act2 蒼い星 中編
人類が外宇宙への安全航行技術を手にした時、真っ先におこなったのは生存圏の拡大であった。
当時、過剰な人口増加によりどの国も失業者で溢れており、食糧不足も深刻だった。そのため、各国政府は先を争って調査団を宇宙にばらまき、地球に似た星を見つければ片っ端から惑星改造を施した。
そして、爆発的な惑星移民ブームが起きる。
さぁ行こう、宇宙の彼方へ! 見果てぬ広大な土地が君を待つ!
メディアは連日、朝から晩まで移民の素晴らしさや開拓団の成功を伝えた。これは言うまでもなく各国政府主導によるプロパガンダであったが、生活が困窮する人々のニーズに合うものでもあった。
のちに”日暮れ前”と呼ばれるこの間に旅立った人々は六〇〇〇万人を超えるという。
移民政策自体は上手く行った。開拓の種は次々と新しい星に根を生やし、軽くなった母体は滞っていた経済活動を再開する。
すべてが上手く回り始めた。人類のだれもがそう思っていた矢先のことだった。
大恐慌が起こる。
この時代に起こった事柄をすべて述べるのは不可能に近い。後の世の経済学者でさえ、原因すら解明できていない。
かつて地球時代に起きた世界恐慌になぞらえて宇宙恐慌と呼ばれるこの経済不況は、株価の大暴落からはじまり相次ぐ大企業や国家の財政破綻、そして銀河規模のブロック経済を引き起こした。
資源のある星には食料が届かず、食料のある星には資源が届かない。もし全人類が落ち着き払い、強靭な規律と不屈の忍耐を持っていれば、経済圏の復活はあったかも知れない。だが、当たり前のことのように、彼らは奪い合った。
そして、宇宙戦争などという、三流シナリオライターですら忌避する馬鹿げた外交行為によって、人類はとどめを刺される。。
すでに細りきっていた流通の糸が、荒々しい砲火の一撃で木っ端微塵に砕かれてしまった。多数の星系に散らばった人間の社会構造は極めて複雑な経済の上になりたっており、物流も然りである。解けてしまった網の目は容易に修復できるものではなく、また、人類にはその試みを行う余裕もなかった。
衰弱死寸前の国は次々と統合を繰り返し、世界百七十七カ国は半分に数を減らした。
各国首脳は、もはや国単位の政策では事態の収拾が望めないことを悟り、アクエリアス条約機構、後の星系連合体を発足。権力の一極集中化により人類の生存域を大幅に縮小することで、ようやく混迷の時代に歯止めをかけた。
だが、同時に大きな問題が残った。
経済圏から外された星の存在である。彼らは”星の自治独立”などという最後通牒を手に、果てしない宇宙の中で孤立した。
さらに、祖国防衛の観点からアンカーが破壊され、帰還はおろか支援すら受けられなくなった星々は、未だ止むことのない戦火のなかで忘れられていった。
それから二〇〇年あまり。戦争集結から五〇年ほど経ちようやく人類は復興を遂げた。
まるで毛細血管のように複雑にして理路整然と、食料や資源そして人が星から星へ流れる。さらに複雑怪奇な情報網が音楽や映画など娯楽を運ぶ。
人々は戦争の記憶を忘れ去るかのように活動した。
働き、遊び、学び、寝る。
ある日、暮らしに余裕の生まれた人々がふと口にした。
彼らはどうしているのだろう。
星系連合という大きな母体は、ようやく遠く彼方に残してきた遺児を思い出した。
フェリシティは自室のベットで寝転びながら、眼前に投影されている小説を閉じた。
とある数学者が書いた失われた惑星と言う小説で、喪失惑星調査がはじまったころに出版され爆発的にヒットした。この本で喪失惑星の存在を知ったものも多く、フェリシティの進路決定にも大きく影響を与えた。
調査団の青年と移民女性のラブロマンスが主軸だが、星系連合と移民の温かい交流も見どころの一つである。
だが、最近は読み返す気になれなかった。どうしても序文より先に進まない。
原因はわかっていた。
ありえないからだ。
喪失惑星の住人たちのほとんどは、星系連合体に強い反感を持っており、温かい交流などと言うものは滅多に起きない。当然の権利として多額の賠償を要求してきたり、酷いものでは調査団を拉致する星もあったという。
