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閑話・心、静かに




 あばら家、もしくは掘っ立て小屋としか言いようのない建物である。

 男は土間に胡座を掻き、筵が夜風に揺れるだけの、玄関と呼ぶのもおこがましい入り口に背を向けていた。


 正面には、粗末な剣掛けに不釣り合いに見える豪奢な片手剣。その後ろに、布の掛けられた箱の上に乗っている長柄武器がある。

 男は小さなカワラケに酒を注ぎ、一息に飲み乾した。


「叔父上、いい夜ですなあ・・・」


 微笑みを浮かべながら、男はカワラケにまた酒を注ぐ。


「覚えておられますか。幼い某が父から木剣を賜って庭で振り回していると、叔父上は剣を振らぬ男こそ強いのだと言って笑っておられた」


 ぐいっと酒を呷る。


「忘れませんぞ。成人したその日に、バンズールは『烈火』と『忠義』の男であると言うて下さった・・・」


 バンズールとは男の名であるのだろう。

 くすんだ金色の髪は長い間、櫛も入れておらず、同じ色の無精髭が頬までを覆っていた。標準を大きく超える身長に、鍛え上げられた筋肉を纏っている。

 見るからに武辺者。

 だが、カマドで乾燥した牛の糞の燃える、柔らかな青みがかった炎に揺らされる横顔は、どこか優しげにも見えた。


「・・・今、助けに参りますぞ。叔父上」


 男、バンズールは胡座を掻いたままカワラケを土間の床に叩きつけて割り、立ち上がって片手剣を腰に差した。そして左手に長柄武器を掴むと、玄関の扉代わりの筵を押し退けて、夜明け前の闇に身を浸した、はずだった。

 篝火。

 完全武装の兵が片膝を付き、掘っ立て小屋から出て来たバンズールを見上げている。

 鎧の鳴る音すらない。

 篝火の薪が爆ぜる音を聞きながら、バンズールは驚いているようだ。


「・・・貴様等には、暇を出したはずだ」


 ようやく、バンズールが声を絞り出す。


「はい、好きにせよと殿は申されました。ですので我等46名、お供させていただきまする」


 あまり知られてはいないが、大陸でも指折りの小国であるベンタ王国の北方を領地とするサージュ公爵家には、時折どこからか現れる客人の助力で長らく独立を保っているアィダーヌ王国にて南の狼とも称される、ガンバール一族の血が入っている。

