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草原の狼-1




「ケーダ様、新手ですっ!」


 兵が指し示す方向の下草が揺れていた。

 狩ったのはボッツと呼ばれるイノシシに似たモンスターだ。イノシシと違って草食、肉の味が良いので人気がある。

 その血の匂いを嗅いで集まって来たなら、這い寄るモンスターはガルーだろう。


「夜行性のくせに、欲を出して死にに来たか。臭みがあるが、干し肉にすれば貴重な冬越しの食料になる。歩兵は輜重隊を守る体勢で布陣せよっ!」

「はっ」


 ケーダは振り返る。

 後ろに控えている今日の5人は腕が良い。

 これなら1匹も逃すまい。ニヤリと笑って、武器を頭上で振り回した。

 ナギナタ。

 先祖伝来の業物だ。手綱を緩め、愛馬の腹を軽く蹴る。


「殺し尽くせえっ!」

「おーっ!」


 どの馬も、モンスターに怯える事なく駈け出した。

 飼い慣らされてはいるが、彼らも元々はモンスターである。草原を群れで駆け、肉食の獣やモンスターを蹴散らし踏み潰す彼らは、ヒャクダンと呼ばれている。


 アィダーヌ王国に至高の矛と盾あり。そは南の狼、北の獅子。


 そうとまで称される南の狼、ガンバール家の主力は他の貴族と同様の歩兵であるが、一族で最も武勇を認められた者は騎馬隊を率いる。

 戦となればナギナタを手に騎馬隊で敵陣を割ってみせるほどの働きをするからこそ、草原の他に何もないガンバール領はどうにか生きてゆけるのだ。


「散るのが遅えんだよ、ケモノッ!」


 掬い上げるようにナギナタが一閃。

 胴の真ん中をわかたれたガルーが地に落ちてすぐに、反対側のガルーも頭上から襲いかかったナギナタで頭を割られた。

 背後の5人。

 1人はケーダにピッタリと付いて、油断なく周囲を見回している。

 2人はケーダの左右で三角形の隊形を維持したまま、ガルーが群れていた場所を駆け抜けた。ケーダと同じく、駆け抜けざまに2匹ずつを倒している。


「追い込みますぞっ!」


 残る2人はケーダが駆け出すと同時に、大きく左右に分かれていた。

 勢いをつけ、散ったガルーに2騎が突っ込む。

 草原生まれのモンスターに受け継がれて来た魂の記憶か、思わずといった感じでガルーが反転した。


「浅はかなり、ケモノッ!」


 駆け抜けざまにガルーを屠った4騎は鮮やかな手綱さばきを見せ、すでに左右のガルーに2騎ずつで突っ込む構えだ。

 ケーダがナギナタで突く。

 先ほどの突撃では背後を守っていた兵も、槍で細かい突きを繰り出す。

 1つ。2つ。3つ。4つ。

 瞬く間に数を減らしたガルーに、追い込んだ騎馬が突っ込む。

 近い。

 ケーダの馬の鼻先を、突っ込んで来た騎馬が駆け抜けた。


「・・・チッ、いい年寄りのくせに最後の獲物を取りやがって。歩兵にガルーを運ばせろ。荷駄の用意が終わったら、街に戻るぞ」

「はっ」


 懐から出した細長い茎を咥え、ケーダは他の騎馬を迎える。

 カリスの茎だ。その爽やかな薫りは血の気の多い草原の男を落ち着かせると信じられており、可憐な花を咲かせるので同じ名を授かる女の子も多い。


「お見事でした、若」

「フン。たまの休暇に、爺が狩りなんてするもんじゃねえよ。もう孫もいるってのによ」

「老いたりとて草原の戦士。民のために次代の長が狩りに出るのならば、お供をするに決まっておりましょう」

「そうかい。ま、ムリだけはすんじゃねえぞ」

「ありがたきお言葉」


 やがて兵はガルーを残らず回収し、牛の牽く荷駄を守るようにして移動を開始した。

 前後左右に騎馬が付く。

 先頭だけは2騎だ。ケーダと爺と呼ばれた老人は、牛の足に合わせてのんびりと馬を歩ませる。


