草原の狼-2
国内でさえ蛮族などと陰口を叩かれる辺境貴族の、戦う事にしか興味がないドラ息子。
その10代の頃の家出話を、客人が楽しそうに聞く。時には手を叩いて、金獣騎士と間違われて喧嘩を売られたファウンゼンとの出会いを、それはそれは楽しそうに聞くのだ。
ケーダは話しながら、久しぶりに心からの笑顔を浮かべているのを自覚した。
「あっはっは。『金獣騎士、覚悟しろ』って! ファウンゼンさん黒髪だから! あっはっはー!」
「お恥ずかしい。金獣騎士がなぜ金獣騎士と二つ名が付いたのかすら、当時の私は考えませんでした」
「ちょっとリーミヤ、相手は次期ガンバール侯爵なのよ。そのくらいにしなさい」
「はいはい。いやー、『男だけに伝える生き方3巻』人に黒歴史あり、笑ってやるなってやつだよね。・・・で、移民はどうします?」
「い、いきなりですな・・・」
「思い出話をしながら、計算はしてたんでしょう?」
ケーダはそのリーミヤの観察に、相手はただの少年ではないと表情を引き締めた。
個人的には、レオニウス家との密接な関係は歓迎したい。
だが、父はどうか。
戦争がなくなって500年。
ガンバールはアィダーヌ王国の厄介者、とまで呼ばれるようになっている。
その汚名を何とかしようと意固地になっている父が、餓死するかも知れぬからと領民を他領に移すのを認めるだろうか。
「可能なら現侯爵の許可を取り、穏便に転居させたいですな」
「許可が出なければ?」
「・・・討ちます。父を」
「そんなっ!」
叫んだのはセレスだ。
バダムは涼しい客室だというのに汗を掻いているが、リーミヤは瞬きすらしない。
じっと、ケーダの瞳を見ている。
「なぜそこまで?」
「生まれた家が違うだけで、同じ生命。それこそファウンゼンを木剣で殴り倒した頃から、そうとしか思えませんでした。妹はおりますし、お取り潰しさえなければガンバールの家は残るでしょう」
「親を殺して自分も死ぬのか。命が軽いのか重いのか、わっかんねー世界だねえ」
「客人様、・・・ヒヤマ殿の世界では違うのですか?」
呆れ顔のリーミヤだったが、ヒヤマ殿と呼ばれると明らかに嬉しそうな顔をした。
天真爛漫な笑顔も、少し困って浮かべる苦笑いもいいが、照れた笑顔もかわいらしい。
成人した男性に持つ印象ではないが、ケーダはそんな事を考えた。
「うちは荒れ果てた世界にポッカリと安全地帯が出来た、って感じの国でしたからねえ。人の命なんて軽いですよ。敵のなら、特に」
「・・・なるほど。ところで、返事はいつまで待っていただけますか?」
「初雪の降る10日前には、ガンバール領を出てもらいます。もちろん、北に雪が降る前に」
「まだ夏の初めとはいえ、時間は惜しいですな。この手紙で、何とか父を説得してみます」
腰を上げかけたケーダを、リーミヤが止める。
「まだガンバールの益を話し合ってませんよ」
「益?」
「ええ。それがなくては、お父さんだって首を縦に振らないでしょう」
「民を、5000もの民を助けてもらうのに利益ですとっ!?」
ケーダが声を荒げる。
樹国の美姫、セレスは憧れの存在だったはずだが、いつの間にかリーミヤしか目に入っていないようだ。
「落ち着いて下さい。別に、ガンバール家をバカにしてる訳じゃないんですから」
「ですが、助けてもらうのにさらに得をしようなどと。草原の戦士はそんな私を許しませぬよ」
「え?」
「身内の恥を晒すようですがお話します。ガンバールの家はアィダーヌ王国の貴族ではありますが、草原の民を統べる家でもあるのです。現在のガンバール侯爵は貴族として認められてはおりますが、草原の民を統べる族長としては認められておりません」
「族長はケーダさんなんですか?」
「いいえ。その候補でしかありません。人望のある草原の老戦士が補佐として付き従い、族長として正しく成長させようという感じですね」
「なるほど・・・」
リーミヤが考え込む。
頬をポリポリ掻いてからキセルを出したが、ケーダがいるのを思い出したのか懐に戻した。
「お吸いになって構いませんよ」
「ケーダさんはやらないんですか?」
