贅沢な願い
リディアの宮を訪ねてから数日後、思いがけず彼女の方から俺の宮を訪れた。
「先日はいろいろとお話しくださって、ありがとうございました」
「いいえ。こちらこそ、突然押しかけてしまって」
庭に面したテラスで、二人でお茶をいただくことになった。風が心地よく吹き抜け、庭の薔薇が揺れている。
「あれから、少し考えていたのです」
リディアが、カップを置きながら口を開いた。
「カイン様が本当に望んでいるものは何なのか、と」
「……答えが、見つかったんですか」
「ええ、なんとなく」
彼女は少し悪戯っぽく笑った。
「カイン様は、陛下に愛されたい、というよりも……陛下にも、自分だけを愛してほしい、と願っていらっしゃるのね」
その言葉に、俺は思わず息を呑んだ。まさにその通りだった。今まで自分でも上手く言葉にできなかった感情を、彼女はいとも簡単に言い当てていた。
「あなたは、変わっていらっしゃるわ」
「……前にも、そう言われました」
「ええ。それだけ、珍しいことなのよ」
リディアは、庭の薔薇に視線を移しながら続けた。
「この世界では、誰か一人に独占されたいと願うことも、誰かを独占したいと願うことも、とても贅沢な望みなの」
「贅沢……」
「同盟のため、家のため、時には国のため。そうした事情の中で結ばれる縁がほとんどだわ。恋も愛も、選べるものではないのよ、多くの人にとっては」
その言葉が、静かに胸の奥に落ちていった。
前世でも、似たような虚しさを感じたことがあった。誰かを好きになる自由すら、同性が好きだった俺には、社会という枠組みの中では簡単に許されないものだった。あの頃の俺は、自分の気持ちを誰にも打ち明けられないまま、息を潜めるようにして生きていた。
今世では、少なくとも紋様という形で、誰かに想われていることが証明されている。それなのに、俺はまだ、自分の望みを口にすることに罪悪感を覚えている。
「贅沢な願いだと、思いますか」
思わず尋ねると、リディアは少し考えるような間を置いてから答えた。
「思いません。でも、この国の常識からすれば、そう見えてしまうことは確かでしょうね」
「……そうですか」
「がっかりさせてしまったかしら」
「いいえ」
俺は首を振った。むしろ、彼女がはぐらかさずに率直に答えてくれたことに、感謝の気持ちすら湧いていた。
「自分の願いが、間違っているのか正しいのか、ずっと分からなくなっていました。でも、贅沢だとしても、罪ではないと思うんです」
自分の口から出た言葉に、俺自身が少し驚いていた。だが、口にしてみると、それが偽りのない本心なのだと分かった。
前世で言えなかった想いと、今世で恥じてしまいそうになっている願い。その二つが、静かに重なり合っていく感覚があった。
「贅沢な願いなら、諦めなければいけないんでしょうか」
「さあ、それは」
リディアは、少し困ったように微笑んだ。
「それを決めるのは、カイン様ご自身だと思いますわ」
陛下との関係は、リディア様自身の立場にも関わることのはずだった。それなのに、損得を挟むことなく、俺自身の答えを尊重しようとしてくれている。この人は、本当に優しい人なのだと思った。
風が再び吹き、庭の薔薇の香りが濃くなった気がした。俺は自分の右手を見つめた。金色の紋様は、変わらずそこにある。
この願いを、恥じる必要はないのかもしれない。
そう思えるようになるまでには、まだ長い時間がかかりそうだった。それでも、リディアとの対話は、俺の中に小さな変化をもたらしていた。