少し考えれば当たり前の話だった。二〇〇年前、彼ら移民はまだ開拓をはじめたばかりで、とても本国の支援なしで生きていくことは出来ない、つまり幼児の状態だった。それが、突然荒野に放り出されたのだ。
当然のことながら多くの移民団は最初の一年を越すことが出来なかったという。生き残った人々も、飢えと絶望の中で生きてきた。いまさら星系連合体が母親面をして現れても、反発を招くのは当然のことなのだ。
その内部事情をフェリシティは良く知っていた。
今回の旅はまさに喪失惑星の探査を目的としており、無事ハイシノンを発見することが出来た。
初期の地表探査で多数の住人が発見されている。大きな町もいくつか見つかった。今後詳しい調査が行われ、地表に降りての交渉が行われるだろう。そうなれば、ようやく晴れて法務官の出番だ。
だが、フェリシティの気分は沈鬱なまま戻らない。ラウンジでの出来事が尾を引いている。
22歳にもなっていつまでもうじうじと悩むべきではない。そう思い気を紛らわす努力をしてみるが、後悔の念は紙にこぼしたインクのように染み広がっている。
ベッドの上には数十冊の本が浮かびこちらへ背表紙を向けている。小説、学術書、ゴシップ誌、どれも読む気がしない。
「消して……」
つぶやくと、本は瞬時に姿を消した。寝返りを打ち、大きなため息をつく。
あの時、なぜ反論しなかったのか。
やろうと思えば出来たはずだ。だが、怒りの視線に体がすくみ、なにも言えなかった。いつもそうだった。大切な時には声がでない。
権力の権化に立ち向かった勇敢な彼女は今どうしているだろうか? 仲間に肩を叩かれながら祝杯を上げているだろうか。もしくは、後悔してくれているだろうか。
――明日からどうすればいいの……?
とても船橋に行く気にはなれなかった。本国に帰還するまで部屋から出たくもなかった。
だが、そうしてしまうと、誤解を解けないまま終わってしまう。
天井を見上げながら、ぽつりと呟く。
「それでもいいかな」
どうせあと一ヶ月程度の仲なのだ。ハイシノンの調査が終わればフェリシティは本部に戻るか、再び別の喪失惑星に向かわされるだろう。星系外航行船は星の数ほどある。おそらくメイフラワーに乗ることはもうない。
みなとはそこでお別れだ。そう思うと気が楽になった。どんな辛いことも終わりが見えれば勇気が湧く。
だが、少しだけ寂しさもある。
フェリシティは仰向けに寝転がり、宙に向かって呟いた。
「モニター、船外映像を出して」
天井に天体が映った。暗黒空間に散らばる星々に混じって、金属製の輪っかが浮いている。
正式名称は次元結合門、通称はアンカー。輪の直径はメイフラワーの横幅の倍はある。四つに分けて運ばれてきたのだが、すでに組み立てが終わっているらしく、作業員の姿もない
――ルークは戻っているのかな。
船外作業用のハッチを見ようと手を上げて左右に振ると、それに合わせて映像も移動する。だが、現在使用しているカメラではハッチまで届かない。
「別のカメラに切り替えて」
言葉に応え、映像が切り替わり、壮大な惑星ハイシノンが映る。
画面に収まりきらないほど大きな球体は、ほとんどが海で大陸は地表の二割ほど。母なる星より少しくすんで見えるのは、環境改造をされた惑星の特徴だった。それでも、思わず息を止めるほど美しかった。
広大な海を挟んで、左右に二つの大陸が見える。どちらの大陸も中央部の緑が濃く、上下に進む内に黄土色へと変化していく。
チカッ。と視界の片隅でなにかが光った気がした。両手を上げて、映像の拡大を行う。
確かになにかが光っている。輝きは徐々に増している。
拡大。さらに拡大。
画面いっぱいに表示されたそれは、小さな太陽かと思うほど強烈な光を発していた。画像が自動的に明度を落としたほどだ。
――こちらに向かってきている?
ふとそんな考えが浮かんだ。そんなはずはない、と頭に住み着く常識が非難の声を上げるが、どう見てもそうとしか思えない。
だとしたら。思考を切り替えようとした時、背筋に冷たいものが走った。発光体が画面を完全に覆っている。
――もう近い!!
その瞬間だった。
いきなりベットが跳ね上がり、フェリシティは床に弾き飛ばされた。




