初めての謁見
謁見の間へ案内される前に、控えの間で最後の作法の確認があった。
「カイン様、一つだけ大切なことをお伝えしておきます」
リセルの声が、それまでより幾分か改まったものになった。
「陛下の伴侶が同性であられる場合、世継ぎは血の繋がる親族の子を養子として迎えるのが、古くからの慣例となっております」
一瞬、言葉の意味を飲み込むのに時間がかかった。だが、すぐに納得がいった。竜王の伴侶になるということは、単なる恋愛の話では済まない。国を継ぐ者をどう用意するかという、現実的な問題が付いて回るのだ。
「……そう、ですよね。俺では、子を成すことはできませんから」
「はい。ですので、養子縁組は陛下ご自身の血筋の中から、慎重に選定されることになっております。カイン様が案じられるようなことではございません」
リセルの言葉には、気遣いが滲んでいた。それでも俺の中には、小さな戸惑いが残った。自分がこの国に嫁ぐということは、想像していた以上に、多くの仕組みの中に組み込まれていくことなのだと、改めて実感させられる。
「お時間にございます」
侍従の声とともに、大きな扉がゆっくりと開いていく。俺は深く息を吸い込み、謁見の間へと足を踏み入れた。
天井まで届く円柱が並ぶ広間の奥、玉座に座す人物の姿が目に入った。
想像していたよりも、ずっと若かった。
漆黒の髪、彫りの深い端整な顔立ち。そして何より印象的だったのは、玉座に座っていながらも、威圧するような気配をまとっていないことだった。むしろ、こちらを注意深く観察するような、穏やかな眼差しをしている。
「面を上げよ」
低く、よく通る声だった。俺は言われた通りに顔を上げる。竜王の瞳と、まっすぐに目が合った。金色に近い、琥珀色の瞳だった。
「お前が、私のつがいか」
「はい。カイン・オルドウィンと申します」
震えそうになる声を、なんとか抑えて答えた。竜王はしばらく黙って俺を見つめた後、ふっと表情を緩めた。
「遠路、大儀であった。楽にせよ」
その一言に、張り詰めていた空気がわずかに和らぐのを感じた。想像していたような、冷たく威圧的な人物ではないらしい。少なくとも、最初の印象は悪くなかった。
謁見はそれほど長くは続かず、形式的な挨拶を交わした後、その日の晩に歓迎の宴が催されることが告げられた。
宴の広間は、これまで見たことのない規模の豪華さだった。天井から吊るされた魔石の灯りが、幻想的な光を放っている。楽団の奏でる音楽に合わせて、様々な種族の貴族たちが談笑していた。
「カイン殿、こちらへ」
竜王――王城の中では、皆が彼を「陛下」と呼んでいた――に促され、俺は主賓の席に案内された。すぐ隣に座るのは、少し気恥ずかしかったが、思っていたより彼の物腰は柔らかく、会話も自然に弾んだ。
「人間の国の暮らしは、どのようなものだ」
「特別なことは何も。貴族と言っても、田舎の小さな家ですから」
「謙遜せずともよい。お前の育った土地の話を、もっと聞かせてくれ」
興味深そうに耳を傾ける様子に、俺は少しずつ緊張を解いていった。もしかしたら、この人とならうまくやっていけるかもしれない――そんな期待が、胸の奥に静かに芽生え始めていた。
宴もたけなわとなった頃、給仕の一人が新しい酒瓶を手に、広間の奥へと向かうのが視界の端に映った。特に気に留めることもなく、俺は陛下との会話を続けていた。
まだこの時の俺は、その先に何が待ち受けているか、何も知らなかった。




