新人冒険者、ファンタジー世界でトラックを作る-5
【夜鷹の目】
夜の狩りに出るようになる前に取得したそのスキルの効果で、リーミヤは月のない夜にでも数百メートル先で揺れる若葉さえはっきりと見える。
加えて網膜ディスプレイに表示されるマーカー。
リーミヤを敵と認識している対象は赤。リーミヤに敵意がない、もしくは気づいていない対象は黄色で表示される。パーティーメンバーは、青だ。
そしてスキル【隠密】は、他者に発見される可能性を大幅に下げる。レベルが上がれば上がるほど、発見される可能性が減るらしい。
しかも、敵に発見されていない隠密状態からの攻撃が3倍の威力になるのだ。
ゆえに夜は、ジャンクヤードの猟兵の独壇場である。
(鹿みたいなのが寝てる。これもモンスター?)
(バカ言え、鹿は鹿だ。だが、眠る鹿を発見するとはな。リーミヤは神に愛されているのかもしれん)
(・・・どゆ事?)
(眠る鹿を見た冒険者は、死ぬまで獲物に困る事がないって言い伝えがあるのさ。良かったじゃないか、リーミヤちゃん)
(さすがはヒヤマ殿っ!)
子供2人と病み上がりのバダムの妻であるミーティスの無線は切ってあるが、ケーダの大声にリーミヤは眉をしかめた。
(ケーダさん、うっさい。じゃあ、これ狩ったら戻るね)
(おう、しくじるんじゃねえぞ)
(ヒヤマ殿にうるさいと言われてしまった。ああ・・・)
(面倒だから落ち込むな、ケーダ)
ケーダとサクラがじゃれ合う声を聞きながら、リーミヤは弓に矢を番えて引き絞った。
無造作に思えるほどの気安さで狙いを定め、灌木の向こうで寝そべっている3匹の鹿の、一番大きな個体に放つ。
ヒュオッ!
矢は狙いを違えず鹿の眼窩に突き立ち、異変を察知した残る2匹がけたたましく喚きながら逃げてゆく。
リーミヤはニヤリと笑んで弓を収納し、ナイフを抜いた。
(おっけー。内臓抜いたらアイテムボックスに入りそう。すぐ戻るね)
(それじゃ、焚き火の準備でもしようかねえ)
(ダラス殿、荷台に薪が積んでありますので、すぐにお持ちします)
(悪いねえ。ジャス、旦那の護衛は任せたよ)
(リーミヤ、ユーミィちゃんの無線も切って。限界みたいで、船を漕いでいるわ)
(はーい。パーティー編成画面、個別無線オンオフのオフをクリック、これでよし。そんじゃ、10分くらいで帰るね)
リーミヤが鹿の腹にナイフを突き立て、皮を裂いて臓物を掻き出す。
頸動脈と足首も切っていたが、ここでしっかりと血抜きをする訳ではないようだ。血塗れのまま鹿をアイテムボックスに収納し、臓物はそのままにして歩き出す。
(おやおや。焚き火の前に準備運動はいらないんだがねえ)
(ケシルークだな。旦那、そのままちっと荷台にいてくれ。ダラス、そっちは大丈夫だよな?)
