街で見つけた自分
城を出てから、季節が二度ほど移り変わっていた。
食堂での仕事にもすっかり慣れ、この街での暮らしは、いつしか俺の日常そのものになっていた。
「カイン、その手の甲の模様、綺麗だな」
ある日、常連客の青年が、何気なくそう言った。これまで、手袋や長い袖で隠すようにしていた紋様を、その日はうっかり見せてしまっていた。
「あ……これは」
咄嗟に隠そうとした手を、俺は途中で止めた。
「気にせず見せてくれよ。魔石みたいで、綺麗だ」
その屈託のない言葉に、俺は少し驚いた。この街では、竜王のつがいの証だと知る者はいない。だからこそ、ただの美しい紋様として、素直に受け止めてもらえる。
「これは、大切な人との絆の証なんです」
思わず、そう答えていた。自分でも驚くほど、自然に口から出た言葉だった。
「へえ、いいじゃないか。大切な人、いるんだな」
「はい」
照れくさくもあったが、それ以上に、誇らしさのようなものが胸に広がっていくのを感じた。
前世では、誰かを好きになっても、それを口にすることさえできなかった。今世に来てからも、この紋様の意味を、どこか恥じるように隠していた時期があった。側妃という現実に打ちのめされ、自分の望みを「贅沢だ」と思い込もうとしていた頃のことを思い出す。
だが今は、違う。
紋様を見せることに、もう躊躇いはなかった。誰かに好きな人がいると言えることも、以前のように怖くはなかった。
その夜、仕事を終えて宿に戻る道すがら、俺は夜空を見上げた。星々が、静かに瞬いている。
――誰か一人だけを、好きになりたい。
あの夜会で口にした願いが、遠い昔のことのように思える。同時に、あの時の自分と、今の自分が、確かに一本の線で繋がっていることも感じていた。
前世で言えなかった想い。今世で恥じていた願い。その二つが、この街で過ごした日々の中で、ようやく重なり合い、一つの確かな誇りへと変わっていた。
「カインさん、こんな時間まで、考え事?」
宿の前で、女将が声をかけてきた。
「少し、昔のことを思い出していました」
「いい思い出?」
「今は、そう思えます」
そう答えると、女将は柔らかく笑った。
「あんた、最近、いい顔するようになったね」
「そうですか?」
「うん。何か、吹っ切れたみたいな顔」
その言葉に、俺は自分の頬に、思わず手を当てた。確かに、以前よりも心が軽い。誰かに認められるためではなく、ただ自分自身のために、自分の望みを大切にできるようになっている。
陛下への想いは、今も変わらず胸の中にある。会いたい気持ちも、日に日に募っていく。それでも、以前のような苦しさだけを抱えているわけではなかった。
この街で見つけた自分を、俺は胸を張って、あの人の前に連れていきたい。そう思えるようになったことこそが、この数か月で得た、何よりも大きな変化だった。
部屋に戻り、窓辺に腰掛けながら、俺は手の甲の紋様に、そっと指を這わせた。金色の光は、変わらずそこに輝いている。
いつかこの証が、誰に対しても、堂々と誇れるものになる日が来る。そう信じられるようになった自分が、今、確かにここにいた。




