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新人冒険者、兄になる-2




 聖印とは、獣人族にのみ授けられる神の祝福だとジャスは言う。

 ならこの子達の両親がなぜ獣人族の村を追い出されたのだとリーミヤが訊くと、同じ獣人族でも犬や猫、狼や虎などでさらに細かく種族があるとジャスは言った。

 そして、他種族間との婚姻は禁忌。


(なら、この子達は獣人族のコミュニティ、村なんかには受け入れられないと?)

(そういう事になるな。人間との混血である、俺と同じだ)

(ふーん。くだらないね、獣人族。人間並みにくだらない)

(個人個人はいいんだが、種族としては禁忌だのなんだのが多くってな。母も嘆いていた)


 トレーラーは北へ、街道を移動している。

 時折モンスターを轢き殺したり、馬車と擦れ違うだけの道幅がないので路肩に乗り上げて進んだりするが、それすらもゴンとミオにはいい暇つぶしのようだ。ゴンはリーミヤの膝で外の景色を見るのに夢中だし、ミオはセレスにだっこされながら振動が変化するたびにはしゃいだ声を上げる。


(聖印、ねえ・・・)

(リーミヤも見たんだろ?)

(うん。ゴンは槍で、ミオは矢を番えようとしてる状態の弓。入れ墨でも痣でもない、キレイな紋章だったよ)

(努力さえ怠らなきゃ、どっちも一流の使い手になれるって証だ。将来が楽しみだな)

(セレス、獣人族の客人が来たって文献か言い伝えはある?)

(ないわね。ついでに言うと、エルフが来たという文献もないわ。・・・でも)

(エルフの始祖は客人だという言い伝えが、エルフの里にだけある?)


 運転席の後部にあるシートで、ミオを抱くセレスが深く息を吐いた。


(・・・ええ。でも、口外してはダメよ。この中の誰かがその事を漏らしたら、エルフはこの国に宣戦布告するから)

(き、聞きたくなかったですぅ・・・)

(言わなきゃいいだけよ。ユーミィちゃんは賢いから大丈夫)

(いえ、姉さんが心配なんです・・・)

(・・・リーミヤ、記憶を消すスキルとかありませんか?)

(敬語になるほど心配なのっ!? 大丈夫だって、サーミィ姐さんだって大人だから!)

(失礼な若奥さんだねえ。あんまり酷いと、旦那を誘惑しちまうよ?)

(ふふっ。出来るものですか)

(そうかい? 新婚旅行前に一緒に狩りに出かけたが、ずっとアタイの胸ばっかり見てたぞ?)

(なに言ってんのっ、姐さん!?)


 ジャスの爆笑が無線に乗る。

 ハンドルを握るバダムも笑いを堪えているが、完全に笑いを消すのには成功していない。


「リーミヤ?」

「はっ、はいっ!」

「村に着いたら、お話があります。キッチリ説明してもらいますからねっ!」

「セレス、怒る?」

「こ、こわいにゃ・・・」

「大丈夫よ。さあ、おやつにしましょうか。今夜には村に到着するからごちそうよ。それを楽しみにして、今はこれでガマンしてね」


 セレスが出した焼き菓子を見て、2人の目が輝く。

 朝食と昼食の間に食べたそれを、ゴンもミオもいたく気に入った様子だ。機嫌良さそうに揺れるしっぽがそれを物語っている。


(姐さん、どうしてくれるのさ・・・)

(悪い悪い。つい、な)

(つい、で人を死地に送り込むなっ!)

(サーミィもでっけえもんなあ)

(リーミヤちゃん、胸のデカさならあたしも負けてないんだが?)

(対抗しなくていいから、ダラスさん・・・)

(はっはっー。ダラスのも捨てたもんじゃねえぞ、リーミヤ。分けてもらった『せっけん』を塗りたくって挟んだら、世界が変わったぜ!)

