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新人冒険者、兄になる-5




 ジャスはキセルを叩きつけるようにして灰を落とし、深く長く紫煙を吐いた。

 じっと待つ。

 待っているのは、腹違いの弟だ。

 兄弟仲は悪くない。少なくともジャスは、自分と違って本を読むのが好きなおとなしい弟を嫌ってはいない。


 獣人族、それも気配察知などではなく直接戦闘に向く獅子族の血を活かして、悪ガキと呼ばれる年齢から冒険者をしていた。

 聖女とまで称された美女、ダラスを口説き落とすまではソロを貫いた。

 そこからは常に2人だったが、アンタ以外の男に抱かれる気はないとダラスに言われてからは、必要があればパーティーを組むようになった。

 里から出て冒険者をしている変わり者のエルフに会って意気投合し、パーティーを組んだのは22になる少し前。人間好きの変わり者としてエルフ達からは嫌われていたようだが、いい男だった。


 その男が死んで託された娘を、ジャスもダラスもとにかくかわいがった。

 結果、S級冒険者ではあるが料理の一つも出来ない娘になってしまったが、まずはこれでいいと2人は思っている。自分達は、娘を残して死ぬのだ。娘だけでも生きて行ける強さ、それは料理の腕などよりずっと重要だと思っている。


 その娘が伴侶を得た。

 他に成り手がなかったので、3人で客人が現れる聖域の守り人になってすぐだ。

 しかも、その相手が客人。

 『すきる』などという人智を超えた技を使うその客人は、娘の相手として悪くない。いや、最上と言ってもいい。なぜなら、長寿のエルフの中でもさらに長生きをしなければならない娘と、『すきる』で寿命を同じに出来るのだ。もちろん、どちらもモンスターにやられたりすれば普通に死んでしまうが、運良く生き残ったなら2人は同じ日に老衰で死ぬのだという。

 娘を嫁に出す時は友の分も入れて2発は相手を殴ってやろうと思っていたが、リーミヤを殴る気にはなれなかった。つまりは、ジャスもリーミヤを気に入っているのだろう。


「失礼いたします。・・・兄上、姉上。お久しぶりです」

「こんな僻地まで呼びつけてすまない。座ってくれ」

「はっ、失礼いたします」


 キビキビとした返事だ。読書好きの線の細い少年は、領地を任されていつの間にか立派な青年へと成長したらしい。あるはずもないが、これなら軍隊暮らしも出来そうだとジャスは目を細める。

 父が死に、遺言状が読み上げられて後継がジャスと聞いた時、この弟はそれを喜んだ。

 領地経営よりしたい事があるのかと訊ねると、兄上のための領地経営ですかねと笑った。


 つまり、ジャスは誇れるほどに恵まれた人生を歩んできた。

 ここいらで苦労をしてみるか。

 寝室ごもりを終えてリーミヤの相談を受けたジャスは、苦笑いしながらそう思ったのだ。


「いい男になったねえ、ファウンゼン。今年で25だったかい?」

「はい。兄上のちょうど10下になります。この度は・・・」

「よしとくれ。腐れ縁の2人が籍を入れただけだ。畏まった挨拶はいらないよ。恐れ多いが、家族になったんだしね」

「・・・そうですか。ようやく、姉上とお呼び出来る。嬉しくて仕方ありませんよ」


 屈託なく笑うファウンゼンに、ダラスも微笑みを返す。

 そのファウンゼンがキョロキョロ辺りを見回すのは、知己であるセレスとその夫に、祝いでも言いたいからだろう。


「他の連中は気を使って外に出てる。ファウンゼン、まずは跪いて神に祈れ」

「はっ!」


 引き締まった表情だ。

 跪いた拍子に、一滴の汗が床に落ちる。

 夏だ。

 物事を始めるにはいい季節か。思いながら、ジャスは立ち上がった。


「次は、父祖への祈りだ」

「はっ!」


 ファウンゼンは何と言うだろうか。

 ジャスには想像も出来ない。暴れるしか出来ない自分と違って、この弟は煩雑な貴族間の付き合いも器用にこなす。

 北方の広大な領地を管理するレオニウス家は、侯爵位を持つ。面倒は多い。


「剣を掲げよ」

「はっ!」


 くだらない儀式だと、リーミヤなら笑いそうだ。

 思いながらも、ジャスは表情を引き締める。父が祖父が、そのまた父が、この儀式で覚悟を決めたのだ。ファウンゼンにも、そうしてもらいたい。それがダメな兄に出来る、たったひとつの事ならば尚更。


「宣せよ。己が信ずるすべてに、我こそが次代のレオニウス家長であると」

「はっ!」

「誓え。その膝を折るのは、この時が最後であると」

「はっ!」


 頷き、ジャスは剣を抜いた。

 ファウンゼンの瞳が戸惑いで揺れる。

 男が瞳を揺らすんじゃねえ。だからここで斬られるんだと、言いかけてやめた。

 上段。隙の大きな構えだ。

 両手で掲げた剣を突き上げれば、剣の下手なファウンゼンでもジャスを殺せる。

 弟の、ファウンゼンの首に剣を振り下ろす。

 風鳴り。

 我ながら、いい一撃だ。


「目を開けよ」


 瞳を閉じてしまったファウンゼンが目蓋を上げる。

 目が合う。

 首。剣を当てているので、状況は理解しただろう。


「今、ファウンゼン・リティス・レオニウスは死んだ」

「・・・はっ」

「生者に成せぬ事も、死者にならば成せよう。ファウンゼン・リティス・レオニウス」

「はっ!」

「そなたは今この時より、レオニウスの家長である。たとえ王の前でも跪いてはならぬ。その膝を折るならば、死ね。良いな?」

「はっ!」

「おし、飲むか」

「え・・・」


 ダラスが担いで来た酒樽を、ギルドホールの中央に下ろす。


「かっるいねえ。代々続く儀式なんだろ? 最後までカッコつけてやんなきゃ、ファウンゼンがかわいそうじゃないか」

「いいんだよ。俺は、この儀式とは相性がわりいんだから」

(終わったよ、みんなおいで)

