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草原の狼-5(終)




「数は6。小さな群れだから、避難する必要もないでしょう。肉も食べられないから、この距離から魔法で仕留めてもいいんだけど」

「・・・そんな弱いの、こっちのゴブリンって?」

「1対1なら、成人したばかりの男の子でも倒せるわね」

「そんじゃ、南の狼のお手並み拝見は次の機会にだねえ。やっちゃって、セレス」

「あら、珍しく聞き分けの良い」

「トーダさんもいるから。あ、バダムさん。王都には自宅があって奥さんもいるんでしょ。まだ夕方だから、たまにはゆっくり休んで下さい」

「客室と運転席に分かれるにしても、どちらも新婚さんですからな。そうさせてもらいましょうか」

「それじゃ。火よ、ゴブリン6匹の中央で爆ぜて」


 ドォン!


「1発?」

「もちろん」

「そんじゃトーダさんとバダムさんを門まで送るから、客室でお茶でも飲んでて」

「街に入ってはダメよ、リーミヤ?」

「わかってるって。では行きましょう」


 リーミヤが歩き出す。

 ならばとケーダも、トーダとバダムの後ろに付いた。


「南の狼が殿ですか。これは安心だ」

「ヒヤマ殿になら、素直に先陣を譲りますよ。しかし相手がゴブリン程度でも、ヒヤマ殿の戦う姿を見たかったです。相当の手練であられるのでしょう?」


 前後を守るといっても、トーダとバダムは並んで歩いている。会話するのに支障はない。


「いえいえ。狩りなんて、こっちに来るまでほとんどしてなかったですから」

「そうなのですか。それにしては。いや、ここは納得しておきましょう・・・」


 門の前に並んだ兵達にトーダが合流すると、すぐに通用口が開いた。

 挨拶を交わし、2人でトレーラーに戻る。その途中で足を止めたリーミヤの表情は、いくらか焦っているように見えた。


「どうしたのです?」

「馬車がモンスターに襲われてる。俺は行くけど、ケーダさんはどうします?」

「もちろん一緒に行きます!」


 リーミヤが走る。

 その速度に驚きながら、ケーダは後を追った。


「遠いから、トレーラーを使うよ。まず運転席まで走ろう」

「はい。しかし、私には襲われている馬車など見えませぬっ!」


 ケーダは叫ぶようにしなければ声を出せないのに、リーミヤは涼しい顔で普通に発声している。

 やはり、並みの兵士や冒険者より鍛えているのだと、ケーダは嬉しくなった。


「かなり遠いからねえ」

「樹国の美姫殿が出てこられたっ! まさかモンスターを察知してっ!?」

「まあ、今は気にしないで。それより、運転席の右側から乗って下さい。先にサクラさんを乗せて、後部座席に」

「承知!」


 リーミヤがさらに速度を上げる。


「なっ!?」


 リーミヤはトレーラーに辿り着いて運転席の鍵を開けると、ケーダの位置を確認してサクラから乗せた。それにセレスが続く。

 リーミヤがエンジンをかけると同時に、やっとケーダは助手席のドアを開けて乗り込んだ。


「ぜえっ、ぜえっ。すっ、凄い脚ですね・・・」

「ちょっとした反則技でね。人より速く長く走れる。話してもいいけど、舌は噛まないでね!」

「はっ、うわあああ!」


 急発進するトレーラーの助手席から、ケーダが転げ落ちる。


「大丈夫?」

「な、なんとか・・・」

「セレス、サクラさんをお願いね」

「ええ。それにしても、キャラバン隊を襲うなんてかなりのモンスターでしょうね。どんな姿形?」

「えーっとね。人型。でも人間よりかなり大きい。うわ、武器を使ってるよ。半裸で斧を持った頭が牛の大男、って感じ」

「ミノタウロスね。厄介な・・・」


 ミノタウロスが王都付近にまで現れるのは、実はそんなに珍しくはない。

 C級冒険者が3人もいればなんとか倒せるので、被害もそれほど多くないのだ。


「トレーラーで轢いたらそれでおしまいなんだけど、壊れたらバダムさんに悪いしなあ。普通に狩るしかないか。セレス、運転席から馬車の護衛っぽい人達に結界魔法って張れる?」

