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act7 雨障

 外からだと煩雑に見えた町は、中に入ってみると建物同士の間隔が広く、かつ人の姿がまばらなのも相まって寂しげだった。

 すれ違う人々のほとんどが肌を露出しない服装をしており、フェリシティの姿は特に目立つものではなかったが、ひとりで居ることの心細さからローブの襟元を引き締めて出来るだけ大きな道を進む。

 奥へ奥へと進んでいくと、突然道に人があふれた。

 商店街らしく、道の両脇には露天が立ち並び、色とりどりの野菜や果物、そしてあまり見たくはないが虫が陳列されている。通貨は驚くことにドルだった。地球時代に消滅した古い単位だ。

 どこかで肉を焼いているらしく、香ばしい匂いが立ち込めフェリシティは腹を押さえた。思えばなにも食べていない。

 丁度その時、”貴金属類買い取り”と書かれた看板が目に入った。思わず左手の腕時計を触る。

 店は用心のためか鉄製の扉と小さな窓が二つ。つまり、中でなにが起こっても外からはわからない。フェリシティが躊躇するには十分な理由だった。

 しばらく店の前で様子をみていると、中から客らしい親子が出てきた。あどけない少女が楽しそうに髭を蓄えた父の手を引っ張っている。なにかを買ってあげる約束でもしたのだろうか、剣呑さは欠片もない。

 フェリシティは空腹にも背を押され、ようやく鉄扉を押した。

「いらっしゃいませ」

 木製の棚に囲まれた部屋の奥から、カウンターに座る痩せた老人がにこやかに挨拶してきた。

 店内に他の客はいない。無言で近づくとフェリシティは左腕の腕時計を外し、木製のカウンターの上に置いた。

「これを買って頂きたいのですが」

 与し易いと見られてはいけないと思い、可能な限り声を低く言った。どれだけ効果があるかはわからないが。

「ほう」 店主が目を細めた。「珍しい時計ですな」

 大学を卒業した時に父から送られたもので、それなりに値がしたという。しかし、地球時代に作られたアンティークのため、おそらくこの星の文明でも十分作れるものだった。もし最新のものを買っておけばロンダートたちに見せることが出来たのだが、それは過ぎたことだった。

「ふうん……。なるほど。ほぅほぅ、これはこれは……」

 店主が意味ありげに呟き、時計をループで眺めはじめた。

 手持ち無沙汰なフェリシティは店内の陳列品を眺める。貴金属というだけあってアクセサリーが多い。おそらく天然であろう色とりどりの宝石はどれも大きい。だが、貴重品を無造作に並べているとは思えないので、この星で宝石はありふれているのかも知れなかった。

 腕時計も置いてある。値段は一〇〇から高いもので二〇〇〇ドル。

「五〇〇ドルでいかがですかな?」」

 店主が顔を上げていった。

 フェリシティは大学で経済を専攻しており、商店街を通った時に町の物価についておおよその検討をつけていた。五百では一周間も持たないかも知れない。

「一〇〇〇なら……」

 短くそう言うと、店主は眉間にしわを寄せて唸った。

「一〇〇〇、ですか。なるほど」

 店主はだれにともなくうんうんと頷いていた。

「では、七五〇でいかがでしょう」

 フェリシティはフードの中で首を横に振った。

「いやぁ、そうですか」

 店主は気分を害するわけでもなく、思案顔で上を向いた。

「んん……」 しばらく唸ると、「では、こういうのはいかがでしょうか。我々商売人というのは物を右から左に動かすことが仕事ではありません。人間、というものにもっとも重きを置いております。お客様ひとりひとりと誠実に向き合うことで、お互いに良い関係を築く。これが私たちの商売でして。つまり、我々は常にお客様のことを知りたいのです」

