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act17 怯者の夜

 ドリスの町の住宅地には二種類ある。一つは高級住宅街といえる場所で、一軒一軒の間隔が広く閑散としている。

 もう一つは貧困地帯。

 そこには道という物がない。密集した建物同士に空いた隙間が通路であり、五歩進めば曲道、さらに曲がれば二叉路、三叉路。

 野菜の配達で町中を歩きまわったフェリシティでもすべてを網羅するのは不可能だった。自慢の記憶力を持ってしても、今走っている場所がどこなのか検討もつかない。

 だが、一瞬たりとも立ち止まる余裕はなかった。複数の足音はすぐ後ろで響いている。

 一〇数度目の丁字路。右か左か。迷う暇もなく、直感で左へ曲がった。裏口らしき鉄製の扉を叩き、叫ぶ。

「助けて下さい! 追われているんです! 助けて!」

 夜の一歩手前。まだ辛うじて太陽の光が赤く路地に差し込んでおり、寝静まるような時間ではない。だが、異変を感じ取っているのか一帯の家が門を閉ざし物音一つ聞こえない。

 後ろで鉄の擦れる音がした。振り返ると向かいの家の扉がわずかに開き、中年の男がこちらを覗いていたが、目が合うやすぐさま扉は閉められた。

「待って!」

 扉に鍵のかかる音がした。駆け寄り必死に懇願した。

「お願い! 開けてください!」

 返事はない。ドアノブを回すが扉は開かない。足音は高くなり、今来た道に男が二人現れた。曲がり角で立ち止まり、苦しそうに肩で息をした。

「……あんた、足……、早いな」

 フェリシティは後ずさり、背を向け再び走りだした。後ろから悪態が聞こえる。

「くそっ、勘弁してくれよ!」

 土壁の迷宮。右へ、左へ。さらに現れた丁字路を右に曲がろうとして慌てて立ち止まる。前から人影が迫ってくる。

 引き返し今度はまっすぐに進み、――壁に行き当たった。

 完全な袋小路。壁の高さは約二メートル。

 その場で垂直に飛び上がり壁の縁に手をかけた。渾身の力で体を引き上げ、だれかに足を掴まれた。

「っしゃ! そのまま……離すなよ!」

「降りろ、てめえ!」

 両足を引っ張られ、縁にかかった指が外れる。体が宙に浮いた。後ろ向きに落下し、そのだれかに受け止められた。

「押さえつけろ!」

 怒号が聞こえ、フェリシティの体はうつ伏せで地面に引き倒された。ごつい男の手で頭と肩を掴まれて動くことが出来ない。

 暗がりのなかで、複数の荒い呼吸だけが響いた。

「犬みたいな……、早さだぜ」

「……てめえが最初に、逃すからだ」

 囲む影は四人。みな疲労で体が動かない様子だった。フェリシティも、たとえ押さえつけられていなくても動ける自信はなかった。異常な興奮状態のなかでなぜこんなことになったのか、そのことばかりを思い出していた。

 朝、マリサが出かけた。サミールと二人で店を開けた。昼になってもマリサは戻らなかった。昼食を用意した。サミールが二人分だけでいいと主張したが、フェリシティは三人分作った。和解は不可能でも、敵ではないと思ってもらえるのではないか、そう考えていた。店を閉める時間になって注文が来た。野菜は使いの子供ひとりでは持てなかったので、フェリシティは籠に野菜を乗せてついていった。南門が見えたところで少年は路地に入った。とても狭い路地で、すぐに見失った。突然、前と後ろを男に挟まれた。咄嗟に前の男へ野菜を投げつけ、脇をすり抜けた。

