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草原の狼-3




「ケーダ、遅かったな。ナントカって商人はなんのために来たんだ?」

「後で話す。まずは親父に面会の許可を取るんだ。あ、サクラ。おまえ、秋までここを留守に出来るか?」

「はあ? 出来る訳がないだろう。冬ごもり前に民へ配るため、今のうちに狩りをすると言ったのはケーダだろうが」

「そんなのは婆さん連中にやらせりゃいい。サクラに会わせたい人がいる。ファウンゼンとかな」

「北の獅子の?」

「ああ。だから女戦士の指揮は、婆さんに頼んで来い」


 詳しく説明している時間はない。

 ケーダがいるのはまだ、城の正面広場なのだ。


「だからなんでだよ!?」

「いいから。秋までたっぷりかわいがってやる。いい子を孕め」


 耳元に口を寄せて言った。

 サクラの顔が赤くなる。女戦士を束ね、もし戦となれば魔法隊の隊長になる恋人は、20を過ぎてもかわいらしい。

 その尻に軽く触れてから、ケーダは城に入って父の執務室を目指した。


「お帰りなさいませ」

「おう」


 メイドが廊下の脇に立ち、深々と頭を下げる。

 戦がなければ、国からの褒美もない。

 城など空にしておいて、今いる使用人も生産的な仕事に就かせればいいとケーダは思うが、父はたまに訪れる役人や他の貴族の目を気にしてそれを許さない。

 父は父。

 戦士としての素質がなくともケーダは尊敬しているし、家族として敬愛しているのだ。5000人の民の命と引き替えになら父を殺して自分も腹を切るが、草原の戦士の愛し方、生き方とはそんなものだとケーダは思っている。

 乱暴なノックに返事をされると同時に、ケーダは執務室のドアを開けた。


「親父殿、報告がある。出来るだけ急いで返答をくれ」

「・・・騒々しい。ロンダールにエサでもぶら下げて見せられたか?」

「さすがの慧眼。親父殿はやはりスゲエ!」


 興奮気味の息子を見ながら、これは面倒な事になりそうだとガンバール侯爵、トーダは椅子を軋ませて立ち上がった。

 応接セットのソファーに腰掛け、目で息子にも着席を促す。


「エサは?」

「王都に次ぐ規模の支店」

「・・・かなりのエサだな。目的は訊いたのか?」

「この冬に餓死するかもしれない民を、引き取りたいそうだ」

「待て。ロンダールは中央の商人だが、奴隷のように人手を商品にする男ではないぞ」

「だからその詳しい話を親父殿にしたいんだろう。今、人足を雇って贈り物を運んでここに向かってるはずだ。会うよな?」

「・・・会わねばなるまいが、納得がいかぬ」

「それでも会ってくれ。頼む、この通りだ」


 メイドが気を利かせて運んできた茶を飲みながら、トーダは頭を下げる息子を観察している。


「・・・おまえは、何をそんなに喜んでおるのだ?」

「喜んでる。俺が?」

「まるで、初めて短剣を持たせた幼い頃のようだ」

「覚えてねえよ、そんなん」

「だろうな。だが、親は忘れぬものだよ。言え。ロンダールと、どんな話をした。鉄箱に入ってからのすべてを話せ」

「・・・それは出来ねえ」

「なら、勘当でもするか?」

「ありがてえ。23年間、お世話になりましたっ!」


 笑顔で立ち上がる息子を、信じられないという表情でトーダが見上げる。


「おい、おまえがガンバールを継がねば、草原の民はもっと困窮するのだぞ!?」

「道は一つじゃねえんだ、親父殿。俺は今日、それを知った。では・・・」

「待て! 頼むから待て!」


 息子の腕を掴んで座らせようとするが、トーダの腕力ではビクともしない。

 ずいぶんと昔に習った、関節を極めて倒す技も通用しない。

 どうする、どうする。分家にも男子はいるが、このケーダ以上の猪武者だ。戦のないこの時代、そんな男が娘と結婚して侯爵位を継げば、数日でガンバール家は終わる。侯爵令嬢が婿を取れば、もちろん王都へ挨拶に行く事になる。蛮族と嘲る貴族の1人目をその場で斬り、そのままガンバール家はお取り潰しだろう。