「私は、コレですな」
カリス。
しげしげとそれを見るリーミヤに、腰の布袋から新しい物を出してケーダは差し出した。
「いいんですか?」
「お茶のお礼です。安い物ですので、お気になさらず。口に咥えるんですよ。このカリスの茎は戦士の気を静め、しなくていい喧嘩をせずに済むと言われております」
「・・・あっちに送りたい。切実に」
「ガンバール出身の冒険者にカリスという女性がいたのですが、これにちなんだ名前だったのですね」
「では失礼して。あ、ケーダさんもやってくださいね。客人なんて言ったって、本人はただのガキですから」
「・・・そうは思えませんが、目上の方がカリスをやったら下の者も口にしていい、というのが草原の民の習慣。遠慮なくやらせていただきます」
カリスを咥えたリーミヤが考え事を再開する。
ケーダはそんなリーミヤを見ながら、自身の不思議な感情について考えていた。
敬語を使うのが嫌ではない。
草原の民は誇り高き民族。そして食事や挨拶などの風習は年功序列の色が濃く、戦闘や政治は完全なる実力主義だ。
それなのにケーダよりかなり若いこの客人に、敬語を使うのが苦ではないのはなぜなのだろう。
リーミヤはリーミヤで、ファウンゼンのケーダ評を思い出して計算をしていた。
目の前のケーダという男は、ファウンゼンが言うように思い込んだら一直線、そんな風に見える。
5000の貧しい民を救うために、実の父を殺すとまで言い切ったのだ。
ファウンゼンは言った。レオニウス侯爵家はリーミヤ殿の夢の実現に微力を尽くします、と。
その上で、どうかガンバール侯爵家のケーダと連携を取らせてくれと頭を下げたのだ。
リーミヤとセレスは移住の許可を取るだけでなく、ケーダと会ってその人柄を見極め、どの程度の連携を取るべきか決めるためにガンバール領にまで足を運んだのだ。
(『男だけに伝える生き方2巻』信じていい男は出会ってすぐにわかる。俺とルーデルがそうだった、か・・・)
(ファウンゼンだけじゃなく、ガンバールの嫡男も引き込むのか?)
(まだファウンゼンさんには打ち明けてないじゃん。銃もスキルも。ケーダさんと一緒に説明して、仲間になってもらうけどさ)
(ずいぶんと気に入ったみてえだな。俺達はリーミヤに従うぜ)
「うん、決めた。ケーダさん、信頼できる部下の方はいらっしゃいますか? 領民に信頼されていて、その貧しさなんかをちゃんと理解してる人です」
「それはおりますが・・・」
「なら、引っ越しする人達の選定は、その方に任せてしまいましょう」
「私はどうするので?」
「俺達が住んでる村にご招待します。いいよね、セレス?」
ケーダは驚いた。
聖域の村に招待など、どんな貴族でもなかった事だからだ。
ファウンゼンは家督を譲られるために呼ばれたらしいが、なぜケーダを招待などするのか。
「一時的な滞在なら、全権大使1人の承認で許可されるわ。大丈夫よ」
「よしよし。まだファウンゼンさんもいるし、倒すべき金獣騎士もいる。領地を離れる事は可能ですか、ケーダさん?」
「え、ええ。ドラ息子なのでそれは大丈夫ですが・・・」
「領民の選定をケーダさんの部下に任せるのは?」
「草原の民は、一族単位で小さな集落に住みます。モンスターを倒しながらの移動なので、私の部下達でなければ出来ない仕事ですよ」
「上手く行き過ぎて怖いくらいだ。後はバダムさん、お任せします」
「お任せ下さい。では行きましょうか、ケーダ様。まずは街で荷車を借り、人足を集めます」
バダムが言うと、全員が席を立った。
そのまま夏の陽射しの下に出る。
やはり暑い。あの涼しい風が何なのか、訊き忘れた。それを少し悔やんだが、本当に自分が聖域の村に行くのならばその時に訊けばいいと、ケーダは気にしない事にする。
「いい馬だなあ。いかにも走りそう」
「ヒヤマ殿は馬に乗られるので?」
「ええ。1人での移動は馬でしたね。って、この武器!?」
「ナギナタが、何か?」
「名前もナギナタ!? ケーダさん、この武器を作ったのって誰っ!?」
リーミヤがケーダの肩を掴んで揺さぶる。
立って並ぶと2人は背丈も同じくらいだし、顔の作りもどこか似ているように見えた。