「もう夜になる」 へたり込んでいた男が立ち上がった。「さっさとやっちまおう」

「どこまで?」

「知るか。だれか聞いてるか?」

「”なでろ”ってよ」

「なんだそりゃ」

 呼吸が落ち着くにつれ、頭は冴えてくる。知りたくなくてもフェリシティは自分の状況を理解してしまう。

 カチカチと鳴る音は自分の歯だった。ひゅーひゅーと鳴る音は肺を圧迫されている自分の呼吸音だった。

 ――殺される。

 突然浮かんだ考えは、一瞬で全身を支配した。ただただ恐怖でがむしゃらに体を動かした。

「うおっ」

 男が驚いたのか体を押さえる力が弱まった。呼吸が楽になり、力いっぱい息を吸い込んだ。

「だれか助けて! 警察を! おねが……っ」

 背中に強い衝撃を受けた。言葉にならない息が漏れた。背中を踏まれたのだと、傍らに立つ一本の足で気付いた。

 口を手で塞がれた。叫びはもう、うーうーという微かな唸り声にしかならなかった。

「で、どうすんだ? こいつ女だぜ」

「バカか。こんなところでできっかよ。腕一本でいいだろ」

 淡々とした男たちの声は、まるで世間話でもしているようだった。この状況においてはまるで現実感がなく、自分のことを話しているのだと思えなかった。

 だが、すぐに実感する。左腕が掴まれ、まっすぐに伸ばされた状態で背中に曲げられ始めた。

「ぅう――、ううっ!!」

 懺悔、懇願、それらは言葉にならなかった。

「うまく折ってやるからな」

 痛みが来た。ゆっくりと、だがそれは止まらない。腕が、肩が悲鳴をあげた。骨が軋むのがわかった。

「うう――」

 限界を感じた。折れる。そう思った時、酷く鈍い音が聞こえた。

 骨の折れる音ではなかった。それは、例えるなら肉の弾ける音。

「なっ……」

 だれかが叫ぼうとした声は途絶え、また同じ音が聞こえた。

 いつの間にか体の戒めは解かれていた。痛む左腕を庇いながら、フェリシティは上半身を起こした。

 太陽は沈み、そびえる壁の上には銀色に輝く巨大な月。

 青い光が側に立つ影を闇夜に浮き上がらせた。

 中折れ帽子を目深に被り、膝ほどまである薄汚れたブラウンのコート。まるで作り物のように端正な顔は月にも負けないほどに青白く、だがその瞳は優しげにフェリシティを見下ろしていた。