「可能よ。でも、普通に狩るって大丈夫なの?」

「どうかなあ。まあ、ダメそうなら介入して。セレスなら出来るでしょ」

「シャルがいなくても、それくらいはね」

「お、そろそろセレスにも見えるんじゃない?」

「・・・あれね。先頭の馬車が狙われてる。少しでも多く、エサと女を確保しようとしてるんだわ」

「女?」


 リーミヤは知らない。

 ミノタウロスに捕えられた女がどんなに悲惨な目に遭うのかを。

 知っているケーダは、まだ自分には見えないミノタウロスを必ずここで仕留めると心の中で誓った。


「性欲が強いのよ、人型のモンスターって」

「うへぇ。そんじゃキッチリここで殺さないと。ありゃ、馬車が停まって冒険者っぽいのが出て来た。無駄足だったかなあ」

「キャラバン隊の護衛依頼は、E級から受けられるわ。キャラバンの商人も高いお金を出したくないから、D級が1人いればいい方よ。D級に率いられたE級の冒険者が30もいて、指揮がちゃんとしてれば倒せるでしょうけど・・・」

「6人しかいないねえ。手前の路肩で停めるから、ケーダさんは客室のナギナタ持って加勢に来て下さい」

「先行するのですかっ!?」

「うん。冒険者は及び腰みたいだし、俺がミノタウロス? の気を引かなきゃ犠牲が出るよ」

「むう・・・」


 ケーダとしてはリーミヤだけを先行させるくらいなら、いつも腰にある両手剣で戦う方がいい。だが、すでに陽は傾いている。夜行性のモンスターまで出て来た時の事を考えると、ナギナタはあった方がいいだろう。

 悩んでいると斧を振り下ろし、馬の首を落とすミノタウロスがケーダにも見えた。

 冒険者は遠巻きにミノタウロスを取り囲むだけで、弓も魔法も使おうとはしていない。


「クソッ。馬をくれてやったからって、それでミノタウロスが満足するかよっ!」

「美味しくいただけるなら、俺はありがたいけどね」

「・・・ミノタウロスは食べられませんよ?」

「ああ、えーっとね。・・・いつか話すよ、南の狼」

「そうですか」


 何かありそうなのはわかったが、ケーダは追求しない。

 客人なら、人に言えない秘密くらい売るほどあるだろう。


「もうかなり近え。停めっから、ドア閉めて客室に走れ」

「は、はっ!」

「リーミヤ。戦闘の度にガラが悪くなるの、どうにかならない?」


 急ブレーキ。

 石畳が悲鳴を上げ、数メートル滑ってからトレーラーは停止した。


「考えとくよ、奥さん。行けっ!」

「はっ!」


 毅然とした命令を受け、ケーダは助手席から降りて客室に走る。

 ナギナタ。

 その重さと手触りを確かめながら鞘を捨て、客室を出てまた走る。

 リーミヤの指揮で戦えると思うと、叫び出したくなるほどに心が震えた。

 すでに戦闘は始まっている。

 冒険者達は突然ミノタウロスに突っ込んで来たリーミヤの援護もせず、呆然としているようだ。

 後で全員ぶちのめすか。

 そんな物騒な事を思いながら、抜身のナギナタでミノタウロスの首を突く。


「お待たせしましたっ!」


 ミノタウロスの斧の一撃を軽やかに避けたリーミヤが、ニヤリと笑う。


「いい突きだけど、トドメは譲らねえよ?」

「なんの。戦場では早い者勝ちですぞ」

「敬語はやめようぜ、南の狼」


 ミノタウロスの斧がまたリーミヤを狙う。

 振り下ろされた斧を紙一重で躱しながら、リーミヤは奇妙な形の剣を跳ね上げた。

 血がしぶく。

 だが、ミノタウロスの腕は繋がったままだ。


「・・・かってぇなあ、おい」

「ミノタウロスの骨を断ち斬る武器などありませぬっ!」


 だから、こうだ。

 ミノタウロスの首を薙ぐ。

 頸動脈を狙え。

 ミノタウロスとは初めて戦うが、ケーダは爺からそう教わった。

 ナギナタがミノタウロスの逞しい腕で止められる。リーミヤと同じく、傷を付けただけだ。


「参考になったぜ、南の狼・・・」


 リーミヤが跳んだ。

 いつの間に移動したのか、ミノタウロスの背後で。


「なっ!?」


 ガヅン!

