act15 敵意の産声
昼をとうにすぎ、配達を終えて店に戻ると、いつもは通りに大口を開けて野菜や果物を見せている店先に板がはまっていた。台車を止めて裏口の扉を引くがここにも鍵がかかっている。
昼食は三人が交代でとるため、基本的に営業は止めないことになっている。不思議に思い台車を置くと、家に向かった。
見慣れた黄土色の塀の前まで来ると、マリサの怒鳴り声が聞こえた。きぃきぃと壊れたスピーカーのように耳障りな音をまき散らしている。
だが、よく聞くといつもとは様子が違う。食事がまずい時や釣り銭を間違えた時のような怒り方ではなく、子を奪われた母猿のようにヒステリックな響きだった。
「なにに使ったかお言い! これは立派な泥棒だ! ええ? 聞いているのかい!」
怒りの主体はわからない。だが、断片的に聞こえる言葉から、フェリシティは酷く冷たい予感を覚えた。走りだし、扉の中に飛び込む。
椅子が倒れていた。花瓶が転がっている。いつもの位置から大きくずれた食卓の傍らにはマリサが立っている、その足元にはサミールが倒れて頭を抱えていた。その手はじっとりと赤く濡れている。
マリサがこちらを見た。その目は獲物を捕らえた虫のような無機質な悪意だった。体温が急激に冷えるのを感じた。
「お前に聞きたいことがある」
ぐらぐらと煮えたぎる怒りの声でマリサは問うた。
「こいつはなにを買った? 知っていることを話すんだよ」
バレている。そう直感した。やはり、石炭の値下がりと言う大きなトピックは隠せるものではなかった。
「私が……、昼食を買ってもらいました」
咄嗟に出た言葉だった。覚悟が決まっていたわけではなく、すぐに後悔が湧いた。
マリサが薄く笑った。その笑みは、大きく崩れてしまった感情の均衡を現していた。狂気という他ない。
「そうかい。サミールが代金をちょろまかして、お前がその金を使ったんだね」
フェリシティは答えなかった。動くのが怖かった。
「よくわかったよ。私はお前たちをずいぶん甘やかしてしまって居たんだねぇ。お前たちをこそ泥にしてしまったのは私の責任だよ。教育を改めなければいけない。それがよぅくわかった」
マリサはしばし黙考すると、冷たく言い放った。
「今日一日飯抜きだよ。豪勢な食事をとったんだ。それぐらい平気だろう? 仕事の量も増やしてやる。朝から晩まで、一秒たりとも楽にはしないよ。どうだい? 嬉しいだろう? 教育してもらって、嬉しいだろう?」
こつこつとフェリシティに歩み寄り、目の前に立った。背は頭ひとつ低い。見上げるようにしてマリサはもう一度聞いた。
「嬉しいだろう? え?」
フェリシティはマリサの意図を読み取った。言わせたいのだ。その一言を。
吐き気がする憎悪だった。一体なんのためにそんなことをさせるのか。そんなことで満たされる精神に恐怖し、体が強張った。
「嬉しいと言え!」
耳をつんざく声だった。フェリシティは思わず後ろに下がった。驚きで心臓が早鐘を打っている。だが、それでも言いたくない。そこまで堕ちたくはない。あまりにも惨めで、心が耐えられないと思った。
床に倒れたサミールと目があった。少年は苦痛に顔を歪めながら小さく頷いた。こんなことは早く終わらせよう、そう言っているように感じた。
「う、……」
喉に重い蓋が乗っているように言葉が出ない。それは自尊心か、反骨心か、羞恥心か。どれかはわからなかったが、結局、蓋は喉を滑り落ちた。
「……嬉しいです」
胸を引き裂く悲しみを覚えた。マリサに対し、自分に対し、この世界に対して。それでも涙は出なかった。
マリサは満足気に笑った。
「そうだろう。それでいいんだよ。その子の頭に包帯でも巻いてやんな。それから店にくるんだ。仕事を用意しておいてあげるからね」