「こ、これは数百年前に死んだドワーフの名匠が・・・」
「死んでんの!? 日本人を知ってる人だったかもしんないのにーっ!」
「『にほんじん』、ですか?」
「そうっ。ひのもとやまとにっぽんじゃぱん!」
「ヒヤマ殿、『ますらお』や『もののふ』という言葉に心当たりは・・・」
「ふぁっ!?」
「・・・ふぁ?」
肩を掴んだまま固まってしまったリーミヤは、呆けたように大口を開けている。
視線でセレスに助けを求めると、気の毒そうに首を横に振られた。バダムも同じようなものだ。
ケーダは仕方なく、そのまま待つ。
「父さん爺ちゃん、日本人この世界にいたーッ!」
「・・・うるさいわよ。ケーダさん、耳は大丈夫ですか?」
「え、ええ。なんとか・・・」
「リーミヤ殿。詳しい話は、村への帰り道で。今は侯爵の許可を取るのが先です」
「うんっ。バダムさんは泊まりになるだろうから、トレーラーは任せて。それと、贈り物を運ぶ時の護衛も!」
「よろしくお願いします。さあ、ケーダ様。行きましょう」
「は、はあ・・・」
馬の番をしてくれていた騎兵から愛馬の手綱を受け取り、バダムとケーダは肩を並べて歩く。
ケーダは鉄箱の中でリーミヤばかり観察していたせいで気が付かなかったが、このロンダールという男はこんな風な眼差しをしていただろうかと考える。
いや、中央の大商人に相応しい押し出しの良さはあったが、このような晴れ晴れとした風格はなかった。
貴族なんかよりずっと大金持ちのくせして、侯爵なんて名ばかりの貧乏貴族である自分に、景気の悪い顔でお世辞を言いやがって。
数年前、王都でロンダールの挨拶を受けた時、ケーダはそう感じたのを覚えている。
「・・・ロンダール殿は、変わられましたな」
「そうでしょうか? ・・・ああ、そうでしょうなあ。リーミヤ殿のおかげですよ」
「ほう?」
「私がリーミヤ殿の魅力を語るのは簡単ですが、実際に親しくしてご自分で感じた方が良いでしょう。村は小さいですが、退屈しませんぞ」
「・・・敬語を使うのが嫌ではない。そんな相手には、初めてお会いしました」
「そのうち、そうですなあ。きっと、村への帰り道で敬語を使うのをやめろと言われますよ。私も苦労しております」
「そのような無茶を・・・」
客人に敬語を使わぬなど、この国の常識ではあり得ない事だ。
己の首が飛ぶだけならまだいい。下手をすれば、国が滅ぶ。
だが、ファウンゼンとバカ話をするようにリーミヤと話す。それを想像すると、なぜが心が弾む。
想像が馬を並べて狩りをするところまで来て、門に辿り着いた。
大門は開かず、馬と並んで潜れる通用口が開く。
「ではケーダ様。私は贈り物を運んで、城に向かいます。侯爵様への面会、どうぞよしなに」
「あ。そうなりますか・・・」
「もちろんです。心配ありませんよ。村に秋までいるのなら、リーミヤ殿と狩りに出る事もあるでしょう」
聖域の村に馬は連れていけまい。
だが、ケーダは胸の高鳴りを聞いた。
「それは・・・楽しみです」
「奥方様、ではなく婚約者様もお連れになられるといいでしょう。でないとリーミヤ殿が気を回して、女でも買いに行きましょうと言いかねない」
「・・・は?」
「そういう方なのです。そしてそうなれば、ジャス殿も付き合わされるでしょう。そして翌日には、ダラス殿とセレス殿が怒り狂う。小さな村ですから、一晩で灰になるやもしれません」
「・・・婚約者ではありませんが、女はおります。誘ってみますが、良いのでしょうか?」
「もちろん。荷運びの時に聞いておきますよ。万が一ダメなら、この腰帯を黒に変えて城に伺います」
「・・・わかりました。では、父と話してきます」
「お願いいたします。場合によってはロンダール商会が王都に次ぐ規模の支店をこの街に構えます。侯爵様は計算の出来る方ですので、面会はお認めになられるでしょう」
「それはっ!」
中央の商会が支店を出す。
こんなエサに食いつかぬ父ではない。
この勝負、始まる前からリーミヤ達の勝ちだ。
バダムに大きく頷き、ケーダは馬に乗って城へと向かった。