 生き物の首を打ったとは思えない音がする。

 振り下ろした剣をまた振りかぶりながら、リーミヤは手首を返しつつ顔の横まで引き付けた。手練の剣筋じゃないか。そう思いながら、ケーダはリーミヤを見ていた。

 ガヅン!

 反対側にも奇妙な形の剣を叩きつけ、ミノタウロスの背を蹴ってリーミヤは着地した。

 そして構えを崩さぬまま、距離を取る。

 ケーダは首の両側から血を吹き出して叫ぶミノタウロスを、呆然と見ているしかなかった。


「これで終わりってんじゃねえだろうな、ウシクソヤロウ?」


 リーミヤが呟くと、ミノタウロスの巨体は大地に崩れ落ちた。


「・・・あれで死なぬなら、モンスターではなくバケモノですよ」

「マジ? 物足りないねえ。ま、被害は馬だけみたいだしいっか。死体はもらっていいですよね、冒険者さん?」


 リーミヤに言われた男は、何度も頷いている。

 ミノタウロスの足をリーミヤが持ったので、ケーダは両手首を掴んだ。


「・・・お、重っ!」

「これはキツイですなあ」

「おい、俺達も手伝うぞ!」


 言ったのは、キャラバン隊の護衛の冒険者だ。

 ようやく、危機は去ったと実感したらしい。


「おおっ、ありがとー。冒険者さん達!」

「礼を言うのはこっちだ。兄さん達が来てくれなきゃ、キャラバン隊は全滅だっただろう。本当にありがとう。俺はD級の冒険者で、ジサキ。このパーティーを仕切っている。2人は何級なんだ?」

「俺は冒険者じゃねえよ」


 ケーダが言うと、ジサキの瞳に警戒の色が浮かんだ。

 冒険者ではないのに長柄武器を持っているケーダを、貴族だと見抜いたのかもしれない。

 だが、ジサキはすぐに相好を崩した。


「申し訳ござんせん。南の狼と呼ばれてらっしゃるのは聞きましたが、まさかこんな場所におられるとは露ほども思いませんで・・・」

「貴族扱いはしなくていい。今はヒヤマ殿の同行者だ。そのヒヤマ殿は冒険者だから、同じ言葉遣いでいい」

「もったいないお言葉です。若い兄さんは冒険者か。あの身のこなし、見るからに重い斬撃。少なくても、C級以上だろうなあ・・・」

「そうなのですか、ヒヤマ殿?」

「えーっとね。・・・J級?」

「はっ?」


 ジサキが驚くのもムリはない。

 J級は、冒険者になりたての新人に与えられる等級だ。

 それがミノタウロスをたった2人で、あっという間に仕留めてしまったのだから、信じろと言われても困るだろう。

 それでもニコニコしながらミノタウロスを運ぶリーミヤを見ていると、なぜかケーダも笑みを浮かべているのに気がついた。


「ありがとー。8人で運ぶとすぐだったねえ。あ、運び賃とかどのくらい渡せばいいですか?」

「と、とんでもねえ。助けてもらったのはこっちなんだから、気にしねえでくれ」

「えー、でも荷台にも上げるの手伝って欲しいんだけど」

「もちろん手伝うさ。それにしても、これが噂の鉄箱か。こんな近くで見るのは初めてだぜ」


 荷台にミノタウロスを乗せると、ジサキ達はまた礼を言ってからキャラバン隊の馬車に戻った。

 トレーラーは、リーミヤの運転で動き出す。


「ミノタウロス、意外と弱かったねえ」

「普通なら、前衛が何人か負傷しながら倒すモンスターよ?」

「ふーん。ま、誰も死ななかったから良かった。そうだ。門の近くにトレーラー停めたら飲みましょう、ケーダさん。酒はやるんでしょ?」

「はい。それなりには」

「へへっ、楽しみだな。セレスとサクラさんも付き合ってねー?」


 その後、4人で客室の床に車座になって酒を飲んだのだが、ケーダはミノタウロスの背後で跳んだリーミヤの姿が目に焼き付いて離れず、何度も同じ話をして3人に苦笑された。


 トノサマ。

 やはり、リーミヤがそうなのかもしれないと思いながら、ケーダは上等な葡萄酒を乾した。

 戦士の顔でミノタウロスの首に2度、奇妙な形の剣を振り下ろす、リーミヤの姿を思い出しながら。



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