「美味しい餌を運んでるってのに、モンスターが来ねえなあ・・・」

「おかしいですな。これでは用意した荷駄は半分ほどが空のまま、街に帰らねばならぬかもしれません」

「ったく、もう街道が見えてきやがった。仕方ねえから、このまま帰るか。空振りは癪だが、こんな日もあるさ。狩りと戦は水物だからな」

「・・・若、轍をご覧下さい」


 馬車でも牛車でも、土はこんな風に抉れない。


「ロンダール、か・・・」

「何度かお情けで交易に来ておったのは見ましたが、こんな辺境になんの用でしょうかな」

「わかんね。あれは客人の子孫で、中央の大商人だ。ガンバールの家に用があって来たんじゃねえだろうさ」

「戦がなければ、目立たぬお家ですからなあ」

「それでも侯爵位、台所事情も知らんで羨むバカも多い。ロンダールの当主はなかなかの男だが、油断だけはすまいぞ」

「はっ」


 次代の侯爵としての表情と口調になって言うケーダに、爺も厳しい顔で応える。

 やがて高い石の防壁が見えてくると、門のかなり手前に鉄箱、トレーラーが停められているのをケーダは見た。

 夏の陽射しを照り返す金属製の乗り物は、酷く目立つ。

 門の前には、わざわざ見物に来た物好きもいるようだ。モンスターのいるこの世界、門を一歩でも出たら命の保証はないというのに。


「・・・チッ」


 ケーダが口笛を吹く。

 すぐに馬蹄を轟かせ、輜重隊の右にいた騎馬がケーダに馬を寄せた。


「お呼びでしょうか」

「門を出てまで鉄箱を見物してるアホがいるらしい。ケーダが呆れてるから、そんなマネはするなと言ってくれ」

「了解です」


 騎馬が先行する。

 ゆっくりと近づいてくるトレーラーから、バダムが降りるのが見えた。


「なんだ、この違和感・・・」

「どうされました、若?」


 先行した騎馬の持ち場に向かいかけた爺が、手綱を使わずに馬を戻す。老齢であるが馬術は、並みの腕ではないようだ。

 カリスの茎が上下する。


「考え事ですな」

「ん?」

「カリスが揺れております」

「ガキの頃は、行儀が悪いって叱られたな」

「今でも叱りつけたいですが、民のために夢まで諦めた若を叱りなど出来ませぬな」

「夢、か・・・」

「金獣騎士、鉄腕聖女、樹国の美姫。その3人と、肩を並べて戦う。夢だったのでしょう?」

「・・・わかんね。それより、中央の大商人を無視は出来ねえ。立ち話で済ませるつもりだが、茶でも出されるようなら兵を頼むぞ」

「お任せ下さい。肉は若の私費で、干し肉に加工でよろしいのですな?」

「ああ。頼む」


 バダムは道端まで歩を進め、跪いてケーダを待っている。

 貴族への礼だとでも思っているのだろう。

 この国の貴族に、礼など必要あるものか。ケーダは思ったが、中央の商人に本音を語るつもりなどない。

 貴族の顔で馬の足を進め、気さくな若様を演じて声をかける事にした。


「これはロンダール殿。久しぶりですな」

「お久しぶりでございます。ガンバール卿におかれましては・・・」

「ああ、面倒な挨拶は無用。狩りの帰りなのでな。この暑さだ、せっかくの獲物が傷むと困る」

「そうですか。困りましたな。ファウンゼン・リティス・レオニウス侯爵より文を預かってまいりました。必ず返事を持ち帰ってくれと頼まれてきたのですが・・・」

「ファウンゼンから? というか、ファウンゼンが侯爵?」

「はい。兄上様が正式に家督を譲られました」

「金獣騎士が家督を譲るか。我が友は、ずいぶんと私の先を行く・・・」


 思わず北の空へ視線を移したケーダの横顔を、跪いたままバダムが見上げる。

 その視線に爺と呼ばれていたゾオダはなにか予感のようなものを感じたが、先に街に戻りますとだけ言って馬を進ませた。どうせ立ち話では終わらぬだろうと、騎馬を1人残すのも忘れない。


