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新人冒険者、兄になる-6(終)




 ファウンゼンの話を聞いているうちに、リーミヤの笑みはどんどん深くなってゆく。

 明らかにいつもより多くキセルを使うジャスの表情は、リーミヤとは正反対だ。


(おい、リーミヤ。そんな笑顔で弟を見るんじゃねえよ・・・)

(だっておっちゃん、ファウンゼンさんってかなり有能じゃん。議会の命令で北の海岸線の防衛に置いてるレオニウス侯爵軍にモンスターを狩らせて、その角や皮を冬に耕作できない農家に加工させる。兵士にはお小遣い、農家には食料の配給、残りでもしもの時の備蓄用穀物購入。うん、いいねえ)


 ミルクティーを飲みきってしまったゴンの前に、リーミヤが自分のカップを置く。

 パッと笑顔になったゴンに、リーミヤが頷いてみせる。

 嬉しそうにミルクティーを飲むゴンの頭を撫でてから、リーミヤは真剣な表情でファウンゼンを見た。


「ファウンゼンさん。もしかして、レオニウス侯爵の領地では餓死者を出してないんじゃ?」

「この8年は、なんとか餓死者を出さずに済みました。兄上に領地を預けられてすぐの2年は・・・」

「貴族なんて領民が餓死しても構わないってクソヤロウばっかだと思ってたけど、ファウンゼンさんみたいな人もいるんですねえー」

「いえ、餓死者をなくせというのは兄上の指示です」

「ええっ!?」


 リーミヤがジャスを見る。

 マジマジとだ。

 ジャスの眉間にシワが寄るが、リーミヤは何も言わずに頷いた。


「・・・なんだよ」

「さすがだぜ、とーちゃん!」


 ドゴン。

 鎧を着ていないのに、リーミヤが殴ったジャスの肩からはそんな音がした。


「いってえな、クソガキ!」

「照れんなよ、とーちゃん。ほら、ゴンとミオもとーちゃんって言ってあげよう。ハゲそうだけどいい親父だぞ、コレ!」

「とーたん?」

「・・・と、とーちゃん」


 なにも覚えていないミオとは違い、ゴンはリーミヤと出会う数日前に死んだ母だけでなく、父の事も覚えている。

 そのゴンにとーちゃんと呼ばれたので、ジャスはリーミヤに落とそうとしていたゲンコツを止めた。


「お、おう。・・・あのなあ、ゴン。人間の世界ってのは面倒なモンでよ。親がいねえと、孤児院って施設に入れられて育てられたりするんだ。そうすっと、リーミヤ達と一緒には暮らせねえ。だから今は、俺が親父でダラスがおふくろでいいか? 俺達ゃ不器用だが、2人を大切にする事は出来る。いつか本当に心から親父、おふくろって呼んでもらえるように努力すっから、俺とダラスの息子と娘になっちゃくんねえか?」


 ゴンは言葉こそおぼつかないが、決して頭の悪い子供ではない。

 それを連日の稽古で知っている面々は、何も言わずにゴンが答を出すのを待った。


「・・・おねがい、します」

「おう、・・・おうっ。そんじゃ、かーちゃんに菓子でももらうか。ダラス、厨房から菓子をあるだけ持って来やがれっ!」

「そんなに食わせていい訳ないじゃないか。何を言ってるんだろうねえ、このハゲは」


 憎まれ口を利きながら、それでも立ち上がるダラスの瞳は潤んでいる。

 これじゃあ厨房で号泣してからだから、お菓子は遅くなりそうだとリーミヤは思った。


「とーちゃん、匂い、にてる」

「似てる? 誰にだ?」

「・・・ととさま」


 ととさま。

 その呼び方で、リーミヤとセレスは顔を見合わせた。

 一般家庭で、父親をそんな風に呼ばせるだろうか。


「・・・そっか。ソイツは嬉しいな。ゴン、明日から片手剣と盾も使えるように練習するか?」

「したい」

「おう、じゃあたくさん食って力をつけねえとな」

「はい」

「今は『うん』でいいんだよ。剣を持ったら、『はい』だ」

「うん」


 ジャスがゴンとミオの頭を撫でる。

 2人共、目を細めて気持ちよさ気だ。


「義姉だけではなく、こんなかわいらしい甥と姪まで・・・なんといい日なのでしょう、今日という日は」

「いやあ、照れるなあ」

「かわいらしい甥と姪に、私とリーミヤは入ってないでしょうね」

「そんなっ。俺は傷ついたよ!?」

「・・・この人はまた。ジャスさんの気持ちも考えてあげなさい。客人という存在は、この国にとって劇薬なの。そんな風に冗談交じりで仲間に引き入れようだなんて、私は許しませんよ」

