側妃の選択②
――エルヴィラ視点
陛下から「どうしたいか」と問われた時、真っ先に思い浮かんだのは、幼馴染の顔だった。
もう何年も会っていない。手紙のやり取りも、いつしか途絶えていた。それでも、心のどこかで、あの人のことを、忘れたことは一度もなかった。
「もし、望むなら、故郷に戻ることも、誰かのもとへ向かうことも、自由にしてよい」
陛下の言葉に、私はしばらく答えられなかった。今さら会いに行って、何になるのだろう。あの人はもう、別の人生を歩んでいるかもしれない。
それでも――
「戻ってみようと、思います」
震える声で、そう答えていた。結果がどうであれ、諦めたままでいるよりも、自分の足で確かめに行きたい。カイン様が、自分の望みを諦めずに行動する姿を見せてくれたからこそ、私にも、そう思う勇気が湧いていた。
数日後、故郷への帰路につく馬車の中で、私は久しぶりに、心からの高揚を感じていた。この先に何が待っているかは分からない。それでも、自分の意思で選んだ道を進めることが、これほど心を軽くするものだとは、思ってもみなかった。
――セシリア視点
私の場合は、単純な話ではなかった。
陛下から改革の進捗を聞かされた時、正直、最初は信じられなかった。
「ヴェルニア公国との新たな条約が、正式に結ばれた。相互不可侵と、経済的な協力を柱とした条約だ。もう、お前を人質として留める必要はない」
「本当に、よろしいのですか」
「ああ。お前の国にも、既に使者を送ってある」
長い時間をかけて積み上げられた交渉の成果だった。カイン様が城を去ってから、一年近い月日が流れている。その間、陛下がどれほどの労力を、この改革に注ぎ込んできたか、私にも伝わっていた。
「故郷に、戻りたいか」
「……分かりません」
正直に答えると、陛下は静かに頷いた。
「無理に決める必要はない。この国に残りたいなら、それも良い。行きたい場所があるなら、それも良い」
長年、自分の意思など、ないもののように振る舞ってきた。急にそう問われても、すぐには答えが出なかった。
それでも、少しずつ考えるようになった。故郷に戻れば、英雄として迎えられるだろう。だがそれもまた、期待という名の枷になるかもしれない。
「しばらく、旅をしてみようと思います」
数日考えた末、私はそう答えていた。
「どこの国にも属さず、自分自身の目で、色々な場所を見てみたいのです」
陛下は、少し驚いたようだったが、やがて穏やかに微笑んだ。
「それも良いだろう。自由に選べ」
自由に選べ、という言葉を、これほど実感を持って受け止めたのは、初めてのことだった。
王城を発つ朝、私はふと、カイン様のことを思い出していた。あの方が現れなければ、この変化は、きっと訪れなかった。会うことは叶わなかったけれど、いつか、どこかで、直接お礼を言える日が来ればいい。
そう願いながら、私は新しい旅路へと、一歩を踏み出した。