 突然なにを言い出したのかフェリシティが訝しがっていると、店主は親しげな笑みを浮かべた。

「どうです? そのフードを取って、お顔を見せていただけませんか?」

「え?」

 驚きが声に出た。

「お顔を覚えさせてもらえれば、一〇〇〇出させて頂きますよ。いえ、なに。お客様がなにものであろうと、商売人の誇りにかけて関知いたしません」

 穏やかに微笑む店主は、どうみても悪人とは思えなかった。それに、老人の店主に顔を覚えられたからと言って生じる不都合も思いつかず、素直にフードをおろした。

「やはり、美しいお顔ですな」 店主は数秒フェリシティの顔を眺めると、すぐにカウンターへ紙幣を並べはじめた。「ありがとうございます。もうよろしいですよ」

 フードをかぶり直し、紙幣を数える。五〇〇ドル札が二枚と、一〇〇ドル札が一枚。

「それは良いものを見せていただいたお礼です。また、当店をご利用ください」

 そういって店主は深々と頭を下げた。

「ありがとうございました」

 短くそういってフェリシティは店を出た。

 ほっと胸をなで下ろす。

 異文化の町で取引することは想像以上に気を使った。背中が汗で濡れているのを感じる。だが、なんとかうまくいった。一一〇〇ドルもあればしばらくは食事と寝る場所に困らないはずだ。

 手にしたお金で、さっそく露天の食べ物と飲み物を買った。人の多い場所を避けるため、紙袋を抱えて商店街を抜けると、再び通りは閑散としはじめた。このまま進んでもなにもなさそうに思える。

 戻ろうかと迷う。道はすべて覚えている。

「雨が来るよー!」

 突然頭の上で声がした。仰ぎみると、屋根の上で中年の女性が叫びながら慌ただしく洗濯物を取り込んでいる。

「雨だ雨だ! 雨が来るぞー!」

 別の場所からも声が上がった。たしかに、いつの間にか空にはどんよりとした雲が広がっている。

「あめー! あめあめー!」

 二人の子供が楽しそうにはしゃぎながら走り回っている。

「一ヶ月ぶりかしら?」

 軒先で話し込む主婦の声が聞こえる。やはりこの地域での雨は珍しいことらしい。それが、この日に限って降るのはなにかの暗示に思えた。歓迎か、拒絶か。

 フェリシティは足を早めた。すでにフードを水滴がポタポタと叩いている。



 目の前を茶色く濁った水が流れている。

 フェリシティは用水路にかかる橋の下に居た。水路は幅二メートルほど。コンクリートで固められており、彼女の座る脇道は足を伸ばしていっぱいになる狭さだった。だが、おかげで周囲から目につかない。

 膝を抱えて、紙袋の中身を取り出す。リンゴらしき果物のジュースと、砕いた穀物を練って焼いたパンらしきものに、野菜と肉が挟んである。

 一口かじると甘辛いタレの味がした。少し濃い味だが美味しい。空腹もあってかあっという間に平らげた。

 ジュースをすすりながら、これからのことを考える。

 まず、なんとしても情報が必要だった。この町、国、人、文化。

 情報と言えばデータベース、この星の文明レベルだと図書館だろうか。公共施設がなければ本屋でもいい。

 ロンダートは治安が良いと言った。だが、あくまでもそれは彼の基準によるもので、フェリシティの住んでいた町でも女性が一人で野宿することはありえない。やはり宿は必要だ。

 この星の一日が何時間なのかは不明だが、雲の裏でぼんやりと輝く日は高く、夜にはまだ早い。動くのは雨が上がるのを待ってからでも遅くないだろう。上がらなければ濡れるしかないが、元々温暖な気候のために凍えることはないように思える。

 宿を取り、本屋を探す。

 目的が生まれ、フェリシティはようやく安らぎを覚えた。雨音には元々緊張を解す効果があると言う。さんざん眠ったために目は冴えているが、膝に顔を埋めて耳をすませた。

 雨はそれほど強くない。傘でもあれば十分に移動できるだろう。記憶では五〇〇メートルほど戻った場所に雑貨屋があった。走ってみるのも悪い考えとは思えない。だが、傘は置いてあるだろうか。