悪夢が去ったあと、フェリシティはサミールを抱え起こした。少年は泣いていた。何度も何度も謝りながら、流れる涙をローブに擦りつけた。
二人とも言葉は出なかった。少年の嗚咽だけが部屋に響き、フェリシティは奥歯をかみしめていた。
ささやかな幸運が訪れたのは夕方前。急遽大口の注文が入った。南門の側にある肉屋で、宴会のために急いで野菜が欲しいとのことだった。
野菜を清めながらマリサに罵倒されていたフェリシティは勇んで配達に向かった。台車をぐんぐん押して南門に向かう。駐車場に面した大きな家に野菜を届け代金を受け取ると、その脚で門の側にある小屋を訪れた。
表札には南門駐在所と書かれており、中には四つの机が置かれて、中年と青年、二人の警官が詰めていた。
そこでフェリシティはマリサの行状を訴えた。もう、そうするしかないと思ったからだ。
だが、対応した中年の警察官は困ったような表情を浮かべていった。
「それで、我々になにをして欲しいんだ?」
フェリシティは愕然とした。
「マリサのサミールへの暴行は傷害罪ではないんですか? 彼は使用人であって、奴隷ではないんですよ?」
「だが、大した怪我じゃないんだろう?」
「な、なにを言っているんですか? 大したものであろうとなかろうと、怪我には違いがないじゃないですか」
「なら、蚊に刺されても傷害ってことになる」
警官の態度は明らかに面倒そうだった。厄介な人間が来た程度にしか思っていない。だが、簡単には諦められなかった。
「じゃ、じゃあ、医者の診断を……」
「おいおい、そんなことしてもらっちゃ困るよ」
「困る? な、なにが困るんですか?」
「あのなぁ、お嬢さん」 警官は深くため息をついていった。「例え医者が怪我を傷害罪に至ると認めても、その子は窃盗をしたんだろう? だったらお互い様じゃないか。痛み分けってことにしておかないかね」
フェリシティは信じられないように首を振った。
「雇用主に罪を裁く権利はないはずです。ましてや罰する権利もです」
警官は再び深い溜息。しばらく考えこむと、「ちょっと待っていてくれ」 というと傍らの若い警官を連れて奥に入っていった。
またしばらくすると、今度は一人で戻って来た。
「ええと、ねぇ。とりあえずここじゃ対応出来ないから、庁舎の本部に行ってくれないかね」
「そんな……」 フェリシティは落胆を露わに肩を落とした。「では、ここはなんなのですか? 駐在所でしょう?」
「そりゃそうだが、門や壁の警備も兼ねているんだよ。とにかく忙しいんだ」
そうは見えませんが。そう言ってやりたかった。だが、これ以上は言っても無駄だと思った。強弁して怒らせては最悪の事態になる。結局、フェリシティは訴えを諦めた。
マリサの蛮行を訴えるのに別の方法がないかと考えながら、とぼとぼと駐車場を横断していると突然声をかけられた。
「お姉さん!」
振り向くと少女が立っていた。派手に隈取したメイクに、腹やふとももを大胆に露出した格好。こんな人間はハイシノンに落ちてからも一人しか見ていない。
「ピアさん!」
感激の声が出た。ピアは満面の笑みで抱きついてきた。
「ひさりぶりー! 生きてたんだねー」
「はい。なんとか、ですけど」
「見捨てちゃってこんなこと言うのもおかしいけど、ずっと心配してたんだよ。たいちょーもドリスに来る度にお姉さんのこと聞いて回ってたし」
「隊長さんが?」
ピアは離れるとヒヒヒ、と変な声で笑った。
「ああみえて気が小さいからね。自分のせいで人が死ぬのは嫌だったんじゃないかな」
だったら助けてくれても良かったのに。そう思ったが口には出さなかった。こうして再会出来ただけで嬉しい。
「あっちに車とめてあるからさ、ちょっと来ない? ジュースとかあるよ?」
魅力的な提案だったが、サミールのこともあってフェリシティは遠慮した。
