竜王の奮闘とふたたび会う日
街で暮らすようになってからも、王城の噂は、時折耳に入ってきた。
「聞いたか、陛下が周辺国と新しい条約を次々と結んでいるらしいぞ」
食堂の客たちが、そんな話で盛り上がることが増えていた。
「側妃を置かない代わりに、軍事や経済で手厚く支援するとかいう話だろう。ずいぶん思い切ったことをするもんだな」
「反発する国もあったらしいが、根気強く話し合いを重ねて、少しずつ納得させていったそうだ」
そうした噂を聞くたび、俺は密かに胸が熱くなるのを感じていた。力に頼るのではなく、一つ一つの国と誠実に向き合いながら、少しずつ仕組みを変えていく。それがどれほど根気のいる作業か、想像するだけで、その労力の大きさが伝わってきた。
ヴェルニア公国との条約が正式に結ばれ、セシリア様が自由の身になったという話を聞いたのは、つい先日のことだった。それが、最後の大きな壁だったのだと、噂話の中で語られていた。
――あの人は、本当に、やり遂げたんだ。
そう実感した瞬間、俺の胸には、様々な感情が一気に押し寄せてきた。誇らしさ、安堵、そして、抑えきれない会いたさ。
その日の夕方、いつものように食堂で働いていると、入り口に一際大きな人影が立った。
顔を上げた瞬間、俺は息を止めた。
質素な旅装に身を包んではいたが、その佇まいは、隠しようもなく気品を纏っていた。琥珀色の瞳が、まっすぐに俺を見つめている。
「陛下……」
声が、震えた。周囲の客たちが、何事かとこちらを見ている。だが、そんなことは、もうどうでもよかった。
「久しぶりだな」
陛下は、静かにそう言った。旅の疲れが滲む声だったが、その表情には、これまでにない穏やかさがあった。
「聞きました。条約のこと」
「ああ。時間はかかったが、すべての国と、新しい形の約束を結ぶことができた」
「セシリア様も」
「自由の身だ。今は、旅をしていると聞いている」
その言葉に、俺は思わず涙が滲むのを感じた。誰も犠牲にせず、誰も切り捨てずに、この人は本当にやり遂げたのだ。
「少し、外で話さないか」
陛下の誘いに、俺は店主に断りを入れ、外へと出た。夕暮れの街並みを、二人で並んで歩く。この光景を、俺はずっと夢見ていた気がした。
「立派な仕事ぶりだったな。店の中から見ていた」
「見ていたんですか」
「少しだけな。お前が、楽しそうに働いている姿を見て、安心した」
その言葉に、俺は少し照れくさくなった。
「陛下は、大丈夫でしたか。ずっと、大変だったでしょう」
「大変だったが、後悔はしていない。むしろ、お前のおかげで、王として、大切なことを学べた気がする」
夕陽が、二人の影を長く伸ばしていた。歩きながら、俺たちはこれまで言えずにいた本音を、少しずつ言葉にしていった。
寂しかったこと。不安だったこと。それでも、信じて待っていたこと。
言葉を交わすたび、離れていた時間の分だけ、確かな重みを持って、互いの想いが伝わってくるのを感じた。
「カイン」
陛下が、ふと足を止めて、俺の名を呼んだ。
「はい」
「もう少しだけ、話したいことがある」
その真剣な眼差しに、俺は静かに頷いた。夕闇が街を包み始める中、二人だけの時間が、ゆっくりと流れていった。