「……ウォルター」

 幻でないことを祈るようにフェリシティが呟くと、彼はかすかに頷いた。

「……っんだよ、いきなり蹴りやがって」

「反則だぜ、くそっ」

 ウォルターの向こうに倒れていた二人が立ち上がった。合計四人の男が、怒りを露わにした。

「どうするよこれ」

「やるしかねぇだろ」

「こっちはなにやってもいいんだろ?」

「かまわねえよ。道具使おうぜ」

 四人の手が月の光を反射させた。刃物。そう思うと同時に、男たちは一斉に地を蹴った。

 ウォルターの動きはフェリシティの理解の範囲を越えていた。

 まず先頭の男に蹴りを入れ、後方に吹き飛ぶ仲間の脇をすり抜けようと屈んだ男の頭を無造作に掴むと、壁に叩きつけた。

 ごっ、と嫌な音がした。

 一瞬の出来事だった。後ろの男二人の動きが止まった。明らかに動揺していた。そのうちの一人が口走った。

「……フォルクだ」

 フェリシティには意味がわからなかった。だが、その言葉に他の三人が強烈に反応した。

「嘘だろ……」

「なんでこんなところに」

 男たちはゆっくりと後ずさって行く。頭を打ち付けた男も壁に肩を擦りながら立ち上がる。

「だれか銃持ってるか?」

「持ってきてるわけねえだろ」

「フォルクだぞ」

「無理だ」

 じりじりと互いの距離がひらき、男たちは一斉に逃げ出した。

 ウォルターは追おうとして、出来なかった。コートの端をフェリシティの右手が強く掴んでいた。左手は力が入らずだらりと垂れている。

「……いかないで」

 そういうと、ウォルターは屈んでフェリシティの頭を撫でた。怖さと安心と、涙が次から次へと流れてどうしようもなかった。



「ウォルターはね、喋れないんだよ」

 ピアが湿布をフェリシティの左腕の肘に貼り付け、包帯で固定しながら教えてくれた。

「その分すっごく耳がいいの。急に飛んでいったからどうしたのかと思ってたけど、お姉さんの声が聞こえてたんだね」

 駐車場に停められたトレーラーの中。フェリシティは後部座席で手当を受けた。幸い骨は折れていないようだった。

「そいつらは……」 運転席のロンダートが後ろを向いて聞いた。「ただのごろつきじゃなかったんだな?」

「はい」 フェリシティは頷いた。「だれかの命令を受けているようでした」

「なら、ギャングだろうな」

「ギャング……?」

 それは、名前は違えど至る世界に存在している。どれだけ法の網を細めてもそこから抜け出す存在。人間社会の底に淀むもの。

「まぁ、都会の奴らみたいに明確な組織がある訳じゃないが、金でなんでもやる連中だよ。雇ったのはそのババアで間違いないだろう。そんで、これは警告だ。自分にはこんなことも出来るってことを証明したんだ」

 フェリシティは動く右腕で肩を抱いた。体が冷えて感じるのは気温のせいではない。

 法制官が来て、すべてが変った。法を守る限り、まともな暮らしが出来ると思った。だが、これほどまで単純な暴力に、どう抗えばいいのか。

「でもさ」 ピアが呆れるように言った。「そのばあさんなにが目的なの? そこまでする意味ってなに?」

 フェリシティも同意を示した。自分の使用人に怪我させてなにの得があるというのか。

「さてね」 ロンダートは首を横に振る。「老い先短い人間の考える事なんてわからねえ。だが、これであの店は終わりだよ。ババアは多分知らねえんだ。ギャングってのはただの便利屋じゃない。汚い仕事をするだけの小僧ってわけじゃない。警察でもよっぽどのことがなければ積極的に関わろうとしない。一度関わったらもう逃げられねえのを知っているからな。ババアは最悪の相手に力を借りちまった」

「結局……」 ピアが聞いた。「どうなるの?」

「ババアはギャングの力を借りてコディ」 そう呼んでフェリシティに向かっていった。「あんたを屈服させる。ギャングはその代償を……、つまり金をババアに求める。払う金が尽きれば、店はギャングのものになる。そうなればババアはあんたの生活を保証できない。雇用契約は解消される、いや、求めれば契約破棄の賠償を請求出来る」

「そんなの……!」 フェリシティは頭を抱えた。「いつになるんですか……? 私は、どうなるんですか?」

「ババアにどれだけの金があるかわからねえ。半年持つか、一年持つか。また、目的もわからねえ。大人しくしてるだけで満足するんなら耐えることも可能だろうが……」

 言いよどんだ言葉をピアがため息混じりに続けた。

「それで満足するなら、ギャングなんか雇わないと思う」

 己の運命。未来。それは突然闇に包まれた。おぼろげに見えていた希望の光は消えてしまった。フェリシティの瞳から再び涙がこぼれた。

「どうして……? なんでこんなことになるんですか。私、マリサになにもしていないのに……」

「すまなかった」 ロンダートが珍しく弱気な声で言った。「良かれと思ってしたことが、悪い方向に転がっちまった」

 フェリシティは答えなかった。彼らが悪くないことはわかっている。どうにもならなかった生活を変えるチャンスを与えてくれた。それを生かせなかったのは自分の責任だ。しかし、今の結果を受け入れるほどに心は強くなれない。