(あたしとセレスに南の狼。それと草原の女戦士に、剣術小町がいるんだ。ケシルークなんぞ群れごと来たって跳ね返してやるさ)
リーミヤが走る。
無線の様子では心配ないようだが、マーカーのあるリーミヤがいれば戦闘後、精霊魔法で周囲の確認をする必要はない。
10分と言っていた帰り道を3分で駆け抜けると、1つだけ残っている黄マーカーが揺れるのをリーミヤは見た。
トレーラー。
灌木を飛び越える。
「やっとアタイの出番かっ!」
「お、リーミヤ。早かったじゃねえか」
「・・・何やってんの?」
「結界魔法でケシルークを閉じ込めて、1匹ずつタイマンだよ。ケーダとサクラは良い腕してたぜ、やっぱり。度胸のねえファウンゼンは下りた。次は剣術小町だよ」
「だからジャスさん。ダラスさんも、剣術小町はやめてくれって!」
「ケチケチすんじゃねえよ。それより、リーミヤにいいトコ見せる絶好の機会だぞ?」
「おおっ、それもそうか。しっかり見てろよリーミヤ!」
嬉しそうに言いながら、サーミィが背中の両手剣を器用に抜く。
ジャスがケシルークと呼ぶのは、丸っこい体つきで長い体毛を持つ人型モンスターだ。鈍重な見た目通り動きは速くないが、その膂力は人間を素手で引き千切る。
「初めて見るモンスターだ」
「こいつらは定住しねえモンスターでな。他の人型みてえに女を攫ったりはしねえが、鉢合わせれば襲いかかってくる。たぶん、南から流れて来たんだろ」
「ふーん。それにしても、サーミィ姐さんの実戦か。ゴンにも見せたかったねえ」
「まだ明け方だ、仕方ねえさ。それより、サーミィはこの世界の女冒険者の典型って感じの戦い方をする。よく見ておけよ」
「襲われた時のためにだね。了解」
「さあ、結界魔法を解いてくれ。正妻サマ!」
「私が魔法で仕留めてしまおうかしら・・・」
それでもセレスが結界魔法を解く。
ケシルークは怒りの咆哮を上げ、前に出ているサーミィへ突進した。
トレーラーの前には、2匹のケシルークの死体がある。目の前で仲間、もしくは家族を殺されたのだから、怒りは相当なものだろう。
サーミィは慌てるどころか、ニヤリと笑って自らも駈け出した。
1人と1匹が肉薄する。
ケシルークは腕を振り上げ、サーミィも両手剣を握る手に力を込めた。
「【アー】!」
ボンッ!
そんな音を立てて、ケシルークの顔面に火の玉がぶち当たる。
その隙にサーミィはケシルークの片腕を切り落とし、そのまま脇を駆け抜けた。
「な、なにあれっ! スキルじゃないよね!?」
「魔法だよ。詠唱なしとは、やはり腕がいいなあ」
「セレスの魔法とはかなり違うんだねえ・・・」
「私のは精霊魔法。あれは火の契約魔法よ」
「契約? シャルみたいな使い魔との?」
「まさか。この言葉と同時にこのくらいの魔力を放出するから、周囲の精霊は力を貸して下さいって火の大精霊と契約をしてあるの。精霊魔法より威力はかなり落ちるわ」
「ほえー」
リーミヤはこの世界に来たばかりの頃、魔力を説明されて「なんだMPか」と言っていた。それからは特に魔法について質問などもしていない。
それでもリーミヤは初めて見る契約魔法に興味津々で、戦闘を見ているようだ。
片腕でケシルークが走る。
先程より動きが鈍いのは、血を失い続けているからか。
サーミィは今度は動かない。
ケシルークが両手剣の間合いに入る。誰もがそう思うと同時に、サーミィは笑みを浮かべた。
「学ばないねえ。【ベー】!」
ボンッ!