「鉄箱には客室がありますので、よろしければ手紙はそこでお読み下さい」

「ほう、金貨を積まねば入れぬ鉄箱の中でか。今日は客を運んではいないのか?」

「おられますが、ファウンゼン様の文の事もご存知です。ガンバール様さえよろしければ、冷たい茶でも馳走したいと」

「・・・誰だ?」

「アィダーヌ王国の三ツ星がひと・・・」

「馳走になろう」


 食い気味に言ったケーダは残った騎馬兵に手綱を預け、バダムに客室へ案内される。

 扉を開けると共に、夏とは思えぬ風を感じた。

 冷えている。


「・・・驚いた。まるで肥えた羊の月の風だ」

「お客人、お入り下さい。せっかくの冷たい空気が逃げてしまいます」


 言ったのはセレスだ。

 それを眩しそうに見ながら、ケーダは客室に足を踏み入れる。


「樹国の美姫様でございますね。私は・・・」

「名前だけではありますが、これでも魔法省に籍を置く身。ここは旅の途中で、名も知らぬ方に手紙を読む場を提供しただけ、という事に」

「・・・なるほど。貴族と役人と商人、これが結びつくと厄介ですからな」

「ええ。椅子をどうぞ」

「ありがたく、使わせていただきます」


 椅子に座ると、バダムが手紙を渡した。

 蜜蝋で封印した、貴族らしい手紙である。几帳面な友人であるから、蜜蝋に押された紋章の獅子もブレたりせずにケーダを見据えている。


「お茶をどうぞ」


 その声に、ケーダは腰の剣を抜きかけた。

 ナギナタは馬に置いて来た。大声を出せば、馬と残った兵に聞こえるだろうか。

 ケーダはまだ23だが、騎馬隊を率いるために血の滲むような修練を積んで来た。そしてやっと、ナギナタをこの手にしたのだ。

 その自分に、この少年は存在を悟らせなかったのか。

 ケーダは混乱から立ち直るため、腹にしっかりと力を入れた。

 樹国の美姫が貴族をだまし討ちになどしない。

 その考えが浮かぶと、ようやく肩の力を抜く事が出来た。


「君は・・・」

「名乗るほどのものではありません。聞けば狩りの帰り道とか。冷たい飲み物ですので、氷が溶ける前に喉を潤して下さい」

「・・・馳走になる」


 ニコリと笑ってリーミヤが腰を下ろす。もちろん、セレスの隣だ。

 ケーダは信じられないようなものを見る目で2人を見たが、すぐに手紙を開封して読み始めた。

 思慮深いファウンゼンなら、この状況を手紙でも説明してくれると信じて。


「客人様であられましたか・・・」


 手紙を読んだケーダは、どうにか声を絞り出した。

 4人目の戦闘系。

 モンスターなどより、貴族にとってはずっと恐ろしい。

 その伝説の存在と、自分は向き合っている。


「様は勘弁して下さい。俺はリーミヤ。リーミヤ・ヒヤマです。にしてもファウンゼンさん、俺の事まで書かなくていいのに・・・」

「黙っていようとも思ったが、それでは誓った友情に申し訳が立たんと書いてあります。もし怒られたら2人で謝ろう、とも」

「いいなあ、歳の近い友達。でも名門同士だけど、領地は北と南の端っこでしょ。どうやってそんな仲良くなったんです?」



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