「……すみません、とても嬉しいんですけど、急いでるんです」
「そんなのいーじゃん! ちょっとだからさ!」
ピアは全く気にすることなくフェリシティの腕を引っ張った。マリサの存在が頭をよぎったが、どうせ今帰っても叱られる。もう少し遅れたところで大して変わらないと思い覚悟を決めた。
ピアたちのトレーラーは前と少し変わっていた。塗装を新しくしており、牽引車の後部にクレーンが取り付けられていた。貨物部分にはなにも乗っていない。
すぐ側にロンダートが居た。もう夕方であたりは暗くなり始めているが、大きなカウボーイハットは嫌でも目立つ。隣に男性が立っておりウォルターかと期待したが違った。ドリスの町ではあまり見かけないジーンズのツナギを着てロンダートとなにかを話し込んでいる。
「たいちょー、たいちょー!」
ピアが呼ぶと、ロンダートがこちらに気付いた。フェリシティはローブにフードを下ろした格好だったため、だれかわからないらしく怪訝そうな表情を浮かべている。
フェリシティは近づきフードを外して頭を下げた。
「おひさしぶりです。隊長さん」
「……こいつぁたまげた」 ロンダートは目を丸くした。「まさか、生きてやがったのか! いやぁ、まさかお前がなぁ」
肩をバンバンと叩かれ、フェリシティは恥ずかしいような嬉しいような複雑な気持ちだった。
「おい、ピア! ウォルターを呼べ! こんなめでたい日は宴会に限る!」
「え? 宴会、ですか?」
とまどうフェリシティの背を押して、ロンダートはどこかへ移動しようとした。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ旦那!」
止めたのはツナギの男だった。
「まだ支払いの話は終わってないですよ!」
「そんなことはいいじゃねえか。こっちはめでたいんだ」
「私はちっともめでたくないですよ! 代金はきちんと払うのがトレーダーでしょ!?」
「うるせえな! だからもう一回計算してこいって言ってんだよ!」
言い合いをはじめた二人を見て、ピアが肩をすくめた。フェリシティは小声で聞く。
「あの人は? なにを揉めているんですか?」
「あいつは車屋のピート。車の改造費用のことでね。うちらトレーダーなのに商売が苦手でさ、あんまりお金ないの。だから代金を貸しにしてもらったんだけど、契約した瞬間に向こうの言う金額が上がっちゃって、ロンダートがごねてるわけ」
「……金額が上がった? それは……、最初の提示金額が契約後に増えていたってことですよね」
「うん、難しいことはわからないけど」
事態がよくわからないため、フェリシティはしばらく二人のやりとりを聞いていた。二人とも早口の上にロンダートが喧嘩腰で余計に混乱する部分も多かったが、途中に言った「三万ドルを借りて、なんで四万八〇〇〇ドルも返さなきゃいけないんだ」 という言葉で大体のことが理解出来た。
「とにかく」 車屋が公用語の書かれた紙を掲げてみせた。「この契約書にはそう書いてあるんですよ!?」
「ああ書いてるね! しっかりと金利一〇パーセントって書いてあるじゃねーか! 三万の一〇パーセントは三〇〇〇だろ!」
「違います! ここに書いてあるのは月利です! 月利一〇パーセントで返済期限が半年ですから、四万八〇〇〇ドルです! どこの世界に金利一〇パーセントで金を貸す馬鹿が居るんですか!」
ロンダートはひらひらと手を振って背を向けた。
「とにかく、そんな馬鹿な金額は払えねえ」
「ああ、そうですか」 車屋は契約書をくるくるとまとめて懐に入れた。「それなら警察に訴えるまでです。裁判ですよ裁判。どちらが正しいかは明白ですからね」
「なんだとこの野郎……」
低い声で唸りながら振り返ったロンダートをピアが押さえた。
「だめだよたいちょー! 町でもめたら逮捕だよ」