 そうだ、あれなら! トーダはもう数年もとっておきにしていたカードを、今ここで切る決断をした。


「ゆ、許す!」

「何をだ、親父殿?」

「結婚だ。サクラとの!」


 満面の笑みを浮かべたケーダが、素早くソファーに戻る。


「父上、何をなさっているのです。さあ、おかけ下さい。茶のお代わりはいかがですかな?」

「・・・相変わらずの変わり身の早さだな」

「草の靡きの如き貴族共と口でやりあうなら、このくらいは出来ませんと」

「で、喜んで勘当されて、どうするつもりだったのだ?」


 ケーダが微笑む。


「とあるお方に使っていただこうと。閃いたのです」

「何がだ?」

「俺は、俺のトノサマを見つけたのかもしれない」

「・・・バカな事を」


 一族に語り継がれる伝説。

 まだアィダーヌ王国もない時代、初代ガンバールはトノサマを探して草原を彷徨っていた。

 モンスターを狩っては草原の民と物々交換をして、旅立ちの準備をした。

 彼は旅立ったが数年後、草原の民の元へ帰ってくる。

 なんでも草原の向こうの荒れ地に住む賢者に、ここが自分のいた世界ではないと教えられたらしい。

 それでトノサマのために働けないなら、自分に良くしてくれた草原の民のために働こうと戻って来た。

 それが、ガンバール家の誕生にまつわる伝説。


「失礼します。トーダ様、ロンダール様が面会を希望しております。こちらが、持参された贈り物の目録となります」

「・・・すぐに通してくれ」

「かしこまりました」

「ケーダも同席せよ」

「それはもちろん」


 ケーダは言いながらカリスを咥える。

 注意されるかとも思ったが、父は何も言わない。

 ケーダが鉄箱から門まで歩いた時に感じた、バダムへの親近感を見抜いたのだろうか。いや、さすがにそれはないか。

 そこまで思ったところで、バダムが執務室に入って来た。


「ガンバール卿におかれましては、ご機嫌麗しゅう・・・」

「なんだっ、この目録はっ!?」


 叫ぶように言ったトーダを、信じられない面持ちでケーダは見た。

 蛮族などと陰口を叩かれ続け、トーダは中央貴族の真似事をするようになった。

 蛮族に真似できる立ち居振る舞いこそが貴族の証しなら、貴族とはその程度のものだろう。言外に含ませた毒に気がつく中央貴族はいないようだが、トーダらしいやり方だとケーダは思っている。

 そのトーダが、商人の挨拶を遮って声を荒げるとは。ロンダールは、何を持って来たというのだ。


「新レオニウス侯爵ファウンゼン・レティス・レオニウス様、金獣騎士様、鉄腕聖女様、樹国の美姫様、それに僭越ながら私、バダム・ロンダールの連名による贈り物でございますので」

「だからといって交易船の、侯爵家の最大配分をも超える金額になる贈り物などっ!」

「・・・それほどまでか。ロンダール殿、いや、バダム殿と呼ばせていただきましょう。父の非礼をお許し下さい。さあ、おかけになって。そろそろ茶も運ばれて来るでしょう」


 礼を言ってバダムがソファーに座る。

 茶とカリスで風味付けされた焼き菓子がテーブルに並べられると、トーダもやっと落ち着きを取り戻したようだ。


「・・・失礼。あまりの事に取り乱してしまったようだ」

「どうかお気になさらず」

「それで、餓死するかもしれぬ民を引き取りたいとの事だが。奴隷を商えばそなたは死罪。ロンダール家は、二度と商いを許されぬぞ?」

「奴隷などと。転居先は外国ではありませぬ」

「レオニウス領か?」

「はい」

「・・・国内なら税率は議会が決定するので、搾取は出来ん。なら、過酷な労働を強いるか」

「いいえ。普通に暮らすだけでございます。それぞれが、好きに仕事を選んで」

「そんな都合の良い話があるかっ!」


 バダムが苦笑する。

 ケーダには父の混乱が理解できる。

 だが、父もリーミヤに会えば、この移住計画に他意はないとわかるのに。そう思うと、少し悔しかった。

 客人に関わるべからず。

 尊重するのではない。手を取り合うのでもない。ただ客人が死ぬまで刺激しない、そんな事を平気で出来るから、この国はダメなのだ。

 リーミヤなら・・・

 そこまで考えが至って、ケーダは愕然とした。

 リーミヤなら?

 もっといい国を創るとでも言うのか。

 この国を、祖国を割ろうとでも言うのか・・・


「ガンバール様。世の中には、損得抜きで動く人間もおります」

「それはわかる。だが、そんなのは得をその手で掴めぬ人間の自己満足だ。この愚息のようにな」

「英雄とはそんなものなのでしょう。私には出来ぬ事です」

「レオニウス家を譲られたファウンゼンが英雄だと?」

「いいえ。優秀な方ですが、どこか拠って立つ場所を人に求めておられる気がいたします。英雄と出逢えば、その才はさらに輝くでしょう」

「ならば誰が、大馬鹿者と紙一重の英雄だと?」

「そういった表現はいかがなものかと。いくら侯爵様とて、禁忌に触れられては・・・」

「まさか、きゃ・・・」


 なんとか言葉を途中で飲み込んだトーダを、バダムが見詰めている。

 まるで武芸者の立合い時のような眼差しだ。

 その目でトーダがリーミヤのためになる人間かどうかを、計っているのか。

 はっきり尋ねてみた訳ではないが、バダムはリーミヤの配下のようなものだとケーダは思っている。


「・・・そうか。聖域の守り人、客人を待つ3賢者の1人は金獣騎士。その弟が、現レオニウス侯爵」


 バダムが茶に手を伸ばす。

 トーダに真実を告げるつもりはないのだろう。


「1つだけ答えて欲しい、ロンダール」

「なんなりと」

「3賢者は・・・いや、いい」


 首を横に振るトーダを、バダムは哀しげに見詰めた。

 なぜそんな目をする。言いかけたケーダは、その言葉を発する事が出来なかった。

 バダムの瞳が、澄み切っていたからだ。


「・・・では、移住計画の詳細をお話しましょう」

「頼む」

「はい。移住予定の国民は5000。先程のお話のように、新しい街で出来る事をして暮らしを立てます。ファウンゼン様のお話では羊を飼う事を望む移住者が多いだろうとの事ですので、街は人口にしては広いものになるでしょう」

「おおっ、それはありがたい。なあ、親父殿」

「・・・そうだな。だが家畜を連れての移動となれば、それだけ戦士団、特に騎馬隊の負担は大きくなるぞ?」

「やり遂げてみせます!」


 親子のやりとりを、バダムが微笑まし気に見守っている。

 男の子に恵まれなかったので、こんな男同士の会話を見ていると感慨深いのかもしれない。


「次に税ですが、徴収はレオニウス家の者が行います」

「それはそうであろう。なぜわざわざ言うのだ、ロンダール?」

「国庫に入る税は25パーセントのうちの20パーセント。残る5パーセントが貴族のものになる訳ですが、その半額が毎年ガンバール家に入ります」

「な、なんだとっ!?」



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