「わかってるよ。わかってる・・・」


 リーミヤがキセルに葉を詰める。

 まだアイテムボックスやライターの存在を漏らす訳にはいかない。ファウンゼンがいるのでセレスが魔法で小さな火を出すと、くちづけでもするようにリーミヤはキセルを寄せた。


「ありがと」

「・・・寂しい?」

「俺が? 何でさ?」

「知らない世界にたったひとり。生きるために住み着いた国はどうしようもなく未成熟で、その国の都合を押し付けられて暮らさなくちゃいけない。・・・たまに思うわ。いつか別れの日が来るのなら、いっそ今すぐすべてを棄てて、2人で遠くに行こうかって」


 セレスの瞳は真剣だ。

 だからこそ、その告白を聞いた面々は言葉もない。


「ひとりじゃ生きられないって言ったでしょ。気に入らないなら、努力すればいいさ。ファウンゼンさん、これを読んで下さい」

「・・・拝見します」


 ファウンゼンが紙の束を手に取った。

 目で素直に文字を追う。

 だが、すぐに表情が険しくなった。眉間の皺を見て、兄であるジャスが目を閉じる。

 リーミヤはキセルの火種を落とし、じっと待った。


「・・・たしかに国民の自由な転居は認められています。それを阻害した貴族への処罰も、ここに書かれている通りですね」

「では、次を」

「わかりました」


 紙をめくったファウンゼンの瞳が哀しみに彩られる。

 言われなくてもわかっている。そのために兄は国内に3人しかいないS級冒険者にまで上り詰め、稼ぎのほとんどを自分に託しているのだ。相手がリーミヤでなかったなら、兄思いのこの青年ははっきりそう言っただろう。


 人口300万。

 最底辺の暮らしをしていると予想される数、30万。

 今年度、冬季の餓死者予想数、3万。

 そのほとんどが、夫に死なれて頼る人のいない妻と子供達。

 リーミヤがセレスに聞いた、この国の現状だ。


 またファウンゼンは紙をめくる。


 一部を欠いた円。

 その下に、防壁の高さ30メートル。人口5万。耕作地は三圃式農業で5万を養う。円の欠けた部分には湖、それが無理であれば海へ船を出す桟橋を整備。

 その後の紙には店舗や住居は石造りであり、嵌め込み式の木窓と引き戸さえ取り付ければ寝起きは可能。各家庭に持ち運び可能な魔力灯1つを配布。トイレは魔力水洗式(水で便器を洗浄した後に水魔法で糞尿を分解して下水へ流す)とあった。


 読み進めるうちに、ファウンゼンは苦笑いを浮かべている。

 夢物語。

 その顔には、そうはっきりと書かれていた。


「この国を憂いる有識者達を集めて国庫を開けば、可能なのかもしれませんね」

「民衆の寄付で街を造り、善意の商人が居住者の選定と移送を行うとしたら?」


 ファウンゼンは破顔する。

 それを見ながら、ジャスはテーブルの下で拳を握りしめた。


「レオニウス領にこの街が出来たなら、3年は税を免除して生活が落ち着くまで、そうですね。最初の麦を収穫するまで、炊き出しをしますね。人口5万の街なら、飲食に関する職業に就く者も多いでしょう。その者達を雇用して、給金を開業資金に充てさせるんです」

「食材だけではなく給金までとなると、相当の額でしょう。可能なんですか?」

「兄上に殴られてでも、貯めに貯めた戦費を使います。この500年、戦争は起こっていませんから」


 今度は、リーミヤが悩む番らしい。

 唸るような声を絞り出した兄を心配して、ゴンが顔を覗き込んでいる。


「黙ってようと思ったがガマンならねえ。もう考えるな、リーミヤ。この世界が貧しく薄汚れてるのは、この世界に暮らしてきた俺達の力不足だ。リーミヤが苦労する必要はねえ」