 重い沈黙が降りた。ロンダートもピアも、言うべき言葉が見つからない様子だった。

「私、帰ります」

 そうフェリシティが言うと、ピアが心配そうに顔をのぞき込んだ。

「大丈夫? 今日ぐらいここに居てもいいよ?」

「いえ……。サミールくんを一人にはしておけないですから」

「わかった」 ロンダートは腹をくくったとばかりに息を吐いた。「乗りかかった船だ。俺らでもなにか考える」

 なにが出来るというのか。だが、その思いは胸にしまってフェリシティは頭を下げた。

 車を降りると、ピアが窓からいった。

「気をつけてね」

「……はい」

 力なく返すと、トレーラーに背を向けて歩き出す。野菜を入れた籠を探す気はなかった。

 ふと隣に人影が並んだ。ウォルターが周囲に目を配りながら歩く。

「送ってくれるの?」

 そう聞くと、かすかに頷いた。

 月明かりの道はとても静かだった。二人の足音だけが聞こえる。

 ウォルターの表情は相変わらずなにも読めない。だが無表情という訳ではなく、茫洋とした瞳には人間の暖かさを感じられた。

 そして人間離れした強さ。ナイフを構えた四人を相手にまったく動じず、あっという間に蹴散らした。

 肩を並べているだけで安心出来た。不安も今だけは影に隠れている。これが恋などではないことはわかっている。それでも、なにかに縋りつきたかった。

 ――ずっと二人で歩けたら。

 そんなことを考えているうちに、短い旅路は終わりを告げた。

「今日は助けてくれてありがとう」

 礼を言うと、ウォルターはフェリシティの首を指さした。

「え?」 思わず指し示す場所に手を当てると、ネックレスの存在を思い出した。

「うん、まだつけてるよ」

 そういうと、ウォルターは満足したように頷いた。小さく手を振り、来た道を引き返していく。

 やはり、よくわからない人だと思った。中央に鳥の意匠が施された長方形の板。大切に胸にしまい入れると、家の扉を開けた。

 部屋の中は薄暗い。この時間ならマリサが風呂に入っているはずだったが、その様子もない。もしかするとまだ帰っていないのかと思った。それならば、都合がいい。顔を合わせるのは怖い。

 リビングを抜けて廊下を歩くと、前方になにかが落ちているのを見つけた。

 月や太陽の光を取り込む天窓の死角になっていて、よく見えなかった。

 近づいて拾い上げ、明かりにかざす。

 それは、帽子だった。ツバの深いカウボーイハット。

 買ったばかりの新品だった帽子が、醜くひしゃげ、足あとで汚れている。

 思わず手から帽子を取り落とした。駆け出し、自分の部屋の扉を開けた。

「姉ちゃん……?」

 少年は下の、フェリシティのベッドで寝ていた。近づいて顔を見た。口の端には血が滲み、右目は腫れて塞がっている。

「ごめん。上に登れなくって……」

「……なにがあったの?」

「ババアが、悪いやつらをやとったんだ……。オレは水を汲んでて……、突然、入ってきて」

「どこか痛む? 怪我は、どんな具合なの?」

 サミールは笑って、すぐに痛みに顔をしかめた。

「大したことないよ。あいつら、子供だからって加減したんだ……。なめてるよな?」

「骨とか、折れてない?」

「多分大丈夫。蹴られただけ」

 フェリシティはベッドにすがって崩れ落ちた。だが、安心は出来ない。

「体、みせて」

「……なんで?」

「いいから!」

 サミールの服をはぐると、あちこちに痣が出来ていた。思わず目を反らしかけたが、我慢して観察した。

「恥ずかしいよ」

 そういって服を戻した。見た目だけだが、ひどい内出血は見当たらなかった。大丈夫と言えるような医学の知識はないが、ひとまずは安心するしかない。

「病院、行こう。警察にも」

「大げさだよ」

「大げさなんかじゃないよ!」 フェリシティは思わず怒鳴っていた。「家に居て暴漢に襲われたんだよ? すぐに医者に見せて、診断書を警察に見せないと!」

「警察はダメだ!」 サミールは痛みをこらえて上半身を起こすと、「あいつらが言ったんだ。警察に言えばひどくなるぞって。それに、警察が助けてくれるわけないじゃんか……」

「でも、だったら……。どうしたら……」 フェリシティは頭を右手で押さえた。「法制官は……、違う、マリサが指示をした証拠……? そんなの、あるわけない……。裁判官……、市庁……、助けは……」

