側妃の選択
――リディア視点
陛下から「どうしたいか、正直に聞かせてほしい」と問われた時、私は少し戸惑った。
これまでの人生で、自分自身の望みを尋ねられたことなど、数えるほどしかなかった。物心ついた頃から、私はセイレス王国の娘として、国のために生きることを定められていた。
「陛下の御心遣いは、ありがたく存じます。ですが、私に望む相手がいるわけではございませんの」
「そうか。では、お前は、これからどうしたい」
改めてそう問われ、私は初めて、自分自身の心の内を、静かに見つめ直した。
陛下との縁組は、確かに愛から始まったものではなかった。それでも、この竜人国で過ごした歳月は、決して無意味なものではなかったと思う。両国の均衡を保ちながら、様々な折衝の場に立ち会う中で、私はいつしか、外交というものの奥深さに、強く惹かれるようになっていた。
「陛下」
「なんだ」
「私は、セイレス王国と竜人国の、正式な架け橋になりたく存じます」
陛下は、少し意外そうな顔をした。
「架け橋、とは」
「側妃としてではなく、両国を繋ぐ大使として。この立場で培った知識と人脈を、これからも役立てたいのです」
それは、これまで誰かに命じられて担ってきた役割とは、まるで違う種類の望みだった。誰かのためでも、義務でもなく、初めて自分自身が「そうありたい」と思って選び取った道。
「本気で、言っているのか」
「ええ。今までの私は、与えられた役目を果たすことに、誇りを見出しておりました。ですが、これからは、自分で選んだ役目に、誇りを持ちたいのです」
陛下は、しばらく私の顔を見つめた後、深く頷いた。
「分かった。正式に、両国間の大使としての地位を用意しよう」
その言葉に、私は静かな達成感を覚えた。カイン様との対話が、私の中に、こうした変化の種を蒔いてくれたのだと思う。あの方が問いかけてくれた「本当に望んでいるものは何か」という言葉が、ずっと胸の中に残り続けていた。
宮を辞す前、陛下がふと尋ねてきた。
「後悔は、ないか。側妃としての立場を失うことに」
「ございません」
私は、迷いなくそう答えた。
「これまでの日々に、感謝しております。ですが、この先の人生は、誰かの妻としてではなく、私自身の名前で歩んでいきたいのです」
その夜、自室で荷物の整理を始めながら、私はふと、カイン様のことを思い出していた。
あの方は、この国に来て間もない頃から、誰よりも自分の望みに正直だった。それが、この国の常識からすれば「贅沢な願い」に見えたとしても、決して曲げようとはしなかった。
その姿勢が、私自身の中に眠っていた望みを、静かに目覚めさせてくれたのだと思う。
窓の外、遠くの街並みに視線をやりながら、私は小さく微笑んだ。カイン様が、いつかこの城に戻ってきた時、胸を張ってこう伝えたい。
あなたのおかげで、私も、自分の道を見つけることができました、と。