(ジャスおじ様、不潔です・・・)


 焦るジャスの言い訳を聞きながら、リーミヤはどうやってセレスを宥めるか物思いに沈む。

 この春のほとんどを使って、3人は国内を走り回っていた。ロンダールの当主にしか出来ない高速配送と、その配送先での交易。

 リーミヤは下男としてロンダール側の力仕事を一手に引き受け、餓死者すら珍しくはない国の現状をつぶさに観察した。

 夜は街であってもトレーラーが入れる場所が少ないので、必然的に車中泊になる。バダムは頑なに拒んだが、トレーラーの客室は交代で使った。

 2人っきりになるとリーミヤは新婚旅行らしくたっぷりとセレスをかわいがってから、レベルアップのために狩りに出かける。ゴンとミオを発見したのは、そんな習慣のおかげだ。


(おっちゃん。マジメな話、どうすんの?)

(あ。何がだよ?)

(ゴンとミオに必要なもの)

(・・・そりゃ、あれだ。なあ、ダラス?)

(あれって言われてもねえ。おや、どこ行くんだい。サーミィ、ユーミィ)

(金獣騎士は剣を使う冒険者の憧れ。だけど人前じゃ、新人冒険者のボウヤみたいになっちまうからね。ユーミィと薬草採取でもして来るよ。夕方には帰る)

(そんじゃー今日はここから、【パーティー無線】は緊急時以外使用禁止って事で。ドジ踏んだらもう口利かないからね、おっちゃん?)

(お、おい・・・)


 菓子を頬張るゴンの頭を撫でながら、リーミヤは嬉しそうに笑う。


「さて、どうなるでしょうかねえ」

「ここまでお膳立てが出来てたら、さすがにおっちゃんでも決めるでしょ」

「でも、ジャスさんですよ?」


 その言葉で、車内には沈黙が満ちた。

 いつもなら街があれば、荷のリストを携えたバダムと護衛役のリーミヤが商人を訪ねるためにトレーラーを停めて降りるのだが、次の街は素通りするらしい。

 ロンダールが各街のギルドに依頼して整えてある迂回路を、トレーラーはガタゴト進む。街道のように均されていない道は、ミオの大好きなおもちゃ代わりである。

 嬉しそうなミオをだっこしているうちに、セレスも気持ちが落ち着いたらしい。

 たまに振り向いてミオをかまうリーミヤを見る目も、さっきよりずっと優しくなっていた。


(あー、ちょっといいか?)


 ジャスの声が聞こえたのは、最後の村を迂回してトレーラーが田舎道に戻った時だ。

 1時間もすれば夕暮れ。サーミィ達も、村を目指して歩き出す頃だろう。


(何かな?)

(なんでしょうねえ)

(結果発表か。昇段試験を思い出すよ)

(ドキドキしてきましたっ!)

(2刻、4時間もすればリーミヤ殿とセレス殿が村に到着しますが、よろしいのですかな?)

(無線でいいんだよ。あ、あれだ、その・・・)


 ここまで来ると、誰も茶化しはしないようだ。

 トレーラーの運転席で、村の南の木々のまばらな草原で、それぞれが祝いの言葉を選ぶのに余念がない。


(あたしに言わせる気かい、ジャス?)

(んな訳ねえだろが。・・・ダラスと所帯を持つ事になった。ゴンとミオ、2人がそれでいいってんなら、俺とダラスが2人の父親と母親んなる。もちろん、面倒な将来を押し付ける気はねえ。正式に弟に家督を譲って、冒険者のジャスの子として2人を育てたい。文句あるかっ!?)

(ねえよっ!)