「しっかりしてよ姉ちゃん」

 サミールに両肩を捕まれ、フェリシティははっと顔を上げた。

「おれは大丈夫だよ。大したことないんだ。トレーダーは、こんなことで諦めたりしない」

 声がかすれて震えている。明らかに無理をしているのがわかった。それでも、サミールは言葉を振り絞った。

「絶対にここから抜け出すんだ。どんなことをしたって、自由になってやらなきゃさ」

 胸が強く締め付けられた。サミールほどの少年が、どうしてここまで悲壮な決意をしなければいけないのか。それも、たったひとりのわがままで。

 丁度その時、遠くで扉の開く音がした。同時に、しゃがれた声が聞こえた。

「フェリシティ! サミール! ご主人のお帰りだよ!」

 自信に満ち溢れた声だった。王の帰還と言わんばかりに、嗜虐的な呼び声。

 体がカッと熱くなった。右手は握りしめられ、ぶるぶると震えた。勢い良く立ち上がり、フェリシティは部屋を飛び出した。

「姉ちゃん! ダメだ!」

 もう我慢して居られなかった。廊下を突っ切ると、食卓の傍らに立つマリサを見つけた。部屋には電灯がついており、その驚く顔を照らしていた。

「なぜこんなことをするんですか!」

 フェリシティの形相は変わっていた。怒りで真っ赤に染まっている。

「子供にまで手を出して……、私たちがなにをしたって言うんですか!」

 気迫に押されるように一歩下がったマリサは、気を取り直すと怒鳴り返した。

「お前たちはわたしに逆らったじゃないかい! 法制官まで利用して、わたしを店から追い出したんだ!」

「追い出してなんかいない! どうしてそんな風にしか考えられないんです! 私たちが望んだのは、人間として当たり前の生活です! それすら許さなかったのはあなたじゃないですか!」

「うるさい! 嘘をつくんじゃないよ! お前たちは、ただ、ここから逃げたいんだろう!」

「それは……」 フェリシティは唖然とした。「当たり前じゃないですか……。元々望んでここに居るわけじゃないことは、あなたが一番知っているはずです」

「だったらわたしゃどうなる!? 夫に先立たれて、一人息子は放蕩暮らしで、挙句にこの店を売ろうとしているんだよ! だれがわたしの面倒を見るっていうんだい!」

 その顔は、不気味なほどに歪んでいた。哀れなほどに悲しみに満ちていた。フェリシティは、ようやく彼女を理解した。それはあまりにも馬鹿げていて、不憫なものだった。

「あなたは……、臆病者です」

 マリサの目が大きく開かれた。

「あなたは、ただ怖いんです。だから他人を傷つける。だれも信じられなかったら、だれからも信じられるわけないじゃないですか」

「だ、黙るんだよ……。その減らず口を閉じるんだ」

 フェリシティは従わなかった。一歩を踏み出すと、マリサの顔を見下ろした。とても小さい枯れ木のような老人。

「力で押さえつけることになんの意味があるんですか! 人の頭を押さえつけて屈服させて、それで満足ですか! そんなことで幸せなんかにはなれない!」

「小娘が知ったような口を利くんじゃないよ! わたしゃそうやってここまでやって来たんだ! 店も、家も、お前たちも、わたしの力で手に入れたものだよ!」

「その生き方が!」 強い衝動が、体の中で暴れる怒りが出口を求めて喉に殺到した。「あなたを追い込んだんだ!!」

 一瞬、マリサが遠い目をした。放心したように口を開けてこちらを見ていた。

 だが、次の瞬間には、怒りに体を震わせた。まるでなにかが乗り移ったかのように、悪魔の形相で叫んだ。

「だまれええ!!」

 激高を口から迸らせて、右手が食卓に伸びた。

 そこには、花瓶が置いてあった。

 固い陶器が高く掲げられた。フェリシティは咄嗟に手で庇おうとしたが、左手が上がらなかった。

 振り下ろされた陶器は右手をすり抜けて――

 フェリシティの意識はそこで途切れた。

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