新人冒険者は頑固者が嫌いではないー1
「ええっ。サクラさん、ゴンに槍を教えてくれないのっ!?」
「私の腕では、聖印を持つゴンちゃんの師にはなれません。本当に上達したいなら、雷槍のドアンでも招いて教えを請うのが良いかと」
「雷槍?」
「有名な武芸者よ。武芸者は兵士でも冒険者でもない、ただ強さだけを求める人達」
「ふむ・・・」
ギルドホールの暖炉の前には、バダムが運んできた絨毯が敷かれテーブルが置いてある。椅子を置かず、胡座を掻いて使うのにちょうどよい高さの物だ。
リーミヤが数日前に作った自身の乗機のリビングの模倣である。
幼子が2人もいるのでリーミヤは靴を脱いで上がるリビングにしたのだが、嬉しそうに自分の膝で飲み食いをする兄妹を見て、親バカのジャスはバダムに絨毯の取り寄せを依頼した。テーブルを作ったのは、リーミヤだ。
「おい、リーミヤ。村長が準備は出来たってよ」
「ありがとう、おっちゃん」
「ゴンとミオの着替えを取りに行くついでに見て来ただけだ、気にすんな」
そう言いながら、ジャスは絨毯の上に着替えを置いて靴を脱いだ。
子煩悩な悪人面の大男は、ミオの着替えを手伝ったり着替えを終えたゴンの乱れた裾を直したりするのが嫌いではないらしい。
夏の暑さで汗に濡れていた2人の服は、洗濯されて陽射しをいっぱいに吸い込んだ清潔な物に変えられた。
「それじゃセレス、初のスキル使用に行こっか」
「ま、待って。もう1回だけ確認!」
「もういいって。昨夜から何回チェックしてるのさ・・・」
「確認は何度したってムダにはならないわ」
「いいから行くよ。じゃあ、おっちゃん。村人全員で広場に退避よろしく」
「おう、任せとけ」
リーミヤがセレスの手を引いてギルドを出る。
シャルはミオに着いてゆくようだ。ゴンと手を繋いでよちよち歩くミオに、黒い子猫が付いて歩く。なんとも満ち足りた気持ちにさせる光景だ。
ギルドの壁際に横たえられているハシゴをリーミヤが持ち上げると、気を使ってセレスが手を離す。
「そのままでいいのに」
「そんなに大きなハシゴじゃ、歩きづらいでしょ」
「それでも手を繋いでいたいんだって」
「・・・はいはい。予定通り、2町は離れて防壁に登るわよ」
「了解」
ギルドから少し歩き、リーミヤがハシゴを防壁に掛ける。
セレスが土の精霊に頼んで固定したそれを、リーミヤは身軽に登り始めた。
「うーん、いい風。セレス、上は気持ちいいよー!」
2階建の建物、この村ではギルドと教会だけであるが、その屋根より少し低い防壁の上に腰かけてリーミヤは微笑んでいた。
北の辺境ではあるが、季節は夏。
緑の山々や人の手が入っていない草原を渡る風が、リーミヤの頬を優しく撫ぜる。
「お待たせ。本当に良い風ね」
「でしょ。ほら、聖域も見える」
「それより教会よ。・・・良かった。ちゃんと見えるわ」
「広場でゴンとミオが手を振ってくれてるや」
村には2人しか子供がいない。
全員で集まっても数十人しかいない村人に構われて楽しそうにしていた2人は、一生懸命こちらに手を振っている。
(リーにい、見える!?)
(見えるよー。2人共、帽子が似合ってるね)
(りーにいたん、とり! とりがいるにゃ!)
(いるねえ。あれは鷲の仲間かな)
(ついに初工事ですか。セレス殿なら安心ですなあ)
(すいません、セレス殿。教会の跡地には、我が領の兵も宿泊できる私の宿舎まで建てていただけるとか)
(それを言うなら、ロンダールの支店もですな。ありがとうございます)
広場には姿が見えないバダムとファウンゼンの声がする。
バダムは流通業を始める準備で王都の本店に、ファウンゼンは侯爵位を継いだので王都でその手続きと貴族の偵察らしい。
(それはいいのですが、スキルを使うのは初めてで緊張しています)
(だから、適当に魔法スキル取得して試したらって言ったのにー)
(何かあった時のために、スキルポイントは溜めておくべきよ)
(・・・マジメなんだから。それよりバダムさんとファウンゼンさんは客人と関わってるからって、王都でイジメられてない? 俺の乗機だけで王都の兵隊なんか皆殺しに出来るから、酷い事されたらすぐに無線で言ってね)
(リーミヤ殿なら可能なのでしょうね。ですが、客人と仲の良い人間に無体な事をする貴族などおりませんよ。安心して下さい)
(いけ好かない客人会は、バダムさん?)
本当に気に入らない、そんな表情でリーミヤが訊く。
(ミー、妻が仲の良い客人会のご婦人の茶会に招待されたそうなのですが、リーミヤ殿の素晴らしさを語り聞かせると瞳を輝かせていたそうですよ。まあ、最初に異国風の美少年だったと言ったからかもしれませんが)
(ハードル上げないでよ、ミーティスさん・・・)
(『はーどるー』?)
