新人冒険者、兄になる-1
選べる道は多くない。
それは、彼にもわかっているのだろう。
自分が抱きしめている命。
それがこれからも紡がれてゆくのか、ここでプッツリと切れてしまうのか。
すべては、彼にかかっている。
「にいたん・・・」
涙目で呟いたのは、3歳ほどの女の子だ。
恐怖で泣き喚いてもお漏らしてもおかしくない状況であるのに、樹上で兄に抱かれているからか涙はまだ零していない。
ガリガリ。
ガリッ。
「大丈夫、ミオ。兄ちゃん、守る」
「うんっ」
武器も持たぬ身で木の上に追い詰められ、何が出来るというのだ。
何も出来ないのは、彼が一番わかっているらしい。強く歯を食いしばる音が、夜の森に吸い込まれた。
「キャンッ!」
ガヅン。
パキッ、ガリッ。
「音、なに!?」
彼は慌てながらも鼻をヒクつかせる。
血。
その臭いを感じ取ったのだろう。幼く細い顎から、まだ春だというのに汗が落ちた。
「キャン!」
「ガルッ、ギャンッ!」
「ふうっ、3匹だけか。ガルーのくせにそんな群れてないんだね。おーい、もう平気だよー?」
ミオが声を出さぬよう、彼は強く抱き直す。
「ガルーの死体は片付けたから下りといで。妹さんかな、よく守ったねー」
彼は動かない。
ミオも兄の判断を幼いながらに汲み取ってか、声を上げはしなかった。
「今、ゴハンを用意するから。これ食べたら、森を出よーね。眠いだろうけど、またガルーが来るからさー」
マズイ。
彼は思う。
食べられるものはすべて妹に与えているが、この2日は食べられる木の芽さえ見つけられなかった。
ここで食べ物の匂いでもしたら、ミオは声を出してしまう。
現に腕の中のミオはゴハンという言葉を聞き分け、先ほどまでのように恐怖ではなく、期待に目を輝かせている。
首を横に振ってみせると、ミオの瞳に涙が溜まった。それでもここは、心を鬼にしなくてはならない。この臭いは人間だ。捕まれば、ミオを守れない。
「奮発してサハギンスープだよー!」
彼の耳は、パカッという聞いた事のない音を聞いた。
ミオが腕の中から飛び出そうとする。
匂いが届いてしまったのだ。無理もない。
「にいたん、さかにゃ!」
「ミオ・・・」
「うん、魚だよー。そっちの君は肉がいいよね。じゃーん、骨付き肉ー!」
見た事もない明かりに照らされ、1人の人間が大きな骨付き肉を掲げている。
驚いたことにその肉は、焚き火などないのに湯気を上げていた。
ガマン、ガマンだと自分に言い聞かせる。
少しでも落ち着こうとミオを強く抱きしめると、腕に妹の温もりがない。
「ミオっ!?」
「さかにゃ~♪」
「魚だよー。スプーンは使えるかな?」
「あいっ」
「おー、えらいえらい。じゃあ、どうぞ」
「た~きますにゃ!」
「うんうん。いただきます出来てえらいねえ。さ、そっちの君も早く下りる。この子にパンを渡せないじゃないか」
あまりの事態に反応が遅れた自分を叱りながら、ミオと同じように彼も飛び下りる。
武器はない。
なら、首を咬み千切ってやる!
「いい目だ。でも、戦う覚悟はいらないよ。ほら、肉を食べながら話そう」
「なんで!」
「ゴハンを食べさせたい」
「・・・どう、するっ!」
「親御さんがいるなら、送って行くかな」
ニコニコと笑いながら、リーミヤが腕を伸ばす。
「にいたん、ごはんっ。うんま~!」
嬉しそうに食べている。涙まで浮かべて、嬉しそうに・・・
機嫌良さそうに揺れるしっぽを見て、彼は涙を堪える事が出来なかった。
狩りが出来れば、妹をここまで飢えさせる事はなかっただろう。
そう思うと、涙が止まらなくなる。
ゴシゴシと頭を撫でられて、彼は顔を上げた。
人間。それも大男だ。若いのかもしれないが、人間の年齢はよくわからない。
飢えている妹に食事を与えられるのは、自分ではなくこの男だった。
悔しい。
涙が止まらない。
悔しい。
頭を撫でられて、なんでこんなに安心してしまうんだ。
思うほどに、彼の涙は止まらなくなる。
「・・・くや、しい」
「狩りが出来るようになりたい?」
頷く。
涙が飛び散ったけど気にしない。
「妹を守れるようになりたい?」
頷く。
そのためだけに生きようと思う。
「強く、なりたい?」
頷く。
弱いなら、強くなるしかない。
「誰でも、成長するには時間が必要なんだ。その間は、ガマンしなくちゃいけない。わかる?」
「狩り、時間たくさん」
「そうだね。経験を積む前に野山を、獲物を知らないといけない。死なないための知識と技術を身に付け、武器を自在に使えるようにならないといけない。わかる?」
「・・・わかる」
「なら、俺とおいで。俺はリーミヤ、リーミヤ・ヒヤマ。君達の名前は?」
「ゴン、ミオ」
「よし。じゃあ、まずは腹ごしらえだ。ずいぶんと痩せてしまってるから、パンをスープに浸して、それを胃に入れてから肉にかぶりつこう」
肉を噛む仕草を見せながら、リーミヤはいい笑顔で笑った。
ランタンの明かりで食事を摂る幼い兄妹の世話をしながら、リーミヤは【パーティー無線】で呼びかける。
(夜中にゴメン。セレス、バダムさん起きてる?)
