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草原の狼-4




 やがて気を取り直したガンバール親子に、バダムが計画の詳細を語る。

 だが、5000もの人間が一斉に転居し、厳しい北の冬を越す計画なのだ。3分の1ほどをバダムが説明したところで、夕食の時間となった。


「・・・ロンダール、頼みがあるのだが」


 会食の相手が中央の商人という事で、いつもよりかなり豪華な夕食が並んでいる。それを口に運びながら、トーダが切り出した。


「私に出来る事でしたら、なんなりと」

「計画は良く練られているが、想定外の事態が起こらないとも限らん。そこで儂は王都に出向いて他貴族への根回しを。息子には、懇意にしているレオニウス侯爵と移送の詳細を詰めさせたい。王都まで儂を運び、息子をレオニウス領まで送ってくれぬか?」

「ケーダ様の行き先が、レオニウス領でなければ喜んで」

「・・・どういう意味だ?」

「今、レオニウス侯爵は聖域の村にいらっしゃいますので」

「なんと・・・」


 羊の肋肉をナイフで切りながら、ケーダは絶句する父の言葉を待った。普段なら手づかみでかぶりつき、焼酎を呷って油を流して、すぐまたかぶりつく。自分の分の肋肉がなくなるまでだ。それほどの好物である肋肉も、ナイフで切ってから食うと味気ない。

 トーダはまだ絶句している。

 賢者には神が認めた者しかなれない。誰であろうと貴族におもねったり、早期に客人と貴族が接触する可能性を良しとする者は賢者にはなれないのだ。

 なのでトーダの頭に、ケーダを聖域の村にやろうという考えはないのだろう。


「なら、聖域の村の手前の街でいい。レオニウスには悪いが、足を運んでもらうように儂が書状をしたためよう」

「その必要はございません」

「何?」

「お忍びなのでこちらには来られませんでしたが、鉄箱の客室には樹国の美姫様がおられます」

「な、なんだとっ!?」


 冒険者は過酷な肉体労働をする人足であり、ところ構わずモンスターを解体する屠殺人であり、律してくれるべき主を持たぬ兵士でもある。

 当然、粗野で薄汚い者が多い。市井の人々からは嫌われている。

 だが国内に3人しかいないS級冒険者ともなれば神に認められた人格者であり、いざ戦となれば国の要請で冒険者を束ねて戦う将軍だ。貴族とて、その扱いには気を使う。

 客人のように貴族からの接触を禁じられてはいないが、だからこそ誼を通じておきたいと思う貴族は多い。ケーダは口を挟まず、黙って2人の会話に耳を傾けていた。


「その樹国の美姫様は、ケーダ様を聖域の村に招待したいとおっしゃっております。移住する家族の選定を部下に任せられるなら、好いた女性と2人で秋まで聖域の村で過ごせばいいと」


 トーダが食事の手を止めて瞳を閉じる。

 客人来訪せり。その一報はリーミヤ来訪の10日後には国内に放っている間諜よりもたらされ、トーダからケーダに伝えられた。

 聖域の村に滞在するならば、客人とも交わる事になる。トーダが迷っているのはそこだろう。


「止めぬのか、ロンダール?」

「むしろお勧めいたします。ケーダ様は、まだお若い。すでに国内では文武両道の勇者として名を馳せておられますが、聖域の村でしか得られない成長もまたあるかと」

「・・・ふむ」


 その援護に、ケーダはバダムの手を取って感謝したいと思った。

 リーミヤとメシを食い、酒を酌み交わし、肩を並べて狩りをする。その魅力に抗えないのだ。

 もし父が否と言っても、ケーダはサクラを連れて鉄箱に向かうつもりでいる。


「ケーダ」

「はい」

「行きたいか?」

「是非とも」

「そうか・・・」


 トーダがケーダを見詰めている。

 幼い頃から、父には戦がなくとも生き残れる貴族になれと言われてきた。

 だが木剣を振り回すようになると、草原の戦士達に才があると持ち上げられ、狩りに連れ出されたりもするようになった。

 馬に乗って武器を振り回すのが自分には合っている。

 それは間違いないが、家出先で出会った友人のファウンゼンと話していると、それだけでは戦に勝てないのだと気がついた。


 あの穏やかな友人は武芸こそからっきしだが、領地経営の合間に過去の戦を研究しており、それを一冊の書物として編んだ物は、今もなお戦乱が続く大陸南部の国のとある将軍の手に渡って、長年続いていた隣国との戦を終結させた一因とまで言われているという。


 その書物を写させてもらってケーダは読み込んだが、読めば読むほどに今までの自分は片目すら開いていなかったのだと思い知らされた。

 事態は動く。

 なぜ動くのか。物事には起点があり、過程があり、終点があるとファウンゼンの書物にはあった。

 そしてそのすべてに人の思惑が複雑に絡み合い、神の悪戯としか思えぬ偶然が人々を弄ぶ。

 戦の終点が敵の降伏であるならば、敵兵を殺し尽くす必要はない。戦を継続できない状況まで追い込めば、勝ちだ。

 糧道を断ってもいいし、大国に圧力をかけてもらってもいい。覚悟さえあれば人質を取っての恫喝や敵国の重要人物の暗殺さえ効果的だと、ファウンゼンは書物の中で述べている。


