千丈の堤も螻蟻の穴を以て潰ゆ
サンタンデールが通りを歩いていると
道行く老齢の女性達が荷物かごからエラく物を落としていく事に気がついた
「あのースイマセン、そこのご婦人リンゴを落としましたよ」
拾いあげ落とし物を渡す前に女性は私の手を握ってこられた
「あら~いけないいけない私ったら、見知らぬ青年さんありがとうね~良かったらお礼も兼ねてアソコでお茶しない?」
「いや結構です」
こんなやりとりが何回か続くと流石に私も嫌気がさす
ましてや小さな女の子が私の膝目掛けて抱きついて来たり、とある女性が転んだ拍子に私の肩目掛けてぶつかって来たりとスーツを着た途端この調子なので、ついさっき買ったこの服には呪いがかかっていたのではとサンタンデールは考えていた
どう反応していいのか困るものがある
「もし、もしもし~」
「ん?」
「あの~わたくしの行き着けの店で良かったのでしょうか」
「そんなの良いに決まっているじゃないか」
「で、ですよね///」
オープンカフェという所が良いのかどうか分からないが通行人の視線が気になる
どこかの店で女性と佇んでおけば、そういった厄っかいごとに巻き込まれずにすむと思い、いろいろと理由もあるし若い女なら誰でもいいと考えて道行く女性に声をかけたもののまさか知り合いだったとは
いや気付かれずにすんで僥倖だと思ったほうが良いのだろうか、とりあえずこの女性から目を離さないほうが良いとサンタンデールは思案した
今目の前には腰まで届く長い黒髪の女性がちらちらと此方を見ながら「あつーい」と胸を手で扇ぎながら隣に座っているのだが
サンタンデールはカップを手にとり、目の前の女性に話かけた
「ベナ、君が心配する事はないよ、そんなに視線を動かしていると、私を捕縛もしくは殺そうと付け狙う奴らに勘ずかれるからね」
糞
テーブルに置いてあるコーヒーはまだ熱かった
そのせいで一口ほどしか飲めなかった
「だからベナトシュ落ち着いて」
ベナトシュ
光竹護衛団の女騎士
私を捕縛もしくは殺そうと付け狙う奴らの一人
「えっどうしてわたくしの名前を?」
あれ?本当だ?どうしよう
「光竹護衛団だろ?この辺りじゃ知らない者はいないからな」
「えへへ////」
ベナトシュはしきりに長い黒髪を撫で始めた
はてさてこんなに照れる奴だっただろうか
前会った時は酒場の柱の物影に隠れてこの世に混沌
と混乱を望む妖怪というような印象だったが
そうベナトシュについて考えながらサンタンデールまたカップに手をつけた
「そ、それでまだあなた様のお名前を伺っていないのですが」
「ヴィヴォーベェッルベェッ」
「う、おー?」
ベナトシュ は こんらん している!!
「いやむせただけだ、しかしとある事件のせいで私は本名を名乗れない。そうだな私の名前はフランツという事にしておこう」
「フランツ?あのシオト村のですか?」
「そうフランツだ駄目かな?」
「あんまりシオト村の人間の名は使わないほうが良いと思います。シオト村の村の連中と間違われますから」
それが何か悪いみたいじゃないか
「シオト村の連中はギルドが指定している縄張りだろうが何だろうが片っ端から仕事をかっさらい、ここの街のギルドを潰そうと企む悪い組織です」
私は悪い組織に所属していたのか
昨日レオが言っていた噂ってやっぱり悪い意味か
「そ、そうなのか。スマナイここらの地理は私は疎かったようだ」
「いえいえいえ分かってくれれば良いのです。ですからフランツなんて物騒な名前やめて下さいね」
「ああそうだなでは何と呼ぼうか」
「フ~ランツ♪」
「どうしたんだ?ベナ」
「えへへ呼んで見ただけです」
「………」
私はどうしろと?
「えへへそんなに悩まなくて大丈夫ですよやっぱりフランツで良いですから、そのほうが素敵な貴公子に見えちゃいますから」
素敵な貴公子?