(セレスよ。もちろん大丈夫)
(ジャスだ。ダラスと飲んでたからまだ起きてるぞ)
(おっぱじめる前でよかったよ。どうしたんだい、リーミヤちゃん?)
(大丈夫ですよ、リーミヤ殿)
(獣人って言うのかな。動物の耳としっぽのある兄妹を保護したんだけど、連れて帰ってもいいかな? たぶん妹が猫で、お兄ちゃんが犬。どっちもすっごくかわいい)
ゴンに追加のパンを渡し、皿と骨付き肉を出してリーミヤは2人の頭を撫でる。
まだ小さいミオは、拳大のパン1個とカップ1杯のスープで満腹になったらしい。木の上から飛び下りるほどの身軽さを活かして、胡座をかくリーミヤの膝に移動した。
(もちろん大丈夫です。怪我は?)
(良かった。ずいぶんと痩せて泥で汚れてるけど、目立った外傷はないよ。1時間でトレーラーに帰りまーす)
ミオの背を撫でながら、リーミヤは肉を噛むゴンを見守る。止まっていた涙が、また零れているようだ。
「ゴン」
「ん」
「強くなるために、いろんな事を覚える場所が必要なんだ。痛いかもしれない。苦しいかもしれない。きっと泣いてしまうと思う。それでも、強くなりに行くかい?」
「いく。ミオ守る、ゴン」
「・・・わかった。じゃあゴンが強くなるまでは俺が2人を守る。それでいいかい?」
「いい、なのか?」
「いいんだよ。遠慮なんかしたら、強くなる手伝いはしない。わかった?」
「ん」
「返事は、はい。強くなるには、いろいろな人に教えてもらわないといけない。敬語を使えないと困るのは、ゴンだよ」
「は、い」
「うんうん。そろそろお茶も味が出たね。はい、どうぞ」
「・・・これ、ありがと?」
「そうだよ。誰かがゴンのために何かして、それをゴンが嬉しいと思ったらありがとう」
「ありがと。・・・ぜんぶ、ありがと」
ゴシゴシとリーミヤが頭を撫でる。
ゴンも嬉しそうに笑った。もう、涙は止まっている。
「わふっ!?」
「おっきいにゃ~・・・」
ゴンとミオがトレーラーの大きさと、この世界には他にない異質さに目を丸くしている。
「おかえりなさい。無事ね?」
「もちろん。こっちのお兄ちゃんがゴン。妹がミオだよ」
「おかえりなさいませ、リーミヤ殿」
「旦那さん、使用人に敬語でっか?」
「ううっ。すいま、・・・すまん」
「もう夏になりそうなのに、慣れないですねえ・・・」
「結界魔法を張ったからどうでもいいでしょ。いいから2人をこっちに。お腹は空いてない、ゴン、ミオ?」
「ないにゃ」
「さっき、もらった」
「そう。じゃあ、お風呂にしましょう。いらっしゃい」
ゴンがリーミヤを見上げる。
「ああ、この美人さんは俺の奥さんだよ。絶対に酷い事はしないから、一緒にお風呂に行っといで」
「はい」
「おお、いい返事だ。ゴンは頭が良いなあ」
頭を撫でられるゴンは少し照れながら頷いて、ミオを抱っこするセレスに着いて行った。
トレーラーの入り口の焚き火に、リーミヤが薪を足す。
それが終わるとバダムとそれぞれのガルーの毛皮の上に座り、2人共キセルを使い始めた。
「どうなさるのですか、あの子供達は?」
「村に連れて帰りますよ。新婚旅行は終わりですね」
「そうですか。寂しような、ホッとしたような・・・」
「面倒をおかけしました」
「とんでもない。それで、冒険者にでも仕込むので?」
「ゴンは10歳、ミオなんかまだ3つです。しばらくは勉強ですね」
「リーミヤ殿の弟子ですか。成人した暁には、各省が仕官せよと群がりますな・・・」
「客人の弟か息子にも、就職の強制はできないんでしょう?」
「なんと。弟か息子、ですか・・・」
「ここで俺達が親になってもいいんですけどね。まあ、踏ん切りの付かないダメ男にはいいチャンスでしょう」
ケラケラ笑うリーミヤに、バダムは苦笑を見せるしかない。
ダメ男という単語であの人を思い浮かべられる人間など、リーミヤしかいないと思いながら。
(おい、それでどうなったんだ)
(気になる、おっちゃん?)
(私達も気になります。保護というからには、まだ幼いのですよね?)
(起きてたんだ、ユーミィちゃん。10歳の男の子がゴン。3歳の女の子がミオ。どっちもすっごくかわいいよー)
(アタイが立派な冒険者にしてやる。村に連れて来るんだろ?)
(ジャスさん、大変ですっ!)
突然セレスが無線に割り込むと、リーミヤはすぐに立ち上がってトレーラーの入り口に走った。
(どうした?)
(ゴンもミオも、聖印がありますっ!)
その叫びで、リーミヤがトレーラーの客室に続くドアに伸ばした手が止まった。
(なんじゃらほい?)




