あなただけを
街外れの小さな丘に、陛下は俺を連れてきた。
見晴らしの良いその場所からは、夕陽に染まる街並みと、遠くにそびえる王城の両方を見渡すことができた。
「この街に来る道すがら、ここからの景色が良いと聞いてな」
陛下は、そう言いながら、丘の上で足を止めた。俺も隣に並び、しばらく無言で景色を眺めた。
「カイン」
やがて、陛下が静かに口を開いた。
「お前だけを伴侶にできる国に、なった」
その一言に、俺は胸が大きく震えるのを感じた。長い時間をかけて積み重ねられた、あの覚悟の結晶。それが今、確かな現実として、目の前に差し出されている。
「本当に……」
「ああ。もう、側妃という制度そのものが、この国には存在しない。誰も、犠牲にはしていない」
陛下の声には、確かな誇りが滲んでいた。それは、以前のような、当然のように与えられた王としての威厳とは、少し違う種類のものだった。自らの手で、一つ一つ積み上げてきた者だけが持つ、静かな自信だった。
「でも、それだけを伝えたくて、ここまで来たわけじゃない」
陛下は、俺の方に体を向け、まっすぐに目を見つめてきた。
「あの日、お前に言われたことを、ずっと考えていた。運命なのか、愛なのか。その違いを」
「陛下……」
「結論を出すのに、随分と時間がかかった。だが今は、はっきりと言える」
陛下は、深く息を吸い込んだ。
「最初にお前に惹かれたきっかけは、確かに、つがいの紋だった。本能が、そう告げていたのかもしれない」
「はい」
「だが、今、お前を想うこの気持ちは、本能とは違う場所にある」
その言葉に、俺は息をするのも忘れて、陛下を見つめた。
「お前が、ここで働く姿を見た時。街の人々と笑い合う姿を見た時。私の胸に湧いたのは、単なる衝動ではなかった。お前という一人の人間を、もっと知りたい、隣にいたいと、そう強く願う気持ちだった」
「それは……」
「私は、自分の意志で、お前を選んでいる。運命だからではなく、お前がお前だから、想っている」
その言葉が、これまでのどんな睦言よりも、深く俺の胸に染み渡っていった。
「本能で始まった恋が、自分の意志で選んだ愛に変わった。そう、伝えたかった」
俺は、こみ上げてくる感情を抑えきれず、気づけば目に涙が滲んでいた。
「陛下」
「なんだ」
「俺も、同じです」
震える声で、俺はそう答えた。
「最初は、紋様のことも、運命だと言われたことも、正直よく分かりませんでした。でも今は、陛下という一人の人を、心から想っています」
夕陽が、二人の輪郭を金色に染めていた。陛下は、そっと手を伸ばし、俺の手を取った。以前のような性急さはなく、ただ、確かめるような優しさだけがそこにあった。
「戻ってきてくれるか」
「はい」
迷いなく、そう答えられる自分がいた。この人の隣にいることが、もう恐れではなく、選び取った幸せなのだと、はっきりと感じていた。
夕陽が沈みゆく丘の上で、二人はいつまでも、静かに手を重ね合わせていた。