今までの私のあだ名とは正反対の意味だ
「ベナ、穏やかな気持ちになって真摯に答えてほしい、なあベナ君の目線から見て私の容姿はどう映ってる?」
「えっ私の口からじゃそんな事を言えませんよ」
そうかそうなんだな
「綺麗な紺色のスーツ着てて清潔感漂うやんごとなき高潔な身分そうなのに護衛を連れ歩かず。腰にある大きなベルトの両脇に備えてある二本の剣の柄に
手を添えて悠然と堂々と歩く、その姿勢にときめいたり、細い体なのにあなた様の近くまで来てみれば、以外と筋肉質でまたときめいたり、あなた様の顔全体を見れば柔和で優しそうな少し緩そうな雰囲気なのに、目、目だけは黒く光の無い深い闇の中みたいな何処までもいっても吸い込まれそうな冷酷な瞳、そのギャップにまたときめいたり、そんな事恥ずかしくて絶対にいえやしませんわ」
「言ってるじゃん」
「あっわたくしったら!!」
「そ、それはカッコいいという意味なのか?」
「カッコいい?違いますよ凄くカッコいいです、はい正直に言いました、お礼としてその二の腕を触ってみてもいいですか?」
「どうしよういやいいんだけども」
ウワアとか言いながらベナは私の腕をペタペタと触り始めた
「じ、直に触ってみたいのですが」
「いやそこまでやったら私はベナの事を嫌いになっちゃうな」
嫌いと言うより一歩引いてしまうが正しいか
しかし風呂入って服を新調しただけでこんなに人が寄り付くもんかね、まるで天然ジゴロじゃないか、
なんか騙しているみたいで気分が悪い
私は貴公子と言われるほど偉くもなければ高貴でもない
私は臆病者のサンタンデールだ
それ以上でもそれ以下でもない
私は私だ
「二本の剣の事で思い出しました。あなた様わたくしの愚痴を少しだけ聞いてくれませんこと?」
あなた様って…コイツこんな話かたする奴だったかな?
「わたくしある男を追いかけておりました。とある命を受けてところがその男ネズミのように素早く光竹護衛団総出で奔走していたのですがわたくし達は見つける事が出来ませんでした。」
「でした。という事はその男の探索は打ち切ったので?」
「ええ」
おいさらっと私の服の袖を捲ろうとするな
「あなた様の思慮の深さにわたくし胸がドキドキしてきました、わたくしの胸、触って下さる?アアこれはどういう事なのでしょう?あなた様にわたくしの気持ちは分かりますまい、あなた様のその冷たくも逞しい指でわたくしの小さな背中をなぞるように触られたら廻るように動かされたらその時わたくしは…アアこの心はわたくしだけのもの、わたくしてっきり女性を好きなんだとばかりに…」
「その男の追跡はどうしたんだ?」
「…そうでしたわね、その男なのですがとうとう見つけられずにわたくしたちは一夜を明けてしまいました。朝、その事をわたくし達の雇い主にそう説明したのです。すると雇い主はわたくし達に何と言ったと思います?」
ベナトシュはテーブルから身を乗り出し目をぎらつかせ声をだんだんと大きくしていく
「聞きたくないな」
何か悪い事があったような
「殺さなくてありがとうと捕縛しないでありがとうと、そう雇い主に言われたのですよ。雇い主はわたくし達が事情を知る前一度その男と酒場で遭遇している事を把握していたのですよ。その件で本来は怒るのも当たり前なのですが大層お喜びになられて 聞けばその男は雇い主の娘と恋仲になっていたそうで、あのままその男を殺していれば私はイスタシャの娘と一生口を聞いてくれなくなっていたと」
「へえ~物事はどう転ぶかわかったものじゃねえな」
「ええ塞翁が馬とは言いますがこれもその流れなのでしょうか、最終的に雇い主はわたくしに当初の倍の額をお支払いになられましてね」
「へえ~良かったじゃねえかそれがベナお前が言う愚痴とどういう関係があるんだ?」
ベナはサンタンデールの腕から手を離し
ハアー、と溜め息をついた
「物事が綺麗に終わってしまいましたの、これからその男と光竹護衛団での死闘の幕開けかと思いましたのに」
「ベナトシュそれはお前ぐらいのものだよ、他の皆は違うだろ予定の倍の賃金を貰ったんだろ?それで良かったと私は思うよ」
「そうですわね、こうしてあなた様とお会いできたんですものね。ところであなた様わたくしの事どれだけご存じで?」
酒場の時と口調が違うくらいか
いやあんまりコイツが喋った所は見ていないが
「全くしらんな」
「グフフそうで御座いましょう、わたくしあなた様の他にも恋人がいるのですよ」
おい何時恋人になった
「わたくしお買い物の途中でしたの、恋人はきっと心配なさっていますわ。何か事故に遭っていなかとか、攫われたとか、きっと心配して下さってますわもしくは追いかけて来るかも、そしてわたくしとあなた様の密接なる関係を覗かれでもしたら」
サンタンデールはこの女と関わると死ぬと言われた事を思いだした
「ベナトシュお前は何を言っているんだ」
「グフフわたくしが言いたいのは混迷や無秩序はあなた様のすぐそばで起こる事があります。お気をつけ下さいませ。きっと起こる事です例えばあなた様の背中越しにも」
ベナトシュの笑い方は独特だった不気味なくらい
ベナの話を聞いたあと私が後ろを振り向いた時
火の玉はすぐサンタンデールの目の前まで迫っていた
ベナトシュの笑声はよく響いた
少なくともサンタンデールが聞き慣れるぐらいに