(ああ。現実にはそんなカッコ良くないのに、美少年とか言わないでって事)
(あらあら。うちのサーミィが夢中になるくらいだから、相当の美少年ですわよ。リーミヤ様は)
(・・・サーミィ姐さんは、セレスをからかってるだけだって。それじゃ、工事を始めまーす。円状の村に半円を付け足す感じで、今のギルドの奥に大きな土地が出来る。その突き当りにギルドと教会を移動。今の広場とは別に教会前広場が出来て、その左右にロンダール商会聖域の村支店とかケーダさんの別荘とかが建つ感じね)
(発動準備は出来ているのだけれど、本当にスキルで街の改造なんて出来るのかしら・・・)
不安そうに言うセレスの肩をリーミヤが抱く。
防壁の上に腰かけているので広場の村人達から丸見えだが、リーミヤはそんな事は気にしない。
(大丈夫。スキルを、俺のいた世界を信じて。セレスなら出来る)
(・・・そうね。ジャスさん、スキルを使います。村人達に驚かないようにと)
(わかった。だがスキルを使ったのはリーミヤだと、勘違いさせるようにする芝居を忘れるなよ?)
(ええ。リーミヤ、お願い)
(あいよっ!)
リーミヤが立ち上がり、村に手をかざすようにしてモゴモゴと口を動かす。
詠唱をしている芝居なのだが、「もっかい寝室ごもりしたいなー」とか「たまには朝からセレスとお酒でも飲んでにゃんにゃん」とか言っているので、セレスは笑いを押さえるのに苦労しているようだ。
(まったく。行くわよ、リーミヤ?)
(はいなっ。ドントコイデス!)
リーミヤが両手を広げ、天を仰ぐ。
それと同時に聖域の村は眩い光に包まれ、無線からジャスの爆笑が聞こえてきた。
(おお、大成功じゃん。ギルドも教会もそのまんま移動してるし、バダムさんの店とかケーダさんの別荘とか、それ以外の新しい家もちゃんとある!)
(防壁も大丈夫みたいね。良かった・・・)
(そんでおっちゃん、いつまで笑ってんの?)
(わりいわりい。神の御業だの、リーミヤは神の使いだの言ってる村人が多くてよ。各分野の知識人が聞いて呆れらあ)
(・・・変な噂は否定しといてね、ダラスさん)
(任しときな。さあ、戻って引越し作業を始めるとするかねえ)
ジャスとダラス、ゴンとミオの家族は今まで通り教会に住むが、サーミィとユーミィはロンダールの支店に居を移す。
ケーダとサクラは貴族の跡継ぎとその婚約者とは思えぬほど荷物が少ないが、今日から泊まる別荘にはベッドや生活用品を運び込まねばならない。
それらの作業は、村人全員が手伝ってくれる事になっていた。
(俺は宴会で出す獲物でも探しに行こっかなー)
(ヒヤマ殿。ファウンゼンの護衛が、馬は好きに使ってくれと言っておりました。どうです?)
(えっ。馬で行ったら、ケーダさんは馬の護衛に残ってもらうけどいいの?)
(そ、そんなっ!)
(というか、ベッドなんかの搬入を村人さんに手伝ってもらうのに、ケーダが狩りなんかに出ていい訳ないだろう。力仕事くらいしか取り柄がないんだから、しっかり働いてもらうぞ)
(そんじゃ、俺はこのまま南門から出るね。セレス、1人で下りられる?)
(当たり前じゃない)
(そ、良かった。いってきます)
セレスがハシゴを下り、リーミヤは防壁の上を歩いて南門に向かう。
南門の防壁の上には見張り台があり、モンスターが接近したりすればそこから矢を射かけたりする。その見張り台にリーミヤが辿り着くと、門番は目を丸くしていた。
「ごめんなさい。驚かせちゃいましたか」
「いえ、想定していない場所から来られたので。工事は見ていましたが、まさに奇蹟でしたね」
「いやー、これでも客人なもので。えへへ」
訳のわからない答えを返し、リーミヤは階段を下りる。
すぐに別の門番が通用口を開け、最敬礼で送り出された。
(そうだ、バダムさん)
(どうなさいました、リーミヤ殿)
(雷槍のナントカさんって人、どこに住んでるかわかったりしません?)
(それなら、我が領におりますよ)
(ホント、ファウンゼンさん? ゴンの槍の師匠になって欲しいんだけど、お金はどのくらいかかるのかなあ)
ファウンゼンとバダムが唸る。
(武芸者は金で動く事もあるが、雷槍はなあ・・・)
(知ってんの、おっちゃん?)
(ああ。俺もゴンに槍を教える人物ってんで真っ先に雷槍を思い浮かべたんだが、あれは金じゃ動かねえんだよ)
(何してお金を得てるの、その人?)
(用心棒だ)
(ああ、バトルジャンキー?)
(ばと、なんだって?)
(戦闘中毒。戦う事が大好きで、他には何もいらないって人)
(それとも違うなあ・・・)
それじゃあ何なんだとリーミヤは問うが、ジャスの答えははっきりしない。
(リーミヤちゃん、要するに雷槍のドアンは変人さ)
(まあ、そういう事だな)
(おっちゃんとダラスさんに変人扱いされるなんて、雷槍のナントカさんも納得できないだろうねえ・・・)
(うるせえよ。とにかく、雷槍は金貨を積み上げて頼んだって首を縦に振らねえ。どうしてもってんなら、雷槍の興味を惹くしかねえな)
(興味?)
(雷槍にだって弟子がいねえ訳じゃねえんだ。本人にも弟子にも会った事があるが、なんでこれを弟子にしたんだって訊いたら『面白そうだったから』と言ってたぜ)
(面白そう、ねえ・・・)