「苦労するのは俺じゃないでしょ。新しい商売で儲けて、新しい街の商いを独占する善意の商人。それと領民に5万もの国民を引っ張り込んで、他の貴族や議会に睨まれる領主様だもん」

「なら、何を悩んでいる!」


 ジャスの手がテーブルに振り下ろされ、驚くほど大きな音がする。

 腕の中でビクリと震えたミオを、ユーミィは優しく撫でて「大丈夫よ」と笑顔で言った。


「セレス、この世界の戦争ってどんな感じ?」

「布陣して弓合わせ。魔法隊前進、一斉にデーを放つ。騎馬が突撃。歩兵が突撃。そんな感じね」

「規模は?」

「相手によるわ。でも人が集まれば、強いモンスターもそれをエサにしようと集まる。万超えの軍勢が争う場所にはドラゴンが現れると言い伝えられているから、2、3000でしょうね」

「そしてその3000のうちの何割かは、戦争をジャマされないためにモンスターを相手にするのか・・・」


 ドラゴンって何だ? リーミヤは思いながらも、万を超える軍勢を食べてしまうモンスターだろうと予想し、話を進めるために質問はしないでおく。

 牛の乳は飲み過ぎてもいけないとの事なので、新しい茶は普通の冷茶が出されている。

 それを飲んだリーミヤは、いつかのようにオスの顔で笑った。


「決めた」

「・・・何を決めたってんだよ?」

「3000の軍勢同士なら、戦争になってもレオニウス侯爵軍はそんなに兵を出さなくっていいんでしょ?」

「まあ、出しても500ってトコだ」

「戦争になれば、代わりに俺が出る」

「残念だがレオニウス領から攻められれば、3000の軍勢はすべてレオニウス侯爵軍だ。いくらリーミヤでも、1人で3000の働きは出来ねえだろ」

「・・・やる」

「信じられねえ。だから認めねえよ」

「おっちゃん!」


 睨み合いが続く。

 長い沈黙だ。

 それを破ったのは、ファウンゼンだった。


「そういえば、忘れていましたねえ。ドラゴンのせいで、人口1万を超える可能性のある街は造れません。素晴らしい街造りの計画ですが、前提条件で破綻していますよ」

「あ・・・」

「そういえば・・・」

「ドラゴン、狩る?」

「狩れるかクソガキ!」

「なんだよ、ドラゴンってのを忘れてたくせにっ!」

「仕方ねえだろ! なんか熱に浮かされたみてえんなって、朝まで話し合ってたんだからよっ!」

「あの、兄上もリーミヤ様も、このような夢物語をなぜそんな真剣に・・・」


 ジャスがため息を吐く。

 もう諦めた。そんな表情でまっすぐにファウンゼンを見詰める。


「出来るんだよ。夢物語でも、リーミヤなら出来る」

「・・・街が、ですか?」

「そうだ。移住者の選定と移送をする手段も目処がついてる」

「・・・俄には信じられません」

「俺だってオマエの立場なら信じねえ」

「ですが、兄上が出来るというならそうなのでしょう」

「おいおい・・・」

「人口5万の街を造れるというのなら、まず人口8000の街を造ればいいだけです。貧しい家庭を移すのであれば、男手はないと予想されます。力仕事は独身の人足を住み込みで使う。そうすれば再婚する者も出て来るでしょうから、まあ6000程度を移住させれば良いでしょう」


 たった6000。そう呟いたのは、リーミヤだ。


「リーミヤ様。その街をどうやって造るのかは訊きません。ですが、どのくらいの時間が必要なのです?」

「造るだけなら、秋までには。でも・・・」

「レオニウスは北の獅子。南には、狼と呼ばれる家があります。次期当主は冬の餓死者を何とか少なくしたいと言っておりますが、現当主は限度を超えた施しを許してくれないそうです。今年もこれでは5000の民が死ぬ。先日届いた手紙で、そう嘆いておりました」

「5000。じゃあ、2万5千は・・・」

「死にます。私達、この国の貴族が殺すのです。たった5000と思われるかもしれません。たしかにそうでしょう。ですが、何もしなければその5000は死にます。見殺しになさいますか?」



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