 すかさずリーミヤが叫ぶと、口々に祝いの言葉が発せられる。

 普段ははしゃいだりしない、バダムまでがミオのように無邪気に喜んでいた。


「なんで、笑う?」

「嬉しいからさ。それよりゴン、俺がお兄ちゃんじゃ嫌かい?」

「・・・嫌、違う」

「なら、今から兄と弟でいい?」

「う、ん。・・・あ、はい」

「うんでいいんだよ。お兄ちゃんなんだから。先生になってる時は、はい」

「うん」

「ミオ。ミオも俺の妹になってくれない?」

「にいたん?」

「そう。リーにいたん」

「リーにいたんっ!」

「おうっ、こっちおいで。かわいいミオちゃんは、にいたんが食べてしまいます!」

「にゃ~♪」


 助手席にミオが移動したので、手の空いたセレスが後部座席から身を乗り出す。握ったのは、リーミヤではなくゴンの手だ。


「ん」

「リーミヤがお兄ちゃんなら、私がお姉ちゃんになってしまうけどいい?」

「うん。セレス、いい匂い。すき」

「セレスは俺のだよっ!?」

「そういう意味じゃないのっ。ありがとう、ゴン。私も大好きよ。ずっと、兄妹で仲良く暮らしましょうね?」

「うん。一緒、うれしい」

「めでたい事が重なりますなあ。後ろに積んでいる酒と食料は、残さず降ろして宴にしましょう」


 バダムはそのままダラスに積み荷の酒と食料がどれだけあるか告げ、結婚祝いにすべて提供するから門番に荷降ろしの手伝いを頼むとジャスに依頼した。

 その量と質に驚いた2人はその10分の1でいいと言うが、バダムは折れない。


「楽しみだなあ、宴会。ゴンとミオの歓迎会でもあるんだから、たくさん食べようね」

「さかにゃ?」

「魚も肉も、たっぷりあるよー。そうだ。リーにいたんがジュースを作るから、それも飲んでね」

「じゅ~ちゅ?」

「そう。この季節の果物ってなんだろ」

「後ろにカフィウが積んでありますよ。甘味と酸味のバランスが抜群の、エージルズ産です」

「エージルズで仕入れた果物。・・・ああ、あの赤くて小さいの」

「ええ。女子供であれが嫌いな者はおりませんよ」


 南門の前にトレーラーを停めると、すぐに勤務時間ではない門番達が駆け寄って来る。


「おかえりなさい。宴はギルドではなく、門の前の広場ですでに始まっています。酔い潰れる者が出る前に2人を紹介したいので、すぐに来て欲しいと大使が」

「はーい。セレス、ゴンとミオ連れて先に行ってて」

「わかったわ。じゃ、後でね」


 すっかり荷降ろしに慣れたリーミヤが、バダムの言う祝いの品を門番達と運び出す。

 それらは広場に運ぶと同時に村の女衆の手で次々に調理され、荷運びが終わる頃には宴会場に豪勢な料理が並んでいた。


「めでてえなあ。いや、めでてえなんてモンじゃねえなあっ。乾杯!」

「やっと、やっとですもんね。ダラス様、良かった・・・」


 祝いの言葉と祝杯をジャスとダラスに贈る列は長い。

 リーミヤはセレスとサーミィ、ユーミィ、それにゴンとミオがいる敷物に上がって、いつもより上等な葡萄酒を受け取った。


「ただいま」

「おかえりなさい、リーミヤ様」

「来たか、リーミヤ。今夜は飲むぞ!」

「いた、い・・・」

「ああもう、サーミィ姐さん。ゴンが苦しそうだって。だっこするならもっと優しく!」

「リーにいたん、さかにゃ!」

「うんうん、魚だねえ。にいたんはいいから、ミオがお食べ。ゴン、骨付き肉だよ、ほらっ」

「ありがと、リーにい」


 誰もが上機嫌で宴は進む。


「どうしたの、リーミヤ。悪そうに微笑んで・・・」

「え、そんな顔してた? いやー、おっちゃん達の寝室ごもりが終わったら、どこに新婚旅行に行ってもらおうかってね。まだ行ってない街にするか、俺が考えてる仕事のための下見にするか」

「・・・それって新婚旅行じゃなくて、ただの偵察じゃ?」



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