 跪く兵達の鎧もガンバールの末裔が伝えた物であるし、殿という呼称もそうだ。


「無意味に死ぬる必要はない」

「何を言われます。無意味でないのは、殿が一番ご存知でしょう」

「大勢は決したのだ・・・」

「ゆえに、成すべき事はひとつかと」


 ベンタ王国は小国ゆえ、常に周辺国の思惑に踊らされて来た。

 今回の簒奪劇も、首謀者の率いる兵はダリアス帝国から派遣されているのだろう。

 貴族の爵位の頂点、王に次ぐ位である公爵の率いる兵が200であるのに対し、王都で城にいた人間を皆殺しにした兵は、3000もの数を揃えていたのだ。


「いかに分家とて、本家を救うために家臣の尽くを討ち死にさせる必要はない」

「我等は、サージュ公爵家のために集まったのではありませぬ」

「・・・なんだと?」

「我等は我等の殿、バンズール・ザン・カターニャ様の背を追うのみ」

「地獄に向かう背を追ってどうする」

「獄卒をぶちのめして、旨い酒が飲めますな」

「・・・本気か?」

「男子の決意を疑うものではありませぬ、殿」


 その言葉で、バンズールも何かを決意したらしい。

 無精髭が蠢いて、荒々しい笑みの形になった。


「なら、地獄への道行きを共に楽しもうか・・・」

「はっ!」

「総員、騎乗せよ。我等はこの場に、命を置いてゆく。敵を見れば剣で斬り、剣が折れれば首を咬み千切る。慈悲は捨てよ。我等、これより鬼となる!」

「はっ!」


 カチャカチャと鎧が鳴り、バンズールの前に赤で染め上げられた、兵達とは違う鎧が置かれた。

 闇を睨むバンズール。

 家臣の兵達がそれをバンズールに着けると、最後に兜が頭に載せられ、しっかりと紐で結ばれる。

 兜の前立ては、熊を踏みつける童子。


「剣も大鎧も、そして本家家伝のナギナタも叔父上に賜った」

「御年8歳にしてグジャーンをお倒しになられた。その武勇を成人の儀で讃えて、サージュの名を刻んだ指揮剣と大鎧、サージュの家に伝わるナギナタまで贈られたのでしたな」

「その時、俺はこの身をサージュ家のナギナタにすると決めた。叔父上の子のビザンツにも武の才がある。俺はあれが7つになったら、グジャーン狩りに連れて行くと約束しているのだ」

「・・・楽しみでございますな」


 地獄で約束を果たしましょう。とは壮年の家臣も言えないらしい。

 小国ゆえ、兵となった者はいつでも死ぬ覚悟だけはしているが、まだ5つの男の子にそれを求めるのは酷だという思いがあるのだろう。

 引かれて来た一際大きな軍馬の首を撫でながら、バンズールは小さく頷いた。


「もうすぐ夜が明ける。行こうか」

「地獄へ、ですな」

「何を言う、ザック。47人もいるのだ。命を捨てた強兵が、47だぞ。暴れるだけ暴れてから死なねば、地獄で笑い者になる」

「・・・なんと。敵陣に斬り込むのではないのですか!?」

「それは最後だ。アィダーヌ王国のレオニウス、北の獅子の軍略書にもある。『とかく敗軍の男は華々しく散ろうとするが、その前に成すべき事はいくらでもあると思われる。男よ、死する前に足掻け。そは恥でなく、人としての美徳である』とな」


