじゃ、呼び止めて連れて来るぞ」
「にしても、対客人戦闘部隊の団長の仕事を妨害するとか。この国の貴族とか客人会の連中って、やっぱ異常だよねえ・・・」
「歴代の3賢者がそう考えているだけ。客人を殺さなきゃならない、なんて状況は考えた事もないのよ、彼らは。だから法で禁じられていない、黒騎士団の団長への接触が集中したのね。バダムさんやファウンゼンさんは、客人であるリーミヤに近すぎるもの」
「考えたらわかると思うんだけどなあ。で、団長さんって人は助けなくていいの?」
「団長は貴族を事故に見せかけて殺したりするから、恨まれても手を出されにくい大貴族の嫡男がやってるのよ。団長は名誉職で、2名いる副団長が実質的な指揮官なの。その副団長が王都の騒動から逃げ出せたなら、何もする必要はないわ」
「ふーん」
少ししてジャスが連れて来た副団長は、いろいろな意味で予想を裏切る人物だった。
「はじめまして客人様。ロイズと申します」
跪き、キリッと名乗るロイズの頭には、髪と同じ純白のケモノ耳。顔も肢体も、武人であるゆえの動作も美しいのだが、リーミヤの視線は真っ白なふわふわとしたしっぽに注がれている。
「・・・どうも。リーミヤ・ヒヤマです。客人である事を隠したいので、様付けはやめて下さい」
「隠蔽ですか。・・・では、人前ではヒヤマくんと呼ばせていただきます」
「こんな美人さんに『ヒヤマくん』とか、ちょっと照れるねえ。ケーダさん達も敬語はやめない?」
「それはさすがに。ヒヤマ殿、でも不遜だと思っているんですよ」
「ガンバール様。ヒヤマ様が客人であられる事を隠すなら、大貴族の嫡男が人前でヒヤマ殿と呼ぶのは得策ではありません」
「そりゃそうだが・・・」
無表情を装っているセレスの手をリーミヤが握り、耳元に口を寄せる。
セレスにしか聞き取れぬ声で「セレスが一番美人さんだよ」と囁くと、セレスは無表情のまま頬を染めた。
「とりあえずビールをどうぞ。サハギンスープもまだあったはず」
「『びーる』、ですか・・・」
「こっちで言うエールみたいなの。セレス、飲み方を教えてあげて」
そう言って立ち上がり、リーミヤはコンロのスイッチを入れる。
「そういやリーミヤ」
「んー?」
「ロイズは雷槍のドアンの弟子だぞ」
「おーっ。念話魔法で指示を受けてばかりじゃなくて、たまには村に来てゴンに槍を教えて欲しいねえ」
「賢者ジャス様。ゴン、とは?」
「いつも言ってるが、その呼び方はやめてくれ。リーミヤが弟とまで呼ぶ、10歳の男の子だよ。俺とダラスの養子でもある。オマエさんと同じ獣人でな、槍の聖印も持ってる」
「・・・アタシと同じ聖印ですか」
「どうだ。弟子として育ててみねえか?」
軽い誘いに、ロイズは首を横に振った。
「残念だ」
「おっちゃん、もっとちゃんと勧誘してよー」
「時間はたっぷりあるさ。ロイズ、仕事だ。リーミヤはベンタ王国サージュ公爵領にこのオルビス、鉄箱で向かう。だが、サージュ公爵の臣下であるサックス殿と2人で行く気なんだよ。今代の客人は気のいい男だから、裏の使命は忘れちまっていい。乱心でもしねえ限りはな」
「仕事はリーミヤ様の護衛ですね。了解しました」
まだ腰を下ろしていなかったロイズが、見事な敬礼を見せる。
ベンタ王国の内戦と、サージュ公爵の敗死は近いという情報をセレスに告げたのはロイズのはずだが、その地での護衛任務を命じられても気負いは見られない。
「俺に説得させようって事か。ロイズさん、とりあえず座ってよ。はい、これサハギンスープとパンね」
「ありがとうございます、客人様」
「ヒヤマくん、でしょ。剣しか持ってないみたいだけど、槍は馬の鞍に積んでるの?」
「・・・では、座って食事もありがたくいただこう。槍は入り口の箱に入れるようにと賢者、ではなくジャス殿に言われた」
「傘立てのつもりが槍入れになったのかー。おっちゃん、ロイズさんはベンタ王国の兵隊、何人までなら相手できる?」
「10や20なら相手にもならねえと思うが、50となると危ねえかもな」
「おっちゃんの半分くらいの腕か。やっぱオルビスで轢き殺すのがメインになりそうだねえ」
座ったリーミヤが水で割った酒を呷る。
ロイズがビールの美味さに驚きの声を上げながら毛並みの良いしっぽをボワッとふくらませると、笑い声が重なって剣呑な会話で沈んでいたリビングの空気が、少しだけ軽くなった。