「うるせえ引っ込んでろ。トレーダーはこけにされちゃ終わりなんだよ」
「暴力ですか!? 暴力を振るうんですか!?」 車屋は挑発的に両手を広げた。「よろしいですよ。すぐそこに駐在所がありますからね! 呼べばすぐに警察が駆けつけますよ!」
「このやろう……」
ロンダートは歯ぎしりしたが、勢いは弱まった。顔には明らかに諦めの色が滲んでいる。
「呼べばいいんじゃないですか?」
突然の外野からの声に、その場の全員が振り向いた。
言葉を発したフェリシティも、自分自身も行動に驚いている。つい言ってしまった。
だが、こうなった以上引き下がれないと思った。緊張で強張る体に勇気を振り起こす。
「警察を、呼べばいいじゃないですか」
「てめえ! だれの味方だ!」 ロンダートが怒鳴った。
「そうですよね! あなたの言うとおりです!」 車屋が手を叩いてよろこんだ。「ほら、お嬢さんも仰ってるじゃありませんか。裁判になったら困るのはあなたですよ?」
「違います」 フェリシティはいった。
「はぁ?」
車屋は思わぬ言葉に呆けてこちらをみた。フェリシティは意を決したように大きく息を吸い込んだ。
「裁判になって困るのはあなたの方です」
「な、なにを……」
「その契約書はなぜ公用語で書かれているんですか?」
「なんですかそれは……」 車屋は呆れたようにいった。「これは簡易契約書と言って、法制官の認可が要らない契約書なんですよ。そんなことも知らないんですか?」
「知っています」
法制官の認可が必要な本契約書にはお金がかかる。そのため、少額の貸し借りなどにはもっぱら簡易契約書が使用される。
「三万ドルは少額とは言えません。普通は本契約を結ぶんじゃありませんか」
「それは……」 男が一瞬言葉に詰まった。「そんなのはこちらの勝手でしょう。ロンダートさんも反対はしなかったし、なにか問題があるんですか?」
明らかに焦っている。畳み掛けるならここしかない。フェリシティは一気に踏み込んだ。
「はっきり言います。その簡易契約書は無効です」
三者三様に驚愕の表情を浮かべた。感情は同じだが、その意味合いが違う。特に車屋は哀れなほどにうろたえた。
「な、なにを根拠に言っているんだ!」
「根拠はあります。市法の利息制限法にはっきりと書いてある」
「なんでそれを!?」
車屋が悲鳴を上げた。
「お、おい。なんの話をしているんだよ」 ロンダートが問う。
「市法に書かれている金利の上限は年利四〇パーセントなんです」
フェリシティは説明するが、ロンダートもピアも頭に疑問符を浮かべている。
「ええと、この市では、年利の四〇パーセントを越えてはいけないんです。でも、隊長さんの交わした契約は月利一〇パーセントですよね?」
「ああ、そうだよ」
言いながらもまだわかっていない様子のロンダートにフェリシティは少し呆れた。これで本当に交易業者なのだろうか。
「月利一〇パーセントは年利にすると一二〇パーセントです。これは明らかに違法です」
「ああああーー!!」
ロンダートとピアが歓声のような声を上げた。
「あーあーああー」
うんうんと何度も頷き、ロンダートはフェリシティに握手を求めた。正直少し不気味だったが素直に応じた。
ピアが目を輝かせて飛びついてきた。
「お姉さんかしこい!」
「そうかそうかー、なるほどねー。いやー、そうだったのかー。いやいや」
ロンダートがしつこいぐらいに感嘆を漏らしながら車屋に歩み寄ると、がっしり肩を組み満面の笑みでいった。
「知ってるか? 相手をだます時は命をかけなきゃいけないんだぜ? バレたら死ぬか殺すか。どっちを選ぶんだ?」
車屋は涼やかな夜風に大量の汗をかきながら誤魔化すように笑った。
「い、いえ、だますなんてどんでもない。どうやら契約書に不備があったようで……」
「そうか。じゃあお前への借金はどうなるんだ?」