「・・・あの、兄上。儀式との相性などあるのですか?」

「ああ。俺は最初、親父が剣を抜いた時点でぶん殴った」

「へ?」

「次は上段に構えると同時。最後に後生だからと頼まれて儀式をしたが、親父が振り下ろした剣を掲げた自分の剣で叩き折ったら、もう儀式をしようとはしなかったなあ」


 ファウンゼンが大口を開けて呆然としていると、リーミヤ達が笑顔で入って来た。


「ファウンゼン・リティス・レオニウス卿、はじめまして。私は客人のリーミヤ・ヒヤマ。妻のセレスはもう挨拶が済んでおりますよね」

「え、ええ。はじめまして、リーミヤ様。とりあえず私のような者に敬語はおやめ下さい」

「敬語は癖ですので。ジャスさんには、ここに来てからずっとご迷惑をおかけしています。強いし物識りだし、自慢のお兄さんなんじゃないですか?」

「・・・おい、リーミヤ」

「はいっ。子供の頃から、兄は私の自慢です。家督を譲られても、兄のためならレオニウス家はどんな困難にも立ち向かいますよ」


 ファウンゼンは微笑みながら言う。

 それはそうだ。

 リーミヤが嘘を見破るなんて、ファウンゼンが知るはずもない。


「実は俺とセレスは、ジャスさんを父と慕っているんですよ」

「そうなのですか!?」

「ええ。なのでその役回りで行くと、ファウンゼンさんは叔父になります。これからそんな付き合いが出来たらいいなと思っているのですが、お嫌ですか?」

「とんでもない! 叔父などと不遜が過ぎますが、身内だと思ってなんでも相談して下さい」

「・・・あーもう、いい人すぎでしょ。本当におっちゃんの弟っ!?」

「え、あ。も、もちろんです」


 突然ハジけたリーミヤの頭をジャスがぽかりとやると、文字通りファウンゼンは飛び上がって驚いた。


「いたっ」

「兄上、客人様に手を上げるなどっ!」

「いいんだよ。とりあえず席についてそれから話せ、リーミヤ」

「ほーい。人柄はバッチリだねえ、おっちゃん」

「おい、まさか・・・」


 リーミヤが悪い笑顔を見せる。


(貴族にも仲間が1人は欲しい。そのために、おっちゃんとダラスさんには新婚旅行に行ってもらおうと思ってたんだよ)

(おいおい、勘弁してくれ。貴族が客人に関わると、ロクな事がねえんだよ・・・)

(悪いけど、仕事が出来る人なら迷わず誘う)


 苦虫を噛み潰したような表情で、ジャスが腰を下ろす。動作が荒いので、椅子の足が床を鳴らした。

 ダラスが飲み物を配る。

 それを見て、ゴンとミオが喜びを露わにした。


「不思議な色の飲み物ですね。これは?」

「牛の乳で茶を淹れて冷やしたモンだよ。リーミヤちゃんが言うには、牛の乳は子供の発育に良いんだと。牛の番と鶏をロンダールに運んでもらって、その世話をゴンとミオがしてるのさ」

「そうなのですか、リーミヤ様?」

「様はよして下さい。説明は出来ませんが、本当ですよ」


 リーミヤが茶を口に運ぶ。

 それを見て、ファウンゼンもゆっくりと茶を口に入れた。


「これは、美味いですね・・・」

「それは良かった。今夜の宴会では牛の乳を使った料理も出ますので、楽しみにしてて下さい。ダラスさんの腕がいいから、めちゃくちゃ美味いんですよ」

「はい。楽しみにしております。それにしても、牛の乳ですか・・・」

「なにか気になる事でも?」

「・・・我が国には、動物の乳を飲む習慣がありません。ですが、私はこれを口にした事があるような気がしてならないのです」

「実は私もです」


 控えめに手を挙げたのはバダムだ。

 相変わらず髭を少しも汚さず、リーミヤの言うミルクティーを優雅な仕草で飲んでいる。


「それって固形物か、ドロっとした熱々の食べ物じゃありません? 熱々のなら、冷めれば固まります」

「まさか、ズントゥ!」

「ああ。そうかもしれませんね、ロンダール殿」

「チーズかあ。ダラスさん、昨日教えたグラタンはそのズントゥがあれば完成だよ」

「本当かいっ、リーミヤちゃん!?」

「うん。ズントゥを上に置いて、サラマンダーで焼くの。ズントゥが溶けて、少し焦げ目が付けば本物のグラタンになるよ」

「バダムの旦那っ!」


 ダラスの剣幕に、名を呼ばれたバダムが背筋を伸ばす。

 もう夏だというのに、こめかみには冷や汗も光っているようだ。


「・・・北からの交易船は途絶えたままです。申し訳ありません」

「はぁ、やっぱりかい。残念だが仕方ないねえ・・・」

「北が不穏なの、おっちゃん?」

「わからん。今まで季節毎に来ていた交易船が来なくなった。わかっているのはそれだけだよ。我が国には、海を渡れるほどの船はないからな」

「・・・気にしても仕方ないか。じゃ、ファウンゼンさんの領地経営のお話でも聞きながら、夜の宴会まで時間を潰しますか」



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