 愛馬に跨がりながら、ザックは微笑む。

 数年に1度は、どこかの国に攻め込まれる。

 それを迎え撃つ主力はサージュ公爵家の兵200と、カターニャ侯爵家50。指揮は成人してからはずっとバンズールが執っていた。

 諸侯の軍も参集するが、とても使い物にはなりはしない練度。下手をすればその諸侯の兵が、背後からサージュとカターニャの軍に矢を射掛ける。


 そんな状況で、常に数倍の軍を相手にバンズールは戦っていた。それを補佐してきたのが、ザックだ。

 ベンタ王国に攻め込んだ軍を退かせるのは、いつかベンタ王国を手に入れようとする他の国からの圧力。

 その外交が成るまでバンズールは寡兵で国境を護り抜く。

 粘り腰だけなら、どんな大国の軍にも負けぬという自信がザックにはあった。

 3000の敵兵をどれだけ減らせるか。

 馬上で微笑みながら、ザックはそんな事を考え始めている。


「いい歳をして、戦に胸を躍らせるか。ザック」

「お互い様ですな」

「違いない。行くぞ。鯨波の声はいらぬ」

「はっ!」


 47の騎馬が動き出す。

 生きて帰るつもりはないが、安々と死ぬる気は毛ほどもない。そんな兵がどれだけ強いのかを、バンズールは経験から知っていた。


「夜が明けて2刻になりますな」

「そう急くな、ザック。今はただ待てばいい」

「何をです。弱いとはいえモンスターが生息するこの竹林に、そう長く身を潜めてはおれませんぞ」

「1刻も待たず、来るはずだ」


 ザックはそれ以上は何も言わず、モンスターを警戒する兵のいる方へ歩いて行った。

 この世界に騎馬兵が少ないのは、馬はモンスターのエサであり、その気配を感じただけで怯えて使いものにならないからだ。

 だがカターニャの騎馬は、すべてがヒャクダンと呼ばれる馬型のモンスターである。

 気性が荒いので誰にでも乗りこなせるようなものではないが、47の騎馬兵はその精強さで国内は元より、周辺国の兵にまで恐れられていた。

 バンズールが動いたのは、言葉通り半刻の後である。


「総員、乗馬」

「・・・あれは。敵の輜重隊ではありませぬか!」

「数は100ほど。いい獲物だろう?」

「おのれダリアス軍め。近隣の村から食料を奪ったのか・・・」

「3000もの兵を食わせねばならんのだからな。綺麗事は言ってられんのだろう」

「おおっ。街道の向こう、草原からモンスターが襲いかかりましたぞ!」

「牛なんぞに荷車を牽かせるからだ。行くぞ。忌々しいモンスターも、今は味方のようなものだ」

「はっ!」


 続々と騎馬が竹林から駈け出してゆく。

 それは街道のかなり手前で、見事に隊列を整えていた。駈けながらだ。

 相当の練度である。

 バンズールが左手を振った。

 ザックとそれに続く騎馬兵が、敵の輜重隊の最後尾に馬首を向ける。その数、24騎。


「て、敵だーっ!」


 輜重隊の先頭。襲いかかる狼のようなモンスター、ウォーンに弓を射かけていた兵が叫ぶ。


「騎馬兵だと、まさかっ!?」

「先頭は黒馬とナギナタを持った大男。間違いねえ、カターニャだ! おい、なんとかしろよ! ダリアス軍が、敵を全部倒すんだろっ!?」

「・・・貴様も昨晩は、村で楽しんだのだ。戦ってもらうぞ」

「約束が違うじゃねえかっ!」

「いいから弓で射落とせ! 馬など、矢が刺されば使い物にならん!」

「ヒャクダンにこんな矢が刺さるはずねえだろうが!」


 言いながらも、その兵は弓の弦を引き絞って射た。

 腕は悪くないらしい。

 放たれた矢は真っ直ぐにバンズールに向かい、ナギナタの刀身で軽く払われた。


「な、なんて速度だ。ぎゃあっ!」


 23の騎馬は輜重隊の先頭にいる50ほどの集団に突っ込み、ウォーンの群れを踏み潰してから馬首を廻らせた。


「た、たった一撃で半数がやられただと。なんだこの騎馬びゃっ!?」


 震えながら呟いたダリアス軍の将兵が、横から突撃したザックのヒャクダンに跳ね飛ばされた。

 カターニャの将であるバンズールは大鎧、その配下のザックでも胴丸を着けているのに、金属の少ない部分鎧では即死だろう。

 バンズールを先頭にした騎馬兵達は、竹林から見て街道の向こうを進んでいたダリアス兵を蹂躙し始めている。

 手前はすでにザックが片付けたのだ。

 カターニャの騎馬兵に倍するダリアス兵は、半刻も保たずに1人残らず屍と成り果てた。


「見てくだされ、このベンタ兵の亡骸の顔を」

「弓術家としてそこそこ名の通っている男だな」

「はい。ハリス侯爵家の家臣です」

「まあ、今は国中が敵みたいなものだ。気にしなくていい。ザック。半数を率いて村に食料を返してこい。そして食料をこの金で贖え。村人がその金で避難してくれるといいんだが・・・」

「秋の麦を諦めてですか?」


 バンズールの投げた革袋を受け止め、ザックが訊く。


「やはり、ムリか・・・」

「元々、農民とは貧しいものなのです。少しばかりの金を握りしめてどこかに逃げたとて、冬は越せませぬ」

「我等が不甲斐ないばかりに。気の毒な事だ」

「貧しくとも、ダリアス帝国の民に比べればずっとマシなのです。彼の国は貴族以外は奴隷ですからな」

「・・・叔父上を助け出したら、皆で極楽浄土でも探しにゆくか」


 たった47人で、3000の軍に包囲されたサージュ公爵を救い出す。

 可能だと思っているのか、バンズールは事もなげに呟いた。



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