さっきより少し大きな火の玉が、ケシルークの顔面で爆ぜた。
振り下ろしかけた両手剣をサーミィが止める。
なぜだと思いながらリーミヤが首を傾げると、ケシルークはゆっくりと仰向けで大の字になって地に倒れていった。
「おおーっ。サーミィ姐さん、凄い!」
「魔力の質がいいから、【アー】も【ベー】も悪くない威力ね」
「へー。C級はダテじゃないんだね」
「C級からは冒険者として上位だもの。それにサーミィさんは魔力の総量も多いわ。S級はムリでも、A級までなら上がれるかも」
「魔力の総量・・・! もしかしてサクラさん」
「言っときますけど、私も魔力の総量は多い方ですからっ!」
「あ、はい。ごめんなさい・・・」
大きな胸に詰まっているのは男の夢でも希望でもなく魔力なのか、などとバカな事を考えたリーミヤは、サクラの剣幕に素直に謝る事しか出来なかった。
「どうだった、リーミヤ?」
「凄い凄い。やるねえ、サーミィ姐さん」
「ふっふっふっ。そうだろう。でも、変なんだよな」
「何が?」
「前にケシルーク倒した時は、【アー】で同じように片腕落として、【ベー】でもう片方の腕も斬って攻撃手段を奪った。そんで【ツェー】を当ててから心臓を抉って、やっと倒したんだよ。それが今回はこれだからな」
リーミヤがジャスを見る。
その視線に気づいたジャスは、すぐに目を見開いた。
「まさかっ!」
「まだわかんない。おっちゃん、今のって平均より弱い個体だったと思う?」
「それはねえ。サーミィが駄々をこねたんで、ケーダとサクラが一番大きいのを譲ったんだ」
「なーる。じゃあセレス、さっきの火の玉でケシルーク? が窒息死した可能性は?」
「ないわよ。しっかり見てたけど、倒れていくケシルークの眼球が潰れてたわ。爆ぜる火球の破片が眼窩から脳に達して、ケシルークは死んだのよ」
「サーミィ姐さん、前にケシルークを倒したのっていつ?」
「うーん。この村に来るちょっと前だな」
「・・・おい、リーミヤ」
リーミヤとジャスが頷き合う。
「レベルアップ。間違いないと思う。おっちゃん、冒険者に狩りを重ねて強くなったって実感はあるもんなの?」
「そりゃあるさ。誰だってな。だがそりゃ、長い時間をかけて手に入れるはずの強さだぜ」
「そうなると、パーティーシステムの恩恵か・・・」
「マジかよ・・・」
会話についていけない面々が矢継ぎ早に質問を投げかけるが、メシを食いながら説明するとジャスが約束したので、ケシルークの毛皮を剥ぐ組と死体を埋める穴を掘る組、それと食事の用意をする組に分かれた。
リーミヤはダラスと食事の用意である。
「ブルーシート敷いて、っと。ダラスさん、鹿を出したようー」
「こりゃ立派な鹿だねえ。縁起物だから、村の連中に食わせてやったら喜ぶよ」
「死ぬまで獲物に困らないって言い伝えか。じゃあ、今夜の酒場のメニューは決まったね」
アイテムボックスの効果で皮を剥がれた鹿から、ダラスが腹の肉を、リーミヤが腿の肉を取る。
それが終わると鹿とブルーシートは収納され、2人はそれぞれのまな板の上に肉を乗せた。
「モモ肉はスープでいい?」
「そうだね。野菜も好きに使っとくれ」
「りょーかーい。んー、トマト風味でいっか」
やがて作業を終えたジャス達が戻って来ると、石を並べただけの簡易かまどのそばに座って酒を飲み始めた。
ツマミはもちろん、ダラスが焚き火で炙った鹿肉である。
「ジャマだなあ、なんでここで飲むのさ?」
「レベルの説明をするからに決まってんだろ。ほら、リーミヤも飲め」
「俺は夜が明けたら運転するから飲まない。バダムさんだって運転前には飲まないでしょ」
「つまんねえなあ」
「説明はおっちゃんがして。補足が必要なら、俺かセレスがする」
鍋に新しく野菜を投入しながらリーミヤが言うと、ジャスが酒を飲みつつ説明を始める。
たまにつっかえたり質問に答えられなかったりするが、その都度セレスが助け舟を出した。
「『れべる』ですか。冒険者ランクのようなそれが、知られていないだけで昔からあったと・・・」
「ファウンゼン、『すきるぽいんと』もあるって可能性はねえのか?」
「それはセレス殿のように『しょくぎょうもち』にならねばムリだろう」
「くそっ。それもありゃ、もっとヒヤマ殿のお役に立てるってのによ!」
「リーミヤの狩りでアタイの『れべる』が上がったなら、やっぱり恩返しをしないとねえ」
「お気持ちだけで結構です!」
「嫉妬深い妻は嫌われるよ、正妻サマ?」
「むっ。そ、そんな事はありません!」