車屋は引きつった愛想笑いで答えた。
「ど、どうなるんでしょうね……、はは……」
結局契約は無効となった。だが、車を改造してもらったのは本当だからとロンダートは当初の半額以下で再契約した。もちろん金利はない。
ロンダートは終始ご機嫌で本当に宴会を開こうと言ったが、フェリシティは辞退した。もう完全に夜の帳が降りている。言い訳は考えているが、それにも限界がある。
二人はしきりに残念がった。特にロンダートは辛そうにいった。
「受けた恩を返さないのはトレーダーの掟に反する。かならず返すぜ」
フェリシティはその気持だけで嬉しかった。人の役に立てたということが嬉しかった。
「あんた、今どこに住んでいるんだ?」
そうロンダートに問われて答えに迷った。いまの現状を知られるのは恥ずかしかった。せっかく認めて貰ったのに、落胆されるのは嫌だった。
「青果店で住み込みを……」 とだけ答えた。
「なんて名前だ?」
「あの、ごめんなさい! 本当にもういかないと……」
強引に話を打ち切った。ロンダートはどう思ったのか、それ以上は聞いてこなかった。
最後に、ウォルターがどうしているかを聞くと、ピアはトレーラーの頭部分を指さした。
「あの中で寝てるよ」
この騒ぎで起きてこないのも凄いと思った。ピアの家まで送るとの提案も断り、フェリシティは彼らと別れた。
静かな町にガラガラと車輪の音を響かせて家に戻ると、マリサが自分の部屋から寝巻き姿で現れた。
「遅くなってすみません。あの……」
言い訳をしようとするとマリサが無言で手を差し出してきた。慌ててローブのポケットを探り、売上金を渡す。
マリサは金額を確認すると懐にしまった。
「警官が来たよ」 マリサがぽつりといった。
フェリシティは血の気を失った。つまり、訴えをすべて聞かれた。
「お前、ずいぶん法律に詳しいんだってね。駐在所で散々講釈をのたまったそうじゃないか。警官が言っていたよ。しっかりと躾けろとさ」
マリサは無表情のままだった。どことなく疲れてみえる。ただ、目だけが異常に輝いて見えた。死ぬ間際の星のように、凶星のように。
「お前の考えはよくわかったよ。明日からまともな食事が取れると思わないことだね。服も、寝床も、選ぶのは私だ。二度と口が開けないようにしてやろう。くだらないことを考える時間もあたえないよ」
ふらりと立ち去ろうとして一瞬立ち止まり、肩越しに振り向いてにやりと笑った。
「うれしいだろう?」
フェリシティは最悪の事態になったことを自覚した。いままではそれでも、嫌がらせやいじめといった嗜虐の範囲だった。だが、今日でそれは明確な敵意に変った。完全に敵とみなされた。
ふらふらと自分の部屋に戻り扉を開け、膝から崩れ落ちた。
部屋が荒らされている。ベッドのマットや体にかける布が引き裂かれて、部屋中に散らばっている。むき出しになったベッドは斧でも使ったのか底が抜けていた。
隅で、頭に包帯をまいたサミールが縮こまっていた。フェリシティは這いより、震える声で聞いた。
「……怪我はない?」
「うん」 サミールは力なく頷いた。「でも……」
そういって床を指さした。よく見ると、手元には布の切れ端に混ざって紙片が散乱していた。
「ごめん、姉ちゃん。守れなかった……」
サミールの目から涙がこぼれた。フェリシティは少年を抱き寄せた。
「大丈夫だよ」
ただそれだけを言って、二人並んで座った。
明日からどうなるのだろうか。フェリシティは目を閉じて考えていた。これ以上、どんな仕打ちが待っているのか。
部屋の荒れようは尋常ではない。そして、これははじまりに過ぎない。この引きちぎられた布や紙が、まるで二人の未来のように感じられた。
窓から漏れる月明かりは雲にかかったのか次第に薄れて、やがては闇に満ちた。




