新人冒険者、ファンタジー世界でトラックを作る-1
ミノタウロスを倒した日の夜、4人はトレーラーの客室で宴会をした。
リーミヤをトノサマだとまで考え始めていたケーダは、男同士の話で大いに盛り上がって最初に酔い潰れる。
勇猛な草原の民の女戦士であるサクラも、あの樹国の美姫が気さくに話しかけては酒を勧めてくれるので、すっかりセレスに懐いたらしい。
宴は、深更まで及んで終わった。
その翌朝である。
酔って雑魚寝していたリーミヤは、3人を起こさないように身支度を整えると、客室から出て荷台に移動した。
ガンバール領では仕入れをしている時間もなかったので、荷台にはミノタウロスの死体しかない。
車内灯を点し、しっかりとハッチを施錠してから、リーミヤは解体ナイフを抜いた。
「頭が牛なのが救いか。・・・異世界で人体解剖するなんて、夢にも思わなかったよ」
ミノタウロスの右肩に、ナイフが入れられる。
ずいぶんと苦労しながら肩の関節を切り分けていき、最後にフック状のナイフを引っ掛けて腱を引き千切る。
「ふう、これでアイテムボックスに入るね。収納、っと」
ミノタウロスの右腕が消える。
「・・・やっぱり素材扱いになるんじゃん。ミノタウロスの爪。ミノタウロスの骨。それに、ミノタウロスの腱? ああ、大昔の弓には、獣の腱を使ったりしたって母さんが言ってたっけ。そんじゃ、キープかな」
言いながらリーミヤは隅にある大きな樽の前まで移動し、手をかざすようにして何事かを呟いた。
ベチャッ、グチャッと嫌な音がする。
「うう、グロい。たしかに冒険者なんかするなら、酒と女とタバコぐらいやらなくちゃアタマがおかしくなるね。ミノタウロスのクズ肉か。一応、【検品】発動。・・・うえーっ! 食用も可って、誰も食べないって! ヒャッハーになったらどうすんのさっ!?」
1人で大騒ぎするリーミヤだったが、そう時間があるわけでもないのを思い出したのか、またミノタウロスを解体する作業に戻った。
少しの肉片も付いていない骨が脇に積まれる度に、ミノタウロスの死体が小さくなってゆく。
やがてミノタウロスの内臓を抜いてリーミヤが樽の前に移動すると、手を止めて網膜ディスプレイを操作し始めた。
「ちょっとちょっと、ミノタウロスの肝ってアンタ。まあ、【検品】っと。・・・美味、栄養豊富、臭みなし。ナイエル病の特効薬? なんじゃそら」
興味をなくしたのか、リーミヤはミノタウロスの死体の解体を淡々とこなす。
最後に首を収納して角の付いた頭蓋骨を床に置くと、伸びをしながら立ち上がって荷台を出た。
夏の朝である。
眩しげに目を細めるリーミヤは、一仕事を終えた満足感に口の端を上げながら、運転席のドアを開けた。
(おはようございます、皆様)
バダムの声が無線から聞こえると、リーミヤ、ユーミィ、ダラス、サーミィ、ジャス、セレスの順で挨拶が交わされる。
セレスはまだ寝ていたようだ。昨日はサクラと意気投合して、酒をだいぶ過ごしていたのでムリもない。
キセルにライターで火を点けながら、リーミヤは疑問に思っていた事を質問した。
(ナイエル病ですか)
(・・・旦那の奥さん、そうなんだよな?)
(ええ。昨晩も苦しむ妻に何もしてやれず、眠るまで手を握っておりました)
(あ、それじゃナイエル病の特効薬を届けるから、すぐに奥さんに食べさせてあげて)
(は?)
(だからー、ナイエル病の特効薬。セレス、急いでバダムさんの家まで案内よろしく。ケーダさん達には、客室で時間つぶしといてって言って)
(そ、そんな物が存在するのですかっ!?)
リーミヤはすでにトレーラーを降り、客室のドアの前に移動している。
セレスが来れば、すぐにそのままロンダール邸に向かうつもりだ。
(昨日、ミノタウロス倒したでしょ。その肝に【検品】使ったら、ナイエル病の特効薬って網膜ディスプレイに表示されたの。俺は医療スキルないけど、食べれば治ると思うよ。臭みもなくて美味しいって書いてあったから、まず食べてもらおう。ダメなら、その場で医療スキル取るから)
バダムは声もないようだが奥さんが治ればそれでいいと思い、リーミヤは出て来たセレスを急かして王都の門に向かう。
(お、お願いしますっ! 全財産をお渡ししますので、どうか、どうかその肝を!)
(お金なんかいらないですって。いつもお世話になってるし、仲間でしょ。それにかなり年上だけど、俺はバダムさんは友達だと思ってるし。今から、王都の門を潜りまーす)
(す、すぐに迎えにっ!)
(いいですからバダムさんは、奥さんに説明をしてあげて下さい。ミノタウロスの肝を食べろだなんて、いきなり言われて驚かないご婦人はいませんよ)
(な、なるほど・・・)
(リーミヤ!)
叫ぶような声は、サーミィだ。
初めての王都の大通りを足早に歩くリーミヤが、驚いてビクッとしてしまうくらいの大声。
(び、びっくりした。サーミィ姐さん、驚かせないでよ)
(アタイの命をリーミヤにやるぞ! 嫁さんだけじゃ物足りねえなら、カラダも使うといいっ!)