 さー、と雨粒がコンクリートを叩く音に混じって、足音が聞こえた。

 顔を上げると、二人の若い男が橋の外で雨に濡れて立っていた。ふたりともフェリシティより若く見える。兄弟なのか、顔がよく似ていた。

「邪魔していいかい?」

 兄らしき男が愛想よく言った。不穏なものを感じてフェリシティは立ち上がり、二歩下がった。

「おいおい、出て行くことはないだろ。それじゃおれたちが追い出したみたいだぜ」

 二人はふところから取り出した手ぬぐいで頭を拭き、兄が地面を踏み鳴らした。

「ここから奥には入らない。あんたに危害は加えないさ」

「お、お互い困っているんだ。きょ、きょ、協力しなくちゃ」

 たどたどしい口調で弟が歯を見せて笑った。前歯のいくつかが欠けている。

 宣言通り彼らは近づいて来なかった。橋の下の入り口に腰かけてこちらの様子を伺っている。フェリシティは五歩の距離を保って座った。

「明日は休みだな」

 兄がぽつりと呟くと、弟は手を叩いて喜んだ。

「ま、毎日雨だったら、い、いいのにな」

「馬鹿か。そんなに降ったら洪水が起こるんだよ」

「洪水?」 弟が聞いた。

「町中が川みたいになるんだぜ。お前は覚えてないだろうけど、昔に一回あったんだ」

「だ、だったら、ニーチャの船を借りたらいい。あ、兄貴には貸しがあるんだから」

 どうやら本当に兄弟らしい。兄は嘆息した。

「船に乗ってどうすんだ?」

「砂漠を渡るんだ。み、み、南は天国なんだろう?」

「だれも行ったことがないのに、なんで天国なんて言えるんだよ」

「……。さ、さぁ?」

 考え込んだ弟をよそに、兄は懐から真っ赤なリンゴ風の果物を取り出した。両手で握りこむと、ぽこっと小気味よい音が響いて二つに割れた。

「あいあんた」

 声をかけるやいなや、兄は半分になった果物を投げてよこした。難なく掴むと、かなり軽い。果汁が少ないらしい。

「巡礼者かい?」

 なにげなくかけられた質問の意味が理解出来ず、フェリシティは目深にかぶったフードごと首を横に振った。

「ああ、違うのか。そんな格好してるから勘違いしてたよ」

「馬鹿だなぁ兄ちゃんは。じゅ、じゅ、巡礼者のは白なんだぜ。あ、あれは灰色じゃないか」

「くだらないことばっか覚えてんじゃねえ」

 兄が一喝すると、弟は首をすくめて黙り込んだ。

「でも地元じゃねーんだろう? どこから来たんだい」

 声に詰問の色はない。フェリシティは返事に迷った。声は出したくない。だが、黙っていては話が進まない。

「だ、だんまりはないだろう。兄貴が話してんだぜ」

「だまってろ」 兄が再び一喝。「でも、少しぐらい話ししたっていいじゃねーか。マタをくれてやったんだ」

 今度は言葉に少し力がこもっている。立ち去るべきか。会話を試みるべきか。もし、彼らと話ができれば得るものは多い。この状況を一変させることも出来るかもしれない。

「なぁ、いいだろう? ちょっと話したいだけだ。お互い退屈なんだし」

 フードの向こうで兄弟が立ち上がった。思わずフェリシティも腰を上げた。まだ心は決まっていない。

「おいおい、勘弁してくれよ」

 兄が苦笑を漏らした。

「おれらが殺し屋にでも見えるのか? ただの石切だぜ?」

「お、お、おれは切らないんだ。はこ、運ぶだけで」

「ああ、こいつに切らせると四角い石が拳骨みたいになっちまうからな」

 二人は肩を揺らして笑いあった。

 たしかに、警戒しすぎなのかも知れない。会う人間すべてを疑っていてはきりがない。こちらの都合ばかりを考えて、トレーダーたちの時の二の舞いになるのは避けたかった。

「そっち行っていいかい?」

 兄が聞いた。フェリシティはこくん、と頷いた。兄弟は安堵のため息をついた。

「よかったぜ。実を言うと、本当にあんたを追い出しちまうんじゃないかって心配だったんだ」

「ほ、ほ、ほんとに」 弟がいった。「お、お、お、女は体を冷やしちゃ、だめなんだ」

 一瞬、時が止まった。

 ――女? 頭に浮かんだ疑問が、高速に回転する思考の中から最悪の可能性を絞り出す。

 舌打ちが聞こえた。弟がはっとして口を塞ぐ。

 兄が、地を蹴った。

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