 ケーダがこの世に産み落とされたのが起点なら、終点はガンバールの男として恥ずかしくない死に様を見せる事だろう。

 ケーダが気にしたのは、過程だ。

 偶然は仕方ないが、人の思惑に踊らされるのはゴメンだと思った。

 家を存続する事を生きる目的とした父の思惑。主を求める草原の戦士達の思惑。どちらにも踊らされたくない。

 そして、過程で自分は何を成すべきか考えた。

 まず頭に浮かんだのは、貧しくも逞しく生きる草原の民の暮らし。

 それを良くしたいのなら、父と草原の戦士達の思惑はケーダにとって都合がいい。

 次の日からケーダはハンパだった稽古を鬼気迫るほどのものに変え、貴族としての立ち居振る舞いから肚の読み方までを父に教わり始めた。

 それは、リーミヤの後ろにいるのに悪くない。いや、それがなければ、後ろにいる資格すらなかっただろう。

 ケーダは、過去の自分を褒めてやりたくなった。


「・・・なんだ。出会った偶然は、必然だったんじゃねえか」

「何を言っておるのだ、ケーダ?」


 自分を不審そうに見るトーダを見て、ケーダは独り言に気がついた。


「あ、いや。なんでもねえ」

「聞いておったのか? 明日の昼までに、儂はロンダールとの調整を済ませる。まあ、今できる事だけだがな。ケーダは移住する者の選定と移住の準備を、部下に指示しておけ。昼には鉄箱で出発するぞ」

「心得た」


 食事の後には酒が出されたが、ケーダはいつものようには酒を過ごさなかった。

 トノサマ。

 それはサムライのすべて。その人のために骨身を削って働き、その人の代わりに死ぬのを肯んじられる存在。

 それがリーミヤなのかもしれないと思うと、ケーダはまた胸が高鳴った。

 違う世界に来たばかりで、5000の命を救うためにこんな辺境まで足を運ぶ客人。

 ファウンゼンの文には、リーミヤは今年の餓死者すべてを救いたいと思っているのだと書いてあった。そしてこれからリーミヤは、この国から飢える者をなくすために動くだろうと。

 ならば、手伝うしかない。

 餓死者を減らしたいと春から狩りを続けているが、それでも5000は死ぬ。

 それを助けてくれる男になら、この生命を差し出してもいい。


「どうも酒が進まんな・・・」

「ケーダ様もですな。明日は早いので、このくらいにいたしますか?」

「そうしようか。ケーダ、指示は遺漏なくだぞ」

「はい。それでは、失礼いたします」


 初めて狩りに連れて行ってもらえる子供のように、浅い眠りだった。

 朝から爺と、女戦士の中でも指揮に長けるサウジャ、それにサクラを集め、餓死者が出ると予想される一族の集落を書き連ねる。

 草原の民は一族単位で小さな集落を作り、戦える者は狩り、そうでない者は家事と家畜の世話をして暮らす。家畜は羊が多いが、それだけで暮らしてゆけるはずもない。

 狩りで戦える者が多く死ねば、毛皮などと穀物を交換できなくなり冬に餓死者を出すか、冬に家畜を食い尽くして春か夏に一族の少なくない人数が餓死する。集落で飼える家畜の数など、その程度のものでしかない。


 昼には鉄箱の前まで草原の戦士達に送られ、ケーダは鉄箱に乗り込んだ。

 驚いた事に客室でも荷台でもなく、『うんてんせき』とかいう不思議な場所に。

 そこに樹国の美姫、セレスもいた。

 つまり客室にはトーダとリーミヤしかいないのだ。

 サクラは憧れのS級冒険者に話しかけられて緊張していたようだが、ケーダは父の心配をしていてそれどころではなかった。

 そして夕暮れ前、トレーラーは王都の門から少し離れた場所で停まる。


「それではロンダール、世話をかけた」

「いえいえ。おや、リーミヤ殿。珍しくおめかしなどして、なにを企んでらっしゃるので?」

「バダムさん、ひっどー。侯爵様を、王都のご自宅まで送るんですよ」

「・・・それなら、ほら。セレス殿の念話魔法で連絡を受けた王都詰めのガンバール兵の方々が、すでに門前に整列しておりますよ」

「うえーっ!」


 目を剥いて驚くリーミヤの肩を、バダムが苦笑を浮かべて慰めるように叩く。


「王都見物は又の機会に、ですな」

「・・・くっそう」

「なぜ着替えるのかと思っていましたが、某を送るなどと・・・」


 恐れ多い、とまでは言わないトーダだが、リーミヤに敬語を使っているのと、その表情が貴族の仮面を被っているのではないのを見てケーダはホッとした。

 父は、リーミヤを認めたらしい。リーミヤもだ。

 王都までの道のりで2人が何を話したのかはわからない。だが、ケーダは自然と笑顔になっているのを自覚した。


「では、リーミヤ殿。愚息とその嫁を、よろしくお願いいたします」

「任されました。って、なんか来たよ。王都って安全なんじゃないの?」

「安全なのは城壁の中。外は普通にモンスターが出るのよ」

「衛星都市が多いから、そこに暮らす人間を狙ってモンスターが集まるのかー」

「そうなるわね。まあ、王都の周辺は大規模な草刈りをしてるから、こうしてモンスターの襲撃を事前に察知しやすいのが救いね」

「ふーん。この公園みたいに見通しのいい土地は、草刈りをしてるからか。人型のモンスターだね、あれ」

「ゴブリンよ」

「うちの世界のゴブリンとはかなり違うなあ。トーダさんとバダムさん、それにサクラさんは客室に。ケーダさんは暴れたいよね?」


 その問いに、ケーダは口角を上げた。



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