(・・・あのねえ。嫁入り前の娘さんが、何を言っちゃってんの。サーミィ姐さんにだっていい人が見つかるから、なるべく清い体のままで待ってなさい)
(そうですよ。それにリーミヤは私だけで満足していますから、気を使わなくて結構です)
ああだこうだ言い合う2人の声を無視してリーミヤは大通りを進むが、途中しばらく前屈み気味で歩いていたのにセレスが気がつく事はなかった。
まあ、2人の言い争いがそれだけ過激で具体的だったのだから仕方がない。リーミヤはまだ17歳。妄想だけで反応できるお歳頃だ。
「ここ?」
「そうよ。ロンダール商会、本店」
「でっかいねえ・・・」
「リーミヤ殿!」
「お待たせしましたー。さ、早く奥さんのトコに連れてって下さい」
「こちらですっ!」
大店の中を抜け、居住スペースにバダムが2人を先導する。
先祖の言いつけを守り、店舗兼住居の他に邸宅を構えたりはしていないのだろう。掃除こそ行き届いているものの、住居にはあまり金がかけられているようには見えなかった。
「この部屋に、妻はおります。どうぞ」
「失礼しまーす。おおっ、やっぱり美人さんだ」
陽当りの良い部屋のベッドに身を起こしているのは、見事な赤毛を持つ中年女性であった。
気の強そうなサーミィとおとなしそうなユーミィの中間の印象。それを一言で言うなら、女性らしい、だろうか。
「本当に失礼してどうするの、リーミヤ。奥様、騒々しい夫で申し訳ありません」
「いえいえ。セレス様でいらっしゃいますね。いつも娘、ユーミィが念話魔法でセレス様の話ばかりするせいか、初対面とは思えませんわ」
「それは嬉しいですね。って、リーミヤ。なぜあなたが、ミノタウロスの肝を食べてるの?」
「んー。毒見? ねっとりとした舌触り。口中に広がるのは肉由来の脂なんだけど、臭みが全くない。胡麻油に塩コショウ振ったタレに付けて、毎晩ツマミにしたいくらいだ」
リーミヤは部屋の中央で立ったまま、大皿にミノタウロスの肝を出してナイフでつまみ食いをしている。
「バダムさんも毒見。30分して俺達がお腹痛くならなかったら、奥さんに食べてもらいましょう。塩コショウしかないけど、はい」
「い、いただきます・・・」
食いたくはないが妻のためなら、そう顔に書いてあるような表情でバダムがナイフの先に刺してある肉片を口に運ぶ。
閉じていた瞳は、口が咀嚼という仕事をするより早く見開かれた。
「なんと・・・」
「美味いですよね?」
言いながらリーミヤが大皿ごとミノタウロスの肝を収納する。
まだ朝だとはいえ、夏の暑さだ。肝が傷むのを警戒してだろう。
「はい。店で出したら結構な金を取れますよ、これは」
「あらあら。ムーちゃんがそこまで言うなら期待できそうね。ミノタウロスの肝を食べるなんて、ちょっと怖かったけど」
「・・・ムーちゃん?」
「ええ。私達、幼なじみなんです。ちっちゃな頃から、ムーちゃんって呼んでますのよ」
「ラブラブだなあ・・・」
「いや、お恥ずかしい・・・」
四半刻。リーミヤの言う30分が経っても2人には何の異常もないので、ミノタウロスの肝をロンダール婦人も口にした。
「本当に美味しい・・・って、あら? あらあらっ?」
「ど、どうしたミーちゃん!?」
「・・・仲が良いんだねえ」
バダムの妻が、寝具に手をつきながらベッドを下りる。
寝たきりだった妻の無茶に驚いたバダムが支えようとすると、彼女は満面の笑みを浮かべながらバダムに抱きついた。
「痛くない! 痛くないのよ、ムーちゃん!」
「ほ、本当か!?」
「ええっ。あの、お腹の中を蠢いていた痛みがないのっ!」
「おおっ、おおっ・・・」
長年妻を苦しめていた病魔の痛みがなくなったと聞き、バダムは涙を流しながら妻を抱きしめた。
「えっと、落ちちゃった筋肉とかは回復してないみたいだから、寝てた方がいいんだけど・・・」
「野暮な事は言わないの」
「・・・まあ、こうもなるか。よし、2日くらい王都に滞在だね」
「いいけど、リーミヤと私はトレーラーの客室よ?」
「観光は!?」
「なしに決まってるでしょ。リーミヤの弟さんの話とか聞いてると、絶対に揉め事を起こすからダメ!」
「あれと一緒にしないで欲しいんだけど・・・」
バダムの妻を気遣ってキセルではなくカリスを咥えたリーミヤが、どうしたものかと抱きしめ合う2人を見ていると、その視線に気づいたバダムが優しく妻から体を離した。
「リーミヤ殿、本当にありがとうございます」
「いえいえ。それより、奥さんは闘病期間が長かったようなので筋肉が落ちてます。あまり長い時間動いてると、今度は熱を出したり関節が炎症を起こしたりしますよ」
「そ、そうなのですかっ。ミーティス、ベッドに戻るんだ。今、お茶を運ばせるからな。菓子もだ」
「うふふ。楽しみだわ」
ミーティスを手ずからベッドに寝かせ、バダムが足音荒く部屋を出てゆく。
ベッドサイドテーブルには銀製らしきベルがあるので、それを鳴らせば使用人が来るだろうに。
「リーミヤ様、セレス様、ありがとうございます。どうやらナイエル病は、すっかり治ってしまったようですわ」
「気にしないでください。たまたま手に入れた物ですから。にしても、食べた瞬間に病気が治るとか。やっぱりファンタジー世界も凄いねえ・・・」




